表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
91/214

*** 17 赤い野球帽 ***


 光輝一家が瑞巌寺に着くと、奈緒はお手伝いを始める準備をする。


 ひかりちゃんが寂しそうにしていたらおんぶしながらお手伝いを始めるが、最近は完備された託児施設があって、おともだちもいておもちゃもたくさんあるので、そちらの方を好むことが多くなった。

 厳空夫妻や厳真夫妻の子供たちもいる。

 因みに保育士さんは子供の数より多くいる。子供が増える度にその分増える。


 光輝は歩いて座禅場に向かい、いつものように一千人の僧侶を前に一時間の座禅を組む。

 最近ではさらに光輝の座禅姿はサマになってきているらしい。


 ただ……

 光輝は今は剃髪姿なので、修行僧と見分けがつかない。

 特に後ろからだとほとんど見分けがつかない。


 ある日光輝が座禅場への道を歩いているときに、後ろから若い僧侶の声がかかった。


「これこれそこな修行僧。僧正様の御前であるぞ。

 修行僧は道の端を歩きなさい」


 途端に周囲から罵声が飛ぶ。


「こっ、このばかものがぁっ!」

「こっ、ここなお方をどなたと心得るっ!」

「おっ、畏れ多くも生き仏様になんという口を聞くかぁっ!」


 その僧侶は、厳基という法名をもらったばかりの若い僧侶だったが、途端に顔面蒼白になって平伏し、額を地面に打ちつけた。


 切れた額から地面に血が広がり始めた。

 慌てた光輝が厳基の手を取って立ち上がらせようとしたが、厳基はそのままごろりと横になった。

 脳震盪を起こして気絶していたのだ。


「み、皆さんっ! こ、この方をすぐに病院に運んであげてくださいっ!」


 途端に四方八方から僧侶たちが飛んで来た。


「そっ、それからどうかこの方を怒らないであげてくださいっ! 

 おっ、お願い致しますっ!」


 光輝は言葉のお願いだけでは足りないと思い、その場で平伏して何度もお願いを繰り返した。

 そうしなければ、あの若い僧侶がどんな目に遭わされるかわかったものではないからだ。


 平伏を終わった光輝が顔を上げると、見渡す限りすべての僧侶が平伏していた。

 近くにいる僧侶たちは皆、生き仏様のお慈悲に接して泣いていた……




 その翌日、光輝がまた瑞巌寺に行ってその僧侶を探していると、額に包帯を巻いていたのですぐにわかった。

 光輝が近づいて行くと厳基はまた慌てて平伏しようとする。

 すぐにその手を取って立たせると、光輝は言った。


「昨日はごめんねー、確かにこの格好じゃあ修行僧さんたちと見分けがつかないもんねー。あははは」


 また厳基の顔が蒼くなり始める。


「もうだいじょうぶなの?

 さすがに鍛えてるだけのことはあるねー。

 それじゃあ一緒に座禅場まで歩いていこうよぉ。


 お名前は? 

 ああ、厳基さんていうんだ。

 僕は、三尊光輝…… 

 あ、ああ、知ってるのね。

 それじゃあ厳基さん、これからもよろしくねー。


 いやそれにしても昨日はすっごい平伏だったよねー。驚いちゃったよ。

 い、いやいや謝んなくってもいいってば!

 褒めてるんだってば!!!」



 額に包帯を巻き、まだ蒼白い顔をした厳基を連れて修行場に向かう光輝の両側には、また僧侶たちの平伏の列ができた。

 どうやら生き仏さまのお慈悲に触れて感動しているらしい。


 光輝は「あー、皆さんおはようございます。

 そんな平伏なんていいですから、早くしないと座禅に遅れちゃいますよぉ~」

 と言いながら厳基を連れて修行場までのんびりと歩いて行った。


 そこに厳空が近づいて来る。

 厳空は黙って光輝に真っ赤な野球帽を差し出した。

 そして、「それにしても困ったお方ですな。当面これを被って歩いてください」と言う。


 修行僧の格好に赤い野球帽は実にサマにならなかったが、光輝は仕方無くそれを被った。



 光輝は厳攪大僧正にお願いして、試しに厳基を最前列に座らせてもらった。

 座禅中は額の包帯を外していた厳基だったが、座禅後はその生々しかった傷跡が塞がり始めている。

 やはり光輝の御光には多少の治癒効果があるらしい。


 この奇跡を目にした僧侶たちは、再びおののいて長い平伏をした。

 厳基本人はあまりのことに顔面蒼白となり、可哀想にまた震えていた。



 この厳基は、もともとの真面目な性格もあって、光輝への感謝の念とともにさらにいっそう修行に励み、後に上級退魔衆権大僧正まで昇り詰めることになる。


 そうして、事情を知らない者が、権大僧正様の額の傷を見て形成手術をすすめると、「この傷跡は、わたくしにとって命よりも大事な傷跡なのですよ」と言って微笑んだそうだ。



 そんな事件があって数日後、サマにならない赤い野球帽をかぶった光輝が瑞巌寺の掲示板をふと見ると、墨痕鮮やかに、「生き仏様の御前で平伏する際に、額を地面に打ちつけることを固く禁ずる。 厳攪」

