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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 27 桂華家来団大幅増 ***


 龍一所長と桂華は、結婚式の前から三席さんにお願いして光輝たちの下の部屋の内装工事をしてもらった。


 結婚してからはそこに住み始めたが、土日はいつも本家に戻って御隠居様の話し相手になった。

 そうしないと御隠居様のご機嫌が悪くなったからである。


 御隠居様は、桂華に配慮して洋間で紅茶を飲みながら桂華との話を楽しみ、また、桂華に数多くの質問をした。

 例えば、「なぜあのエッセイを書こうと思ったのか」とか、「どういうふうにしてああいった文章のアイデアが浮かぶのか」とかいう質問である。


 それに答えているうちに、桂華は説明文のゾーンに入った。

 頭の中に次から次へと説明の文章が降って来るのである。

 それを傍らにいる妹に口述筆記させているつもりで話をしたのだ。


 やっぱりまだちょっと目の焦点が合わなくなっていたが、それでもゾーンに入った桂華の話しぶりは鬼気迫るものがある。

 御隠居様ですら圧倒された。


 だがさすがは御隠居様で、合間に入れる短い言葉や質問も実に的確である。

 桂華は会話文会話も楽しめた。

 それは次第に周囲の人を驚かせるほどの見事な会話になっていったのである。

 そのまま口述タイプして出版出来そうなほどであった。


 たまに桂華に付き添って本家にやってくる麗子も舌を巻いた。

(この娘…… こんなに短い間になんという進歩をするのかしら。

 すごいわ。まるでプロの作家が書いた会話文みたい。

 あ、そうか。この娘、プロの作家だったもんね……)


 もちろん龍一所長の父の善太郎や母の喜久枝も加わっている。

 そのうち筆頭様と二席さんと三席さんもそれに加わるようになった。

 新しくて素晴らしい大きなソファが運び入れられて、皆は楽しそうに桂華の話を聞いている。


 普通老人たちは、若者と話す機会があると、尊敬して貰おうとして自分の自慢話に終始するものである。

 若者が自分の話を聞いて自分を尊敬しないと、ますます自慢話をするか、最近の若者はなっとらん、とか言い出すものである。

 そのせいで若者たちは辟易して老人と話すのが嫌になってくるのだ。


 だがさすがは御隠居様たちである。

 あれほどの実績を持つ実力者であれば自慢などする必要はまったく感じないらしく、ただただ桂華の話を目を細めて聞いているだけである。

 時折挟む質問も、若者の気を引くためではなく真摯な質問だった。


 最初のうちは龍一所長も参加していたが、桂華さえそこにいればみな満足しているのだとわかり、自分は自室で異常現象関係の本を読んだりしている。



 御隠居様達は、桂華の話を聞いていると、あの広報誌を読んだときと同じように心が暖かくなった。

 自然に心が洗われていくような気がするのだ。

 やはり文章とはそのひとの人となりを忠実に反映するものだったのである。

 ヘタに桂華の話を遮ると、他のみんなの顔がだんだん険しくなってくるほどである。


 桂華の話は研究所の様子から、最近の事件などについての報告なども多かったが、やはり話の中心は最近桂華も興味を持った異常現象の話が多くなる。


「ということでですね。

 西洋では、異常現象は悪霊の話を中心としたものが多いようです。

 やはり読者を意識したせいでしょうか。推理小説や警察小説でも、犯人が残酷な殺人事件を起こさないと読者に飽きられてしまうと思って、わざとひどい事件を書くようになってきています。

