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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
51/214

*** 20 瑞巌寺特番 ***


 落ちついた崇龍と子供霊たちは、龍一所長と供に研究所の応接室に向かった。


 志郎たち霊も大勢何事かと見守っていが、崇龍があまりにも大きいので遠巻きにして見ているだけだ。

 やはり霊たちにも霊としての格の違いはわかるらしい。


 応接室に落ち着くと、着物を着た子供霊たちは物珍しそうに辺りを見渡した。

 応接室の隅にある祭壇の上のお菓子にまた手を伸ばす子。

 恐る恐るジュースを試してみる子。

 桂華は応接室のテレビで子供向けのアニメを見せてあげた。

 かなりの数の子供霊が夢中になって見ている。


 夕方には料亭瑞祥から、たくさんのおにぎりやおいしそうなおかずが届けられて祭壇にお供えされた。

 瑞祥所長からの連絡で、厳空ら上級退魔衆や光輝たちも応接室に来ている。


 崇龍は窮屈そうに体を小さくしていたが、それでもまだ三メートル近い高さがあった。

 そのいかつい姿を見て皆驚いたが、崇龍の快活な性格のせいか話をしているうちにすぐ慣れたようだ。


 崇龍は、初めて光輝を見たとき、「これはこれは…… このお方のおかげで皆霊力を上げておられたのかのう」と言っていた。



 崇龍は、お腹もいっぱいになってすっかりくつろいでいる子供霊たちを満足げに見渡すと、問わず語りに自分のことを話し始めた。


「わしはの、もう四百年以上も前に、ある国で武将をしていたのじゃ」


(四百年以上前っていうと戦国時代か)光輝は思った。


「それであるとき仇敵であった隣国に攻め入ってな。

 見事に敵を打ち破り、そこの領主の首も挙げて、意気揚々と本国に引き揚げたのよ。

 そこで我々が見たものは、無残に焼き払われたわが殿の城と城下町であった。


 わしら主力の兵がおらん間に、別の国が攻め入って来ていたのじゃ。

 わしの屋敷も燃え尽きて跡かたも無かった。

 中にはわしの妻と子らの骸がいっしょにあった。

 きっと皆で自害したのであろう」


 桂華も奈緒ちゃんも泣いている。


「もちろんわしら主力兵は、怒りにまかせてその憎っくき国に攻め入ったわい。

 その戦で大勢の仲間や手下を失いはしたが、それでもその国の領主を打ちとり、仇を討ってまた自国に帰ったのじゃ。


 じゃがやはりわしの邸は焼けたままじゃった。

 おなじことだったのじゃよ。

 殺し殺されて妻や子を失う。

 それもつまらない権勢欲や意地のために……


 幸いにも菩提寺が焼け残っておったのでの。

 妻や子らの骸を担いで行って葬ってもらったのじゃ。

 そうしてわしもその寺で得度させてもらい、僧となったのよ。

 その後は戦乱で親に死なれた子らを集めて養っておった。


 それでも戦国の世は見逃してはくれん。

 昔の手下や仲間たちを集めて自衛のために戦ったのじゃ。

 ときには食料の為に隣国に遠征もしたがのう。

 それでもなるべく血を流さずに、止むをえない場合でも相手が武将のときのみ戦ったものよ。


