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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 26 留学生の報告書 ***


 二人の留学生は真面目で熱心だった。


 最初は研究所近くのホテルに泊まって研究所に通っていたが、すぐに龍一所長や厳空にお願いして瑞巌寺の退魔衆宿舎に移り住んだ。


 毎日法要のお手伝いをしながら、夜は厳攪などからお経を教わっている。

 もともとの素質に加えて異常なほどの熱心さである。

 法要に必要なお経をものの一カ月で全部暗記してしまった。

 驚いた光輝が聞くと、二人とも讃美歌のつもりになって覚えたそうだ。

 確かにお経も歌だと思って覚えれば早いかもしれない。


 二人とも今はそのお経の意味について勉強中である。

 これも表面的な意味であればあと少しで理解出来そうだと言う。



 二人は修行僧の僧衣ももらって、光輝の座禅会にも参加し始めた。

 さすがはバチカンとワシントンDCの大司教区から送り込まれてきた精鋭である。

 光輝の後上方の光も見えて、驚きのあまり大硬直していた。


 彼らは光輝の光や、実際に天に昇っていく子供たちの霊を自分の目で見て大感動し、その後はいっそう熱心になって留学生としての本分を尽くし始めた。


 彼らはまた、それぞれバチカンの枢機卿とワシントンDCの大司教に宛てて毎日報告書を書いている。

 先にその日にあった事柄を客観的に書き、その後に自分の思うところを述べる見事な報告書だったそうだ。


 枢機卿と大司教はその報告書を毎日楽しみにしているそうだったが、返信として、もっと研究所の人々や退魔衆たちとも親睦を深めるようにという指示も来た。

 バチカンのマリアーノ君と、ワシントンDCのミハイル君は、その指示に素直に従って研究所で龍一所長たちと談笑したりするようになった。

 やはり崇龍さんと話をするのが楽しいようだ。


 その会話録は当然バチカンやワシントンDCにも送られて、枢機卿や法王様や大司教らを楽しませた。

 実はミハイル君の報告書はホワイトハウスにも転送されており、大統領も楽しみにしているそうである。


 彼らは自分たちが派遣した留学生の行動に充分に満足し、たまには皆さんを食事にでも招待するようにという指示のもと、アメリカ大使館や日本国内のキリスト教会を通じて多額のお小遣いを送ってきた。




 バチカンのマリアーノ君とワシントンDCのミハイル君の朝は早い。

 日の出前に起きて身支度を済ませると、修行衣に着替えて他の修行僧と共に寺の中の掃除に取りかかる。

 まずは本堂の床の雑巾がけである。


 最初は、なんで専門の掃除夫がいないんだとか、なんでモップを使わないんだとか不思議に思っていたそうだが、優秀な二人にはすぐにその理由がわかったらしい。

 これは祈りの前の斎戒沐浴と同じ行為なのだと。


 プロサッカー選手が試合の前にいつも同じことをしたり、メジャーリーガーが打席に入るときにいつも同じ手順で入ったりするように、法要という真剣勝負の前に決まった行為をすることで、集中力を高めているのだということを理解した。


 二人は試しに厳空に頼んで朝の掃除などの修養を一日休んでみたのだが、その日は集中できなくて散々だったらしい。


 特に二人が気に入ったのは、境内で掃いても掃いても落ちて来る落葉を無心で掃き清めることだったという。

 厳空は、「禅の心がもうわかりおったか」と言って感心していた。



 マリアーノ君とミハイル君は、修養や修行以外の自由時間はすべて日本と日本語の理解に費やした。

 光輝がそれだけ話せればもう充分じゃあないですかと言うと、二人は立てた人差指を左右に振りながら、「ちっちっち」と言って笑った。


 なんでも日本語の表現にある尊敬語と謙譲語の概念は世界の言語の中でも珍しいそうで、日本語は奥が深いらしい。

 そういえばアメリカ人なんかはサーサー言ってるだけである。

 また、会話の中でも男言葉と女言葉があるのも相当に珍しい。


 彼らは勉強のために日本の小説も読んでいたのだが、会話文などでは、最初の頃どれが誰の発言だかまったくわからなかったそうだ。

 英語の小説では必ず、「誰が言った」という文が会話ごとについているそうである。

 翻訳者がそれを日本語に翻訳する際には、男言葉や女言葉に変えて、「誰が言った」と言う部分は省略しているのだ。


 日本の小説では、老若男女の会話ではいちいち「誰が言った」などと書かなくとも、その部分を読んだだけでだいたい幾つぐらいの男か女かがすぐわかるので、誰の発言かはすぐにわかるのである。

