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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
52/214

*** 21 お堂 ***


 崇龍がまたやさしく言う。


「ほれ、そろそろ行きなさい」


 頷いた年長の男の子が、涙を流しながら両手に年下の子らを連れて崇龍から離れ始めた。

 しかし途中で立ち止まって、思わず崇龍を振りかえる。

 崇龍は笑顔を一層大きくした。

 年長の男の子は手の甲で涙を拭きとり、ひとつ大きく頷くとまた厳空に近づいていく。


 両手につないだ年少の子らが泣きだした。

 年長の子はしゃがんでその子らをなぐさめ、しかしまた決然と厳空に向かう。

 その子は厳空を見上げて大きく頷いた。


 厳空も微笑んで頷く。

 両手の小さな子らは厳空の衣にしがみついた。

 それを見ていた他の童の霊たちが、おずおずと厳空に向かって歩き出す。

 皆途中で立ち止まって崇龍を振り返るが、崇龍はますます笑顔を大きくして、「ほれ、早く行きなさい」と言うだけだ。


 その童たちの霊も無事厳空の霊に近づき、厳空の衣にしがみついた。

 それにつられてまた大勢の子供たちが崇龍から離れて厳空に向かった。

 ほとんどの童がやはり途中で崇龍を振りかえるが、崇龍の笑顔に励まされてまた厳空に近づいて行った。


 子供の霊は、全部で五百柱近くはいるものと思われた。

 まもなく崇龍の衣にすがりついているのは年少の童子が少しだけになる。

 それを見た厳空の元にいる年長の男の子と女の子が、五人ほど崇龍の元へ戻った。


 崇龍にしがみついて離れない年少の子を取り囲んで、何やら優しげな顔で話しかけている。

 その小さな子はお兄ちゃんお姉ちゃんたちの顔を見比べて、ついに手を差し出して来た。


 年長の女の子が、その子を抱いて厳空の方に近づいて行く。

 その年長の女童も小さい子に顔を見られないようにして涙を堪えていた。

 年長の子らは、みな崇龍の顔を見ないように必死で顔をそむけている。


 なんの解説が無くともその姿は童たちと崇龍の絆を雄弁に語っている。

 これほどの情愛溢れるパントマイムは誰も見たことが無かった。

 今日のカメラマンのアングルは神業だった。


 とうとう最後に残された小さな童が、お姉さんにしがみついて崇龍から離れた。

 その子はお姉さんにしがみついたまま何も見ようとしなかったが、最後に一瞬だけ崇龍を見て泣きだした。


 厳空にしがみついている童らも皆泣きだした。

 顔を必死で笑い顔にしたまま、崇龍も泣いていた。

 超大粒の涙がぼろぼろと下に落ちている。

 崇龍はそのまま深々と厳空に向かって平伏した。


 必死で声を絞り出した崇龍が言う。


「そ、その童らを、よ、よろしくお願い申し上ぐるっ。

 う、ううううううううううっ」


 あとは涙で聞えない。


 厳空も厳粛な大声で言う。


「畏まりましてござりまするっ」


 そう言うと、厳空はゆっくりと立ち上がった。

 そして厳空は、膨大な数の童の泣き声とともに、ゆっくりと天に昇って行ったのである。


「うううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」


 崇龍は平伏したまま号泣していた。

 二千人近い僧侶の読経がかき消されるほどの号泣だった。

 その号泣と読経の響きはいつまでも続いた。


 カメラはその号泣をバックに、全員涙を流して読経を続ける僧侶たちの顔をパンしていった……




 その番組の視聴率は日本歴代五位に入った。


 ユーチューブのヒット数は一千万件を超えたが、アクセスのペースはむしろ上がって来ている。

 海外からのアクセスが多いそうだ。

 十二ヶ国語のテロップがついた十二種類の画像が作られている。

「ZUIGANJI」という言葉は世界的なものになった。


 後にネット上でも、あの場面で貰い泣きしなかった人は人では無い、とまで言われた……




 その夜も遅く、誰もいなくなった本堂の前で、光輝や厳空や厳真ら幹部が崇龍を囲んでいた。

 まだ泣いている光輝が言う。


「な、なんであの童たちといっしょに天に昇らなかったんですか、崇龍さん」


 放心したような顔の崇龍が言った。


「出来んのじゃ」


「な、なんでですか」


「わしは生前人を殺め過ぎた。それも己の権勢欲のためにじゃ」


「…………」


「じゃから天に昇ることは出来ん。地獄に落とされるだけなのじゃ」


「そ、そんな……」


「わしにとっては当然の報いじゃ。とっくに覚悟は出来ておる。

 じゃがそんなことになってみい。

 あの童たちが永遠の別れを知って嘆き悲しむじゃろうに。

 しかし、先に行って待っていろと言えば、望みをつないでいつまでも待っていられるのじゃ。

 これが一番あの童たちの為になることだったのよ……」


 もう光輝も何も言えなかった。

 また光輝の目から涙がぼろぼろと落ちる。

 しばらくして、ようやく崇龍が言った。


「さてと、地獄に落とされる前に、しばらくの間でも今の現世を楽しませてもらうとするかの」



 崇龍は瑞祥研究所の応接室に居ついた。

 厳空は上級退魔衆の厳上を崇龍担当に命じた。

 しばらくの間、崇龍は底なしの好奇心を見せ、過去四百年の歴史をむさぼり学んだ。


 以後はテレビが大のお気に入りとなり、歴史物を中心に寝食を忘れて見入った。

 その後は現世見学と称して、毎日出かけて行った。

 厳上は大いに崇龍に振り回されたがよく耐えた。

 厳上ひとりで手に負えないときは、厳上の弟子たちが張り切って師匠を応援した……





 その霊障事件は県警から退魔衆に持ち込まれた。

 新たに完成した県内を通る高速道路のうち、あるトンネルで深夜立て続けに重大事故が発生したのである。

 大勢の犠牲者も出ていた。


 その事故は、必ず深夜零時にいつも同じ場所で起きていた。

 また、数少ない生存者の証言では、トンネル内でいきなり地面や天井から白い大きな球体のようなものが出て来て、慌ててブレーキを踏んだりハンドルを切ったりして重大事故に繋がったらしい。

