*** 18 奇跡の事業運営***
アメリカ合衆国中部、インディアナ州でトウモロコシ農業を営むスティーブ・ホワイトは最近胃の調子が悪いのに悩まされていた。
子供のころから医者にかかったことの無いことを自慢にしていた四十代の頑健な男だったが、最近どうも胃の調子が悪い。
微熱も続いていた。
昨晩などは、せっかく妻と娘が作ってくれた好物のシチューを戻してしまったほどである。
高校時代の同級生だった最愛の妻と二人の娘が泣いて頼むので、スティーブは翌日車で二時間もかけて市内の病院に行った。
家族も一緒である。
最近免許を取った娘が運転してくれた。
そこでスティーブは、がん宣告を受けてしまったのである。
検査の翌日、病理検査の結果とレントゲン写真を見ながら医師が言う。
「どうしてもっと早く病院で検査を受けなかったんですか」
「い、いやちょっと胃の具合が悪いだけだと思ってたもんで……」
「定期健診は?」
「い、いや車で片道二時間もかかるもんで……」
「胃が悪性腫瘍に冒されていますな。私の診断は余命一年未満です」
妻と二人の娘が泣き崩れた。
スティーブはショックで口も聞けない。
医者は少し不思議そうな顔をしてスティーブたちを見ている。
それから手元のモニターを覗き込んだ。
「ああ、アナタは運がいい。今なら一年の方なら待たなくてもいいようですな」
スティーブは怖い顔で言った。
「なにを待たなくってもいいって言うんですかい。天国への順番ですかい」
妻と娘たちがさらに大きい声で泣いた。
「何って…… もちろんエンジェル・エアーの順番ですよ」
「お医者さんよ、ふざけないでもらえんか。
そりゃあ俺は学も無いただの農夫だがな。
なにも妻や娘たちの前で、死にかけたガン患者に、天国に行くのに待たなくてもいいとか天使がすぐ来てくれるとか、そんなこと言わんでもらいたい」
「あなた、ZUIGANJIのことを知らないんですか?」
「だから俺は学も無いって……」
「あなた、テレビを見ないんですか?」
「あ、ああ、ほとんど見ないな。
毎週車で三十分かけて教会には行ってるけど……」
「今晩はこの病院にお泊まり下さい。そして明日……」
医師はなにやらカチャカチャとキーボードを叩いている。
「明日の昼から二時までの間に、教会の患者搬送車が来てくれますよ。
その後はインディアナ空港に行って、飛行機に乗って、アンドルーズ空軍基地です」
「く、空軍基地っ!」
「そこからさらに空軍機で日本に連れて行ってもらってZUIGANJIで治療です。
あなたの状態なら日本では二日ほどで治療は終わり、帰って来られるでしょう」
「そ、そんなんでガンが治るんですかっ!」
「あなた、本当にテレビ見てないんですね。たまには見た方がいいですよ。
ええ、これが三年前だったらあなたは多分それから一年以内にお亡くなりになっていたでしょう。
ですが今なら確実に治ります。
ZUIGANJIが治してくれます」
「そ、そのZUIGANJIって何なんですか?」
「奇跡の光を持つ方のいる病院です」
「ほ、本当にそんなんでガンが治るんですかい?」
「本当に御存じないんですね。
もうこの一年半で全米だけで百万人、全世界で千二百万人のガン患者を治していますよ。
失敗はありません」
「そ、その方は神様かなにかなんですかい」
「いえ。御本人は普通の人だといつも言っています」
スティーブは考え込んだ。
妻と娘たちの目にも希望の光が宿り始めた。
「と、ところでその治療費はいくらぐらいかかるんでしょうか」
「今日の検査費用と今晩一泊分の入院費は頂戴しますけど、あなたは医療保険には入っていますね」
「は、はい」
「でしたら費用は百ドル以内でしょう」
「でっ、でも日本に行くとなると……」
医師は首を振りながら言った。
「奥様も付き添われますか」
「は、はい出来れば」
「明日エンジェル・エアーの神父さんが患者搬送車で迎えに来てくださいます。
それから空軍基地経由で日本に行って、ZUIGANJIで治療をしてもらってまた空軍機で戻って来て、そしてまた患者搬送車で神父さんがこの病院まで送って来てくれます」
「は、はい」
「その搬送車に乗り込んでから、また帰って来て搬送車を降りるまで、患者本人はもちろん、付き添いの家族一名まで費用はすべて無料です」
「む、無料っ! しっ、しかしそんなまさか……」
「最初は入院費が一日二十ドル、付き添いの方の宿泊代がおなじく一日二十ドルだったんですが、最近世界中から寄付が集まったんですべて無料にしたそうです。
「…………」
スティーブとその一家はしばらく声も無かった。
「しっ、しかし、い、いくらなんでもそれは……」
