*** 18 現地特別税務調査一日で終了***
二週間後、その番組の続編が放送された。
今度はレポーターが見学ツアーに参加する体裁で始まり、見学者の視点から番組が続く。
今回は、子供霊を探してきたお手柄の大人の浮遊霊たちが、妄執を充足させてもらって成仏する様子も紹介された。
やはり、僧侶に乗り移らせてもらって、もう一度でいいから子供を抱きしめたいとか、年老いた妻にひとことお礼を言いたいなどという妄執が視聴者の涙を誘った。
またもや可哀想な子供霊が、ようやくお父さんやお母さんの霊に会えて、泣きながら親子で抱き合っている姿が放送される。
その映像は今回も視聴者の涙を絞り取った。
前もって番宣が組まれていたせいもあって、視聴率はさらに跳ね上がり、過去十年の最高を記録した。
ツアーの数は日に十組になり、テレビ局は、瑞巌寺の様子を特番ではなく週刊にした。
番組の名前は、「今週の瑞巌寺」である。
近県の警察官たちも、もちろんこの番組を見ていた。
そうしてようやく、あの奇跡の捜査情報がどのようにしてもたらされているかに思い至ったのだ。
あの県の県警が奇跡のオレオレ詐欺発生ゼロ件を達成した理由も明らかだ。
警察庁幹部たちもその事情はよくわかった。後藤派の後押しの理由もわかった。
警察庁では近県の県警からの要請を待つまでもなく、あの元県警本部長だった須藤を中心に、全国の都道府県警に特殊捜査本部を置く案が真剣に議論され始めた。
須藤が警察庁幹部を伴って瑞祥研究所を極秘裏に訪問したが、龍一所長がこれを快諾したため、警察庁幹部らの訪問は頻繁になった。
幸いなことに、志郎たちのネットワークは既に広域に渡って広がりつつある。
警察の対処の方が遅すぎたぐらいだ。
また、これも幸いなことに、その特殊捜査本部では上級退魔衆ではなくとも警察に協力出来ることがわかったのである。
下級の退魔衆でも、退魔衆予備軍の若手僧侶のうち霊視能力の高い者ならば、働けることがわかったのだ。
霊さえ見えれば、紙やPCの画面を使って、筆談のような形で霊たちとは意思の疎通が出来たのである。
大勢の警察官僚の前で実験が行われた。
捜査を終えて特殊捜査本部に戻って来た霊は、壁に貼ってある紙の、「通常報告」か「緊急報告」のどちらかを指差す。
上級退魔衆がその様子を警察官僚たちに見せてやっている。
見学者たちの間にどよめきが広がった。
通常報告の場合は、元警察官の霊がその内容を聞きとって、後であいうえお表を使って現世の警察官にその内容を書き取ってもらう。
元警察官の霊が、PCを覗きこんでその内容に間違いが無いかどうか確認する。
緊急報告の場合は、全員があいうえお表を使ってただちに聞きとりにかかる。
実験は上手くいった。
霊視能力者が交代要員も含めて三人もいれば、特殊捜査本部はワーク出来たのだ。
すぐに全国の都道府県警に、正式に特殊捜査本部が配備された。
わずかなものだったが、霊視能力者たちには警察協力金が支給されることにもなった。
これで警察が瑞祥研究所の関与を公式に認めたことになったのである。
瑞巌寺ツアーの客たちからは、その場で寄進させてくれという声が多かった。
なにしろ大勢の僧侶たちがいるせいで、賽銭箱までたどり着けないのだ。
瑞巌寺は急遽、厳攪の法話を載せたパンフレットを作った。
そこには寄進の受付先が書かれていたが、同時に、「浄財と言うものは広く浅く集めさせていただくものでございます。
ご寄進を頂戴出来る際にも、どうか皆さま一時の感情に流されずに、いったん家にお帰りになり、ご冷静になられてからご寄進くださいますようお願い申し上げます」
と書いてあった。
ツアー客の中には、どうしても瑞巌寺の賽銭箱に寄進したいという客が後を絶たなかった。
そのため、特別に山門近くに臨時の賽銭箱が作られたのだが、その賽銭箱はすぐに壊れてしまった。
あまりの浄財の量に耐えきれなかったのだ。
もっと頑丈な賽銭箱が作られると、その脇に僧侶が二人立って、泣きながら多額のお金を入れようとしているツアー客を説得している。
あるとき、ひとりの老人がリュックを背負って賽銭箱の前に来ると、リュックの中から広辞苑みたいな大きな札束をいくつも取り出して賽銭箱の上に置いた。
もちろん賽銭箱のすきまからは中に入れられなかったのである。
慌てた僧侶たちが、いくらなんでも多過ぎる、もっと冷静になってくれとその老人を説得し始めた。
その老人は、「わしは充分に冷静じゃ」と冷静な声で言って帰って行った。
金融機関の担当者が毎日夕方になるとやって来て、賽銭箱の中身を数えて持ち帰っている。
まるでお正月の風景である。
