*** 24 偉大なるお師匠様 ***
さすがに疲れた光輝たちは、その日は予定通り瑞祥グランドホテルのロイヤルスイートルームに泊まった。
みんなも泊まったのだが、ずいぶん後になって聞いたところでは、厳空たちと厳真たちにとってはその夜が初めての夜だったそうだ。
光輝たちは疲れ果ててすぐ寝てしまったのだが、鍛え上げた退魔衆はその程度では疲労などしない。
女性陣もそのときにはあまり体力は要らない。
翌朝みんなでダイニングで朝食を取ったのだが、詩織ちゃんと純子さんは妙に大人しくて赤い顔をしている。
厳空と厳真も俯いて言葉少なである。
みんなの顔を見られない。
一緒にレックスさんや大河君と泊まっていた麗子さんは、そんな四人を見てピンときた。
その後、詩織ちゃんと純子さんにはあのサイトをプリントしてこっそり渡していたらしい。
桂華にはもう渡してある。
桂華の分には、「エッチは二人の共同作業なの」という部分にラインマーカーが引いてあったそうだ。
奈緒に孫弟子が出来たようである。
ついでに麗子さんは二人を連れてあのランジェリーショップにも行ったらしい。
奈緒と桂華も同行して、五人はおそろいのショーツになった。
今度いつか五人みんなで色違いを穿いて並んでみようなどと言って、きゃーきゃー騒いでいたそうだ。
その話を奈緒から聞いた光輝は、思わずやや上方を見上げて想像しようとしてしまったが、奈緒ちゃんの頬が膨らんだのですぐやめた。
あとで聞いたが、桂華の頬も膨らんだらしかった……
五人の女性陣は、純子さんが非番のときなどに、よくレックス邸に集まっては親睦を深めている。
もちろんレックスさんは仕事でいない。
ときどき三人は麗子さんからあっちのノウハウも伝授されたりしていた。
なにしろ麗子さんは結婚生活の先輩であり、一児の母でもあって女としても大先輩である。
しかも生き生きとして実に幸せそうである。
目がいつもきらきらしているのである。
きっと理想の結婚生活を送れているのだろう。
麗子さんは三人にそう思わせる雰囲気を充分に持っていた。
純子さんも自分が初心者であることをはっきりと自覚し、二つ年下の麗子さんの話を真剣に聞いている。
ある道のプロであればあるほど、他の道のプロの意見は尊重するものである。
もちろん純子さんは、あのサイトに書いてあったようなことはまだほとんど実践できていない。
あるとき詩織ちゃんが頬を染めながら、「麗子さんはあのサイトに書いてあるようなことを、そ、その…… ご、ご主人にしてさし上げてるんですか?」と聞いた。
「うん。うちのダンナが嫌がらないことは全部な。まあおしり関係を除いて全部だ」
「ぜ、全部ですか……」
詩織ちゃんの頬がさらに赤く染まる。
桂華も純子さんも麗子さんを喰い入るように見ている。
「復習もみっちりやってるぞ」
「み、みっちりですか……
と、ところで麗子さんはご自分であのサイトを見つけられて、その……」
「いいや、お師匠様に教えてもらった」
「お、お師匠様っ!」
三人は口を揃えて驚いた。
麗子さんは大河君を生む前後の話を、純子さんや桂華や詩織ちゃんに包み隠さずすべて話した。
三人とも、「参考になるなあ」という顔をして聞いている。
麗子さんは実に率直である。
「ということでだ。わたしはそれまでエッチとはダンナが与えてくれるものと思い込んでいたのだよ。
そしてそのせいで、エッチの回数こそがダンナの私への愛のバロメーターだと勘違いしていたのだな。
お師匠様が初めてのエッチからたったの二日間で十二回もエッチしてもらったと聞いて勘違いしておったのだ」
三人はびくんと体を震わせた。その後はみんなうらやましそうな顔になった。
「つまり、私はそれまでマグロだったのだよ。
おかげであの妊娠後期と産後のころは、エッチが無くてとっても寂しかったのだ。
悲しくて毎日泣いていたのだ。
ダンナの愛が無くなったと勘違いしていたのだ。
だがその道の達人であるお師匠様のおかげで私は開眼できたのである!
あれはダンナのせいではなく、私が悪かったのだ。
私が妊娠後期や産後すぐでエッチが出来なかったのなら、その分私が別の方法でダンナを喜ばせて愛してあげていればよかったのに……」
純子さんと桂華と詩織ちゃんは、もう声も無く麗子さんの独白に聞き入っている。
「だが、まったくもってお師匠様のおかげで、エッチは二人の共同作業だということに目覚めることが出来たのだよ。
おかげで今では実に実に幸せな結婚生活を送れているのだ。
毎日が楽しくてしかたがないのだな。
今日はダンナにどんなことをしてあげようかといつも考えているのだ。
そしてそれを実際ダンナが実に喜んでくれるのだよ。
もちろんダンナも私をどう喜ばせようかといつも考えていてくれているのだ。
そうして実際わたしはそれが天にも昇るほどウレシイのだ。感じるのだ。
今日はエッチしてもらえるかしら、などとはもう思ってもいない。
どうやってエッチなことをしてあげようかとしか考えていないのだ。
それこそがお師匠様のお教えであり、私はそれを忠実に実行したからこそ、これほどまでに幸せになれたのだ!
全てはあの偉大なるお師匠様のおかげであーるっ!」
初心者三人は呆然としている。
頬を赤らめることも忘れて麗子さんの説法に聞き入っている。
「お師匠様は初めてのエッチからたったの二日で十二回もしてもらった、ではなかったのだ。お互い十二回も愛し合っていたのだ!
