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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
54/214

*** 23 硬直の輪 ***


 バンケットルームの大きなスクリーンの地図には光輝たち主役が今どこにいるのかが表示されている。

 その横のやや小さな四つのスクリーンでは、それぞれのカップルについたカメラクルーが、談笑する彼らの姿を映し出していた。


 会場の隅では弦楽四重奏団が妙なる調べを奏でている。

 三組の四重奏団が交代でこれに当たっていた。


 お目当てのカップルの位置を確認して外に出た招待客はまた驚かされる。

 外の広大な庭園は、そのほとんどが巨大なガラスの構造物で覆われているのだ。

 ガラスにキラキラと日光が反射して実に美しい。

 ガラスにコーティングがしてあるのと、隠された強力なエアコンのおかげで気温も快適だ。


 ここにもあちこちに料理と飲み物のテーブルがあったが、こちらは屋台が中心だった。

 寿司の店には板前さんが二十人も立ち、次々に寿司を握っている。

 それだけで壮観だ。こんなの誰も見たことは無い。


 出入り口にほど近いお吸い物コーナーでは、紋付き袴姿の清二板長が監督して十人の弟子たちが椀物を提供していた。

 有名な瑞祥椀が頂けるとあって、黒山のひとだかりである。

 その他にもあまり火を使わない屋台や、煙の出ない屋台がたくさんあった。


 さらにガラスの巨大構造物から外に出ると、以前は駐車場だった場所がカーペットの敷かれた綺麗なパーティー会場になっている。

 ここにもたくさんの屋台があり、大きな羊を回しながら焼いてケバブを提供している屋台まであった。


 会場の端にはステージがあって、余興をしたい客が係員に申し出ると自由に余興が出来る。

 余興の客が途絶えると、地元出身の人気ユニットがミニコンサートを始めたので、若い客たちが殺到した。


 会場の周りでは大勢の大道芸人たちが交代でその技を披露している。

 連れられて来た子供の客も多く、みんな大道芸人たちの妙技を間近で口を開けて見ていた。


 疲れたと思えば会場内には大量の椅子とテーブルがあり、グループで来た者たちはここで談笑している。

 たまに光輝たちが寄って来てくれたりもした。



 会場内の客にはやはり僧衣の者が多い。

 そこここで集まって談笑しているが、やはり高位の正式僧依が多かった。

 もちろん最慎も来てくれており、大勢の僧侶たちと楽しそうに談笑している。


 会場の端には大きな祭壇があり、大量の飲み物や食べ物がお供えされている。

 霊視能力者の目には、そこに座った笑顔の崇龍さんの巨躯が見える。

 現代の霊たちの幾人かが恐る恐る崇龍さんに話しかけたが、意外に気さくなおじさんだったのでみんな崇龍さんと仲良くなり始めていた。


 やはり崇龍さんは現代の霊たちにもたいへんな人気者となっている。

 なにしろあの怖い怖い悪霊たちを簡単に叩きのめしてくれる超高級霊なのである。

 それにあの大勢の子供霊たちが昇天する大法要は、みんな瑞巌寺やテレビで見ていたのだ。


 崇龍さんも現代の霊たちに英雄扱いされて嬉しそうである。

 その周りや上空には何千何万という浮遊霊たちが集結していた……



 パーティーが始まって一時間が過ぎたころ、警察庁の須藤警視正と甲斐県警本部長が、徳永署長らを伴って厳真と純子のところにやってきた。

 それまでは内外の警備体制をチェックしていたのだが、全てがうまく回っているのに満足して、ようやく来てくれたらしい。


 須藤たちは、榊警部補に心からおめでとうを言った。

 なにしろ検挙率全国一位の大功労者である。

 徳永署長は少し泣いていた。

 あの仕事狂の部下がとうとう伴侶を見つけられたのだ。

 しかもこれほどの盛大なパーティーの主役のひとりなのである。


 純子は初めて徳永の涙を見て心底驚き、自分も少し泣いてしまった。

 それを遠巻きにして見ていた純子の元同僚たちは、鉄の女の涙を見て硬直している。


 もちろん純子の美しいドレス姿など見るのは初めてである。

 そのあまりにも綺麗な姿とドレスからはみ出しそうになっているおっぱいを見て、独身の元同僚たちは少し悔しそうな顔をしたが、周囲の大会場を見てうなだれた。

 自分ではとてもこのようなパーティーをしてやることは出来なかったと気づいたのである。


 そのグループに光輝たち一行が近づいて来て、二つのグループは一つにまとまり、話に花が咲いた。


 そこへSPに護衛された警察庁長官がやってきた。

 須藤以下警察官全員が気をつけをしてぴしっと敬礼をする。

 純子も思わずつられて敬礼した。

 すぐに甲斐本部長が、「非番でしかもドレスを着た主役は敬礼不要だ」と純子の耳元で言ったので、純子は赤くなって慌てて敬礼の手を降ろした。


 そんな純子を見て微笑んだ警察庁長官は脇にどいた。

 長官ですら単なる先導役だったのである。

 その後ろには、駐在武官に護衛されたアメリカ合衆国駐日大使の姿があった。

 さらに後ろには新田代議士や、後藤派の領袖である後藤代議士の姿も見える。

 一行は光輝たちひとりひとりに丁寧にお祝いを言い、大使のお祝いの言葉は、通訳がすぐに日本語に翻訳してくれた。


 お祝いの言葉が一通り終わると、大使は正装の内ポケットから封筒を四通取り出して宛名を確かめている。

 そのうちの一通をまず光輝に渡し、また一通を厳真に渡した。

 大使は「昨日空軍機で届きました」と言ってにっこりと微笑んだ。


 その封筒の中のカードには、光輝たちの名前の下に、「ご結婚まことにおめでとう。また会える日を楽しみにしているよ。アメリカ合衆国大統領アレクサンダー・ジョージ・シャーマン」とあり、その下に大統領の署名もあった。