また、ツアー客の中からは、あの僧侶の皆さんがおいしそうに食べている料理を食べてみたい。もちろん代金は払うので食べさせて欲しいという要望が上がった。
仕方なく希望者はツアーの帰りに料亭瑞祥に連れていって、瑞巌寺と同じものを提供した。
ランチの料金は六百円である。
ツアー客のほぼ全員がこれを希望したので、予めこれを組み込んだツアーも作った。
まあ、六百円であの椀物が味わえるならそれだけでも安過ぎるだろう。
椀をひとくち啜った参加者も皆そう思った。
料亭瑞祥は予約で埋まった。
夜は僧侶たちの予約を優先したが、昼もツアー客のリピーターの予約で埋まったのである。
板さんたちが過労死しそうになったので、清二は独立した弟子たちに声をかけ、以前の給料の五割増しで料亭瑞祥に戻らないかと誘った。
清二に独立を許される程の腕前の弟子たちのうち、独立はしたものの、運悪く店が上手く行っていなかった弟子たちが皆これに応えた。
店が上手く行っていた者も、店を高弟に任せて応えた。
みんなあの番組を見ていたのだ。
懐かしい清二大師匠が、張り切ってあの椀物をつくっている姿も映っていた。
そして、怖い怖い大師匠の顔は喜びに輝いていたのである。
孫弟子たちも修行のために料亭瑞祥に大勢派遣された。
料亭は、以前からの従業員たちにたくさんのボーナスを出せただけでなく、助っ人たちに払う給料も充分に確保出来た。
にもかかわらず利益は莫大で、ランチ客用の増築工事を行いつつ、それでも残った利益の大半を瑞巌寺に寄進している。
なにしろツアーそのものの予約は、既に一年半先まで埋まっていて、そろそろ二年先まで届こうとしているのである。
客はこれからもいくらでも来るだろう。
とうとう料亭瑞祥の椀物がグルメ雑誌でも紹介され、料亭はエラいことになった。
これでもう弟子たちは皆いつでも自分の店に戻れることになったのだ。
なにしろあの高名な清二板長直伝の瑞祥椀をメニューに載せられるのである。
瑞巌寺には続々と莫大な金額が寄進されてくる。
龍一所長は税務当局に頼んで、こうした浄財の流れを特別に調査してもらった。
以前のことに懲りていたからである。
難しい顔をした謹厳実直そうな主任調査官と調査員たちが、瑞巌寺に実地調査にやって来た。
前日までに事前調査は終了している。
調査官たちは浄財のあまりの莫大さに密かに驚いていた。
いくらなんでも浄財だけでこれほどの金額が集まるとはと、信じ難い思いでいたのである。
傍らには榊原源治の姿があり、主任調査官の質問に答えている。
調査官たちは実にまじめそうに調査を続けている。
調査内容には、賽銭箱に寄進したツアー客への聞き取りや、法要に参加している僧侶たちへの聞き取りも含まれていた。
税務調査官たちは恐るべき謹厳さで全てを調べていった。
厳真に頼んで、子供たちの霊が成仏する様子や、周りの浮遊霊たちの姿も見せてもらった。
やがて五時になった。
主任調査官は時計を見て部下たちを呼び寄せると、怖い顔で彼らの顔を凝視した。
部下たちはみな、真剣な表情で頷いている。
主任調査官も頷いて、これにて本日の調査を終了すると部下に言い渡した。
そして、以降はプライベートタイムであると宣言すると同時に、自身の財布を取り出してその中身の大半を賽銭箱に入れると、後ろも見ずに帰りの車に乗り込んだのである。
主任調査官の涙を見た部下たちの多くもそれに従った。
現地特別税務調査は一日で終わった……
瑞巌寺に批判的な論調が多かったネット世論だったが、ぽつぽつとツアーに参加した連中が反論を書き込み始めた。
どうせCGだろうという声に対しては、いかに科学技術が進歩していようとも、人間の網膜に直接CGを投影する技術はまだ開発されていない、と反論した。
高名なマジシャンたちが、テレビ局の依頼で大勢視察に来た。
厳真が彼らに子供の霊や周り中の霊の姿を見せてあげている。
彼らは一日中瑞巌寺にいたが、もとより何もタネは無い。
彼らの多くも涙を流し、最後は財布の中身をあらかた賽銭箱に入れて帰り、その様子もテレビで放映された。
ツアーへの参加者が増えて来ると、その多くが批判者への批判に加勢した。
やはり、自分の目で見ずに、頭の中だけで常識論を振りかざす連中は分が悪かったようだ。
批判者のうちの何人かは瑞巌寺をさらに批判するためにツアーに参加したのだが、ツアーから帰ると熱烈な支持者に豹変していた。
やはり百聞は一見にしかずだったのである。
いまや瑞巌寺を批判する内容を書いただけで、そのブログは即炎上するようになっている。
ツイッターで瑞巌寺を批判すると、見損なったと言われてすぐにフォロワーがいなくなった……
(つづく)