 と書いた張り紙があった。


 厳基のマネをしようとする者を戒めているのだろう。

 光輝は首をふりふりそれからまた送迎車に戻った。

 車列を引き連れて瑞祥グランドホテルの特別病室に出かけて行くのだ。

 そこで崇龍さんと交代しながらまた患者さんの前で座禅に入る。




 光輝と崇龍上人が命を救ったガン患者の数は、ガラスピラミッド病室で治療を始めてから半年で既に百万人近くに達している。


 歴史上、百万人以上を救ったとされる人物は何人かいる。

 例えば種痘を発明したとされるジェンナーであり、その他にも麻酔を発明したとされる医師や、消毒を初めて行った医師たちなどである。


 だが、彼らの偉大な発見も、その後数百年かけて百万人、千万人を救って行ったのである。


 そして……

 たったの半年で百万人近くの命を救った者は、人類史上初めてであったのだ……



 ガラスピラミッド病室で命を拾ったガン患者がちょうど百万人に達するころ、超巨大ドーム治療室、いやお見舞い病棟は本当に完成してしまった。


 ドーム球場の建設実績のある中央の大建設会社が、国土交通省の推薦と言うか実は推薦の名を借りた指令によって全面的に協力してくれたのである。

 その建設会社だけでなく、文字通り日本中の建設会社がこの超大型プロジェクトに何らかの形で貢献してくれたのだ。


 日本各地で開催された地元建設会社を集めた会合には、またもや国土交通大臣が事務次官らを伴って出席してくれた。

 そうして瑞巌寺大規模治療施設建設への協力を頭を下げてお願いしてくれたのである。

 まあ日本政府としても、巨額の資金は支出できなくとも、国土交通大臣のアタマぐらいなら安いものだと思ったのだろう。


 こうして五千機を超えるクレーンと、それを遥かに上回る数の建設車両が投入された。

 四交代制、二十四時間稼働工事によって超巨大な入院棟も続々と完成している。


 当然鋼材やセメントなどの建設資材の需給も逼迫し、一部では価格の高騰も招いた。

 特に香港の企業が本土の国営企業と結託して鋼材の買い占めを行ったことは、世界中の顰蹙を買った。

 だがもちろん当の企業たちは、これこそ資本主義の王道だろうと涼しい顔で、瑞巌寺に対して法外な価格での資材の提供を申し出た。


 これに対し、アメリカ合衆国政府とバチカンは、日本の周辺各国に特使を派遣して、その国の政府が主導する大規模建設工事を一時中断してでも、資材を日本に回すよう懇請した。


 これに呼応して、特にフィリピンが全面的な協力を申し出た。

 何といってもアジアでは日本と並ぶアメリカの大友好国であり、またアジア最大のキリスト教国でもある。

 しかも最近首相の一族のひとりが瑞巌寺病院で末期がんから救われていたのだ。



 アメリカや韓国から鋼材を満載してフィリピンに向かっていた輸送船が、その向きを変えて日本に向かった。

 オーストラリアからは鉄鉱石を満載した船団が日本の製鉄所に向けて出発した。

 その他の国々からも善意の資材が続々と日本に届けられた。


 それら国々にとっても、自国の国民たちがZUIGANJIに命を助けられ始めていたのである。


 香港企業が大量に買い占めた鋼材は、香港の港で雨ざらしのまま錆始めているそうである。

 近く破産申請を行う予定との噂だ。



 また、こういった大規模な建設は本来費用との戦いでもあるのだが、国内世論に押されたアメリカがまた五十億ドルをZUIGANJIに送金して来たらしい。


 それ以外にも欧州主要国からも莫大な寄進の申し込みが殺到していた。

 各国とも何万何十万人と抱えているガン患者が、ZUIGANJIで命を救ってもらえるかもしれないのだ。

 カネを惜しんでいる場合ではない。




 カネに糸目をつけなければ、こういう歴史上稀にみる大建設もなんとかなるものである。


 五倍の時間をかけてゆっくり作れば五分の一の費用で出来ただろうが、所詮カネで済む話である。

 寄進してくれた国たちも、誰もそんなことは望んでいないだろう。


 これで今年中に死ぬはずだった重篤ガン患者が全世界で五百万人は助かるだろう。

 そう考えただけで皆慄然とするのだ。


 それを考えれば実に安いものなのであった……







(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