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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 32 日本最高のお肉 ***


 瑞巌寺に着いた調査官たち一行が最初に見たものは、その日最後の法要である。


 百人の僧侶と百五十人の留学生たちがお経を唱えている。

 その大きな唱和に調査官たちが少したじろいだ。


 そこへマリアーノ司教とミハイル司祭がニコニコしながらやってきた。

 さっそく自己紹介して調査官たちと握手を交わす。


 マリアーノ司教は自国から来た調査官たちにイタリア語で説明を始めた。

 イタリアの調査官たちはこんなところで母国語を聞いて少し嬉しそうである。

 ミハイル司祭はもちろん英語でアメリカからの調査官たちに説明していた。


 二人は同時に、「それでは霊たちの姿をご覧にいれましょう」と言って、二人で目を合わす。

 ちょっといたずらっぽい顔だ。


 二人が手を挙げると、周囲に霊たちの姿が浮かび上がった。

 所長たちと調査官たちを取り巻いていたのは何千柱もの浮遊霊である。

 上空にも無数の霊たちがいる。

 もちろん龍一所長が志郎たちに頼んで予め用意していたエキストラたちだ。


 さすがのこわもて調査官たちも、驚愕のあまり凍りついた。

 須藤警視正と徳永署長ですら少したじろいだほどである。

 さすがは屈強な現場の男たちであり、ズボンを濡らす者はいなかったが、みな腰を抜かす寸前である。


 と、マリアーノ司教とミハイル司教が調査官たちの後ろを見た。

 調査官たちも後ろを振り返ると、そこに出現していたのは三十メートルの大きさになった崇龍さんだった。


 何人かの不敵な面構えの調査官がその場にへなへなとしゃがみこんだ。

 別の何人かの調査官たちは咄嗟に懐へ手を入れたが、残念ながら今日は拳銃は携帯していない。


 崇龍さんはこらえ切れずに少し笑ってしまった。

 髭面の笑いは世にも恐ろしく、また何人かの調査官がその場にへたりこんだ。

 もうかろうじて立っているのはリッツアーニ警視とキーガン警視だけである。

 さすがである。


 マリアーノ司教とミハイル司教が説明を続ける。


「えー、ここにいらっしゃるのは犯罪捜査に協力してくださっている捜査浮遊霊さんたちの一部であります。

 まだ他にも大勢捜査霊さんたちがいらっしゃいます」


 かろうじてキーガン警視が声を出す。


「ぜ、ぜんぶで何人いるんだ」


 ミハイル君が微笑む。


「そうですねえ、誰も数えたことはないんですけど、県内で二万人ぐらいでしょうか」


「いーや三万人はいるんじゃあないかあ」


 マリアーノ君がのんびりとした声で言う。


 リッツアーニ警視が仰け反った。


「まあ、日本全国だと十万人ぐらいですかね」


「いや二十万人はいるんじゃあないかあ」


 マリアーノくんとミハイルくんの掛け合いは続く。



 ようやく少し落ち着いて来た調査官たちは、リッツアーニ警視とキーガン警視に睨まれて立ちあがった。


 そのとき、上方から光が降りて来たのである。

 また立ちすくむ調査官たちだったが、その光は自分たちをめがけて降りて来るものではない。

 僧侶たちの前方、大きな木造建築の前に向かって降りてきている。


 その光が地面に到達してしばらくすると、その光の中に小さな子供の姿が現れ、光の中を静かに天に昇って行った。


「また可哀想な子供の浮遊霊がひとり、無事天に召されて行きました」


 先ほどとはうってかわって別人のように真剣な二人の司教の声がする。

 司教たちは跪いて祈りの姿勢をとった。


 イタリアから来た調査官たちも全員跪いて祈りの姿勢になる。

 アメリカの調査官も二人程跪いていた……



 無事法要が終わると僧侶たちは解散して行った。

 瑞巌寺前に横付けされたバスやタクシーに向かって談笑しながら歩いて行く。

 龍一所長や光輝たちに気づくと、みんな合掌しながら丁寧にお辞儀をしてくれる。

 光輝たちもお辞儀した。


 霊たちも解散し始めたので霊たちにも手を振る。

 何千人もの霊たちが手を振ってくれた。

 調査官たちはその様子を凝視している。

 留学生たちは黙って本堂や境内の清掃に取りかかっていた。


「さあ、ちょっとお腹がすきましたね」 


 龍一所長はそう言うと、境内のお食事処に向かって歩き出した。


 予めお願いしてあったので、清二板長の弟子たちが用意してくれた軽食が運び込まれ、出来て五分の瑞祥椀も出された。

 光輝たちはおいしそうに瑞祥椀を頂いた。


 マリアーノ君とミハイルくんもおいしそうに飲んでいる。

 二人は半分ほど飲むと、「あー」と言って実に旨そうな顔をした。

 実際に旨いので演技ではない。


 それにつられて調査官たちも何人か椀を手に取った。

 みんなそのスープがあまりにも旨いので驚いている。

 しばらくみんなの食事が静かに続いた。

 すべての料理が実に旨いので、調査官たちはやはり驚いている。

 食事が終わるころ、清二板長の若い弟子がみんなにお茶を持って来てくれた。



 リッツアーニ警視が静かに言った。


「皆さんが準備して待ち構えていたところに我々は飛び込んでしまったわけですな……」


「ええ、でも我々がちょっとお客さんを歓迎したいからとお願いしただけで、あれだけの霊が集まってくれました。

 重大事件が発生したので捜査をお願いしたいと真剣に言えば、あの十倍の数の霊が必死で捜査してくれます」 


