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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 31 気難しくて無礼な奴 ***


 奈緒が妊娠した。


 それを知った奈緒はしばらく泣いて暮らした。

 奈緒はその知らせがこれほどまでに嬉しいとは思っていなかった。

(私のお腹の中に光輝さんの赤ちゃんがいるのね……)

 そう思っただけで涙が止まらなかった。


 光輝もおろおろしていた。

 どうしていいかわからない様子で、二人はただずっと寄りそったままだった……


 幸いにも奈緒のつわりはそれほどでもなく、一週間もすると二人はエッチを再開した。

 もちろん激しいプレイはせずにやさしいエッチばかりだったが、その分かえって回数は増えた。


 光輝は達するのが少し早くなってしまっている。

 奈緒はそれを喜んだ。光輝が自分の愛に満足してくれている証だからだ。

 奈緒が達するのはもっと早くなっている。


 二人はお互い相手の体にますます溺れた。

 二人にとって性愛は愛そのものだったからだ。

 たまに二人でテレビを見ていたときに、ドラマの中で女優が言った。

「アナタ、私の体ばっかり求めて来て…… もっと心も愛してよ!」

 光輝も奈緒も意味が分からずに、お互いに首をかしげて見つめ合った。


 奈緒はまた五人の親睦会のときに、あのセリフはどういう意味だったのか麗子さんに聞いてみた。

 麗子さんはにっこり微笑むと、「お師匠さまのような達人は、そのような凡人の心は理解できなくて当然なのですよ」と言って平伏し、残りの三人は途の遠さを思って赤面した。


 達人同士のエッチとはどういうものか聞いてみたかったのだが、修行の足りない自分では到底理解出来ないだろうと思い至ってやめた。




 留学生たちは頑張っている。お経も暗記した。

 今や夜の本堂では厳空がその意味についての解説をしている。

 その課程も大分終わりに近づいて来ている。


 留学生たちは昼間の法要にも参加するようになった。

 時間を計って調べてみると、百五十人の留学生たちのお経は一人の権僧正のお経に匹敵することがわかった。

 まだ先は長いが確実に進歩はしている。


 留学生たちはまた、昼食に供される清二の日本料理に魅了された。

 やはり瑞祥椀に感動している。

 こんなほとんど何も入っていない透明なスープがなんでこんなに旨いのかと驚いていた。


 その姿を見たマリアーノ君とミハイル君は、瑞祥研究所の助けを借り、彼らをあらゆるところに連れ出して、日本文化を見せた。

 自分たちもそうしてきたので、なにか役に立つかも知れないと思ったのである。

 

 また留学生たちを五十人ずつ三つの組に分けて、瑞祥交通のバスで走り回った。

 なにしろ予算は超潤沢なのだ。

 お茶会に連れて行った。京都奈良にも連れて行って、壮大な寺院建築も見せてやった。東京見物にも行った。


 これらは厳しい修行のいい息抜きになった。

 また、彼らの日本語が上達してくると、少人数に分けて退魔衆や若手僧侶らに頼んで一緒に自由行動もさせた。

 みんなで相談させて好きなところに行かせたのである。


 そうやっていろいろな日本文化を見せた後に、彼らに課題を出した。

 ひとりひとりが好きなテーマを決めて、日本の文化や生活についての研究をしてレポートにまとめよ、というものである。


 マリアーノ君やミハイル君は、毎晩バチカンやワシントンDCにレポートを書いていたが、留学生たちにはその時間にすることが何もなかったので、夜の時間を有効に使わせようとするものだった。

