*** 19 極秘警備霊体制 ***
飛行機がアンドルーズ空軍基地に着くと、同じような国内線機が四機、巨大な輸送機を取り囲んでいる。
見たことも無いほど大きな輸送機だ。
この輸送機にも国内線と同じ大きな赤十字と天使の絵が描いてあった。
国内線機に横づけされた移動式ターミナルに、続々と患者とその家族やつきそいのシスターたちが吐き出され、すぐに巨大輸送機に繋がった通路を通じて四つの出入り口から呑みこまれていく。
スティーブもそのうちのひとつから輸送機内に入った。
どうやら巨大な輸送機は、内部に床が作られて二階建てになっているようだ。
すぐに国内線と同様に車椅子が床に固定される。
また隣にジェインとシスターが座ったが、今度の彼らの座席はもっと大きい。
どうやらフルフラットシートになるようだ。
まるでファーストクラスである。
すぐに機内食が配られ始めた。
おなじシスターの恰好をした客室乗務員が夕食を配っている。
メニューは四種類もあった。どれも豪華そうだ。
シスターが微笑みながら言う。
「今日の機長はラインホルト少佐さんです。
もう百回も日本とアメリカを往復していて、その功績で先週勲章を頂いたばかりの優秀な方ですので御心配は要りません」
食事が終わると輸送機が動き始めた。
もう外は暗くなっているが、同じような飛行機が十機近く駐機しているのが見える。
空から一機、やはり赤十字と天使の絵が描かれた輸送機が着陸態勢に入っていた。
「さあ、出発です。
日本までは十時間ほどのフライトですからゆっくりとお休みください」
輸送機が離陸して水平飛行に入ると、シスターはスティーブの車椅子を倒してベッドにした。
続いてジェインにもフルフラットシートの扱いを教える。
シスターはまだ座ったままだ。
スティーブは小声で隣のジェインに言った。
「驚かされてばかりだな」
「ええ……」
「なんだか本当に助かるような気がしてきたよ」
「ええ、わたしも……」
微笑んだジェインの目から涙が落ちた。
一行は、無事ZUIGANJI空港に到着した。
またもやスティーブが驚いたことに、空港にはスティーブたちが乗って来たような大型機が見渡す限り並んで止まっている。
そしてその全てに大きな赤十字と天使の絵が描いてある。
だが、よく見ると機体の隅には世界各国の国旗が描いてあった。
アメリカ合衆国はもちろん、ヨーロッパ主要国の国旗もたくさんある。
スティーブが見たこともない国旗もたくさんあった。
「ここはエンジェル・エアーの専用空港なんですよ。
エンジェル・エアーの飛行機しかいないんです」
シスターは、そう言いながらスティーブの車椅子を押して飛行機を降りると、すぐに同じフロアーに並んでいる患者搬送車の方に移動した。
患者たちは皆順番に次々に搬送車に乗りこんで行く。
すぐにスティーブたちも搬送車に乗り込んだ。
そのとき、スティーブが気がついた。
「まだ室内なのに、排気ガスの匂いがしない……」
「あら、よくお気づきですね。これ全部日本製の電気自動車なんです。
これだけ日本にお世話になってるんですから、少しは日本製品も買って差し上げないとね」
そう言うとシスターは微笑んだ。
患者搬送車は次々に出発した。だがいくら走っても外に出ない。
窓から外を見ると、トンネルのところどころに窓のようなものがあるが、片側二車線の高速道路はほとんどが屋根のようなもので覆われている。
シスターがスティーブの視線に気づいて言う。
「ここは雪国なもので、高速道路にはすべて屋根をつけてあるんです。
外の景色が見られなくて残念ですわ」
また、スティーブは、車が反対の車線を走行しているのにも気がついた。
これが噂に聞くアメリカと逆の交通ルールか。
また、反対車線を戻って来る車が、すべて自分の乗っている患者搬送車と同じであるのにも気がついた。
その搬送車はやたらに数が多いが、それ以外の車がいない。
「ふふ、この道路は患者さん専用道路ですから、搬送車以外はほとんど見かけないんですよ」
シスターがまた微笑みながら言う。
スティーブはだんだん恐ろしくなってきた。
いったいなんという巨大な事業なのだろう。
二十分ほど経つと搬送車がスピードを落とし始めた。
大きなランプをゆっくりと回ると、巨大な車寄せのような空間で止まる。
スティーブが外に出てみると、ここも建物の中であり、外は窓からしか見ることが出来ない。
スティーブは建物の中に運ばれて行った。
「今は空いているようですから、すぐに治療を受けられるようですね」
シスターはそう言うと、スティーブの車椅子を平たい箱のようなものに乗せた。
簡単な手すりもついている。
カードが二枚置いてあった。
その一枚を箱の先に突き出している部分のスロットに入れると、カードにデジタル表示の数字が表示される。
「ここからは、スティーブさんとわたくしだけが入れます。
ジェインさんはこのもう一枚のカードをお持ちになって、あちらにある付き添い家族の待合室でお待ちください」