 リッツイアーニもキーガンも頷いた。

 たしかにとてつもない動員力だ。


「彼ら霊たちがそうして動いてくれる動機はなんなのですか」


 キーガンの声は真剣そのものだ。もう無礼な態度ではない。

 この膨大な数の霊たちの力を借りた犯罪捜査の可能性の巨大さに気づいたようだ。


「そうですね、いろいろありますね……」


 龍一所長は霊たちが彼らに充足を依頼してくる妄執の種類について語った。


 それは老いた妻に一言お礼が言いたいとか、もう一度だけ子供を抱きしめたいとか、単純だが切実な妄執が多いことも伝えた。

 だが実際には、現世の役に立つことそのものを満足として、何も見返りを求めずに動いてくれる霊たちが実に多いとも説明する。


 リッツイアーニ警視が聞く。


「そんな些細な動機で霊たちはそれほどまでに協力してくれるものですか?」


 所長が静かに答える。


「もしあなたが死後に霊になって、もう絶対に死なず、痛みも無く、誰にも見られず、どこにでも入って行けて、掴まって拘束されることも無く、お腹も減らずに眠くもならず、疲れもしない状態になったら何をしますか?」 


 リッツイアーニは考え込んだ。キーガンも唸っている。


「そうしていかなる犯罪の現場を見ても、証拠を見つけても、何も出来ない状態が何年も続いていたとしたら……

 そこへ自分の声を聞いてくれる現世の人間が現れて、自分の捜査情報に基づいて警察が動いてくれて、犯人が逮捕されて、そうして現世の大勢の人々に感謝されたとしたら……

 あなたならどう思われますか?」


 リッツイアーニは微笑んだ。そうして真剣な表情に変わって言う。


「きっと霊たちを組織して対マフィア特別捜査本部を作りますな。

 そして全てのファミリーを壊滅させてやる!」


 キーガンも頷いている。部下の調査官たちも全員頷いている。

 不敵な面構えがさらに不敵になっていた。


「その捜査に協力してくれる霊たちはどれぐらいいると思いますか?」 


 考え込んでいるリッツイアーニに所長は言った。


「きっと大勢の霊たちが協力してくれるんじゃあないでしょうか。

 その報酬はみんなからの礼賛と自分自身の満足です。

 あなたの場合でもきっとそうでしょう」


 リッツイアーニとキーガンは立ちあがると龍一所長に笑顔で握手を求めて来た。

 彼らの部下たちもみんな笑顔になっている。



「それではそろそろ皆さんを宿泊先のホテルにご案内しましょう。

 ちょっと面白いショーがあります」 


 一行は瑞祥グランドホテルに向かった。

 マリアーノくんとミハイルくんも誘われている。


 一行はホテルに着くと、早速メインダイニングの特別室に案内される。

 そこには厳空と特殊苦行部隊の若者がいて、一同は彼らに向かい合って用意された席に着いた。


 マリアーノ司教が手を挙げると、そこには一人の太った霊が現れた。

 さっそく厳空がその霊を苦行部隊の若者に取り憑かせてあげる。


 龍一所長が若者に話しかけた。


「隆さん。たいへんなお手柄でしたね。

 あなたのおかげで無事犯人は捕まりました。

 現世を代表して深く御礼申し上げます」


「い、いやそれほどでも。はは」


 須藤と徳永も頭を下げた。


 マリアーノ君とミハイル君がすぐに会話を通訳している。

 調査官たちが見渡すと、部屋の中には途方もなく大勢の霊たちが見学に来ていて、その霊たちがするパチパチという大きな拍手の音も聞こえた。


 調査官たちはまたちょっとたじろいだ。


「それでは今日は思う存分ステーキを召し上がってご成仏くださいませ」


「ほ、ほんとにいいんですか?」


「ええ、もちろん。現世はそれだけの恩義があなたにあります」


「で、ではお言葉に甘えて……」


 そこへいつもの一キログラムの特大ステーキが運ばれてきた。

 目を輝かせてそれを食べ始める若者。

 おなじみの光景が繰り広げられる。


 三皿食べた若者の体から先ほどの太った霊がゆっくり抜け出て来て、「ありがとー」と言いながら上方に昇って行った。

 周りの霊たちからまたパチパチと拍手が聞こえる。口笛を吹く者もいる。


 後に残されたのは半ば意識を失った苦行部隊の若者だった。

 すぐに修行衣姿の別の若者たちがダイニングの特別室に入って来て、慣れた手つきで若者を担架に乗せると、裏口から帰って行った。

 霊たちもがやがや言いながら解散している。



「さて、我々も少しステーキをいただきましょう」


 今の光景を見ただけでお腹がいっぱいになったような気がしていた調査官たちも、目の前に用意された普通の大きさのステーキを一口食べてその旨さに驚いた。

 ワインも出て来てひとしきり食事の音が続く。


「この肉は実に旨いですなあ」キーガンが言う。


「こんな旨い肉があるんですなあ」リッツイアーニも言った。


「ええ、なんせ、日本で最高のお肉ですから」


 キーガンとリッツイアーニがもの問いたげに所長を見やる。

 みんな事前のブリーフィングで日本の物価が高いのは知っている。


 キーガンがいたずらっぽく笑いながら言った。


「われわれは全てを調査するように言われて来ているのですが……」


 所長もまた笑いながら言う。


「はは、今皆さんが召しあがった小さなステーキは、一皿五百ドルです」 


 今日キーガンとリッツイアーニが一番驚いたのはこの値段だったかもしれない。

 

 須藤と徳永ですら驚いていた……







(つづく)


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