 研究の為にと、週に一度の自由行動と予算までつけてあげている。


 優秀なレポートはバチカンやワシントンDCに送られて、法王様や大統領閣下も目にしてくださるかもしれない、と言うと留学生たちの目の色が変わった。


 お茶やお花やあらゆる日本文化についての真剣なレポートが書かれ始めた。

 中には日本のアニメ文化についてのレポートもあった。

 母国にいたときから興味があったのだそうで、その留学生は日本の漫画を原書で読むために日本語を勉強していたそうだった。



 その中である留学生が書いたレポートが二人の司教の目を引いたのである。


 それは瑞祥研究所の霊たちの溜まり場に出入りする捜査霊たちと、榊純子警部補の共同捜査についての報告書だったのだ。


 日本の霊たちが、いかに犯罪捜査に熱心であるか、また何が出来て何が出来ないか。それを現世の警察官がどう活用してどう補っているか。

 そしてその結果、どれほど素晴らしい成果を生んでいるかといった、微に入り細を穿った途轍もなく素晴らしい報告書だった。


 犯罪大国イタリアの南部出身のその留学生はミッシェル君という神父だったが、公表されていた日本の犯罪発生率がイタリアのそれとさほど変わらないのに、検挙率が倍以上なのに気づいて驚いたそうである。