ジェインがシスターから渡されたカードにも、同じ番号がデジタル表示されている。
「その番号が今日のスティーブさんの患者番号です。
治療に要する時間は一時間半から三時間ですが、家族待合室には治療が終わったばかりの患者さんの番号が表示されていますので、治療が終わるとすぐにわかるようになっていますよ。
軽食や雑誌のサービスもありますから、どうぞそこでごゆっくりお待ちください。
もしなにか御質問があれば、そこら中にシスターがいますから、シスターに聞いてください。それでは」
スティーブとシスターを乗せた平たい箱はベルトコンベアーのようなものに乗ってゆっくりと動き始めた。
その前後も同様な箱で、それぞれに患者とシスターが乗っている。
スティーブは、これではやや警備態勢が甘いなと思った。
爆発物や銃器などを持ち込むテロリストなどを防ぐことは出来ないのではないかと心配した。
だが、これはシスターたちすらも知らないことだが、全てのエンジェル・エアー機には専門の霊たちが常に十人以上配置されている。
彼らはスティーブのベッドの下やジェインのバッグの中まで顔を突っ込んで、フライト中に徹底的なチェックを終わっていた。
車椅子に装備されている酸素ボンベの中にまで顔を突っ込むのだ。
彼らはどこにでも入って行ける。
さらに空港には膨大な数の中級霊たちがいて、到着する患者や家族、そしてシスターに至るまで密かに全員に取り憑いていた。
患者送迎車の運転手や病院の看護師や医師たちにまで取り憑いている。
そして彼らが不審な行動を取ると、霊たちはただちに彼らを硬直させるのである。
極秘裏に何度もアメリカのCIAの精鋭たちが爆発物や銃器を持ち込もうとする演習を行ったが、その都度この極秘警備霊体制に発見されている。
CIAのエージェントたちは、突如硬直させられた後、不思議そうな顔をしていたが何も言わなかった。
警備霊たちはこの演習が楽しいらしく、彼らを退屈させないためにもけっこう頻繁に演習は行われている。
ジェインは治療施設でスティーブを見送ると、言われたとおりの方向に歩いて行き、患者家族待合室と大きく書かれている入り口を通って待合室に入った。
そしてそこで立ちすくんだ。
その空間は、反対側が霞んで見えない程大きかったのである。
ジェインはこんな巨大な室内空間は初めて見た。
いったい何エーカーあるのだろう。
よく見れば周りのひとたちも立ちすくんでいる。
(そうか、このひとたちもここに来るのは初めてなんだ)
そう気づいたジェインは気が楽になった。
落ちついてその広大な空間を観察する。
空間の一辺には長いベルトコンベアーが走り、その上を先ほどスティーブが乗って行った平たい箱のようなものがゆっくり流れていた。
それらには患者とシスターが乗っている。
箱にはやはりデジタル表示で番号が書いてあった。
ジェインの持っているカードの番号よりは三千番ほど少ない数字だ。
自分の家族を見つけたひとは、その平たい箱に乗りこんで行く。
そして抱き合ったりキスしたりしながらゆっくりと運ばれて行き、空間の隅に空いた穴の中に吸い込まれて行っている。
壁には「現在治療が終了した患者さんの番号」とあり、今治療施設から出て来たばかりの箱と同じ番号が表示されている。
その隣には遥かにケタ数の多い数字が書いてあり、「治癒された総患者数」と書いてあった。
ジェインが数えてみると、それは千二百万以上の数字だった。
空間に目を戻すと、そこには数え切れないほどのベンチやソファがあり、そこここに雑誌の入っているボックスがあった。
そこでジェインは気がついた。
(全部表示が英語だし、雑誌もアメリカのものばっかりだわ。
そうか、ここはアメリカ人専用の待合室なのね。
ということは、他にスペイン語の空間とかドイツ語の空間とかたくさんあるんだわ……)
また、ベルトコンベアーの反対側は、ずらりと軽食や飲み物の店が並んでいた。
みんなジェインには馴染みのある食べ物や飲み物ばかりだった。
ジェインもその店に行って軽食と飲み物を買おうとしたが、どこにも値段の表示が無い。
ジェインはお店の人に聞いてみた。
「ああ、全部無料ですよ。なにになさいますか」
驚いたジェインは、慌ててコーヒーとサンドイッチを頼んだ。
それらはすぐに清潔なトレイに用意されて出て来た。
「それではごゆっくり」
ジェインはなんだかまた落ち着かない気分になったが、どうやら周りの人もみな同様らしい。
サンドイッチのトレイを手に、ジェインは空いているベンチを探した。
淹れたての実に美味しいコーヒーに驚いた後、もういちど壁の表示を見る。
スティーブの番号まではまだだいぶあるが、数字はどんどん増えて行っているのでほっとする。
ジェインは雑誌を読む気になれず、サンドイッチを食べ終わると手を組んでお祈りを始めた。
見れば周りの人たちも大勢お祈りをしていた……
(つづく)




