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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
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*** 2 ガン宣告 ***


 そういう幸福の絶頂にあった光輝やその周囲の者たちだったが、その彼らが悲観の底に突き落とされる悲報がもたらされてしまった。


 厳上がガン宣告を受けてしまったのである……



 微熱と体のだるさが続いていた厳上は、皆のすすめで瑞祥総合病院で精密検査を受けたのだが、その結果、胃に悪性腫瘍が見つかってしまったのだという。


 もとより若く頑健な上級退魔衆厳上だが、ガンは別だ。

 逆にその若さのゆえにガンの転移が早く、余命は長くとも一年と診断された。


 普通は本人にガン告知するのは家族と相談してからということになるのだが、退魔衆ほどの者が自暴自棄になることは無いと判断した瑞祥総合病院院長の瑞祥誠一医師が、厳上に直接告げたのである。


 光輝を含む関係者全員が悲観に暮れた。

 特に厳上の新妻、美樹ちゃんの嘆きようは関係者全員の魂を揺さぶった。

 奈緒も大泣きしている。

 きっと光輝が同じことになった様を想像して恐ろしくもなっていたのだろう。



 その日の夕刻、瑞巌寺では一千人近い僧侶による厳上僧正御病気快癒祈願の法要が営まれたが、関係者一同の顔は沈痛だった。


 特に兄弟子であり、労苦を共にしてきた厳空や厳真の顔色は蒼白である。

 厳上と親しかった厳真など、唇まで紫色になっている。


 その法要には崇龍上人も参加した。

 なんといっても厳上は崇龍上人担当である。

 いつも行動を共にしてきた崇龍さんの顔も恐ろしく厳粛だった。



 その日の帰り際、光輝は崇龍さんに呼び止められた。


「光輝殿。この崇龍、一生のお願いがあり申す」


「はい。何でございましょうか。なんなりとお申しつけ下さいませ」


 崇龍さんにも光輝にも軽口をきいている余裕はない。


「わしは一生懸命ガンのことを勉強してみた。

 そして、この驚くべき科学技術の進んだ現代でも、ガンが不治の病として怖れられていることを知った」


「はい、治癒する例もかなり増えて来たそうですが、それでもまだガンは日本人の死因のトップだそうです……」


「わしは、この上はもはや御仏の慈悲にすがる以外にはないと思う」


「……はい……」


 まだ光輝の顔は沈痛である。


「そこでお願いなのじゃが…… 

 以前光輝殿が厳真僧正の枕頭にて座禅を組んで、厳真殿の命を救ったという話を思い出しての。

 厳上の枕頭にても座禅を組んでやってはもらえんじゃろうか……」


「も、もちろんですが…… 

 あ、あのときは光が導いて厳真さんに道を知らせただけで……」


「うむ。わかっておるつもりじゃ。

 だが今度は座禅を組みながら御仏に直接お願いしてみたらどうじゃろうか。

 目の前の哀れなあなた様のお弟子をお救い頂けないだろうかと……」


 光輝の心に一筋の光明が差した。


「や、やってみます! い、いややらせてもらいますっ!」


 崇龍さんは久しぶりににっこりと笑った。


「もちろん拙僧もご一緒させていただく……」



 その場で厳攪大僧正や厳空、厳真にその旨を伝え、龍一所長に電話して瑞祥総合病院院長の誠一さんへの手配を頼み、光輝は奈緒に向き直った。


 奈緒は光輝に何も言わせず、「光輝さん、お願いだからどうか厳上さんを助けてあげて。私は光輝さんの身の回りのものを持って、後から病院に行きます」と言った。



 光輝と崇龍さんが病院に駆けつけると、すでに話は通っているらしく、光輝はすぐに院長室に通された。

 院長室には医学博士、瑞祥総合病院院長の瑞祥誠一医師が、厳粛な顔で座っている。

 現在は院長としての職務に追われているが、本業はガン専門医である。


 小さいころから神童と呼ばれ、中学・高校でも歴代最高の抜群の成績を残していたが、残念ながら親に余裕が無く、大学への進学は諦めていた。

 それを聞きつけた当時瑞祥本家当主だった現御隠居様、瑞祥喜太郎が瑞祥奨学金を設立し、国立大学合格のあかつきには、学費に加えて生活費の拠出まで約束したのである。


 これに感激した誠一は、それからさらに猛勉強の末、見事現役で東京大学医学部に合格を果たして皆を驚かせた。

 大いに喜んだ瑞祥喜太郎は、大学院の学費も供与し、ついに瑞祥一族初の医学博士となったのである。


 その後ガン研究の研究職となったが、国立がんセンターの助教授となった後、喜太郎当主に乞われて全額出資を得、故郷に瑞祥総合病院を設立して地域医療に尽くして来た立志伝中の人物である。

 その温厚篤実な性格から人望も篤い。


 その瑞祥誠一院長が白皙の顔を歪めて焦燥の色を濃くしていた。

 もちろん光輝とは何度も瑞祥本家で顔を合わせている。

 崇龍さんとも既知の仲である。



「本日の検査で厳上さんのガンの膵臓への転移が確認されました」 


 誠一院長が苦しげに言った。


「医師といたしましては、余命予測を六カ月に短縮しなければなりません」


 重い沈黙が院長室に流れた。

 それを振り切るように誠一院長が言う。


「以前厳真僧正様や白井一族の次期本家当主のお命を救った三尊さんの御活躍は聞き及んでいます。

 このたびも厳上さんの枕頭にて座禅をお組みになられたいとのこと。

 よろしくお願い致します」


 そう言って頭を下げた。


 もはや末期がん患者と言ってもいい厳上がそれでどうなるとも思ってはいなかったが、僧侶である厳上が生き仏さまと崇める光輝の座禅で心の平穏を得られるのなら、それでよしと思ったのである。



