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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
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*** 20 景気上昇 ***


 一方でスティーブの乗った箱は、しばらくゆっくりと進むとやがて巨大な空間に出た。


 どうも野球場に似た空間だったが観客席は無い。

 代わってスティーブの乗っている箱のようなものが無数にゆっくりと動いている。


「さあ、治療室ですよ。もうすぐこの箱も止まります」

 シスターは、スティーブの乗った車椅子を伸ばしてリクライニングにする。

 スティーブの前を動いていた箱がベルトから外れて側面にあるスペースに入った。


 スティーブの箱もその後ろのスペースに入る。

 そこには低い間仕切りがあって半個室状態になっていた。

 シスターが入り口の分厚いカーテンを引いて、半個室の中が見えないようにする。


「ではお洋服を脱いで下着だけになってください」

 スティーブは言われるままに服を脱ぐ。


「最近治療の光はまず皮膚から浸透して行くことがわかって、患者さんにはこうして服を脱いで頂くことになりました。

 重篤な患者さんや血液のがんである白血病の患者さんには裸になって頂いているんですよ。

 おかげで治療に必要な時間が半分に短縮されたんですけど、念のためまだ治療時間はやや長めにしてあります」


 スティーブが前方を見ると、大きな台座の上に一人の男が座り、その男の頭上すぐのところから強烈な照明の光が出ている。

 どうもその光の中心にはなにかいる。

 シスターはスティーブの体に光が当たっていることを確認すると自分も座った。


「あの照明の下に座っている男は誰なんですか」


 シスターはにっこり笑った。


「あれが奇跡の人、KOUKI・MITAKAです。

 それからあれは照明ではありません。

 彼の守護神であるブッダの光です」


 よく見ればその男が乗った台座が非常にゆっくりとではあるが回転していた。


「なんだか寝ているようにも見えますね」


 シスターはさらに微笑みを大きくした。


「あれは寝ているのではなく、ZAZENというものを組んでいるのです。

 ZAZEN中は半分意識の無い状態になって、脈拍も一分間に八回しか無いそうですよ。

 病室にZAZENについてのパンフレットが置いてありますから読んでみてはいかがですか……」


 スティーブは一時間ほどそのまま横になっていた。

 ずっと光を見つめていたが、不思議なことにぜんぜん眩しくない。


 シスターは本を読んでいたが、顔を上げると言った。


「あ、KOUKIのZAZENが終わったようですね。あなたは運がいいわ。

 KOUKIとSOURYUの両方のZAZENが見られますよ」


 KOUKIが立ちあがって台座を降りはじめた。

 もう光ってはいず、病室全体もうす暗くなった。

 代わって別の男が台座に昇ったが、こちらは台座の中央ではなく端に座る。


「さあ、SOURYUが現れますよ。大きいので驚かれないように」


 台座の上に巨人が出現した。

 座っていても高さ三メートルはあるだろう。

 立ったら五メートルぐらいありそうだ。

 スティーブはびっくりした。


 巨人は先ほどのKOUKIとおなじ姿勢で座っている。


「あれが、SOURYUです。

 彼は亡くなってから四百年も経つ霊魂です。

 KOUKIよりは光が小さいので治療時間は三時間かかりますが、それでも効果は全く同じです」


 スティーブがよく見るとSOURYUも光っているが、やはりKOUKIよりは光が小さい。

 スティーブはSOURYUの巨体に見とれていた……



 カードを入れてある辺りからミ―という小さな音がした。

 同時にその辺りが点滅を始める。


「さあ、治療が終わりましたよ」


「こ、これだけなんですか?」


 シスターは微笑んだ。


「ええ。これだけです。

 でももう彼らは一千二百万人ものガン患者をこうやって治してきたんです。

 さあ、動き始めますよ」


 また箱がゆっくりと動き始めた。

 途中で地下に入り、明るい通路をゆっくりと進んで行く。

 そしてまもなく広大な空間に出た。


 大勢の人がベルトコンベアーの脇に居て、出て来る患者たちを見ている。


「このベルトコンベアーシステムは、設計者が家族とディズニーランドに行ったときに思いついたという噂がありますわ」


 シスターが言ったが、スティーブは聞いていなかった。

 ジェインが嬉しそうに手を振っているのが見えたからだ。


 ジェインが乗り込む間もコンベアは止まらなかった。

 まあ、ゆっくりなので問題は無い。

 彼らを乗せた箱はまたトンネルに入り、巨大な部屋に入って止まる。


「さあ、アメリカ病棟に到着です。箱から降りてエレベーターに乗りましょう」


 シスターはベッドを起こしてまた車椅子にすると、車椅子を押してエレベーターに向かった。

 スティーブやジェインが見たことも無い程巨大なエレベーターが何十機もある。

 中も広大で、患者が一度に三十人は乗れるだろう。

 スティーブたちは十階で降りた。


 そこから端が見えない程長い廊下が続き、廊下の片側が信じられない程巨大な病室になっていた。

 スティーブとおなじ車椅子やベッドが入れられるスペースがあり、そこには簡易寝台もある。

 たぶんジェインのベッドだろう。


 そのスペースはパーティションで区切られていたが、ここのパーティションは背が高く、けっこうプライバシーが保てた。


 どうやらここは男性病棟らしい。

 あちこちに患者服を着た男性と、そのつきそいの女性が大勢いた。


