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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 8 県内玉の輿ランキング ***

 

 光輝たち一行は瑞巌寺の本堂に通された。


 その本堂も、板敷きの部分だけでもバスケのコートが作れそうな程の広さである。

 そこには、見るからに高僧らしき袈裟を身につけた和尚がひとり座っていた。

 ものすごく怖そうな顔だが、同時に安心して全てを任せられそうな優しい顔でもある。

 こんな顔つきのひとは光輝も初めて見た。

 きっと徳の高い高僧と呼ばれるひとたちは、皆こうした顔つきになるのだろう。



 龍一部長を先頭に光輝たちは和尚に対峙して座る。

 出迎えた八人の僧侶たちも、和尚の後ろに座った。

 

 部長は厳攪和尚の前に座ると、「厳攪権大僧正さまにおかれましてはまことに御健勝の御様子。祝着至極にございます」などと時代がかった挨拶までしている。 


「うむ。惣領殿もまことにお元気そうでなによりじゃの。

 さて、こちらのお方が件の三尊光輝殿かの」


「はい」


 部長に厳攪権大僧正さまと呼ばれた和尚は、挨拶を交わした後、光輝の顔をしげしげと見つめる。

 光輝はなにもかも見透かされたような気がしてちょっともじもじした。

 すると和尚は光輝の後上方を見つめ始めた。その目が徐々に細まって行く。

 厳攪権大僧正は、そのままの姿勢で声を発した。


「厳海や」


「はっ」


 先ほどのキングコングが応じる。


「お前はどう見る」


「はっ。このように熱き御光を拝させて頂くのは初めてでございます」


「ふむ。どのような御光かの」 


 師にそう言われた厳海は、もう一度光輝を見据えてまたその後上方に目をやった。

 顔が怖い。


「も、申しわけもございませぬ。熱き光が見えるのみでございます」


「そうかそうか。ふむ」 


 厳攪はなにやら考え込んでいる。龍一部長の目が輝いている。


 桂華や詩織ちゃんは光輝から熱を感じるだけだが、どうやらこの和尚様やキングコングには、その熱の元となっている光も見えるようだ。

 光輝は興味を持った。



「三尊殿」


「は、はい」 


「もしお差支えなければ、わしの臨時の弟子、この厳海の弟弟子としてこの瑞巌寺に通い、少し修行をしてはいただけぬものかの」


 光輝はびっくりして龍一部長の顔を見た。

 部長は光輝を励ますように微笑んで頷いている。

 あの抵抗できないフシギなオーラも全開だ。光輝は覚悟を決めた。 


「は、はい」


「ああ、もちろん得度の必要はござらん。

 学業も御有りになるじゃろうから、そうさの、週に一度ほど通ってくだされ。

 さすればきっと御身にも功徳がござろう」 


「は、はい。どうぞよろしくお願いいたします……」 



 光輝はしばらくの間、毎週土曜日には、修行のために瑞巌寺に通うことになった。

 瑞巌寺が光輝たちの住まいまで迎えの車を出してくれるという。

 

 

 帰りに光輝が「これでまたバイトが出来なくなった……」と呟くと、部長が言う。

「臨時とはいえ、厳攪和尚様の弟子になっての修行だから、それ修行僧としての給料が出るよ。

 たぶんバイト代よりは遥かにいい稼ぎになるんじゃあないかな。

 バイトなんかするの時間がもったいないから僕からもよく言っておくよ」


 奈緒ちゃんは光輝と一緒にいられない時間が出来るのでやや不満そうだ。

 さっきからちょっと唇が尖っている。

 でも光輝がバイトをしなくて済むのならその分一緒にいられるし、龍一部長が「光輝くんの修行の見学も出来るように僕から和尚様に言っておくよ」と言ってくれたので機嫌が直った。