 光輝は誠一院長に礼を述べた後、厳上の病室に向かった。

 すでに厳上はいつか光輝が入院したときに使った広大な特別室に移されている。

 蒼白な顔でベッドに横たわる厳上の横には、涙でぐしゃぐしゃの顔をした美樹ちゃんがいた。


 光輝たちは突然の来訪を詫びようとした。

 だがすでに話は全部伝わっていたとみえて、美樹ちゃんがすぐに病室の床に降りて平伏する。

 厳上もそれにならって床に降りようとするのを光輝は必死で押しとどめた。


「ということで厳上さん、美樹ちゃん。

 まことに御迷惑で申し訳ないんですけど、ここで我々に厳上さんの快癒祈願のために座禅を組ませていただけませんでしょうか……」


 もちろん厳上も光輝の座禅が厳真の命を救ったことは知っている。

 なにしろその場にいたのだ。


「生き仏様。そのようなもったいない……」


 普段は生き仏様と言われるのを嫌う光輝だが、この場合はもうどうでもよい。


「いやいくらお釈迦様の御威光を頂いているとしても、私では何のお役にも立てないかもしれません。

 ですが、どうかせいいっぱい座禅を組ませてください。

 お願い致します」


 光輝は床につくほど頭を下げた。


「ありがとうございます。これにまさるお見舞いなど聞いたことがございません。

 なにしろ御仏様御本人のお見舞いですから……」


 厳上はそう言って微笑みながら頭を下げたが、美樹ちゃんは堪えきれずにまた泣きだしてしまった。


「これ、美樹。生き仏様の御前だぞ」


 厳上が優しく言う。


「ご、ごめんなさい生き仏様。ごめんなさいあなた……」


「生き仏様。どうか一介の僧侶に最高の栄誉をお与えくださいませ……」


「はい。御無礼いたします」


 光輝はそう言うと、その場に薄物を敷いて座禅を組んだ。

 崇龍さんもおなじく座禅を組む。


 途端に病室に強烈な光が溢れる。

 もちろん上級退魔衆たる厳上にはその光が見えるが、厳上の弟子に過ぎなかった美樹ちゃんにも見えるらしい。

 驚いて手を口に当てていた。



 光輝のすぐ後上方には、巨大な光輪が出現し、中央には怖い程厳粛なお顔をされたお釈迦様が現れた。

 光輝はそのまま一心不乱に座禅を続ける。

 通常の座禅であればただただ心を空にするのみであるが、今回は違っていた。


「お釈迦さま。お願いでございます。

 お釈迦さまの遠いお弟子である厳上僧正が今ガンに侵されています。

 ガン細胞といえども元は厳上さんの細胞です。

 それが暴走してガン細胞になってしまい、今厳上さんを殺そうとしています。


 どうか厳上さんのガン細胞に教えを施してやっていただけませんでしょうか。

 このままお前が勝手に増え続ければ、お前の生みの親たる厳上さんが死に、お前も死んでしまうのだと。

 そうしてガン細胞に元の細胞に戻るよう、正しき途を説いてやっていただけませんでしょうか。