「ずいぶん大きな病室ですね」


「このフロアは最大一千人の患者さんと、その付き添いの方を収容できます。

 この建物は十二階建てで、病室は二階から十二階までです。

 一階がさっきの待合室なんです」


 スティーブが驚いていると、シスターはにっこり笑って言った。

「同じような建物は、全部で十棟もあるんですよ」


 スティーブは心底驚いた。


「今現地時間で夜の七時です。消灯は九時です。

 トイレは廊下沿いのあちこちにあります。

 レストランや売店も廊下の反対側にあります。

 ぜんぶ無料です。


 おすすめはZUISYOスープですが、混雑していて飲めないかもしれません。

 シャワー室は廊下をまっすぐ行った先にあります。

 わたくしはこれで失礼いたしますが、なにかご用事がありましたら、そのカードについているボタンを押してください。

 シャワー中でなければすぐにここに来ます。


 明日の朝十時から検査ですから、その前にまたここに来ます。

 ここは一応病室ですのでお静かにしてくださいね。

 お話されるときはレストランでお願い致します。

 それではどうぞごゆっくりお過ごしください……」



 翌朝、スティーブとジェインはシスターに連れられ、地下通路を通って診察棟に向かった。

 まずレントゲン室でレントゲンを撮ると、すぐに診察室に通される。

 レントゲン室も診察室も、まるで無限に続くかと思われるほどたくさんあった。

 

 診察室にはアメリカ人医師がいて、スティーブと握手するとインディアナの病院のカルテと先程の検査結果を比較して見ている。


「経過は順調ですな。これならMRIの必要も無いでしょう。

 ステイツに帰って元の病院に着いたら再検査して頂く必要がありますが、今日はこれで退院して頂いてけっこうです」


「も、もう終わりなんですか……」


「はい。あなたは既に回復を始めています。

 まず心配はありません。ご退院おめでとうございます」

 そう言うと医者はにっこりと笑った。


 診察室を出るとシスターもにっこり笑って言った。


「ご退院おめでとうございます。ご家族にお電話されますか?」


「は、はい。娘たちに知らせないと…… 

 あ、ですが私のモバイルはアメリカ国内の登録しかしていませんで、国際電話がかけられる公衆電話はありますか?」


「いえ、日本から合衆国までの国際電話はアメリカ政府もちです。

 普通に電話すればアメリカの娘さんに繋がりますよ」


 スティーブはまた驚きながらも娘に電話して無事退院したと伝えた。

 娘は電話の向こうで二人とも泣いていた。


 スティーブが電話を終えるとシスターが言う。


「それでこれからどうされますか」


「どうって……」


「今からでしたら昼の飛行機に間に合います。

 それとも日本での休暇を何日かお望みでしたら、あと一日か二日、この病棟に泊まることができます」


「む、娘たちに会いたいのですぐに帰りたいと思います……」


「それではすぐに空港に向かいましょう」


 スティーブたちが、患者搬送車乗り場に行くと、そこには軽食などの売店の中に不思議な店があって、患者たちの列が出来ていた。


「あれはなんですか?」


「ああ、KOUKIとSOURYUの人形です。

 お守りとして買って帰る方が多いんです。どちらもひとつ一ドルです」


 スティーブは娘たちへのお土産として、それぞれ二個ずつ買った。

 小さかったが両方ともけっこう精緻な出来だった。


 空港までの搬送車の中でシスターが言う。


「申し訳ありませんが空港で担当が代わります。

 実は私、今日から三日間の休暇なんです。

 ZUIGANJIまでのフライトを五回担当するごとに司教様がけっこうなお小遣いをくださるんですけど、TOKYOに行ってお買い物をするのが楽しみだったんですよ」

 シスターは嬉しそうだった。


「日本の物価はすごく高いと聞いていますが……」


「ええ、それはもう…… 

 ですが、私たちは鉄道料金がすべて無料になってるんです。

 あの新幹線がZUIGANJI駅からTOKYOまで運んでくれます。

 TOKYOにはシスター専用の無料宿泊施設もありますし」


 またしてもスティーブは驚かされた。


「それではスティーブさん、ジェインさん、帰りのフライトもお気をつけて……」




 最近のTOKYOは、シスターや命を拾った患者たちでいっぱいだ。

 どこにでも彼らの姿が見られる。

 それに命が助かった嬉しさで、患者たちの財布のヒモは緩みっぱなしだった。


 あちこちの店で英語やスペイン語やその他の言語の表記が見られる。

 ドルやユーロもそのまま使えるようになった。


 日本の景気ははっきりと上昇を始めている。

 それもかなりのペースで。



 その後の定期検査で、スティーブはガンの完治を告げられた。

 スティーブとジェインは根っからの共和党支持者だったが、その年の大統領選挙では民主党の現職大統領に投票した。

 娘ももちろんそうした。


 アレクサンダー・ジョージ・シャーマン大統領は、アメリカ合衆国の歴史上最高の得票率をもって再選を果たした。



 ヨーロッパの状況もアメリカと同様である。

 ヨーロッパにも無数のスティーブやジェインがいたのだ。


 欧州各国の内閣支持率はどこも史上最高を記録している。

 世界の景気もはっきりと上向いている。

 人間誰しも将来の不安が減ると財布のヒモが緩むものだ。


 同時に世界各国の医療費も着実に減少し始めていた。

 ガン患者がいなくなるだけで、各国の医療費は軒並み五%近く減少したのである。


 ZUIGANJIへの寄付はますます増えている。


 みんな使い道に困っていた……







(つづく)


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