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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
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*** 13 瑞祥本家新当主***


 数日後の瑞祥本家。


 一時帰宅した瑞祥院長は、龍一所長とともに瑞祥本家に出向いた。

 広間には彼らの前に、御隠居様と現当主で所長の父の善太郎と母喜久枝がいた。

 厳攪大僧正もいる。

 筆頭様や二席さんや三席さんも呼ばれており、今日は四席の瑞祥建設会長の巌さんもいる。



 御隠居様が口を開いた。


「真二郎の命を助けて頂いた礼を言いたいのじゃが、崇龍上人と三尊さんは今どこにいる」


「今、国立がんセンターの医師団と全国の拠点病院を回って重篤患者さんたちを助けていらっしゃいます」


「ふむ。今何人の患者を助けたのじゃ」


 誠一院長が静かに答える。


「二人合わせて今日現在で六百二十五名になりました」


 皆がいっせいにためいきをついた。

 想像も出来ないほどの偉業である。


 瑞祥真二郎ひとりの命が救われただけで、瑞祥一族全体、二千名が感謝の涙に暮れたのである。

 それが六百二十五名とは……

 しかもその人数は日々どんどん増え続けているのである。


 また御隠居様が静かに問うた。


「皆命が危なかったのかの」


「はい。三カ月以内に確実に死亡すると診断されていた患者さんたちばかりです。

 うち百二名は十二歳未満の子供さんたちでした」


 筆頭様がぼろぼろ涙を流し始めた。

 まったく涙もろいひとだ。


「まだ帰られんのか」


「はい、あと一カ月ほどで、およそ百か所の病院を回って重篤患者さんたちを救う予定です」


「ふむ。崇龍上人はともかく、三尊さんのご健康に留意するよう気をつけるように」


「はい」


「患者さんたちはみな助かりそうなのかの」


「体力の衰えていらっしゃる方々が多いので予断は許しませんが、今のところ全員順調に快方に向かっています」


「お前の病院の子供たちもか」


「はい。三人とも口もきけないどころか意識もほとんどありませんでしたが、五年生の女の子は、最近また髪の毛が生えてきたと嬉しそうに鏡ばかり見ています。

 二年生の男の子はいつもお腹が空いたと言って何かしら食べています。

 乳児は二時間おきにおっぱいを求めて泣き、涙を流しながら授乳している母親を不思議そうに見ながらおっぱいをごくごく飲んでいます」


 また筆頭様の目から涙がぶわっと噴き出した。


 そう言えば二席さんも三席さんも巌さんも泣いている。

 みんなそれぐらいの年齢の孫がいる。もちろん善太郎も喜久枝も泣いていた。


「そうか。それはよかったの……」


 御隠居様が遠い目をして言った。



「それで龍一。今日はなんのおねだりじゃ」


 御隠居様の声は不思議に静かだった。これはかなり珍しい。


「はい、御隠居様。

 瑞巌寺に隣接する瑞祥本家の土地に、大規模がん治療施設と研究施設と患者さんとその家族たちの宿泊施設と、それからお医者様達の住居を作らせて頂きたく、本家の土地を貸して頂けないかお願いに参りました」


「ふむ。この地に診療施設を作るつもりか」


「はい。三尊氏をこの土地から離すわけには参りません。

 それに東京では機動隊の即応部隊駐屯地や自衛隊の基地を近くに作れませんので、アメリカとバチカンが立腹するかもしれません」


「ふん。それもそうじゃの」


 内心嬉しい御隠居様が言った。


「それでどれほどの規模の診療施設を作るつもりじゃ」


「五年以内に全世界一億人のガン患者を救うための施設です」


 これにはみんな驚いた。


「それだけの人間をこの地に運べるのか?」


「そこはバチカンとアメリカに頼もうかと思っています。

 運んでさえくれれば治します」


「ふむ。それもそうじゃの。

 またそれだけの施設を作るとなれば途方も無いカネがかかろう。

 それはどうするつもりじゃ」


 それはたぶん、瑞祥本家の全財産に匹敵するカネになるだろう。

 その場にいた全員が緊張したが、御隠居様と次期本家当主だけは何故か静かに落ちついていた。


「はい。バチカンとアメリカに出してもらおうと考えております」


「ふむ。彼らならば造作も無いことよの」


「はい」


 皆の緊張が緩んだ。


「しかしそれほどの施設を作るとなると時間がかかろう。

 それまではどうするのじゃ」


「それは皆さんにもお願いしなくてはなりません。

 最初の治療施設は誠一さんの病院を使わせていただきますが、すぐに足りなくなるでしょうから、総一郎さんのホテルのあの美しいガラスのピラミッドを中規模治療施設に改造させて頂きたいと考えています。