「もしそう思われるのでしたら、ほんの少し、そうですねえ、あなたの一カ月分のビール代ほど献金をされてみたらいかがですか」
「ど、どこに献金したらよろしいのでしょうか」
「世界中のキリスト教会でZUIGANJIへの献金を受けつけています。
そういう善意のおカネでこの奇跡の事業は運営されているんですよ」
そう言った医師はにっこりと笑った。
翌日の昼過ぎ、スティーブのいる病院にエンジェル・エアーの患者運搬車がやってきた。
その運搬車のボディには、大きな赤十字とともに美しい天使たちの絵が描かれている。
車から降り立ったのは神父服を着たにこやかな顔の男だった。
「やあ、ホワイトさん。エンジェル・エアーのスミス神父です。よろしく」
「よ、よろしく」
スティーブは恐る恐る神父と握手した。
「お元気そうですね。でも医師の診断では余命一年未満ですか」
「は、はい。昨日そう言われました」
「この時代にお生まれになって本当によかったですね。
今なら一週間以内に確実に治してもらえますから」
スミス神父は饒舌だった。車内でも会話が続く。
「この後は、インディアナ空港からアンドルーズ空軍基地までエンジェル・エアーの国内線に乗っていただきます。
それから先は空軍の専用機でZUIGANJIの最寄りの空港まで行きます。
機内ではすべてエンジェル・エアーの専門の看護師が付きますのでご安心ください。
いやそれにしてもいい時代になったもんだ」
「はい。本当に治るんですね……」
「まあ、今まで全員治しちゃってますからねえ、あの奇跡の光は」
「神父さんはご覧になったことがあるんですか?」
「はは、テレビで見たことがあるだけですよ。
ですが……
主に召されるまでに一度でいいからこの目で見てみたいものです……」
神父は遠い目で言った。
「だから、不謹慎ですが、本当は皆さんガン患者さんたちが少し羨ましいんですよ」
そういった神父はスティーブたちを一瞬見てウインクをした……
インディアナ空港で、搬送車はやはり搬送車とおなじ絵が描かれた建物の前に止まる。
既に車寄せにはシスターの衣服をつけた若い女性が待っていた。
「スティーブ・ホワイトさんとその奥様のジェインさんですね。
私はシスター・マクガインです。どうぞよろしく」
「よ、よろしくお願いいたします」
「今から日本に行って、またこちらに帰ってくるまでホワイトさんのお世話をさせていただきます」
「い、行って帰って来るまでずっとですか……」
「はい、その方が効率がいいことがわかって、半年前からそういうシステムになりました。
患者さんたちもその方が安心されるようですし」
「………………」
「御安心ください。わたし、もう十五回も日本に行っていますから。
でも残念ながらマイレージはつきません」
スティーブたちの沈黙を誤解したシスターが、そう言ってにっこり笑った。
「す、スティーブと呼んでください」
「わかりましたスティーブ。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしく……」
その建物内で、スティーブは簡単な医師の診察を受けた後、金属探知機をくぐらされた。
荷物もけっこう厳重に調べられた。
「ごめんなさいね。
セキュリティーチェックは出来るだけ地元で行うようになっているんです。
ZUIGANJIの負担を少しでも少なくするために」
「はあ」
スティーブは車椅子に乗せられた。不思議な材質の巨大な車椅子だ。
「この車椅子は、機内ではベッドになります。
硬質プラスティック製で、このまま金属探知機をくぐれます。
人工呼吸器もついていますけど、今のスティーブさんには必要ありませんね」
「は、はい」
見ればスティーブの周囲には同じような車椅子やベッドやシスターたちが大勢集まっていた。
シスターは周りの仲間たちとにこやかに挨拶を交わしている。
「それでは搭乗開始です。こちらへどうぞ」
シスターはスティーブの車椅子を押して列に並んだ。
途中の窓から見えた国内線の中型機には、やはり大きな赤十字と天使たちの絵が描かれていた。
機内に入ると、シスターはスティーブの車椅子を大きな金具で床に固定した。
シスターとジェインの席は、スティーブの隣の大きな座席である。
周りの患者やその家族やシスターたちも皆座席に着いたようだ。
飛行機がすぐに動き出した。
滑走路の端で一瞬止まるとただちに離陸滑走を始める。
「早いんですね」
「?」
「離陸の順番を待たされないんですね」
「エンジェル・エアーの飛行機は、世界中のどこの空港でも最優先で発着出来るんです」
シスターはそう言ってまたにっこりと微笑んだ……
(つづく)




