*** 19 崇龍さん登場 ***
瑞巌寺のテレビ番組の視聴者が増えるとともに、全国各地では、
「なぜうちの県の可哀想な子供浮遊霊たちは放置されているのか」
「なんとかならんのか」
「うちの県の寺は何をしている」という声が上がり始めた。
まあ当然のことである。
全国の宗派から瑞巌寺に問い合わせが殺到したため、厳攪はまた厳正と最慎の了承を取りに行った。
むろん最慎も大賛成である。
上級退魔衆たちは全国の宗派に散って行ったが、まずは彼らの宗派の高僧たちに、瑞巌寺に来て視察して貰えるように丁重に依頼した。
まもなくいろいろな宗派の高僧たちが、入れ替り立ち替わり瑞巌寺を訪れるようになった。
彼らの中には霊を見ることの出来なかった者たちもいたが、もはや光輝の助けを借りずとも厳真らは彼らに霊を見せてあげることが出来るようになっている。
極秘事項だったが、霊も見えないような僧侶が高僧といって偉そうにしている宗派に対しては、法要の依頼は形ばかりのものに留めた。
法依が偉そうな宗派ほど、高僧にも霊は見えなかった。
彼らは最後に光輝の修行会に案内される。
ここでもやはり霊の見えない高僧は、光輝の上に光を見ることが出来なかった。
つまらなさそうにおざなりに座禅を組んでいるだけである。
その宗派では、いくら待ってもいっこうに瑞巌寺からの要請も退魔衆も来ないので、勝手に子供霊成仏の法要を始めたようだ。
地元テレビでCMまで打って、派手な演出での法要が行われたが、もちろん誰も子供の霊を見ることが出来なかったのである。
さんざんに酷評されたその宗派は、法要を一回で止めた。
逆に権僧正クラスの僧侶でも、光輝の後上方の光の中に三つの尊い姿を見た者たちがいた。
やはり日本は広い。もちろん皆粗末な修行衣姿である。
彼らは驚愕と感動に身を震わせ、あまりのことに顔まで蒼ざめている。
ほとんどの者が感激の涙を流していた。
厳攪から、法要に協力していただくとこの修行会への参加が自由になると聞くと、彼らの顔が輝いた。
いつでも何回でも弟子でも参加してかまわないという。
喜びのあまりみな厳攪に平伏した。
その宗派の大僧正はそんな彼らを満足そうに見つめ、その場で法要の委託金を無料にすることを決定した。
清二の心づくしの料理と椀物を頂いた彼らの顔も輝いていた。
瑞巌寺を特集したテレビ番組は各国の言語に翻訳されて海外でも放送されている。
だがまあ、やはり実際の瑞巌寺を見てみなければ信奉者は増えなかった。
外国人のツアー予約が少し増えただけである。
全国各地の寺でも法要の見学のツアー客を受け入れ始めたので、少しは予約も取りやすくなったようだ。
だがやはり瑞巌寺が圧倒的に一番人気だそうである。
光輝の瑞巌寺への送迎の車には、瑞祥警備保障の護衛車が前後につくことになった。
研究所の入り口にある警備員詰め所の警備員も、三人から五人に増員され、警備犬も三頭になった。
二頭の現役警備犬も後輩が出来たので喜んでいる。
光輝の瑞祥総合病院での定期総合検査は半年に一度から月に一度になった。
驚いていたのは光輝だけだった。後は皆当然という顔をしている。
そんな折に、瑞祥研究所にある訪問者が訪れたのである。
研究所の中にいた上級退魔衆である厳上の耳に、「頼もう」「頼もう」という大きな声が聞こえてきた。
だが研究所のスタッフたちは気づかずに動いていない。
これは初めて来た霊でもいるのかなと思った厳上は、外に出て驚愕した。
修行を積んで上級退魔衆にまでなっている厳上が驚愕するのはただ事ではない。
そこには身の丈五メートルはありそうな巨大な僧衣姿の霊が立っていたのである。
僧侶の霊の腰には大きな太刀も見える。僧兵の霊だろうか。
退魔衆たちが組んだ強力な結界もまったく苦にしていない。
その場に正座した厳上が平伏すると、巨大な僧衣姿の霊も正座して微笑みながら平伏する。
顔はもの凄く怖い髭面だが、笑うと意外に優しい顔になる。
「ほう。やはりわしの姿が見えるのじゃな。噂どおりじゃ。さすがさすが」
巨大な僧侶の霊は崇龍と名乗った。
もう四百年も霊としてこの地にいると言う。
普段は山奥の荒れ寺に住んでいるが、瑞祥研究所と瑞巌寺の噂を聞きつけて山から降りて来たと言った。
厳上はおのずと姿勢を正して聞いている。
崇龍は、「そななたちは、気の毒な童たちの霊を見つけては法要によって成仏させておると聞いたが真か」と問う。
厳上が、「はい、真でございまする」と答えると、崇龍は頷いて言った。
「うむ。素晴らしきことじゃ。して寄進は如何ほどか」
「全て無料にござりまする」
「真か」
「はい。すべて篤志の僧侶様達により法要が営まれておりまする」
「わしが依頼してもそうか」
「もちろんにござりまする。
御坊も子供様の霊をご存じであらせられますのでしょうか」
「おおっ! この崇龍、真に感じ入ったっ!」
厳上がよく見ると、巨大な崇龍の体に無数の小さな子どもたちの霊がしがみついている。
何柱いるのか見当もつかないほどだ。