 最初の数ページで嫌になって読むのをやめてしまうほど陰惨な事件だったりします。


 でも、実際にはそんな事件ばかりではないはずです。

 見方を広げれば世の中には心温まる出来事がたくさんあると思うんです。

 ですから異常現象事件の中にも、幸せな気持にさせてくれるような優しい出来事もたくさんあると思ったのです」


「例えばどんな話かな」


 御隠居様が優しい声で聞く。

 こんな優しい御隠居様の声を聞くのは皆久しぶりだ。


「例えばあの沖縄のホテルの少女の霊のお話ですね。

 おじいさんにひとこと謝るためだけに霊にしてもらって地上に帰って来ていたなんて…… 

 あのお話を聞いて涙が止まりませんでした」


 実際に桂華の目にも涙が滲んでいる。

 御隠居様達の目も少し潤んでいる。


「それからあの崇龍様の件もあります。

 あのような素晴らしいことをなさったお方は、世界にはもっといらっしゃったはずです。

 なのにそうした方々がまったく顧みられずに、ただただ悪霊の非道な行為やその退治という話しか記録に残されていません。

 わたしはそれが残念でならなかったのです」


 洋間ではみな桂華の話に真剣に聞き入っている。


「それからもちろん咲さんのお話もあります。

 地縛霊になっても、子供たちを何人も何人も交通事故から救っていらっしゃったなんて…… 誰も知らないところでそんなことをしていて下さった方がいらっしゃったなんて……


 でもそんな咲さんが、無事子供さんと会えて泣いていらっしゃったときには本当にうれしかったです。

 私もたくさん泣いてしまいました。

 そして、何の見返りも欲しがらずにただひたすら人を助けていた咲さんを、おなじく何の見返りも期待されていなかった僧侶様達が、あんなに大勢で助けて差し上げたなんて…… 

 わたしはそんな僧侶様達を少しでもお手伝い出来たことを今でも誇りに思っています。


 ですから、私のライフワークは、そうした霊の方々の心を暖かくして下さるような活躍を記録していくことなんです。

 もちろん興味も有りますが、それをしていると自分の心も豊かになって行くような気がします。

 だから研究所の活動も、心から素晴らしいものだと思って一生懸命お手伝いさせていただいています」


 桂華は、「だから龍一さんをもっともっと好きになって、お嫁さんにして頂いたのがとっても嬉しいのです」と言いたかったのだが、恥ずかしくて言えなかった。 

 が、桂華の頬が赤くなったので、洋間のみんなには桂華の気持がわかった。



 桂華はそれでも少しは記録に残されている心暖まる異常現象話をいくつも紹介した。

 老人たちがあまりにも熱心に聞いてくれるので、研究所の図書室の文献もよく読むようになっている。



 筆頭様や二席さんや三席さんの帰りが遅いので、その奥さんたちは毎週毎週本家でなにをしているのか聞いた。

 筆頭様達はやや自慢げに、桂華様の心温まるお話を頂戴していると言った。


 美津江さんたちは心配した。

 将来一族女衆軍団の頭領とならねばならない大事な大事な桂華様を、よもや自分たちの連れ合いたちがいじめていたりしないだろうか。

 いじめまではしていないにせよ、男衆たちに取りこまれて言いくるめられたりしていないだろうか。


 美津江さんたち女衆軍団の重鎮は、連れ合いを監視するために休日には本家に来るようになった。

 そうしてやはり桂華の心温まる話に魅了されてしまったのである。


 その日だけ瑞巌寺のお手伝いは娘や嫁に任せるようになった。

 お嫁さんたちもあの有名な瑞巌寺でお手伝いが出来るので喜んでいる。

 そして皆、子供霊が天に昇って行く様子を間近で見せてもらって泣いていた。



 おばあさんたちも含むみんなの前で桂華は話している。


「例えば昭和三十六年に、岡山県の山奥の分教場の裏山が大きな崖崩れを起こした事件がありました。

 そのとき、その分教場の校舎だけはなぜか崖崩れに呑まれず、子供たちが全員助かったのです。


 校舎の周りには建物を避けるように大量の土砂が積もっていました。

 小さな校庭もかなりの部分が土砂に埋まったのですが、なぜか子供たちが避難する道筋だけには土砂は無かったそうです。


 ほとんど全ての子供たちが、襲いかかる土砂を押さえてくれていた見たことも無いほどたくさんのおじさんやおばさんがいた、と証言しています。


 そのおじさんおばさんたちは、校舎や校庭の土砂を押さえながら、早く逃げろというように子供たちに手を振っていたそうです。

 校庭の道は、まるでモーセが割った海の道のように残されていたということでした。


 このお話は当時地元の新聞に載りましたが、子供たちの話だということもあってあまり信用されていなかったようですね。

 その地域では数年前にも大規模な崖崩れで大勢の犠牲者が出ていました。

 彼らがみんなで子供たちを助けてあげたのだと思います。

 いつかその地に出向いてそのおじさんおばさんたちの霊に感謝したいと思っています」


 お年寄りたちは皆泣いている。

 死しても皆の役に立てるかもしれないと思って勇気が出て来ている。

 自分も必ず人さまの、特に子供たちのために何かしようと心に誓っていた。


 また浮遊霊が増えそうだ。




 あまりにも心が豊かに暖かくなった筆頭様たちやその奥さんたちは、自分の孫娘たちもその会に誘うようになった。

 桂華と同世代かやや年下の娘たちである。


 孫娘たちは、最初おじいさまおばあさまのわがままにつきあってあげるつもりでその会に参加したが、やはり桂華の話に魅了されてしまった。

 なにしろあの威厳のある御隠居様が、涙を流しながら桂華さんの話に聞き入っているのである。

 自分の自慢話やお説教を始めるおじいさまなどひとりもいない。