 光輝はそんなことは知らなかった。当たり前だと思っていたからだ。



 マリアーノ君とミハイル君は夜も遅い。

 昼の法要や夜の修養が終わってから、退魔衆宿舎の談話室の片隅でPCに向かってその日の報告書を作成し、バチカンやワシントンDCに送っている。


 彼らは決して与えられた個室に籠ろうとはしなかった。

 それどころか、若い修行僧とおなじ大部屋に移らせてくれとすぐに頼んで来た。

 風呂も皆と一緒に入ったし、報告書を書くときも大勢がいる談話室の隅で書いている。


 一人になれるのはトイレぐらいかと思ったら、小はなるべく連れションでしているらしい。

 隣の修行僧に向かって、「あー今日もよく働きましたねえ」などと言っているそうだ。


 余談だが、彼らは二人ともウォシュレットが途轍もなく気に入った。

 日本が世界に誇れる大発明だと言って絶賛している。

 休暇の退魔衆たちと外出した際に、お土産用に買い込んで来てたりした。

 イタリアやアメリカで工事は出来るのかと心配したら、店で一時間も工事のやり方を教わっていたそうだ。

 工具まで買っていた。



 今日は珍しく光輝が夜退魔衆宿舎に来ていた。龍一所長もいる。

 退魔衆たちとの打ち合わせがあったからである。

 打ち合わせは退魔衆宿舎の談話室で行われていた。


 議題は、結婚した退魔衆たちの家族寮をどうするかということだった。

 いくらなんでもこの退魔衆宿舎に住まわせるわけにはいかない。

 かといって、普通のアパートに住まわせるのもなんである。

 もっとも厳空や厳真は普通のアパートで充分だとは言っていたが。


 龍一所長はいっそのこと研究所の敷地内に退魔衆の家族寮を作ろうかなどとも言ったのだが、流石に何十世帯もの家族が住める家族寮を作るのにはけっこうな予算がかかる。

 瑞巌寺には瑞祥グループ等からの寄進でそれなりの予算があるが、法要の為の莫大な寄進と区別していなかったために、寄進の流用と思われても癪である。

 議論は続いたが結論は出ず、また今度話しあうことになった。


 そのときちょうど、マリアーノ君が報告書を書き上げてバチカンに送信した。

 ミハイル君も自分の報告書を書き終えてワシントンDCに送信し、二人は大きく伸びをすると話し始めた。



「ねえミーちゃん」


「なあにマリちゃん」


「あたし、おなか空いちゃったぁ」


「うふふ、マリちゃんたら、晩ご飯たべたのにぃ」


「でも頑張ってレポート書いてたらまたお腹すいちゃったのよぉ」


「そういえばあたしもお腹空いちゃったわ」


「あのね、あたし近所に遅くまでやってるイタリアンのお店見つけちゃったの」


「わあー、久しぶりにイタリアン食べたぁい」


「それでね、昨日また法王様がお小遣いくださったのよ。

 だから今日はあたしがおごるわ。お友達も誘ってこれから一緒に行かない?」


「うん、行く行く」


 二人は仲間の修行僧たちと自転車で出かけて行った。


 ようやく衝撃から立ち直った光輝が厳真を見る。

 あの二人はオカマさんになっちゃったんですか? と問いたげな顔だ。


 厳真がやれやれといった顔で答えた。


「今日は若い女性の話し言葉の練習だったようです」



 また別の日に光輝が同じような時刻に談話室にいると、報告書を書き終えたマリアーノ君とミハイル君が話し始めた。


「マリアーノ殿」


「なんでござるかミハイル殿」


「拙僧、腹が減り申した」


「そういえば拙僧もでござる」


「急げばまだ料亭瑞祥の店じまいまでに間に合いそうじゃ」


「おお!」


「あの瑞祥椀と握り飯だけでも頂きとうござる」