 光輝は奈緒の父の幸雄に頼んで、その友人で税務顧問でもある榊原源治を紹介してもらった。

 幸雄に連れられた光輝と奈緒は、榊原税務・会計事務所に出向いたのである。

 この榊原という男は、自分で立ち上げた税務・会計事務所を県内三位の事務所にまで育て上げたという実力者だそうである。

 しかもその業務は熱心さと清廉潔白さで知られ、顧客どころか税務署からも大きな信頼を寄せられる優良税務・会計事務所であるそうだった。


 重厚な社長室に通された三人は榊原に歓待された。

 子供のいなかった榊原にとっては奈緒は娘同然だったそうだ。

 まだ小学生だった奈緒に五万円ものお年玉をあげようとして、幸雄と悶着になったこともあったらしい。

 どうも今回の来訪は、奈緒の将来の婿を榊原に紹介するという意味も込められているようだった。


 榊原は光輝を見て内心驚いていた。

(な、なんという美少年。い、いや美青年だ。しかもなんという優しい目だ。

 こ、これなら奈緒ちゃんとは素晴らしいカップルになるだろう。

 きっと生まれて来る子も素晴らしく可愛いに違いない) 

 発想が奈緒の母親に似ている。


「あの、三尊光輝と申します。よろしくお願いいたします」

 光輝がペコリと頭を下げた。

 しばらくの歓談の後に光輝が聞く。

「あの。実は税理士に興味があって、今勉強を始めているところなんです。

 それでもしよろしければアドバイスを頂戴出来ないかと思いまして、お邪魔させていただきました」


「どのようなアドバイスかな」


「はい。試験では一科目ずつでも受験できるということなんですが、どの科目から勉強を始めればよろしいのでしょうか」


「光輝くん。キミは税理士になる気があるのかな。

 それとも就職に有利になるようにいくつか試験に受かっておこうというのかな」


「実はそれはまだ自分でもよくわかっていないんです。

 ただなんとなく税務を勉強してみたいという欲求があるだけで……」


「ふむ。キミはまだ一年生だったな」


「はい」


「それならばだ。もしも私が税務の先輩としてキミにアドバイス出来ることがあるとすればだ。

 最初は、卒業までにせめて一科目ぐらいは受かろうなどと思わずに、広く浅く勉強してみなさい。

 つまり、資格取得に必要な五科目だけではなく、それ以外の選択科目も浅くていいから広く勉強してみなさい。


 遠回りに見えてもそれが一番の資格取得への近道だったりするからね。

 それに、そうした方が、自分が本当に税務に興味があるのか、そうして税理士になる気があるのかどうかすぐにわかるようになるよ」


「はい」


「それからこれは人生の先輩の言うこととして聞いてもらいたいんだがね。

 バイトはあまりせん方がいいな。特に飲食店なんかの単純バイトは」


「そ、そうなんですか。し、社会勉強とか……」


「喰うに困るわけでないんだったら、学生時代はよく学んでよく遊んだ方がいいぞ。

 職業体験だの社会勉強だのは、卒業してからいくらでも出来るんだから。

 それより自分の興味のあるものをとことん突き詰めて探求してみた方がいい。

 それも出来れば仲間たちと一緒にだな。


 例えそれが将来全く役に立たないものでもかまわないんだ。 

 ある分野をとことん追求したことがある者は、必要に迫られて他の分野に行ってもそこでも一流になれるものなんだ。

 普通のバイトだとそうした経験は得られないからね」


 榊原はそう言うとにっこりと微笑んだ。

 光輝は奈緒ちゃんのお父さんと同じことを言うんだなあと感心している。


「卒業までに最低でも一科目受かろうなんて思わなくていいよ。