 伏してお願い申し上げます……」


 そう必死で心で祈りながら座禅を続けた。




 光輝は毎日の座禅でもう座禅そのものには慣れている。

 あとは体力が続くかどうかだけだ。


 光輝は本当にお釈迦様に祈り続けた。

 病室の外の空が白くなり始めたのにも気がつかなかったが、そのうち病室に看護師が入って来た気配で我に返った。


「厳上さん。検温のお時間です」


 見れば厳上はベッドを起こして座っている。

 相変わらず涙でぐしゃぐしゃの顔をした美樹ちゃんは、上半身をベッドに乗せて厳上の手を握っている。

 光輝の横ではまだ崇龍さんが座禅を続けていた。


 後ろで赤ん坊の声がしたので振り返ると、ひかりちゃんを連れた奈緒が僅かに微笑んだ。

 いつのまに来ていたのだろう。


 徹夜で座禅を組んでいたらしいが、わずか三十分程度にしか感じなかった。

 光輝の集中力もけっこう大したレベルまで来ているのかもしれない。



 検温に続いて厳上の朝食となったが、その後はすぐに検査になって終わるのは昼前だという。

 その間光輝は休息を取ることにした。

 だがいっこうに眠くはならないので、崇龍さんや奈緒たちと外を散歩している。


「奈緒ちゃん、いつ来たの?」


「光輝さんが病院に行ってから二時間後ぐらいかしら。

 光輝さんのお洋服とかたくさん持ってきたわよ」


「荷物多くてたいへんだったでしょ」


「それがね、光輝さんが厳上さんのお見舞いに行くから、わたしが光輝さんの荷物を持って後から行くって言ったらね。

 厳空さんが、お手伝いにって女性のお弟子さんたちを五人もつけてくださったの」


「まあ、さすがは厳空さんだよなあ……」


「それから瑞祥交通の送迎車を三台も用意してくださって、護衛車もついたわ。

 わたし、光輝さんの荷物を用意した以外はなんにもしてないの。

 あとはお弟子さんたちが全部やって下さったの。

 荷物すら持たなかったもの」


「そうだったの。

 それにしてもそんなに長く病室にいて疲れてないかい?」


「ううん、瑞祥院長さんが、入院患者さんの家族用のお部屋を貸してくださったの。だからひかりちゃんといっしょに充分寝たわ。


 お弟子さんたちも今も控えていてくださってるの。

 もっとお手伝いが必要でしたらそう仰ってくださいですって。

 すぐにまた大勢来て下さるそうよ。

 まったく至れり尽くせりね。

 だからわたしとひかりちゃんのことは心配しないでだいじょうぶよ」


「う、うん」


「光輝さんこそあんまりご無理なさらないでね」


「うん。でも精一杯やってみたいんだ……」


「そうね。じゃあがんばってね」


「うん……」







(つづく)


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