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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
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*** 24 世界の笑い物 ***


 国連が、「中国政府に対し、自国民にZUIGANJIでのガン治療を受けさせることを要望する」という声明を出すと、中国指導部の恐怖は最高潮に達した。


 そして、孫が小児がんに侵されていた国家副主席が、その要望を受諾したいと言い出したのである。

 上司に反論することなど生まれてこの方考えたことも無い中級幹部や下級幹部たちは、揉み手をしながら上司の英断を褒め称えた。

 首席も反対しなかった。


 中国共産党は、最初自国の飛行機で患者をZUIGANJI空港に運ぼうとしたが、ZUIGANJIと日本政府に断られた。

 現在全世界からエンジェル・エアー機のみを受け入れており、例外を認めることは出来ないという。


 上層部の決定が着実に履行されないと自分たちの生死にかかわる中級幹部たちは、慌ててエンジェル・エアーと連絡を取り、協議を行った。


 中国側の出した条件は、「国内で布教活動をしないこと」だったが、エンジェル・エアー側はその場で笑ってこれを了承した。

 そんなヒマはない。


 エンジェル・エアー側が出した条件は、人種職業その他にかかわらず、病状の重い患者を優先して欲しいというものであった。

 中国共産党の中級幹部たちは不思議そうな顔をしながらもこれを了承した。



 最初に北京空港に降り立ったエンジェル・エアーの飛行機は、膨大な数の武装した治安部隊に取り囲まれた。


 乗務員たちは拘束され、中国人パイロットが乗り込んできて勝手に自国民たちを乗せて離陸しようとしたが、そのパイロットたちは即座に硬直して動かなくなる。

 交代のパイロットたちも次々に硬直した。

 機体を取り囲む治安部隊の隊員たちも、その場から強制的に歩かされて機体の横に整列し、敬礼した姿勢のまま硬直させられる。


 もちろんエンジェル・エアー機に乗り込んでいた五千人もの中級霊たちの仕業である。

 なにしろ彼らは場所を取らないし重さも無い。


 中国当局はエンジェル・エアーの乗務員を脅迫して自国民を運ばせようとしたが、それを言い出した担当者もただちに硬直させられた。

 こちらは既に空港に配備されていた霊たちの仕業だ。


 責任者はすぐに交代したが、五人ほど続けて硬直させられたあと、今度は中国当局は電話で乗員たちを脅迫して来た。


 すると飛行機を取り囲んでいた治安部隊員と、空港に配備されていた治安部隊員合計一千名の隊員たちが、いっせいに服を脱いで裸になり、共産党本部に向けて見事な行進を始めたのである。