「嗚呼、あの瑞祥椀を思い出すだけで腹が鳴るのう」


「拙僧もそうじゃ。

 そういえばわしも昨日ワシントンから小遣いを頂戴したのじゃ」


「それは重畳でござる」


「先日の御礼に今宵は拙僧が費えを出させていただく」


「かたじけない」


「この時刻であればあの伝説の五分ものの瑞祥椀を頂戴出来るかもしらんの」 


「ううむ、腹が鳴る」


「今宵こそはあの清二板長殿を説得してワシントンDCに支店を出して頂く」  


「ローマが先じゃ」


「それはさておき早速出向くとしようかの」 


「ではご同業を誘って参るとするか」 


「いざ!」


「いざ!」


 また二人は仲間の修行僧を誘って自転車で出かけた。

 光輝がもの問いたげに厳真を見ると、厳真は驚いた風も無く言う。


「今日の設定は、普通の僧侶の会話でしたな。

 少し古過ぎる言葉も含まれていましたが、あれはテレビの時代劇の影響でしょう」 


 厳真によれば、最も可笑しいのは中年の主婦同士の設定だそうだ。

「あ~ら奥様」とかいうやりとりらしい。

 光輝は是非聞いてみたかった。



 マリアーノ君とミハイル君は、努力の甲斐あって、光輝の後上方の三つの光の中におぼろげながらも何かの姿が見えるようになってきたらしい。

 また、光輝の助けを借りれば、一般人に霊の姿を見せて上げられるようにもなって来ていた。


 そのときちょうど、洗礼名を持ったキリスト教徒の子供浮遊霊が見つかった。

 両親が熱心な信徒で、毎週教会にも通っていたという。

 さっそく実験を兼ねて、瑞巌寺からほど近い教会で極秘で子供霊昇天の為のミサが行われることとなった。

 ミサの主導はもちろんマリアーノ君とミハイル君である。


 ロマーニオ枢機卿の協力の元、日本中から口の堅い神父がその教会にやってきた。中には司教もいる。

 マリアーノ君とミハイル君は、光輝の座禅のバックアップのもと、交代で彼らに子供の霊を見せてあげていた。


 もちろんお手伝いの聖職者たちは驚愕のあまり声も出ない。

 彼らもテレビで瑞巌寺の様子は見ていたのだが、やはり本物を目の前で見るとその衝撃は大きいらしい。


 気を取り直した彼らの協力の元、そのミサは始まった。


 そして…… 

 慣れない彼らは時間はかかったものの、見事にその子供の浮遊霊を自分たちの力だけで昇天させてあげることが出来たのである。

 天から降りて来て子供霊を導いてくれた光の周囲には、天使が羽ばたいている姿さえ見ることが出来た。


 マリアーノ君とミハイル君は、無事子供の霊が昇天して光が消えた後も、長いこと涙をぼろぼろこぼしながら祈りの言葉を唱えていた……



 いつも真剣な彼らがさらに真剣になった。

 わき目も振らずに修養と修行に明け暮れている。

 彼らの霊力からすればその実力はもはや中級退魔衆であり、もし僧階が与えられるならば権僧正であろう。

 朝の掃除などは免除されるはずである。


 だが彼らは全てを行いたがった。

 なにしろ自分たちが行ってきたどの努力が霊力を高めてくれたのかはわからないのである。


 昼間の法要でも、修行衣を着た彼らは前列に座って熱心にお経を唱えた。

 彼らの霊力を見た厳空がそこに座るように言ったのである。

 また、キリスト教徒の子供霊が見つかるたびに、教会での秘密ミサが繰り返された。

 彼らはそのいずれも成功させ、昇天に必要な時間もどんどん短くなっていった。


 光の周りを羽ばたく天使の数さえ増えていったのである……




(つづく)


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