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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
42/214

*** 11 助力 ***


 研二が無事成仏して行った後、ダイニングルーム残されたのは、お腹を抱えて苦しんでいる厳空の姿だった。

 さすがの厳空でもこのような苦行の経験は無かったらしい。


 残りのお肉は光輝たち全員で、研二への供養として美味しく頂いた。

 光輝はついでに松阪の牛にも感謝の祈りを捧げた。



 周りを取り囲んでいた浮遊霊たちには少し感動した面持ちの者が多い。

 中には何事かを決意した表情の者もいた。


 直後から浮遊霊たちは子供霊を探して四方八方に飛んだ。

 まるで子供霊狩りである。

 近場に子供霊の姿が少なくなると、みんな遠方や隣県に飛んだ。



 研二の霊がステーキを食べて成仏して行った現場にいた浮遊霊たちの中には、元警察官の霊もいた。

 彼らは地縛霊たちへの聞き込み捜査や、疲労の来ない足を使った地道な捜査を開始したのである。

 

 なにしろいくら張り込んでいても、誰にも見られないのだ。

 それにどこにでも入っていける。

 元警察官ではなかった霊も、そうした元警察官の霊に弟子入りして捜査方法を教えてもらい、各地に散って行った。


 あちこちで元警察官を中心とするグループがたくさん出来始め、彼ら独自の捜査本部が重大事件の犯人を見つけ始めた。

 その捜査の過程で子供の霊もたくさん見つかっている。


 瑞祥異常現象研究所に持ち込まれる霊たちからの情報はたいへんなものになり、瑞巌寺では益々法要が増えた。

 応援の僧侶たちもフル回転である。


 徳永署長の元にも続々と捜査情報が流れ、所轄管内はもとより県警全体の検挙率まで徐々に上がって行った。

 迷宮入り事件ですらまた一つ解決された。


 それらお手柄を上げた霊たちは、続々に瑞祥研究所に妄執の解決を依頼してくる。


「老いた妻にひとことお礼が言いたい」とか、

「もう一度だけ子供を抱きしめたい」とか、

「競馬で当てて隠してあった現金の場所を妻に教えてあげて欲しい」とか、

「机の奥に隠してある日記を処分して欲しい」とか、

「僕もステーキが食べたい」とか、

 中には、「机の中のラブレターを彼女に渡して欲しい」とかいうものまであった。


 その中で最も解決の難しかった案件は日記の処分である。

 どれだけ考えても解決方法が見つからない。

 仕方無く光輝たちは徳永警察署長に懇願した。


 ニガ虫を噛み潰したような顔をした徳永は、部下に命じてその家に行かせ、故人には全く関係の無い別の重大事件の重要証拠品なのです、と嘘を言わせて日記を入手した。

 日記の存在も知らなかった家族から、後日日記を返して欲しいと言われたときのために、誤って廃棄してしまったとして言い訳するよう、詫び状と始末書まで用意している。



 ステーキや寿司を腹いっぱい食べたいという妄執は意外に多かった。

 このままでは本当に死んでしまうと思った厳空は実験を行い、その結果、別に高位の霊能力者でなくとも、上位の退魔衆が近くで手伝ってやれば、若い修行僧でも霊を取り憑かせてやることが出来ることを発見した。


 大いに喜んだ厳空は、瑞巌寺に手伝いにやって来る修行僧の中から胃袋の頑丈そうな若者を五人ほど集め、専用部隊を組織したのである。


 その組織は、「特殊苦行部隊」と呼ばれた。



 瑞巌寺の退魔衆宿舎では、今日も特殊苦行部隊の若者が、仲間の修行僧に担架で担ぎこまれてきている。

 苦行僧は、苦行の後は二十四時間の休息を許された。


 同僚の修行僧が休息している苦行僧に、「いいなぁ、極上のステーキや寿司を喰い放題かあ」などと言うと、苦行僧はそやつを厳空のところに連れて行った。

 厳空は、喜んでその修行僧も臨時に特殊苦行部隊に徴用した。


 ステーキや寿司のために浮遊霊になってしまうほどの妄執の恐ろしさを、その若い修行僧は理解していなかったのである。

 翌日には、その二人は並んで腹を抱えて唸りながら横たわることになる。



 こうして妄執を消して貰った霊たちは、次々と成仏していった。

 これではそのうち周りに霊がいなくなってしまうかな、と光輝は心配したのだが、どうやら霊たちのネットワークは全国的なものになりつつあり、さらに情報や妄執の解決依頼は増えて行っている。


