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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 3 シスブラ兄妹 ***


 晴れて第一志望の地元私立大学に受かった光輝は悩みに悩んでいた。


(大学生になったら奈緒ちゃんに告白しようと思っていたんだけど…… 

 妹じゃあなくってカノジョになってくれないかって言おうと思ってたんだけど……

 でももしも、もしも奈緒ちゃんが僕のこと本当にお兄ちゃんだと思ってるだけだったらどうしよう。 

 それなのにつき合って下さいとか言って、ドン引きされちゃったらどうしよう。

 まるでシスコンのヘンタイを見るような目で見られるようになっちゃったらどうしよう。

 そんなことになったら、もう二人のカンケイは終わっちゃうかもしれないし……)


 光輝は苦悩した。こんなに苦しい思いは生まれて初めてである。

 懊悩のあまり、その件はしばらく保留にすることにして、ようやく光輝は落ち着いた。


 もちろん奈緒ちゃんも同じ瑞祥大学の同じ商学部に受かっている。

 入試成績優秀ということで特待生となり、初年度の学費は免除されたそうだ。




 光輝は思い切って親にアパートを借りての一人暮らしをさせてくれないかと頼み込んだ。

 大学まではバスと電車とまたバスを乗り継いで一時間二十分ほどの道のりだったので、自宅から通えないこともなかったのだが、親元を離れての一人暮らしがしてみたかったのだ。

 クルマなら二十分ほどの距離だったが、もちろん自動車での通学は許可されていない。


 バイトもして家賃も少し負担するのでと言ってお願いすると、意外なことに翌日あっさりOKが出た。

 次は最難関の奈緒ちゃんの説得だと思っていたのだが、これも意外なことに奈緒ちゃんもにこにこと微笑みながら言った。

「それじゃあ今から商店街の不動産屋さんに行って、いいお部屋があるかどうか探してもらいませんか」



 商店街の外れにある不動産屋に行く道々、周りの店から御祝儀袋を持ったおじさんおばさんたちがわらわらと飛び出して来た。

 みんな奈緒ちゃんの手にそれを押しつけて「合格おめでとう」と言う。

 奈緒ちゃんが一人一人に丁寧にお礼を言ったため、商店街を抜けるのに一時間近くかかってしまった。


 不動産屋の主はあの長老さんである。 

 長老もにこにこしながら奈緒ちゃんに御祝儀袋を渡した。


「それで今日はどういった御用件じゃな」


「あの、瑞祥大学の近くに学生用のアパートを探してるんです。

 大学まで歩いて十五分以内ぐらいまででいいお部屋はありませんでしょうか?」


「ふむ。合格発表からこっちどんどん埋まり始めておるが、まだそれなりに残っておるじゃろ。

 それで予算は如何ほどかな」


「逆においくらぐらいするもんなんですか?」


「そおさのぉ。安いものだと月三万円ほどかの。

 じゃがそれは日当たりも悪いし築年数も多いからあまりお勧めは出来んの。  

 まあ、ワンルームで四万円、一LDKで五万円ほどかの」


 地方都市のそれも郊外にある大学なので、驚くような金額でも無いがそれでもけっこうする。

 光輝と奈緒は、長老が出してきた間取り図集を眺めていたが、奈緒が唐突に言った。


「二つ並んで空いているお部屋ってありますか?」


『二つ?』光輝と長老は同時に聞き返してハモった。


「ええ、二つ並んでいるお部屋です。

 出来れば間にドアがあって、行き来が出来ればいいんですけど、それが難しいようでしたら、ベランダの間仕切りを取り外せるようになっているところがいいんですけど……」


 光輝と長老は口を開けて奈緒ちゃんを見ていた。

 奈緒ちゃんはいつもの菩薩の微笑みである。


「そ、それはちと難しいかものう。検索機能にもそんな条件は入っておらんし。

 まあ、同じアパート名で部屋番号を片っ端から調べて行くしかないかの」


「それでは二LDKだとおいくらぐらいですか?」

 奈緒がそう聞くと、長老はまた驚いたように奈緒ちゃんを見た。

 だが長老も、(まああの奈緒ちゃんの言うことだから仕方が無いか……)という顔をして、二LDK用のファイルを取りに行った。


 その間に光輝は奈緒ちゃんに聞く。

「ふ、二つって、ど、どういう意味?」


「あらお兄ちゃん、おばさまから聞いていらっしゃらなかったの? 