 そうして寿命が来て死してみれば、このように霊になっておった。

 その寺と子らは信頼する仲間に託しておったのじゃが、それでも心配であったのであろうの。


 この姿は、得度したばかりのまだ血なまぐさいころのものじゃ。

 それからは童の霊を集めて回ったかの。

 その頃はろくに経も読んでもらえずに、成仏出来なかった子らの霊も実に多かったのよ。

 今ここにいる童の霊のほとんどは、そのころから百年ほどの間に集めた霊じゃのう。


 そうこうしておるうちに四百年も経ってしもうたわけじゃ。

 知らぬ間にこのような大きな体になってしもうておったがの。

 最近の世の中は変わり過ぎておってようわからん。

 少し面白そうでもあるが、なにしろこれだけの童らにひっつかれておる身じゃ。

 ろくに見物も出来んで山奥の廃寺に引っ込んでおったのじゃ。


 そのうちに、最近死んだらしい霊がひょっこり現れての。

 そやつの案内でここまで来たのじゃ。

 頼めば童の霊を成仏させてくれると聞いてのう。


 まあ、そう急がんでもいいがの。なにしろ四百年も待ったのじゃからのう。

 じゃが、そのうちにこの童らを成仏させてやって欲しいのじゃ。

 この崇龍、これこの通りお願い申し上ぐる」


 そう言うと崇龍は深々と頭を下げた。


 なにも言えずに崇龍の言うことを黙って聞いていた一同も頭を下げた。


 光輝が聞いてみた。


「崇龍様、昔はさぞかし名のあるご武将だったのでは」


「ああ、武将時代の名はかんべんしてくださらんか。

 なにせわしの恥ずかしい時代の話なのでのう」


 厳空が聞いた。


「童の霊の皆さまは、お一人ずつご成仏させて差し上げた方がよろしいのでしょうか。それとも皆さんご一緒に……」


「ああ、一緒でなければ怖くてみな天には昇れんかものう。

 なんせ何百年も一緒にいたのじゃから」


「崇龍様はどうなされますか」


「わしはもう少し今の現世を見学してから行くとするか」


 それを聞いた年長の子が何人か崇龍を振りかえって見た。

 少し悲しそうな顔をしている。


「どうせすぐまたあの世で会えるじゃろうからのう」


 崇龍がそう言うと、その童たちはにっこり笑った。



 厳空たちは相談を始めた。

 これだけの童たちを成仏させるには、最大限の僧侶たちが必要だろう。

 後日厳攪とも相談してその日にちは一カ月後と決まった。


 龍一所長が崇龍に聞く。


「皆さまのお姿を、現世のみなに見せてやってもよろしゅうございますでしょうか」


「ああああ、かまわんかまわん。いくらでも見せてやるがよい。

 その代わりと申してはなんじゃが、ここには酒はあるかのう」


 崇龍の前にはすぐにお酒がお供えされた。


 龍一所長は珍しくテレビ局に連絡を入れた。

 そうして一カ月後、また瑞巌寺の特番が組まれたのである……




 瑞巌寺の特別番組当日。


「ご、ご覧くださいあの巨大な僧侶の霊をっ! 

 身長は五メートル近くもありますっ。

 あ、あっ、座りました。瑞巌寺本堂の正面でこちらを向いて正座しましたっ。

 座っても高さ三メートルはあるでしょうかっ!


 な、なんという怖い顔でしょうか。

 視聴者の皆様もあの顔がご覧になれるでしょうか!