 そうすれば患者さんの家族もホテルに泊まれます。

 医師の方々もホテルに泊まれます。

 巌さんにはその間に、瑞巌寺近くに大規模治療施設を作って頂きたいと考えております」


「ふむ。どれほど大規模なのじゃ」


「三尊くんの御光がすべての患者さんに当てられるよう、東京ドームほどの大きさのドーム病室を作って一度に三千人の患者さんを収容出来るようにしたいと考えています」


 これにもみんな驚いた。


「御隠居様。先祖代々受け継いできた大切な土地ではございますが、どうかこの目的のために使わせて頂けませんでしょうか」



 しばらくの間沈黙があった。

 ふと表情を緩めた御隠居様が傍らの善太郎を見て言う。


「善太郎や」


「はい、御隠居様」


 相変わらずおだやかな物腰の善太郎がおだやかに答える。


「わしはもう本格的に隠居することにした。

 家督はすべてお前に譲るのでお前が答えなさい」


「はあ、それではひとつだけ私のわがままを聞いていただけませんでしょうか」


「なんじゃ」


「わたくしも隠居させていただきとう存じます」


「なんじゃお前もか」


「はい。この上は私の夢を実現したいと……」


「夢とはなんじゃ」


「はい。私は以前から仏教に興味を持っておりましたので、厳攪大僧正様にお願いして、在宅出家の上お弟子にさせていただきたいと思っております」


 厳攪大僧正が微笑んだ。

 きっと以前からその話は聞かされていたのだろう。


「そうすれば毎日喜久枝と一緒に瑞巌寺に出向いて皆さまのお手伝いが出来まする。

 それに毎日あの瑞祥椀が頂けまする」


「うう、羨ましいやつよ」


「御隠居様も在宅出家なさいますか?」


「ふん。出家などせんが、瑞巌寺の手伝いぐらいならしてやってもよいぞ」


「では御一緒に」


「ふん」


「というわけで龍一や」


 現当主善太郎がまたおだやかに言う。


「はい」


「瑞祥本家の実質的な当主はたった今お前になった。

 瑞祥本家の財産はお前が好きに差配なさい」


「はい。ありがとうございます。御隠居様、父上」


 その場にいた全員が御隠居様を除いて一斉に平伏した。

 御隠居様はまた「ふん」と言っただけだ。


 だが皆、御隠居様が「ふん」を連発するのは最高に御機嫌が麗しいときだということも知っていた……




 龍一所長は瑞祥グランドホテル会長の二席さんに向き直った。


「総一郎さん」


「はい。若様」


「総一郎さんのあの大切なホテルを貸していただけませんでしょうか」


「ひとつだけ条件がございます」


「なんでございましょうか」


「わたくしも本格的に隠居したく、会長職を辞任致しますので若様が会長にご就任くださいませ」


 さすがの龍一所長も少したじろいだ。


「会長ともなれば自由にホテルの経営方針を決められますぞ」


 二席さんの目が実に嬉しそうに笑っている。

 筆頭様や三席さんはかなり羨ましそうだ。


「畏まりました。若輩者ではございますが、精一杯務めさせて頂きます」


「よろしくお願いいたします。通常の経営は社長の息子幸太郎にお命じください」


「はい。ありがとうございます」



 龍一は四席さんに向き直る。


「巌さん」


「はい、若様」


「ドームその他の建設資金が確保出来次第、正式に発注させて頂きますので設計だけでも始めておいていただけませんでしょうか」


「もちろんでございます。候補地の整地も明日から始めさせて頂きます」


 しばらくの間沈黙が広がった。皆胸がいっぱいのようだ。


 筆頭様が遠い目をしながら言葉を発した。


「この地が…… この瑞祥の地が、全世界一億の人々の命を救うのじゃの……」


 また筆頭様の目から涙がぶわっと噴き出した……







(つづく)


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