 中には大手柄を上げたこと自体を喜び、なにも依頼しないでそのままベテランになっていく霊もいる。

 そういう霊は意外に多かった。


 光輝たちは、志郎や元警察官の霊に頼んで、情報をまとめてもらう情報本部を組織してもらった。

 元警察官僚の霊や元大企業調査部サラリーマンの霊がこれに当たっている。




 龍一所長は桂華を伴って本家に帰り、御隠居様や父の善太郎、母の喜久子を前にして、新たに始まった事業の報告をした。

 アメリカ合衆国政府からの依頼については皆知っている。

 だが、あの強盗殺人事件の解決や時効寸前の児童誘拐殺害犯逮捕劇が、実は瑞祥研究所の手柄だったと明かされた一同は大驚愕した。


 御隠居様にせがまれて、龍一所長は事件解決の一部始終を詳細に語ることになった。

 長時間の正座が苦しい桂華に配慮して一同は洋間に移り、話は続く。

 龍一所長が話を端折ろうとしても、御隠居様が詳細を求めたので話は長くなった。

 結果として子供の霊を供養して成仏させていると言って報告を終えた。

 もちろん御隠居様も、最近の瑞巌寺の様子は知っている。



 ようやくすべての話が終わると、御隠居様は静かに問うた。


「それで今までにどれだけの子供の霊をご成仏させてさしあげたのじゃ」 


「昨日までで約二百柱です」


 御隠居様は沈黙した。

 善太郎は泣いている。喜久子も大粒の涙をぽろぽろ流しながら泣いていた。


「それほどまでの偉業を本家ばかりが担っていては一族に申し訳ないの。

 お前は来週の一族総会で皆に助力を求めなさい」


「はい、御隠居様」



 瑞祥一族総会当日。

 一般議事が終わると筆頭様が言う。


「それではこれより次期御当主様より、最近の瑞祥研究所の活動内容について御報告を賜ります」


 瑞祥龍一は報告を始めた。

 アメリカ合衆国政府からの依頼とその解決については極秘なので言えなかったが、幹部連中にはけっこう知っている者が多かった。

 重大事件解決の件については、単に警察に協力をしたと言うのにとどめた。

 これも御隠居様から聞いて真相を知る者は多かったのだが、機密事項なので皆黙っている。


 龍一所長は咲の法要については詳細に報告した。

 事件解決の功労者であった咲を前に、五百人の僧侶が法要を営んだこと。

 そのうちに天空からの光の中を僧衣の霊が咲の子供を連れて降りて来たこと。

 二人は無事に会えて泣きながら抱き合っていたこと。

 もちろん咲は子供と共に僧侶の霊に連れられて、無事天に昇って行ったことなどを説明した。


 そして、今では結果として可哀想な子供の霊たちを探し出して、瑞巌寺の協力の元に供養して成仏させてあげる事業を始めたと語った。



 大広間のあちこちからは、すすり泣きが聞こえている。

 皆、子や孫を持つ身だ。

 特に女衆席は大勢泣いていた。


 筆頭様が口を挟んだ。もはや完全に涙声になっている。


「そ、それで、若様はいままでにどれだけの哀れな子供の霊をお救いくださったのでございましょうか……」


「昨日までで二百二十柱になりました」


 皆が驚愕する。


「な、なんという素晴らしい御業だ」

「そ、それほどまでに尊いことを瑞祥本家が……」

「こんな尊い御業を為し遂げているのは、日本全国でも瑞祥本家だけだろう……」

 などという声や泣き声があちこちから聞こえる。


「中には浮遊霊になってから三年も経つのに、毎日親を探して泣いていた可哀想な子供の霊もいました。

 一緒の事故で亡くなったお父さんとお母さんは、とっくに成仏して天界で子供を待っていたというのに……」


「「「 おおおおおおおおおう! 」」」


 大広間全体に号泣が響きわたった。

 その泣き声はしばらく止まなかった。


 しばらく経って、ようやく筆頭様が言う。


「そ、それで、その可哀想な子供の霊は、お父上母上に会えたのでござりましょうか」


 もはや筆頭様の声は、筆頭様自身が号泣しているので聞きとりにくい。


「はい。法要の最中に天から一条の光が降りて来て、その中をお父さんとお母さんが僧侶姿の霊に連れられて降りて来ました。

 親子は無事抱き合って泣いていました」


「「「 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…… 」」」


 今度の号泣の響きは止まなかった。


 ようやく皆の号泣が収まって声が通るようになると、次期本家当主は言った。


「おかげで瑞巌寺は今たいへんなことになっています。

 なにしろ毎日十件を超える大法要を無報酬で引き受けてくださっているのです。

 全山から応援の僧侶様が駆けつけて来てくださっていますが、それでも皆疲労困憊です。

 この上は、どうか皆さまの御助力をお願い致したいと思いました」


 ようやくまともに喋れるようになった筆頭様が言う。


「ど、どのような助力をすればよろしいのかの……」 


「はい。真に申し訳ございませんが、男衆の方々にはまたもや瑞巌寺へのご寄進を頂戴出来ませんでしょうか。

 女衆の方々には、これも真に申し訳ないのですが、瑞巌寺でのお手伝いを頂戴出来ませんでしょうか。

 なにしろ毎日毎日百人を超えるお坊様が無償で助けに来てくださっているのです。

 食事やお茶のお世話だけでも瑞巌寺の若い僧侶たちでは手が足りません。

 過労で倒れてしまった子もいるほどです」


 老婆の大きな声がかかった。筆頭様の妻美津江の声だ。


「おまかせくださいませ若様っ」 


 美津江の声も涙で震えている。

 いつも物静かな美津江のこんなに大きな声を聞くのは皆初めてだった。


 見ればいつのまにか次期当主も現当主もそして御隠居様も、段を降りて筆頭様の前に正座している。

 御隠居様が言った。


「皆、よろしく頼む。これ、このとおりじゃ」


 三人は揃って平伏した。大広間の一同も平らかに平伏した。

 大広間ではまだ泣き声が聞こえていた……


 その日の宴席の料理はいつもと比べて簡素だった。もちろんマグロも無い。

 浮いた費用は当然のことながら全て瑞巌寺に寄進された。



 後日、瑞祥一族個人やグループ企業から瑞巌寺に送られた寄進の総額は、十億円に近かったそうである。

 筆頭様は一人で一億円を寄進していた。

 筆頭様ほどではないが、光輝と奈緒もかなりの額の寄進をした。

 噂を聞きつけた白井一族からも多額の寄進が寄せられた。


 それだけあれば瑞巌寺もひと息つけるだろう……







(つづく)

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