つまり半分はお師匠様が愛していたのだ!」
三人はうなだれた。真剣に反省している様子だ。
「お師匠様はあのようなノウハウをほとんど全て自力で編み出された後、あのサイトを見つけられて、あまり役に立つサイトではないなと思われていた程のお方なのであるっ!
それも編み出したのは初エッチからものの一、二カ月でのことなのだっ!」
三人が心底驚愕する。
「お師匠様はだな、初めて見せてもらったカレのそれがはちきれそうで苦しそうなのが可哀想になって、自然にそれを口に含んでその苦しみを取り除いてあげたそうなのだぞ!
それもファーストキスの翌日にだぞ!
断っておくが、それはカレとのファーストキスというだけでなく、人生のファーストキスのなんと翌日のことだったんだぞ!
三人はもはや驚愕を通り越して硬直している。
「そしてつい最近あのサイトで、その行為にフェラなんとかという淫猥な名称がついていることに気づかれたそうなのだ。
お師匠様のその行為はそのような淫猥なるものでは断じてない!
それはもはや愛の女神の崇高なる行為であるっ!」
あの男前の麗子さんがこれほどまでに感動している。
既婚者としても女としても大先輩の幸せそうな麗子さんが、そのお師匠様にこれほどまでに心酔している。
そして麗子さんの言う通り、その愛の女神の行為は彼女たちにとっては信じられないほど超越した行為であった。
自身を省みればその超越がよく分かる。
「そうでなければ、単に愛されているだけとか、単にダンナが凄いだけでは、初エッチから一カ月で百二十五回のエッチなぞ出来るわけが無いっ!」
三人は本当に座ったまま飛び上がった。
詩織ちゃんは思わずナナメ上を見ながらひーふーみーと指を折って数えはじめたが、四本目で指が止まった。
もういちど最初から数え直している。
そしてみんなが自分の指を見ているのに気づいて、真っ赤になって数えるのを止めた。
奈緒は相変わらず無邪気な笑顔でみんなを見ている。
「うちのダンナは最初、お師匠様のカレのことをバケモノだと言っていたが、それはまだ私が本当にダンナを愛していなかったからなのだ。
共同作業に参加せず、単にダンナだけにエッチをさせていたからなのである!」
三人はまた深くうなだれた。
「だがこう言ってはなんだが、お師匠様のカレはどう見てもそんなにスゴいとは思えないお方なのだ。
それは、間違ってもカレの一方的な行為ではなかったハズである。
あれはお師匠様とそのカレが、二人の共同作業として発展させて行ったからこそ為せた偉業なのであるっ!
そうでなければ、一カ月で百二十五回なぞという奇跡は起きようがないっ!」
三人はさらに深くうなだれた。
「しかもお師匠様は、あのようなサイトなぞとっくの昔に超越されておられるっ!
新たなる次元のノウハウを日々蓄積されておられるのだっ!
私ごときではまだまだお師匠様の足元にも及ばんっ!
私が一介の僧都だとすればあのお方様は大僧正様じゃっ!」
その例えは三人には実にわかりやすい。
みんなこくこく頷いた。
「私はお師匠様には足を向けて寝られんのじゃ。
ま、まあ、たまにおしりは向けて寝てはいるがの……」
麗子たちの寝室は奈緒たちの寝室の真上である。
奈緒に足を向けて寝るのは難しいが、おしりを向けて寝るのはふつーである。
三人は心の底から感動した。
純子が三人の気持を代表して恐る恐る聞いた。
「それでその…… 麗子さん。
そ、その麗子さんの大恩人である超越した達人の大僧正の愛の女神の偉大なるお師匠様って……
ど、どどど、どちらのお方様なんですか?」
相変わらず奈緒はみんなを純粋無垢な天使の笑顔で見ている。
麗子さんはおもむろに立ち上がると奈緒の後ろにまわり、座りながら奈緒に抱きついた。
そうして奈緒の耳元で真剣な声で言ったのだ。
「わたしの大事な大事なお師匠様……
ほんとうにありがとうございます。心の底から感謝しています。
お師匠様のお陰で、麗子は今とってもとってもしあわせです……」
そうして麗子さんは奈緒に心からの敬愛の情を込めて微笑みかけたのである。
奈緒は五人の中では詩織ちゃんと並ぶ年下である。
三人は驚愕のあまり声も出せずに凍りついていた。手が少し震えている。
奈緒は首を回して本当に幸せそうな麗子さんを見つめ、嬉しそうにまた天使の笑顔で微笑んだ。
大河くんが「あぶう」と笑った。
純子さんと桂華は、奈緒のことを今までは奈緒ちゃんと呼んでいた。
詩織ちゃんは奈緒さんと呼んでいた。
だがそれからは三人は奈緒のことを奈緒さま、もしくは大お師匠さまと呼び始めた。
奈緒はみんなに真剣にお願いして元に戻してもらった。
しばらくして三人の顔が麗子さんとおなじようにきらきら輝き始めると、三人はいっそう奈緒を崇拝するようになった。
どうやら自分が麗子さんとおなじように満ち足りた結婚生活を送れるようになってきたのは、全部大お師匠様のお教えのおかげだと思い込んでいるようである。
厳空と厳真は、それぞれ詩織ちゃんと純子さんと一緒に暮らし始めたそうだ。
みんなもう少し広い所に引っ越しを検討中らしい。
三人は光輝に会ったときも、頬を染めてものすごく丁寧に口をきくようになった。
あの桂華ですら丁寧語で喋ったのだ。
そのたびに光輝の頭の上に大きな「?」マークが浮かんだ……
(つづく)