 調べてみると、その事故地点の真上には、打ち捨てられた古いお堂があった。


 通常、そういう工事の際には僧侶の法要やお堂の移転が行われるのだが、その問題のお堂は余りにも古く荒れていたせいで見逃されていたらしい。


 早速退魔衆の偵察部隊がお堂に派遣されたのだが、その僧侶は蒼い顔で帰ると言った。


「あのお堂にいる者は、あまりに強力過ぎて拙僧ごときの手には負えませぬ」


 早速二十五人に増えた退魔衆全員がそのお堂に向かった。

 興味を示した崇龍もついて来た。

 五メートルの巨体でのしのし歩いてついてくる。

 そのお堂に近く、それを遠くに見る場所で厳空は凍りついた。


「こ、これは……」


 そのお堂から立ちのぼる気配はあまりにも強力である。

 今まで経験して来た悪霊たちとはもはや次元が違う。

 だがあれだけの犠牲者が出ている事件である。逃げるわけにはいかなかった。


 厳空は退魔衆の全滅をも覚悟した。

 せめて光輝だけでも逃そうと後ろを振りかえったが、そこには厳真ら上級退魔衆の蒼白な顔が並んでいた。

 やはり彼らもその尋常ではない気配に気づき、覚悟を決めていたのである。


「少しお待ちくださらんか」崇龍の声がした。

「ちょっくらわしが行って話をしてくるわい」


 そう言った崇龍の体がみるみる大きくなっていく。

 もはやその身長は三十メートル近い。まるで怪獣である。


(そうかこれが崇龍さん本来の大きさなんだ……)

 腰を抜かした光輝はそう思った。


 崇龍は腰から太刀を外し、片手に持ってお堂に近づいて行く。

 そのままお堂の正面に座って座禅を組み始めた。


 お堂から出て来る気配が一気に拡大した。

 先ほどの気配でも全滅を覚悟したほどなのに、今度はそれに十倍する驚異的な気配である。

 厳空は驚愕した。


 長いことお堂の前で座禅を組んでいた崇龍が戻ってきた。

 また元通りの五メートル程の体に戻り、厳空に言う。


「ここではなんなのでいったん下山しようではないか」 



 麓の小さな社の前で皆は座った。


「あのお堂はの、三百年も前からあそこにあるそうじゃ。

 三百年ものの霊体といえば、まだお主らでは太刀打ち出来んじゃろう。

 いざ戦わば、わしとて勝てる保証は無いほどじゃわい。

 あまり無謀なことはせんほうがいいぞ」


「し、しかしあれほどの犠牲者が……」


「あのお堂はの、やはりその真下を通る霊脈を通じて移動しておったのじゃ。

 それが人間どもがその霊脈のど真ん中を掘り返して隧道を作ってしもうた。

 お堂には別に悪意があったわけでは無かったのじゃ。

 むしろ霊脈を通るのをいつも同じ時間にすることで、迷惑を最小限にしようと努力していたそうじゃ」


「で、では事故は無くせないと……」


「それでわしも聞いてみたのじゃがの、お堂の移転で許してはくれんものかと。

 そうしたらあのお堂のやつ、条件を出しおった」


 崇龍さんは愉快そうに笑う。


「この山の山頂付近にもっと大きな霊脈のある場所があるそうじゃ。

 そこに新しいお堂を建ててくれればいいそうじゃよ。

 もっといい石を使っての。


 おお、それから年に一度でいいから菓子のお供えも欲しいそうじゃ。

 お堂の中の小箱さえ大事に移転させてくれれば今のお堂は打ち捨ててもいいそうじゃ。

 どうじゃの。それでいいかの」


 光輝は念のため龍一所長に連絡を取ったが、所長はOKを即答した。

 崇龍はすぐにお堂に戻り、その旨を伝えてくれた。

 そこは国有地だったので多少の手間がかかるかと思われたが、幸いにして新田代議士が動いてくれたため、すぐに工事に取り掛かれたのである。


 ヘリで資材が運ばれ、崇龍の示した地点が整地されて、最上級の石を使ったお堂が出来た。

 その工事の間は、県警が夜の零時前後だけトンネルを封鎖している。

 崇龍が見守る中、厳空が慎重に小箱を運び、新しいお堂に安置した。

 万が一のことを考えて小箱が持ち出されないようにお堂の石をずらせて小箱を封印する。


 大量の菓子をお供えしたあとで、念のため崇龍に頼んでお堂にお伺いを立ててもらったが、返事はすこぶるに満足しているとのことであった。


 それからは半年に一度、瑞巌寺の僧侶がお供えをすることにした。


 もちろん事故は無くなった……







(つづく)


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