 あっ、腰に大きな刀を持っていますっ! 僧兵の霊でしょうか!」


 レポーターはやや大げさに実況中継している。

 まあ、初めて一般人が崇龍を見たらびっくりするのは当たり前だが。


「あ、ああっ! よく見ると巨大な僧侶の霊の僧衣には、小さな子供たちの霊がたくさん、いや夥しい数の小さな子供の霊が僧侶の衣にしがみついておりますっ」


「太郎さん太郎さん。現場の太郎さん」


 スタジオからメインキャスターの声がかかる。


「はいっ」


「その子供たちの霊はどんな様子ですか?」


「小さい子は乳児ぐらいでしょうかっ。

 十二歳ぐらいの少女の霊の背中に背負われていますっ。

 背負っている女の子は中でも一番年上に見えますっ。

 同じ年ぐらいの男の子もいますっ。みんな着物を着ていますっ」


「何人ぐらいいるのでしょうか」


「数え切れません。二百、いや三百、いえもっといるかもしれませんっ」


「あ、僧侶様たちの読経が始まったようですね」


 カメラがパンして瑞巌寺の境内を埋め尽くす僧侶の大集団を映し出した。


「はいっ。たった今僧侶様たちの大集団が読経を始めましたっ。

 こ、こんな僧侶様の大集団は見たことがありませんっ」


「何人ぐらいいるのでしょうか」


「瑞巌寺の発表では千八百人ということですが、数え切れませんっ。

 お聞きください。生涯もう二度と聞くことは出来ないかもしれませんっ。

 二千人近い僧侶様が唱和する荘厳なお経でありますっ」


 カメラはさらにいろいろな僧侶の姿を映し出す。


「僧侶様たちの最前列にいるのは、各宗派の大僧正様たちでありますっ。

 全部で十人もいらっしゃいますっ」


 カメラは各宗派の煌びやかな大僧正の正式法依を捉えた。


「その後ろには、百人近い僧正様が座っていますっ。

 厳しい修行を果たされて僧正にまでなられた徳の高いお坊様が、百人も並んで声を揃えてお経をあげていらっしゃいますっ!

 その後ろにも千七百人近いお坊様がびっしりと並んでお座りになり、お経を唱えていらっしゃいますっ!」


 カメラはしばらくの間、居並ぶ真剣な表情の僧侶たちを俯瞰していた。


「それでは一旦スタジオに戻りましょう。今日は仏教にお詳しい……」


 お経が続く間、なにやら大学の仏教学の教授とやらが、僧階などについて解説する。

 それから、各宗派がこれほどまでに集合して同じお経を唱えるのがどれほど例外的なことなのかも説明する。


 崇龍の生涯や、なぜ夥しい数の子供の霊にしがみつかれているのかについても、解説者はおごそかに語った。

 スタジオのメインキャスターが、今日の法要が崇龍が四百年も守ってきた無数の子供霊の成仏のための法要であることを説明する。

 同時に子供霊たちと崇龍のお別れのときでもあることももちろん説明された。

 

 このあたりでもう、視聴者のほとんどは泣いていた。

 お経は実際には三時間近く続くのだが、番組に合わせて多少端折られ、また現場のレポーターの中継に戻る。


「あ、ああっ! ご、ご覧くださいっ! 

 上空からまた一条の光が降りてきましたっ。

 夕闇せまる瑞巌寺を明るく照らす美しい御光でありますっ!


 あ、ああっ! ま、また光の中を大きな影が降りてきますっ。

 あっ、や、やはり僧侶の衣を着ていますっ。

 いつもの高僧でありましょうかっ!」


 その高僧の霊は、確かにいつもの先の大僧正厳空のものだった。

 しかし今日は大きさが違う。

 崇龍よりわずかに小さいだけの巨大な姿だった。


「あ、ああ、き、巨大ですっ。またも巨大な僧侶の霊が天から降りてきました!

 お、お聞きいただけますでしょうか。

 二千人近い僧侶様方の読経がまた大きくなりましたっ。

 大きくうねるように続いていますっ!」


 厳空の巨大な姿は、地面に降り立つと崇龍の方を向いて正座し、丁寧に平伏した。

 まるで弟子が師匠に向かってするかのような平伏である。

 崇龍も厳空の方を向いて正座し直し、これも丁寧に平伏した。 

 レポーターはそれをいちいち大袈裟に実況している。


 しばらく厳空の顔を見ていた崇龍は言った。


「崇龍と申します」


「厳空にございまする」


「本日は、この童らの霊をよろしくお頼み申す」


「畏まりましてございまする」


 相変わらずレポーターの騒々しい声が続いている。

 厳空や崇龍の言った言葉をいちいち繰り返している。

 やや耳障りだったが、合間に厳空や崇龍の貫禄のある声が入るのであまり気にならない。

 現場ディレクターからレポーターのイヤホンに、少し言葉を少なくするように指令が入った。

 徐々に言葉少なになるレポーター。



 崇龍はしばらく微笑んで衣にしがみつく童らを愛おしそうに見ていたが、そのうち、「ほれ、今日はこのお坊様に連れて行ってもらって皆で成仏するのじゃよ」と、やさしく言った。


 年長の童たちは皆泣いている。

 年下の童子たちはわけがわからず、そんな兄ちゃん姉ちゃんたちの泣き顔と、崇龍の笑顔を見比べている。


 テレビカメラが、そうした崇龍と童の霊たちの心の機微を見事に捉えていた……







(つづく)


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