 しかもおじいさまやおばあさまたちが帰ると、みんなでおしゃべりも出来るのだ。

 ここでも桂華が話を始めるとみんな黙って聞いていたので、桂華は自分からはあまり話さないようにした。


 だが娘たちは、研究所の様子や瑞巌寺のことを知りたがった。

 みんなテレビで見ていたのだ。


 超有力スポンサーである彼女たちのおじいさまおばあさまに配慮して、桂華は退魔衆と志郎の霊に頼み、翌週は一緒に来て話をしてもらった。

 志郎が咲さんとの会話や、咲さんが無事子供に会えて昇天した話を直接彼女たちに語ると、みんな泣いた。

 声を上げてわんわん泣いている娘もいる。


 御隠居様たちやおばあさまたちは、将来一族の後継者を生み育てる母親になるはずの彼女たちの、そんな姿を実に嬉しそうに見ている。


 あまりにもみんなが喜んだので、桂華は退魔衆や何人かの霊に頼んでまた来てもらった。

 なにしろ彼女たちのおじいさまは、全員何千万何億というご寄進を下さっているのだ。

 退魔衆や霊たちはその辺りもよく心得ていた。

 誰もめんどうくさいなどとは思わなかったのである。


 まもなく孫娘たちはおなじ瑞祥一族の他の娘たちを誘うようになり、広い洋間もすぐいっぱいになった。

 なにしろ今日本は空前の霊ブームなのである。


 桂華さんを囲む会は一族総会を行う大広間に場所を移し、絨毯を敷いてそこに大量のソファや椅子が運び込まれた。

 そうしてみんなでお茶やお菓子を頂きながら、桂華さんや霊たちのお話を聞くのである。

 最前列はもちろん御隠居様や筆頭様たちである。


 特別にシートを敷いてもらって、桂華の横には力丸もいる。

 力丸は実に満足そうである。

 きっと自分がリーダーを務める桂華家来団が大幅に増えたのを喜んでいるのだろう。


 そのうち孫娘たちから噂を聞きつけた巌さんや、ほかの重鎮たちもこれに加わるようになってきた。

 日曜日の桂華会に参加する人数は、雪だるま式にどんどん増えて、もはや大広間は一族総会並みの人数で埋まり始めている。


 お茶のお世話だけでも大変で、お茶当番の娘たちから桂華さんのお話が聞けないと苦情が出た。

 二席さんはすぐに自分の経営するホテルの喫茶部に依頼して、お茶や軽食を給仕する係をつけた。

 大広間は次第に一族総会を超える人数で埋まって行ったのである……



 ある日、御隠居様の好意で、参加者全員にあの「天使の目」の本が配られたせいで、桂華人気はさらに沸騰した。

 翌週の桂華会では全員に本へのサインを求められて、桂華は腕が攣った。


 聴衆たちがあまりにも熱心になったので、桂華も予習してから桂華会に行くようになり、その結果、ますます聴衆は感動して参加者も増えて行った。

 皆よほどのことが無い限り休まない。


 一族の娘たちの参加もやはり次第に増えて行き、今では高校生や中学生の娘までも参加している。

 桂華より少し年上の世代も、育児の合間をぬって参加するようになった。


 彼女たちが連れて来た赤ちゃんや幼児たちは、みんな本家の一角に集められて、当番たちが面倒をみている。

 そのうちに子供たちの人数が増えすぎたので、プロの保育師たちを高額のアルバイト料で呼ぶようになった。



 所長の母の喜久子や筆頭様の妻の美津江は、そうした十年後、二十年後の一族女衆軍団の中心になるであろう娘たちの桂華への傾倒ぶりを見て、驚きつつも実に嬉しそうに微笑んでいる。


 なんと桂華は、自分たちの助けをまったく借りずとも、将来の女衆予備軍の心を完全に掌握してしまったのである。


 なにしろ桂華の話を聞くためだけに、毎週毎週二百人近い一族の娘たちが集結するようになってしまったのだ。

 しかも全員私語も交さずに、涙を流して桂華の話に聞き入っているのである。

 彼女たちが桂華を心から尊敬していて大切に思っているのは、その態度からも明らかである。


 喜久子や美津江も、こんなことが出来る人がいようとは考えてもいなかった。

 想像を遥かに超える桂華のたいへんな才能だった。



 桂華は、とうとう崇龍さんにも頼んで来てもらった。

 崇龍さんは、初めて桂華が自分を見たときに、彼女が無意識にその夫君を守ろうとしたのを忘れてはいなかった。

 その戦国の世の女性にょしょうのような行動に、崇龍さんも密かに桂華に感嘆していたのである。


 少し小さくなってくれた崇龍さんだったが、それでも三メートル程の大きさだ。

 それ以上小さくなるのはけっこう苦しいらしい。

 最初はその大きさにやや怯えた娘たちだったが、すぐに崇龍さんの人懐こい性格に慣れた。

 そしてあの全国的に有名な崇龍さんを連れて来たばかりか、親しげにお話までしている桂華をますます尊敬の目で見た。


 加えて崇龍さんも、そこにいるのが大スポンサーとその係累だと知ると、熱心に話をしてくれた。

 言ってみればこの人たちのおかげもあって、童たちは成仏できたのである。


 崇龍さんがあの童の霊たちとの別れを語ると、みな大きな声で泣いていた。

 御隠居様が、「なぜ童の霊たちと一緒にご成仏なされなんだのか」と聞くと、崇龍さんはいつか光輝に話したとおり、自分は戦国武将で人を殺め過ぎたので、天には昇れず地獄に落とされるのだと言った。


 それを知ると童たちが嘆き悲しんで成仏したがらなくなるのを恐れて、先に行っておれなどと芝居を打ったことを打ち明けたのだ。


 大広間の娘たちやお母さんたちの大きな泣き声はしばらく止まなかった。

 彼女たちは無償の他人愛というものを初めて学んだのである。

 崇龍はそんな彼女たちの涙に打たれて、その後も何度も来てくれた。


 桂華会の後に、御隠居様達と極上の酒を酌み交わすのも楽しかったらしい……







(つづく)


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