 しかも研究所のある県の検挙率は九十%を超えている。

 もはや奇跡の検挙率だとミッシェル君は驚愕したのだ。


 しかも聞けばその捜査には膨大な数の霊たちが参加しているからだという。

 自分が尊敬する高位の退魔衆たちが、その能力を駆使して霊と警察の橋渡しになっていたのである。


 自分が取得を目指している能力が、こんな分野の役に立つこともあったのだ。

 そう思ったミッシェル君の書いたレポートは素晴らしかった。

 どうやら榊警部補にもその熱心さが認められて、極秘事項以外はいろいろと教えてもらったらしい。



 マリアーノ司教とミハイル司教は、そのレポートを見て唸った。

 果たして自分たちでもこれほどのものを書けたであろうか。

 自信は全く無い。


 さすがはバチカンの送り込んだ留学生である。

 途方も無い才能の持ち主がいるものだ。


 感心した二人はそのレポートや他のいくつかの優秀なレポートを、修行の報告の一環として、いつもの通りバチカンと今はNYの担当になった大司教に送った。

 イタリア語で書かれたそれには英訳が添付されている。


 それは当然のことながら重要人物たちの目も引いたのである……


 ロマーニオ枢機卿は、そのレポートを友人のイタリア警視総監に見せた。

 折しもバチカンでは、マフィアの跳梁跋扈に怒った法王がマフィアの破門宣言を出したばかりである。

 マフィアたちをキリスト教徒の敵として公式に非難したのだ。

 もちろんイタリア警察も全力を挙げてマフィアの組織犯罪を追及していたが、成果は遅々として上がっていなかったのである。


 NYの大司教も、それを新たな友人になったNY市警本部長に見せた。



 二週間後、公式の外交ルートを通じて、イタリア共和国政府とアメリカ合衆国政府から日本国政府に宛てて、犯罪捜査の調査官の受け入れを依頼する文書が届けられた。

 イタリア政府からの依頼には、バチカンの推薦もついている。


 閣議では両国の依頼とも快諾する旨を決定し、外務省と警察庁に対し、可能な限りの協力をするよう公式に指示が出た。

 ほとんど予算が不要な上に、両国に恩義を売る素晴らしいチャンスであったからである。

 もちろん非公式な依頼も、ロマーニオ枢機卿とNYの大司教から瑞祥研究所と瑞巌寺に宛てて届いており、龍一所長と厳攪大僧正はこれを即座に快諾している。


 龍一所長は、退魔衆を通じて志郎たち霊の主要メンバーにも伝えて了承してもらった。

 志郎たち霊も、とうとう国際的にお役に立てることになったことを素直に喜んでいる。


 龍一所長はもう一度ロマーニオ枢機卿とNY大司教に連絡を取り、一つだけ条件をお願いした。

 それは、両国とも調査官はパーティー慣れした高級警察官僚などではなく、捜査経験が豊富な現場叩き上げの者を送ってくれというものであった。


「捜査経験さえ豊富なら、どんなに気難しくて無礼な奴でもけっこうです」とも言ったらしい。

 その依頼は直ちにイタリア警視総監とNY市警本部長に伝えられ、どちらも喜ばせた。



 イタリア警察から派遣されて来た主任調査官のフランコ・リッツアーニ警視は見るからに気難しい男だった。

 また警察官以外には実に無礼であったが、警察官でも高級官僚にはもっと無礼だった。


 対マフィア諜報局で三十年叩き上げた真の現場の男である。

 四人の部下たちもみな一筋縄ではいきそうにない面構えの男たちばかりだ。

 空港に迎えに出た外務省の役人は、もし官邸からの公式命令が無かったら追い返していたかもしれない。


 NY市警から来たロナウド・キーガン警視はもっと気難しくて無礼だった。

 こちらも官僚相手には特に無礼である。

 NYのハーレムやクイーンズ地区の分署長を歴任し、警視まで昇りつめたこちらも真の現場叩き上げの男である。

 部下たちからは犯罪者にとっての悪魔と呼ばれていた。


 きっと二人とも徳永署長となら気が合うだろう。


 NY市警からはキーガン警視の部下が二人来ていたが、あと二人は麻薬取締局から来ている。

 これらの男たちも不敵な面構えだ。

 皆捜査の過程で同僚を失った経験があった。



 霞が関で外務省の高級官僚たちを辟易させた彼らは、すぐに瑞祥研究所に連れて行けと無礼に要求した。歓迎会などで時間を潰す気は無いと言う。

 せっかく彼らを抱き込んでイタリアとアメリカにさらに恩を売ろうとしていた外務省は失望し、そして厄介者たちを押しつけるように警察庁に放り投げたのである。


 警察庁でイタリアとアメリカの調査官たちの世話を命じられた責任者は須藤警視正だった。

 なんと言っても県警本部長時代に捜査霊たちの恩恵で検挙率全国トップを達成した男である。

 また瑞祥研究所や瑞巌寺にも知己が多い。適任である。


 須藤は彼らの面構えを見ると、歓迎会は延期して即刻瑞祥研究所に移動しないかと提案した。

 十人の徳永署長に囲まれているような気がしたからだ。


 それでどうやら調査官たちも須藤には一目置いたらしい。

 にやりと笑うとそのままホテルにも寄らずに、黒塗りではなくバスで研究所に直行した。

 車中で自己紹介をしたり、須藤が県警本部長時代の霊を使った捜査の説明をするためである。

 こうした時間を無駄にしないやりかたを見て、調査官たちはまた少し須藤を見直したようである。


 研究所に着くと、須藤から連絡を受けていた甲斐県警本部長と徳永警察署長が待機していた。

 調査官たちは特に徳永署長が気に入ったようだ。

 きっと同じ男の匂いがしたのだろう。少し長めに握手していた。


 光輝は最初に彼らに紹介されたとき、龍一所長が英語を間違えたのではないかと思った。

「現場を知っている者なら気難しくて無礼でも構いません」ではなく「現場を知っている気難しくて無礼な者を派遣してください」と言ってしまったのではないかと思ったのだ。

 彼らは捜査官ではない光輝にはほとんど注意を払わなかった。



 龍一所長は彼らに言った。


「ようこそ日本へ。

 NYの大司教さんとNY市警本部長さんと、それからバチカンの法王様からもあなた方をよろしくって頼まれてます。

 あ、ついでにホワイトハウスの首席補佐官さんからもよろしくって言われました」


 通訳がちょっと驚きながらそれを英語とイタリア語に翻訳した。

 翻訳しながら本当にこれで合ってるのかどうか不安だったらしく、通訳は所長に二度も確認していた。


 龍一所長のマイペースは続いた。

 すぐに霊を使った捜査現場の実態を見せて欲しいと要求する彼らに対し、「まーまー。まずは見物からでしょう」と言って勝手に待機させてあったバスに乗り込もうとする。

 須藤も徳永も苦笑しながらついていった。


 調査官たちも須藤が龍一所長に従ったので、仕方無くそれについて行くハメになり、リッツアーニ警視とキーガン警視はニガ虫を噛み潰したような顔をしていた……







(つづく)


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