 光輝がそれを奈緒に見せると、奈緒は顔を輝かせて嬉しそうに笑った。


 光輝は大使に聞いてみた。


「このおカードを友人たちに見せてもかまいませんでしょうか?」


「ここにお見えになっているようなご友人の方々でしたらどうぞどうぞ」


 つまりマスコミなどに公表しなければいいということである。


 光輝はカードを周囲の友人たちに渡した。

 そのやり取りを見ていた厳真も、純子に見せた後は正面にいた警察庁長官に渡した。

 あとで聞いた話だが、純子はそのカードを最初信用していなかったそうだ。

 外人の俳優さんまで用意した、手の込んだどっきりだと思っていたらしい。

 さすがに純子もアメリカ合衆国駐日大使の顔は知らなかったのである。


 警察庁長官は硬直している。

 須藤が長官の持つカードを覗き込んで息を呑んだ。

 甲斐もカードを見て息を呑んだ。

 徳永も硬直して息を呑んだが、突然男泣きに泣き始めた。

 その徳永の涙を見ただけで捜査課員たちはまた硬直した。


 カードは万が一にも汚さないように丁寧に次に後ろにいたひとたちに回されている。

 新田代議士も光輝のカードを見て笑顔になると光輝に握手を求めた。

 奈緒の手もそっと握っている。

 後藤代議士もやはりカードを見て驚いた顔をしていたが、納得したように頷くとやはり笑顔になった。


 そこへやはりSPに護衛された伴堂外務大臣がやってきたのである。

 新田の属する派閥の領袖である。

 伴堂は電話でもしていたのであろう、大使に失礼の詫びを言い、大使はにっこり笑ってそれを許した。


 伴堂は光輝たちに自己紹介をして順に手を取ってお祝いを言い、アメリカ合衆国大統領からのメッセージカードを見て大いに感心していた。

 外交儀礼以外での米国大統領のこうした私的メッセージカードは初めて見たからである。


 純子が硬直した。

 さすがの純子も現職の外務大臣の顔と伴堂の名は知っていたのである。

 あのカードは本物だったのだ。


 純子の目に涙が溢れた。真兄ちゃんはなんてすごいひとだったんだろう。

 わたしはそんなすごい真兄ちゃんのお嫁さんになれるんだ……

 純子の涙は止まらなかった。厳真がやさしく慰めている。

 そんな二人をみんながさらにやさしく微笑んで見つめていた。


 その輪の周囲では、順番に捜査課員達にそのカードが回り、硬直の輪が広がって行っている。

 さっき純子を見て惜しそうにしていた若い警察官たちも、ひときわ大きく硬直して完全に観念したようだ。


 大使はその後、一行を引き連れて龍一所長や厳空たちにもカードを渡してお祝いを言って回り、あちこちで硬直の輪を作って行っている。

 大使もけっこう楽しんでいるようだ。

 厳攪や最慎ですら硬直していた。



 筆頭様と二席さんと三席さんは、そのカードを長いこと見つめて泣いていた。

 披露宴の準備の監督をしていて疲れていた二席さんは、自分の苦労も報われたといっそう泣いた。


 そのカードは後で光輝から三尊幸雄と榊原源治にも渡された。

 幸雄は、パーティー会場を見て、もう光輝のすることには驚くまいと必死に自分に言い聞かせていたが、カードを見てやはり硬直してしまった。


 いくらなんでもこれはやり過ぎだろうと嘆息している。



 並んで座っていた瑞祥一族の御隠居様と白井一族の御隠居様は、龍一部長からそのカードを渡された。

 二人とも硬直したが、瑞祥の御隠居様はすぐににっこり笑って孫の顔を見た。

 白井の御隠居様は、あのときの恩義を思い出し、納得した顔で頷いている。


 そのパーティーにはあの沖縄のリゾートホテルの社長も来てくれていた。

 同業者でもある社長はしばらく感心しながらパーティーの様子を見ていたのだが、やがて龍一所長に誘われて御隠居様達に合流していたのである。

 もちろん社長もカードを見て硬直したが、やっぱり、という顔をして実に嬉しそうに微笑んだ。


 御隠居様たちと社長は、研究所の広報誌を共通の話題にして盛り上がった。

