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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 9 宗派全山指示 ***


 その日の光輝修行会は、疲労困憊しながらも充実した気分の僧侶たちで溢れていた。


 皆自分たちが成し遂げたことを誇りに思い、改めて修行に身を入れている。

 参加したがる僧侶が多過ぎて修行場には入りきらず、二交代制になったが、高僧たちの多くは二回とも参加したがった。


 修行会が終わると、厳攪が光輝に静かに言う。


「三尊殿のおかげで厳空お師匠様に褒めてもらえたわい……」 


 昨夜天から子供を抱いて降りて来た老僧は、厳攪の師匠である先の大僧正厳空の姿だったそうだ。



 その日、異常現象研究所に浮遊霊の志郎がふわふわとやってきた。

 厳真がいたので光輝は志郎と話が出来た。


 志郎は言う。


「昨夜は感動したよ。あんなに嬉しそうな咲さんを見たのは初めてだった……」 


「ええ、ほんとうによかったですねえ」

 

「あのさ、僕も現世のお役に立ってみたいと思ったんだ。

 だからこれから浮遊霊や地縛霊の知り合いのところを回って、なんか役に立てることはないかって探してみようと思うんだ。

 だからこの場所の結界を少しずらして、ぼくらの溜まり場を作らせてもらえないかな」


 光輝と厳真は二つ返事でOKした。

 その溜まり場には何が欲しいかと聞く。


「う~ん。アルコール類とお菓子のお供えと、後はテレビかな…… 

 あ、僕らは場所を取らないから狭くてもいいよ」


 あまりにも現実的な依頼に光輝は少し笑ってしまった。



 龍一所長に頼んで、瑞祥青年団の部屋の一つを借りてテレビを置き、アルコール類とお菓子をお供えする。

 志郎によると、昨日の出来事を目撃した浮遊霊はとてもたくさんいて、それぞれその場にいなかった浮遊霊の知り合いや、来られなかった地縛霊の知り合いに目撃談を語っているそうだ。


 霊たちの間では、光輝たちに協力して現世の役に立つと、大勢の僧侶たちに成仏させて貰える、もしくは望みを叶えて貰える、といった噂が燎原の火ごとく広まり始めているそうである。