 沿道では市民たちがあっけにとられてこれを見ていた。


 これを阻止しようとした首都警察の部隊もすぐに裸行進の列に加わり、彼らの行進が中国共産党本部に近づくと、中国当局は慌ててエンジェル・エアーの乗員たちを解放した。


 それでも離陸許可が出なかったので、裸行進が再開される。

 すぐに離陸許可が出てエンジェル・エアー機は引き返した。


 共産党上級幹部は激怒するとともに困惑もした。

 今まで自分の命令が履行されなかった経験が無かったからである。

 だが、いくら激怒しても困惑しても何の役にも立たなかったのである……



 中国側下級幹部の必死の呼びかけに応えて、三日後にまたエンジェル・エアーの航空機が北京空港に飛来した。

 今度は治安部隊はいなかったが、少数の武装警官が機内に入ってチェックさせろと言う。

 どうやら布教用の資材を探そうとしているらしい。


「患者用の機内を汚染されては困るので」

 そう告げるとまたエンジェル・エアー機は引き返した。


 担当の幹部が更迭されると中国側の態度は軟化した。

 武装警官隊もいなくなったし、機体の臨検も行おうとはしなかった……


 だが、今度は空港の待合室にいた患者たちの様子がどうもおかしい。

 ベテランの看護師や同行した医師が見回しても、重篤そうな患者は数人しかいない。

 あとはみな偉そうにふんぞり返っておつきの者に横柄になにか命令していた。



「それでは皆さんに、この空港内の診療所で再検査を受けていただきますね。

 検査機材は持って来ていますが、皆さんの機材とどちらを使用しますか?」


 中国語が堪能な若いシスターがにこやかに言うと、彼らの顔つきが変わった。


 担当官が、「お前では話にならん。責任者を出せ」と言う。

「あら、わたくしがその責任者ですのよ」

 またシスターがにこやかに言うと、担当者の顔は怒りのあまり紅潮した。

 そこにいた横柄な患者たちの顔も紅潮した。


「ああ、そうそう。

 恐れ入りますが、わたくしか医師のどちらかが検査にご一緒させていただきますのでよろしくお願いいたします」


 そう言われると、皆の顔色が今度は蒼くなった。


 担当官が慌ててそれは認められない、と言うと若いシスターは、「そうですか、それでは仕方がありませんね」と言ってため息をつきながら飛行機に戻ろうとする。

 医師も首を振りながら飛行機に向かって歩き始めた。


「おっ、お待ちくださいっ!」


 そのままでは自分も更迭されるであろう担当者が慌てた。


「こっ、このまま少々お待ちいただけませんでしょうか」


「はい。お待ちしますけど、でも急いでくださいね。

 全世界の患者さんがこの飛行機を待っていらっしゃいますから…… 

 一時間経ってもご連絡が無ければこの飛行機は出発いたしますの」

 そう言うとシスターはまたにこやかに微笑んだ。



 一時間後にシスターと医師が呼ばれて待合室に行くと、患者の数が半分以下になっていた。


 シスターはため息をついてまた流暢な中国語で言う。


「それでは検査を始めましょうか。

 ああ、申し遅れておりました。

 ZUIGANJI空港でももういちど検査を受けていただきます。

 その検査でこちらの検査と著しい違いがあった場合には、その方はそのまま空港から引き返していただきますのでご了承くださいね。


 それからそうした著しい違いが合計で十件を超えると、公表の上エンジェル・エアーは一週間の運航停止になりますのでよろしく」


 またシスターはにっこりと微笑んだ。


 担当官はもうどうにでもなれといった顔をして立ちすくんでいる。


 検査を終えて待合室に戻ってきた患者はさらに半分以下になっていた。

 シスターはまたため息をつきながら言う。


「それでは皆さんご搭乗ください。エンジェル・エアーにようこそ」


 飛行機に乗り込む患者の数は三十人に満たなかった……


 ZUIGANJI空港での再検査では更に十数人がはねられた。

「あなたこれただの胃潰瘍でしょう」とか、「レントゲン写真が全然違いますよ」とか、「あなたはガンの疑いがありますが、悪性腫瘍かどうかはっきりしません。病理検査をおこないますのでこの空港内の病院に一日入院してください」などと言われている。


 中には持参したバッグからぶ厚いドル紙幣の束を取りだして医師に渡そうとした者もいた。

「そのようなものはいただけません」と医師が笑って断ると、その患者は顔をしかめてバッグの中からさらにぶ厚い紙幣の束を取りだした。


「本当に受け取らないんですよ。では次の方」


 そう言われた高級官僚らしき患者は驚きのあまり呆然としている。

 生まれてこの方現在に至るまで、賄賂を贈るのにも受け取るのにも慣れ切っていたからだ。

 賄賂とは当たり前の儀礼であり、それが通用しないなどという経験は皆無だったのである。

 その様子は一部始終がカメラに捉えられていた。


 結局ZUIGANJI病院まで辿りつけたのは十人しかいなかった。

 その十人は無事治療を終え、空港に戻って来た。

 もちろん治療は成功である。



 中国政府は声明で中国人民が差別されたと主張した。

 するとすぐに北京空港でのやり取りとZUIGANJI空港でのやり取りの映像が、音声や翻訳付きで全世界のネット上に溢れた。

 中国は世界の笑い物になってしまった。


 中国国内では、その待合室にいた人々の顔から、その人物の地位や役職を割り出す作業が流行している。

 政府が慌ててそういう書き込みを遮断したが間に合わなかった。


 全員が中国共産党の上級幹部かその子弟だということが明らかになり、彼らの氏名役職と共に「差別しているのは共産党だ!」という書き込みが溢れたのである。


 中国全土でまた膨大な数のデモが起き始めた。

 暴力行為さえしなければデモは何事も無く行えたのだ。


 これを腕ずくで阻止しようとすると、治安部隊だけが硬直させられた。

 装甲車両を運転していた兵士が硬直させられて、そのまま周囲の建物に突っ込んでいる間を縫って非暴力デモは続いた。


 そしてあの広大な天安門広場が数百万人のデモ隊で埋まったのである。

 共産党本部はすぐそこだ。



 一週間後に再びエンジェル・エアー機が北京空港に着くと、待合室はひと目で重篤とわかる患者で溢れていた。

 病院着もまちまちでつぎを当てたものも多い。


 前回とは違った担当官が、「それでは検査を始めたいと思います」と言うと、前回と同じシスターが、「いえ、それには及びません。すぐに搭乗を開始します」と答えた。


 その瞬間以降、中国全土の主要空港には一日に百便ものエンジェル・エアー機が降り立つことになる。


 中国政府はエンジェル・エアーへの参加を求められてこれを了承し、今まで用意はされていたものの閑散としていたZUIGANJI病院の中国語棟は、すぐに患者でいっぱいになった。







(つづく)


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