「おお、あなたはあのエピソードの御方でしたか!」などと言って熱心に話し込んでいる。

 お互い広報誌が擦り切れるほど読んでいるのがよくわかった。

 ほとんどの文章を暗記していたからである。


 瑞祥のご隠居様が、あれはあそこにいるうちの孫の嫁が書いた文章です、と自慢げに言うと、白井の御隠居様と社長は羨ましげな顔をしていた。



 伴堂や後藤はしばらくして辞去していったが、アメリカ大使と新田はすぐには帰らなかった。

 取り巻きを連れたままテーブルについて、パーティーの雰囲気を楽しんでいる。

 さすがに大使はパーティー慣れしていたのだが、この大パーティーのお祝いの雰囲気は本物だとわかって、その暖かい空気の中で寛ぎたかったのである。


 光輝や厳真に頼まれた厳上が、そんな大使たち一行に崇龍さんや霊たちの姿を見せてあげた。

 修行の結果、一部の限られた人たちに霊を見せてあげることも出来るようになっていたのである。


 大使一行はさすがに驚いた。霊を見るのはもちろん初めてだったからである。

 護衛の駐在武官が咄嗟に懐に手を入れたほどだ。

 幸いにも手を入れただけで踏みとどまった。


 大使は厳上に彼らと話をしてみたいとねだった。

 もちろん厳上は大使一行を連れて崇龍さんのところに行き、自らの口を貸して崇龍さんの声を通訳に伝える。


「お初にお目にかかる。崇龍と申します」


「はじめまして。わたしはジョン・ハワードと申します。アメリカから来ました」


「おおおお、そのような遠方からようこそ」


「崇龍さんは皆さんのご友人なのですね」


「さよう。まあ友人と言うより、同士、戦友じゃがの」


 崇龍さんと話をすればするほど大使は感心した。これは大変な人物だ。

 聞けば四百年も前からこの地にいた霊だと言う。

 アメリカ人は自国の建国前から存在するものに弱い。

 大使の全身に鳥肌が立った。


 崇龍さんは現代の情勢にも詳しかった。最近の勉強の成果である。

 二人はそれから長いこと話をしていた。

 崇龍さんと話をしながら、大使はなぜ大統領があれほどまでに彼らを大事にしているのかがよくわかったような気がした。


 大使は四時間もパーティー会場にいて、最後には崇龍さんにまた是非お会いしたいと言って、名残り惜しそうに帰って行った。



 瑞祥グランドホテルの他のバンケットルームは、パーティーの主役たちや皆の親族の為にすべて開放されている。

 光輝たちは疲れると、その専用の部屋に入って休息した。

 来賓たちには上階の全ての客室が解放されていて、年配の高僧たちが休息する部屋も充分にあった。

 大盛況のパーティーは空が暗くなるまで続いた。


 予定の六時になっても客たちは名残を惜しんで帰ろうとしなかったので、結局パーティーの終了は七時になった。予想通りである。

 夕方六時から八時までは、当日警備や交通規制に当たってくれた大勢の警察官らのうち、勤務時間が終了している警官たちに会場に入って食事をしてもらっている。

 残り物で申し訳無いのですがとは言ったのだが、もちろん出来たての熱々の料理も続々と出て来ている。


 予め甲斐県警本部長にお伺いを立てて快諾してもらっていたため、警官たちの家族や彼女たちもこれに合流した。

 大勢の子供たちのために、大道芸人たちもたくさん残ってみんなを楽しませてくれている。

 寿司職人や清二板長も残っていて腕をふるってくれた。

 若い職人さんたちは、厚い御祝儀袋を頂いて目を丸くして喜んでいる。



 八時を過ぎるとホテルの前には多数の瑞祥交通のバスが横づけされ、遠方の警察署から来てくれた警察官やその家族をまた乗せて地元に帰った。



 奉名張に記入された来場客の数は、合計二万五千名にのぼった。

 志郎の集計によると、霊たちの数はその倍だった……







(つづく)


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