 どうやら強力な霊界ネットワークが出来そうだった。



 龍一所長と光輝、厳空や厳真といった幹部メンバーは志郎とも相談し、みなで取りきめを作った。


・まずは志郎に依頼して、霊たちのネットワークを構築してもらう。


・霊たちには、刑事事件に関係する情報を提供してもらい、重要な情報は徳永警察署長に連絡する。


・同時に、亡くなった後も親を探して彷徨っている可哀想な子供の浮遊霊や地縛霊も探してもらう。


・子供の霊が見つかったら、研究所に連れて来てもらい、事情を聞いたうえで退魔衆をはじめとする僧侶たちが法要を営み、子供霊を成仏させてあげる。

 子供霊が地縛霊だった場合には、僧侶たちがその場所に出向き、法要を営む。


・そのため、厳空以下五人の上級退退魔衆のうち一人が交代で研究所に常駐する。

 彼らが寝泊まりできる設備を早急に用意する。


・そうやって貢献してくれた霊には出来る限りのお礼をする。



 龍一所長はさっそく瑞祥建設会長の巌さんに依頼して、研究所の裏手に三階建ての大きな建物を作ってもらうことにしてしまった。

 退魔衆宿泊所兼霊たちの溜まり場である。

 それまでは、研究所の応接室や倉庫を改装して宿舎や溜まり場にした。



 志郎やその仲間たちは、すぐにあちこちを飛び回り、浮遊霊仲間を見つけては霊ネットワークを作り上げていった。

 研究所の場所を教え、そこの霊たちの溜まり場に行けば、アルコール類やお菓子のお供えがふんだんにあることも伝える。

 まもなく研究所の霊たちの溜まり場は、ヒマな浮遊霊たちでいっぱいになった。


 お供えはたくさんあったのだが、むろんいくら霊がたくさんいても減るわけではない。

 だが、お菓子やアルコール類は毎日取り換えられた。


 龍一所長は、お供えした日本酒を試しに皆と呑んでみたが、お供え前のお酒と比べて違いがわからない。

 だが酒造元に持ち込んで杜氏に呑み比べてもらうと、その酒精の違いが歴然であると言う。

 お供えはやはり毎日取り換えられた。


 お供えが終わった後のお菓子は皆で食べることが出来たが、一日につき一升瓶一本のお酒については処分に困った。

 所長秘書の桂華が、県内の老人福祉施設に寄付して回った。



 霊たちの多くは刑事事件捜査の経験などは無かったが、子供の霊を探すことなら誰でも出来る。

 その霊たちの中でも、志郎の友人だった研二という名の太った大男の浮遊霊は、子供の霊を探すのにことのほか熱心だった。


 霊が疲れを知らないことをいいことに、二十四時間かけずりまわって、またたくまに十柱もの子供の浮遊霊を研究所に連れて来たのである。

 地縛霊も三柱見つけた。


 いずれの子供霊も、わけがわからず霊になってしまったという。

 念のため徳永署長にも協力してもらって、死因に事件性が無いことを確認すると、瑞巌寺に連れて行って法要を営んで成仏させてあげた。


 地縛霊の場合も、同様に大勢の僧侶たちがその場に出向き、大規模な法要を営んで子供の霊を成仏させてあげる。

 必要とあればまた徳永署長に依頼して交通規制を敷いてもらったが、その場所は多くの場合、その子供霊が亡くなった場所だったので法要の名目は充分だった。


 その場所が徳永の管轄外だった場合には、先の事件の無事解決を大いに喜んでいた県警本部長を通じて、地元を管轄する警察署に交通規制の依頼が入った。

 隣県の場合は警察庁を通して交通規制を依頼したが、先の重大殺人事件の解決を喜んでいた警察庁幹部もこれを助けた。



 研二以外にも子供の浮遊霊を不憫に思っていた浮遊霊は少なくない。

 特に生前親だった霊たちはそうだった。

 彼らも多くの子供の浮遊霊を見つけては瑞祥研究所に連れて来た。

 研究所は現世の人間の依頼者と霊たちでごったがえしている。


 瑞巌寺の僧侶たちも大忙しである。

 次から次へと子供霊成仏のための法要が営まれ、ろくに修行をするヒマもない。

 

 ある日、龍一所長と光輝は瑞巌寺を訪れ、厳攪にお詫びを言った。

 本堂で彼らと対峙して座った厳攪は静かに言う。


「なんのなんの。

 次期御当主殿と三尊殿は思い違いを為されておられる。

 迷える霊をご成仏させて差し上げることこそが僧侶の本分中の本分。

 それを為すことこそが僧侶の修行中の修行。

 故になんのご配慮もご心配も必要ござらぬ」 


 そして厳攪は遠い目をして言ったのだ。


「わしはの、あの咲さんの法要の折りに、わしを見て頷いてくださったお師匠様の微笑みが忘れられんのじゃ。

 あの微笑みだけで、これまで生きて来て修行を続けて来た甲斐があったというものじゃ」


 厳攪の目から涙が落ちた。



 厳攪はほとんどすべての子供霊の法要に参加して祭主を務めた。

 ときにはまだ暑さの残る地面に座っての二時間に及ぶ法要もあった。

 そんなことを続けているうちに、厳攪は疲労で体調を崩し、寝込んでしまったのである。

 それでも法要に出ようとする厳攪を必死に押しとどめるのが大変らしい。

 代理の祭主として法要を営む瑞巌寺副住職の厳川や厳空の疲労の色も濃くなった。


 そんな折、総本山大僧正である厳正がまた輿に乗ってやってきた。

 名目は厳攪へのお見舞いと視察である。

 厳正は、退魔衆たちの宿舎に横たわる厳攪の枕元に座り、厳空の報告を黙って聞いた。

 厳正の後ろにはまた屈強な僧たちが控えている。


 厳正は特に咲の法要の話を身を乗り出して聞いていた。

 上空から厳正の師匠でもあった先の大僧正厳空が子供を抱いて降りて来て、厳攪を見て微笑みながら頷いた話のところでは、実に羨ましそうに顔を歪めた。


 厳空は、日ごとの法要の連続で、遂に厳攪が疲労のあまり倒れてしまったところで報告を終える。

 その厳空の顔も疲労の色が濃い。



 しばらく黙って座っていた厳正は、優しい声で静かに言葉を発した。


「厳攪や」


 寝ている厳攪が細い声で答える。


「はい」


「お主は昔からの悪いくせがまだ抜けておらんようじゃのう」


「はい」


 厳攪にそんな口が聞けるのは、もはやこの世では厳正だけであろう。


「お主は昔から、最も厳しくて最も効果的と思われる修行をひとりじめしようとする悪い癖があったのう。

 若いうちはそれでも良いが、もうお互いお迎えも近い身じゃ。

 そういう真に素晴らしい修行は弟子たちに譲ってあげるもんじゃ」


「はい……」


 厳正は後ろに控える僧侶たちを見て、口調を改めて言った。

 さすがの威厳である。


「これより我が宗派全山に指示を出しなさい」


「「「 ははっ! 」」」 


 後ろに控える僧侶たちが大きな声を揃えて平伏して応える。


「僧正の階級の者は、体調の許す限り月に一週間この瑞巌寺に参集し、法要の祭主となること」


「「「 ははぁっ! 」」」


「権僧正以下の僧侶は、月に二週間この瑞巌寺に参集して法要に参加すること。

 特に若い僧侶は、事情の許す限り法要に参加して修行とすること」


「「「 ははぁぁぁーっ! 」」」


「厳川や」


「ははあっ! 大僧正様っ!」


「受け入れる側も大変じゃろうがよろしく頼むぞよ。

 代わりに法要には参加せんでもよろしい」


「うはははぁっ!」


「厳空や」


「ははあっ!」


「お主も法要には参加せず、退魔衆頭領としての職務を全うせよ」


「うはははぁっ!」


「うむ。皆よい修行をしておるようじゃのう。返事の声を聞くだけでわかるわい」


 厳正は皆を見まわして微笑んだ。

 横になった厳攪も微笑んでいる。


 遠く本堂からはまた大勢の僧侶たちの読経の声が聞こえていた……







(つづく)


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