 もしそのときに本当に税務に興味があったらここに就職すればいい。

 大歓迎するよ。

 やる気と興味さえあれば、働きながら資格を取ることなんか簡単だしね」


「おじさまありがとうっ!」

 奈緒が嬉しそうにそう言ったので榊原も実に満足そうだった。



 それにしてもさすがは独力で県内三位の税務・会計事務所を作り上げた榊原である。

 光輝の顔を見、その声を聞き、その所作を見て、光輝の善良さをひと目で見抜いたのだ。


 ひとの能力は後で進歩させられる。

 だが、善良さは、それも真の善良さは生まれつきのものであって、後々涵養するわけにはいかない。

 それが榊原の持論だった。

 その榊原が安心したような顔で親友の幸雄を見やる。

 三尊幸雄は自慢げに親友の顔を見返した……



 光輝は税務に関する勉強を、毎日少しずつ、それも広く浅く始めた。

 それと同時に、週一回の瑞巌寺での修業も真面目にする決心をしたのだ。

 両親に幸雄と榊原に言われたことを伝え、マンションの家賃を負担するのは出世払いにしてもらった。

 光輝の両親は、息子が自分で自分の道を探し始めたことを喜び、涙ぐんだ。




 翌週土曜日の瑞巌寺。

 光輝が本堂で厳海に正対して座っている。

 奈緒ちゃんは本堂の隅でにこにこしている。


「これより貴殿は我が弟弟子である。

 よって貴殿を三尊と呼ばせていただく」 


 厳海はまた光輝の後上方をちらりと見て、少し畏れ多いという顔でそう言った。


「は、はい」


「それではこれからそなたの修行を始める。ついてこい」 


 そう言うと、厳海は瑞巌寺の裏山にある石段を昇り始めた。


「まずは弟弟子としての心得をひとつ」


「はい」 


「平地を歩くときは兄弟子の斜め後方を歩め」


「はい」 


「そして石段を昇るときは、兄弟子の前方を歩め、下るときは後方を歩むのだ」 


「は、はい」


 光輝はなんでだろう、と不思議に思ったが、そこは聞かずに素直に従う。



 厳海は光輝を山頂近くのお堂に連れて行った。

 壁はほとんど無く、開放感が高い。


「まずは座禅からだ。なるべくなにも考えずにただ座っておれ」


「は、はい」 


 光輝は三十分ほど座禅を組まされた。

 奈緒ちゃんは少し離れた場所で、やはりにこにこと微笑みながら座っている。

 光輝は慣れない足が少し痺れたが、なんだか体の後ろの方が暖かくなってきたように感じた。


 座禅が終わると厳海が問う。


「どうであったか」


「少し足は痺れましたけど、なんだかさっぱりした気分です」 


「そうか。他には」


「なんだか体の後ろの方が暖かくなって来ました」 


「やはりそうか…… それは上の方からか、下の方からか」

 

「え~っと、言われてみれば頭の後ろから肩にかけてです」


「うむ!」 


 そう言った厳海はまた光輝の後上方を見上げ、思わず平伏した。

 光輝は困惑顔である。



 三か月ほど経つと、座禅の時間が一時間に延びた。

 それでも慣れて来たのか光輝はあまり苦痛は感じなかった。

 だが帰りの石段の下りで光輝はよろめいてしまったのだ。

 やはり足が痺れていたようである。


 光輝は急な石段を転げ落ちそうになった。奈緒の悲鳴が聞こえる。

 すると咄嗟に厳海が身を投げ出し、仰向けのまま光輝を抱えて下敷きになって助けてくれた。

 巨体に似合わない俊敏な動きだった。


「す、すいません厳海さんっ!」 


 助けられた光輝は慌てて起き上り、厳海に駆け寄る。

 光輝にはまったく怪我は無い。


「騒ぐな! これしきで痛むほど柔な修行はしておらん!」

 