中には乳飲み子の霊までいて、少し大きな女の子の霊におんぶされている。
「そうかそうか、それではこの童たちの霊も成仏させてやってもらえるのかの」
「無論にござりまする」
崇龍はいかにも嬉しそうに破顔した。
「そうとなれば、この童らに少々菓子でもお供え頂けんもんかの。
なにしろ山奥の荒れ寺ではこやつらに満足なお供えもあげられんで」
厳上は不思議そうな顔をして厳上を見ていた研究所のスタッフに声をかけると、急いで龍一所長を呼んで来てくれと頼み、すぐに龍一所長が桂華を連れてやって来た。
物静かな厳上が、すぐにと言ったのはただ事ではない。
厳上も修行の結果、厳真とおなじく光輝の助けを借りずとも周りの人に霊を見せてあげられるようになっている。
ただ、周りを見渡せば研究所のスタッフもいれば警備員たちもいる。
門の向こうには道路もあって、車も走っている。
警備犬だけはやはり気配を察したのだろう。
尻尾を足の間に入れて、少し怖そうにしている。
吠えなかったのはさすがの訓練だ。
厳上は敷地の奥の方を指して崇龍に言った。
「真に申し訳もございませんが、あちらの方に少々ご足労を」
「おお、山奥から下りて来た身じゃ。少々ごときなんでもないわい」
崇龍は上機嫌である。
厳上は龍一所長と桂華を振り返った。
所長の後ろには厳上の弟子たちもいた。
皆崇龍の姿を見て大硬直している。
悲鳴を上げなかったことをあとで褒めてやらねば。
厳上は龍一所長に言う。
「真に恐縮ではございますが、所長もどうかあちらの方へ」
厳上のそんな声は聞いたことが無かった龍一所長は、黙って厳上について行った。
警備員詰め所や外から崇龍の姿が見えないところに来ると、厳上は座禅を組んで崇龍の巨大な姿を龍一所長たちに見せてあげた。
さすがに立ちすくむ龍一所長たち。
桂華は思わず龍一所長の前に出て、手と足幅を広げて腰を落とした。
大事な大事な龍一さんを無意識に守ろうとする態勢である。
龍一は、微笑みながら桂華の肩を抱いて横に並んだ。
みんなの前でそんなことをする龍一所長は珍しい。
「ほうほう。そのようなことまで出来るのか。なかなかの修行ぶりじゃのう」
崇龍は厳上を見て嬉しそうに言うと、すぐに桂華も見て微笑んだ。
厳上は崇龍の依頼を龍一所長たちに説明し、この子供たちの霊にお菓子のお供えをという崇龍の頼みごとも伝える。
龍一所長は崇龍にしがみついている無数の子供たちの霊に気づくと、即座に厳上の弟子たちに言った。
「すぐに研究所に戻って、祭壇になるようなテーブルと白い布を持って来てください。それから研究所にある全てのお菓子とジュースを持って来てください。あ、あとお茶も。
それから研究所のスタッフに僕からだと言って、すぐにおいしいお菓子を大量に、そうだな、十万円分買ってここに持ってくるように言って下さい」
厳上の弟子たちは全速力で駈け出して行った。
すぐにテーブルと白布とお菓子を大量に持って来て、また駈け出して研究所に戻って行く。
崇龍にしがみついている子供の霊たちは、目をキラキラさせてお菓子を見ていたが、誰も手を出そうとしない。
厳上は即席の祭壇の上のお菓子に向かって短い間手を合わせると、崇龍に向かって、「どうぞお召し上がりくださいませ」と言った。
子供の霊たちは、それでも手を出さず、崇龍の顔をじっと見ている。
崇龍は、満面の笑みを湛えて、「そら、ありがたく頂戴しなさい」と言った。
途端にお菓子に群がって行く子供霊たち。
しかしそこには美しい秩序があったのだ。
少し年長と見られる子の霊は、年少の子の霊に先に食べさせてあげている。
乳飲み子をおんぶした少女も、先に背中の子供に食べさせて自分は食べていない。
年少の子供たちが皆お菓子を手にとって頬張り始めると、年長の子供たちもようやくお菓子に手を伸ばし始めた。
崇龍の見事な教えが末端まで行きとどいている様が伺えた。
崇龍は言った。「どうじゃ、旨いか」
子供たちはこくこくとうなずいたが、食べることはやめない。
厳上や龍一所長の目に涙が浮かんだ。
桂華はさっきから声を上げて子供のように泣いている。
やがて研究所のスタッフたちがさらに大量の銘菓やケーキを運び込んで来た。
また子供霊たちが秩序正しく群がる。
ようやくお腹がいっぱいになった小さな子供霊たちから、崇龍の巨躯に戻ってまたしがみついた。
崇龍も、「どれどれ、この乳の匂いのする菓子は旨そうじゃな」などと言ってようやく手を伸ばす。
崇龍の巨大な手が見る間にお菓子を口に放り込んで行ったが、もちろん祭壇の上のお菓子はまったく減っていない。
崇龍は茶を旨そうにごくごくと飲んだ。
子供霊たちが思い出したように飲みものにも手を出した。
恐る恐るジュースに手を伸ばした子もいたが、そのあまりの旨さに驚いているようだった。
一同は満腹したようだ。
崇龍が、「ほれ、お礼はどうした」と言うと、無数の子供霊たちはいっせいに龍一所長たちに向かってお辞儀をした。
中にはにっこり笑っている年長の子供霊もいる。
また龍一所長の胸が熱くなった……
(つづく)




