*** 23 中国国内大暴動強制的沈静化 ***
日米合同瑞巌寺防衛軍は、バチカン聖戦霊団を通じ、北の国の上層部全てに取り憑いている霊たちに対して、予め伝達してあった作戦を翌日の正午に開始するよう伝えてもらった。
同時に、無線電波、ラジオ、テレビ中継、果ては無人機から撒くビラに至るまで、あらゆる媒体を使って北の国にメッセージを送った。
そのメッセージは、
「全世界のひとびとの幸福を、おのれの幼稚なわがままのためだけに妨害しようとした北の国の指導部に対し、明日の正午をもっておしおき始める」
というものだった。
偉大なる将軍様はいつものお気に入りの韓国のテレビドラマを見ていたが、番組が中断されてこのメッセージが流れ始めたため、侍従長を反逆罪で逮捕させた。
そして……
翌日の正午を期して、偉大なる将軍様は突然服を脱ぎだして裸踊りを始められたのである。
将軍様のお体に不用意に触れでもしたら死刑になりかねない侍従たちは、呆然と立ち尽くすのみであった。
知らせを聞いた側近たちが慌ててやってきたが、将軍様のお姿を見た途端に彼らも裸踊りを始めた。
まるで伝染病がうつったかのようであった。
もちろん彼らは体の自由を奪われて裸踊りを踊らされているものの、意識はある。
その屈辱に涙することすら出来ないが、はっきりと意識はあったのだ。
そのうち偉大なる将軍様とその側近たちは、ますます激しく裸踊りをするとともに、糞尿をも撒き散らし始めた。
彼らの意識はさらなる屈辱のあまり崩壊寸前になったがまだ崩壊はしていない。
知らせを聞いた上級将軍たち、すなわち将軍様の親族たちが駆けつけて来ても、すぐにみなこの糞尿撒き散らし裸踊りの輪に加わった。
そしてそれは徐々に軍の上級将校にも広がって行ったのである。
また、全ての軍司令部を監視下に置いていた聖戦霊団の霊たちは、彼らの言葉は理解出来なかったものの、命令伝達と思われる行動を取った将校にもただちに裸踊りを始めさせた。
そうして北の国の首領、側近、軍上層部、軍司令部で繰り広げられる裸踊りは、延々十二時間も続いたのである……
十二時間後、一旦休息や食事のために彼らを自由にしてやったものの、もしも彼らが命令と思しき言葉を口にすると、直ちにまた裸踊りが始まる。
静かに休息している者たちの前で屈辱が繰り返されるのだ。
そうして一時間後、また全員が裸踊りを再開するのである。
以降は三時間の裸踊りごとに一時間の休息が与えられた。
もし当人が確実に寝ていたなら裸踊りは免除される。
だが、やはり何かを喋ろうとすると休息は剥奪されてすぐに裸踊りが始まった。
これに気づいて皆休息中にはなにも言わなくなったが、紙に命令を書こうとした者は、糞尿を撒き散らしながらの裸踊りをしながらの街中走行の刑が待っていた。
すぐに大勢の警察官が走って来て取り押さえたが、それが自国の指導部のメンバーと気づくとすぐに解放したため、彼らの街中走行糞尿撒き散らし裸踊りは続いた。
これを二度ばかり喰らうと、誰も紙を手にしなくなったのである。
このチャンスにクーデターでも起こそうとする者がいないかと、北の国の全域の監視が続けられたが、この国の過酷な支配体制がそうした芽を既に全て摘んでいた。
そのような体制下であっては、部下は上司の命令が無ければ何もしないのだ。
こうして、指導部が崩壊するとともに、この国の全ての官僚機構は動きを止めたのである。
三日後、待機していた国連平和維持軍が北の国に入った。
抵抗は皆無だった。
続いて平和維持軍は韓国内から食糧その他の援助物資を続々と運び込んだ。
バチカンの資金援助により、その量は合計十万トンに及んでいる。
そして……
平和維持軍に同行したテレビ局が、北の国の偉大なる将軍様とその側近たちが繰り広げる、裸糞尿撒き散らしラインダンスを全世界に放映した。
タイトルは、「罪の重さに耐えかねて発狂した北の国指導部」だった……
混乱が収まった後は、国連の監視のもと民主的な選挙が行われるであろう。
この北の国の映像は全世界の独裁体制を震撼させた。
日米合同瑞巌寺防衛軍の「おしおき通牒」とともにこの奇怪な現象が惹起されたのである。
それにあまりにも去年のイタリアと状況が似ている。
間違いなくバチカンが主導する行動であった。
だが、いくら調べてもその方法がわからない。
なんらかの手段で霊たちを組織したということまではわかるのだが、その防御方法など皆目わからない。
故に攻撃されたら防ぎようが無い。
この事実にもっとも戦慄していたのは中国共産党指導部であった。
彼らの始祖が「宗教は阿片である」と言って以来、彼らはあらゆる宗教活動を弾圧してきた。
よって、ZUIGANJIという名の仏教関連施設に自国民を送り込むことや、バチカンのエンジェル・エアーの助けを借りることなど論外中の論外だったのである。
最初は自国内十二億もの人材がいれば、ひとりぐらいは同じことが出来る者がいるだろうと考えたらしい。
それまで弾圧していた道教の導師たちを呼びつけては試していたが、治癒効果はもちろん全く無かった。
アメリカや欧州に居るエージェントをがんと偽って派遣してみたが、カルテが疑わしいとZUIGANJI空港で再検査され、大半が送り返された。
中には数名、施設に入れた者もいたが、もちろん成果は何もなかった。