「で、でも、法衣が破れて血が流れてますよ……」


「くどいっ!」


「は、はいっ」 


 そう言うと、また光輝の後ろ上方に目をやった厳海は、静かに手を合わせようとした。


 と、その顔が驚愕に歪む。


「うおおおおおおおーっ!」 


 そう叫んだかと思うと厳海はその場に平伏した。


 光輝はわけがわからなかったが、厳海はいつまでも平伏し、時折光輝の後上方を見上げてはまた平伏している。

 本堂の横からその様子を見ていた厳攪権大僧正の目が据わった。



 その日帰る前に、光輝は厳攪和尚様に呼ばれた。

 本堂で和尚様に正対して座る。和尚の後ろには厳海が控えている。


「厳海や」


「はっ」


「今の三尊殿をどう見る」


「はっ。三尊殿の後上方に三つの尊い御光が見えまする。

 以前は一つの大きな光しか見えませんでしたが、今は鋭い光が三つ並んで見えまする。

 上にひとつの大きな光、下に並んだやや小さな二つの光でございまする」


「うむ。よう見た」


 再び光輝の顔を凝視した厳攪和尚は、光輝に丁寧に平伏する。


「まっこと弟子の修行は師匠の修行とはよく言ったものじゃ。

 三尊殿の成長に合わせてこの厳海も大いに成長しておる。三尊殿」


「は、はいっ!」


「この厳攪。深く御礼申し上げまする」  


 厳攪和尚は光輝に深々と平伏した。

 厳海も額を床に擦りつけて平伏している。

 光輝はどぎまぎしたが、慌てて平伏を返した。



 その後も毎週修行は続いた。

 簡単な体術の鍛錬と座禅が主で、それは土曜日の午前中に終わった。

 もっと荒行を覚悟していた光輝はちょっと拍子抜けしている。

 それでも厳攪和尚が結構なお手当をくれるし、光輝は精一杯真面目に瑞巌寺に通ったのである。




 異常研の部室では、相変わらず楽しげな会話が続いている。

 光輝の背中パワーの実験も各種繰り返された。

 厳攪和尚様や厳海が三つの光と言ったので、部室で光度計を使った実験も行ったが、光輝が正面を向いても背中を向けても、室内の光度は全く変わらず、皆は少しがっかりしたのだ。

 だが、桂華や詩織ちゃんに言わせると、その熱はますます強くなっているそうである。


「そろそろ冬だからちょうどいいわ」 


 桂華はのんきにそう言っていた。

 子供の頃から変わらず、光輝を単なる暖房器具だと思っている。

 龍一部長はそうした桂華や光輝をにこにこしながら見ていた。


 ただ、光輝はやや桂華に違和感も感じていたのだ。

 さっき言った「真冬だからちょうどいいわ」の「わ」が、「やっとれんわ」の「わ」ではなく、「そんなこと、出来ませんですわ」の「わ」に聞こえたからである。


 よく見れば、桂華はほんの少しだがメイクすらしているではないか。

 部屋に戻った光輝がそれを奈緒ちゃんに言うと、奈緒ちゃんは、「女の子は恋をすると変わるんですよ」と言った。


「奈緒ちゃんはいつ変わってくれたの?」


「生後七日目に初めて光輝さんに会ったときからですね」


 奈緒はそう言うと光輝に抱きついて来た……



 だがそれから数日後、突然桂華が部室に来なくなったのだ。連絡も無い。

 光輝も奈緒も心配した。もちろんみんなも心配した。

 龍一部長の表情も曇っている。


 奈緒がそっと偵察に行くと、桂華は自宅の店先で働いていた。

 だがその顔は見たことも無いほど蒼ざめていたのだ。

 その晩、お店が閉まった後に、奈緒は桂華の部屋を訪ねた。


 桂華はやはり元気の無い声で言う。


「ああ、奈緒ちゃんか。ここじゃあなんだからちょっと出ようか……」


 二人は近所の公園に行った。

 小さいころから数え切れないほど一緒に遊んだ小公園である。

 ベンチに座った奈緒は、隣の桂華がぽろぽろ涙を流し始めたのを見て驚いた。


「ど、どうされたんですか桂華さん!」


「あ、あのさ。こないだクラスの子に言われたんだ。『アナタ瑞祥大学のサークルに入ってるんだって?』って……」


 奈緒は頷いている。


「そ、それでさ、そいつが言ったんだよ。

『瑞祥大学には今あの瑞祥一族の惣領息子さんがいるんでしょ。

 なんでもナントカ現象研究会っていうサークルの部長さんで』って。  

 それで、『もしもそのサークル知ってるんだったら私も誘ってね。ばっちりお化粧して玉の輿目指しちゃうから』とも言ったんだ……」


 奈緒は心底驚いた。

 瑞祥一族の名は奈緒も知ってはいたが、まさかあの部長さんが……


「だから、そいつに頼んでPCで検索してもらったんだ。

 アタシが自分で調べてもヒットしなかったから。

 そしたらやっぱりそうだったんだよ。

『県内玉の輿ランキング』とかいうサイトのトップにいたんだ。

 瑞祥龍一、瑞祥大学工学部博士課程在学中、って……」


 また桂華の目からぽろぽろ涙が落ちた。


「ひ、ひどいよ。あんまりだよ。

 よ、ようやく人生二人目の好きなひとが出来たっていうのに、瑞祥一族の御曹司だなんて……

 父子家庭の八百屋の娘なんて、釣り合わないにもほどがあるって……

 うっ、うううっ。あ~んあんあん、え~んえんえん」


 桂華は子供のように泣き出した。

 奈緒は桂華の肩を抱いて一緒に泣いてあげることしか出来なかった……







(つづく)


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