奇跡の御光は、外に持ち出せるようなものでは無かったのである。
隠しカメラにさえ映っていなかったのだ。
因みにその偽患者には霊たちが取り憑いており、中国指導部の動静を密かに探っている。
だが、全世界がZUIGANJIの奇跡を讃え、涙しているという大々的な報道は、徐々に中国国内に浸透していった。
既に全世界で二千万人ものガン患者が治され、命を助けられているという。
あちこちで政府に対する抗議デモが起こり始めた。
生活を多少弾圧する程度ではデモにまで参加しなかった普通の国民たちも、自身や身内のガンとなれば話は別である。
自分たちの支配体制を維持するためだけに一切の宗教的活動を排除して、自国民をがんで死なせている共産党指導部に対する不満は一気に爆発し始めたのである。
中国各地での抗議行動は、徐々に激しさを増した。
特にもともと地元住民と支配層である漢民族との折り合いが悪かった北西部新疆ウイグル自治区では、抗議行動が即暴動になり始めていた。
住民側も、仲間や身内にガン患者がいたために、その怨嗟は実に大きなものだったのである。
だが……
国連における「中国国内の暴動多発と住民弾圧を懸念する」という声明と共に、国内の暴動はすぐに終息した。
終息したと言うより終息させられた。
デモ参加者が火炎瓶を手にするとその参加者は硬直して動かなくなった。
警官隊に投石しようとすると、これも動かなくなった。
それを見た警官隊が近づいて来て棍棒を振り上げてデモ参加者を殴りつけようとすると、これも動かなくなった。
別のデモ参加者が動かなくなった警官を殴ろうとすると、これも動かなくなった。
こうしてデモ隊と警官隊の衝突現場では、次々に硬直の輪が広がって行き、やがて彼らを遠巻きにした残りのデモ隊と、応援の警官隊に囲まれた硬直したひとびとの塊が出来る。
三時間経つとみな一斉に解放されて動けるようになるが、その間はお互いが見えたままである。
お互い見つめ合いながら三時間を過ごすのだ。
もし三時間後にまた殴り合いを始めようとする者がいると、また三時間の硬直が待っている。
これを三回ほど繰り返すと、どの衝突現場も沈静化した。
これでは暴動も起こせないし鎮圧も出来ない。
警官隊の指揮官たちは、最初処罰を恐れてこの事実を報告しなかったが、その状況は奇怪な硬直の塊の写真とともにすぐに全国に広まって行った。
中央から調査に派遣されて来たらしい偉そうな役人がなにかを喚いて命令を始めると、この役人もすぐに硬直させられ、こちらは十二時間硬直させられて糞尿垂れ流しになった。
北の国から次々に中国国境を越えて来た聖戦霊団の精鋭たちが、遂に中国全域に配備されたのである。
その数は五十万人に及び、まだ続々と増えている。
日本の霊たちも加わって、最終的には百万人に達する予定である。
彼らの浸透方法は、まず五万人程の集団が幹線道路や鉄道の線路に沿って移動する。
そして、主要駅や中規模都市に差し掛かると、そこで都市や駅の規模に応じて部隊を残し、残りの霊たちはさらに前進する。
そうして中国全土に霊の拠点と連絡網を築いていったのである。
同時に英語を解する現地の霊を探して徴用し、その都市の共産党支部や軍基地などに張り付いた。
大都市等で発見された英語を解する現地霊たちは、聖戦霊団の霊に連れられて中国全土に散っていったのだ。
この中国人の霊たちの中には、暴動を起こす住民に肩入れする者がいた。
生前官僚層の支配に苦しんで来た住民の霊であった。
だが、もともと宗教、つまり死後の世界の存在を否定されている国で育った人ばかりであったため、霊の数そのものが少ない。
中国全土でもその数はバチカンの霊たちの数%ほどしかいなかった。
中級霊以上の霊はさらに少ない。
彼らはバチカンの聖職者の霊たちに説得された。
どうしても説得に応じずに治安部隊に暴力を繰り返した現地霊は、聖戦霊団の高級霊たちが協議の上、悪霊認定して無明の闇に追放した。
こうして膨大な数の非暴力主義の霊たちが、全国でデモ隊と警官隊の衝突を止め始めたのである。
この出来事は、中国共産党本部をさらに震撼させた。
もしも硬直して動けなくさせられるのが警官隊や治安部隊のみになったら、もうデモ隊の暴動は防げない。
暴徒たちはすぐにでもこの共産党本部に押し寄せてくるだろう。
そうして自分たちは彼らに殴り殺されてしまうかもしれないのだ。
聖戦霊団の霊たちは、そのような人命を危険に晒すようなまねは絶対にしないが、彼ら中国の支配層にはもともとそういった人命重視の発想が無い。
なにしろ今まで自分たちの地位を守るために自国民をがんで死ぬまま放置してきた支配階級なのである。
恐怖に慌てた上級幹部が「軍に発砲許可を出して暴動を鎮圧させろっ!」と喚くと、その上級幹部は突然服を脱ぎ始めて糞尿を撒き散らしながら裸踊りを始めた。
聖戦霊団の霊が、通訳の現地霊と共に全ての共産党本部支部に配備を完了していたのである。
その上級幹部の裸踊りは、あまりにもあの北の国の元指導部が与えられたおしおきに酷似していた。
他の幹部たちはその裸踊りを見つめながら恐怖に震えた。
もしも既に命令を受けた軍部隊があったとしても、軍基地を監視している浮遊霊がすぐに中級霊たちに報告して、その指揮官を同じ目に遭わせた。
こうして中国国内の大暴動は強制的に沈静化させられたのである。
(つづく)