 お兄ちゃんが一人暮らしをする条件って、奈緒と一緒ならっていうことなのよ。

 もちろんうちの両親も、私が下宿する条件は、お兄ちゃんと一緒ならっていうことなんだけど……」


 光輝は目眩がした。

 なんだか目に見えない包囲網がぐぐぐっと狭まって来たような気がする。

 でもあんまり悪い気はしなかったが……


 長老が持って来た二LDKのファイルを見ながら奈緒が言う。

「二LDKって、ワンルームを二つお借りするよりもお安いんですね」


「そりゃあまあ、キッチンやバストイレは一つで済むからのう。

 それにあの界隈は学生用の下宿が多くて、ファミリータイプの部屋はあまりニーズが無いのじゃよ。

 ああ、この物件なんかどうじゃろうか。

 大学の裏門までは徒歩八分ほどで、日当たりも良く、静かな環境のいい部屋じゃ。

 造りも確りしておるしの」


 その部屋の間取り図には、「築五年、二LDK、七十平米、家賃月八万円」とあった。


「その部屋ならウチの管理物件じゃ。

 大家に言って家賃は月七万五千円にまけさせよう」


「いいんですか?」


「ああ、なんせ菩薩ちゃんが住むんじゃからの。

 もしも断ったら商店街から村八分にすると言って脅してやろう」 

 長老は不敵に笑った。


 翌日の朝イチにまたここへ来て、内見に連れて行ってもらう約束をして二人は外に出た。

 帰り途ではもっとたくさんのおじさんおばさんが出て来て奈緒ちゃんに合格祝いを渡したため、帰りは二時間近くかかった。

 パン屋のおじさんは、にこにこしながら奈緒ちゃんに十万円もの合格祝いを渡した。

「天使のつぶやき」に載って以来、口コミでお客さんが倍増していたからである。


 翌日、案内された二LDKを見て、奈緒はひと目で気に入ってはしゃいでいた。 

 小高い丘の上にあるその物件からは大学の建物が一望でき、ひとつの階にワンルーム五つとファミリータイプ一つのある二階建ての瀟洒な建物である。

 ワンルームは全て女性限定だそうだ。

 ファミリータイプは一階も二階も空いていて、どちらにするか聞かれたが、光輝は万が一のことを考えて二階にした。

 つまりこのマンションに住む男性は光輝だけだということになる。

 家賃は月七万二千円にして貰えた。



 合格発表から入学式までの間、両家からたんまりと合格祝いをもらった二人は、毎日どこかに出かけた。ディズニーランドにも泊まりがけで出かけた。

 さすがにこの時期は周囲のホテルも満室だったが、幸いにも一部屋だけ空きがあったのでそこに泊まることが出来たのだ。

 まあ、同じ部屋で寝るぐらいのことはいつものことである。


 どのアトラクションにも長蛇の列が出来ていたが、奈緒はずっとうれしそうに光輝の腕を抱えている。

 アトラクションが楽しみだったのではなく、知り合いが誰もいないところでこうして光輝と二人っきりでいられるのが嬉しいようだった。


(ああ、新婚旅行って、きっとこういう効用のために行くんだな……)

 ついそう思ってしまった光輝は赤くなった。



 その日の夜。

 テーマパーク最寄りのリゾートホテルの部屋で、二人は瀟洒なソファに並んで座っている。

 光輝は言ってみた。

「奈緒ちゃん。なにか欲しいものあるかい?」


 奈緒はちょっと驚いたように光輝を見上げる。

「い、いや、僕が合格できたのって、ほとんど奈緒ちゃんのおかげだからさ。

 御礼になにかプレゼントしたいなって思ったんだ。

 今なら多少はユトリもあるし……」


 途端に奈緒はなぜか頬を赤らめた。

 そうして珍しく少しおどおどしながら言ったのである。

「そ、そんな、プレゼントだなんて……

 で、でももしよかったらお兄ちゃん。

 奈緒、お兄ちゃんにひとつお願いがあるんですけど……」 

 最後の方は消え入りそうな声だった。


「なんだいお願いって。ボクに出来ることだったらなんでもしてあげるよ」

 光輝が優しくそう言うと、勇気づけられたかのように奈緒は微笑む。


「はい。たぶん出来ることだと思うんですけど…… 

 あ、で、でもでもでもでも…… 

 もしもお兄ちゃんがイヤだったら、奈緒のそのお願い忘れて下さるって約束してくれますか。

 あ、あの、無かったことに……」 

 また最後の方は消え入りそうな声だった。


「うん。もちろんそれでいいけど、でもそんなイヤだなんてこと無いと思うけどなあ」

 それを聞いた奈緒はさらに嬉しそうに光輝の顔を見た。


「お兄ちゃんはなにか欲しいものあるんですか? 

 もしよかったら私もなにかプレゼントしたいんです。

 今はお小遣いもたくさんあるし」


 光輝は勇気を奮い起して言う。

「い、いや実はボクも奈緒ちゃんにお願いがあるんだ。

 あ、で、でも、やっぱりもしダメだったら忘れて欲しいんだ。

 無かったことにしてくれるかな……」


「でしたら今二人でお手紙書きませんか。二人のお願いをそれぞれ書いて…… 

 それを交換して、もしダメだったら黙って相手に返して忘れるっていうのはどうでしょうか」


「う、うん」



 奈緒はさっそくホテルのメモ用紙を持って来て光輝に渡した。

 光輝は奈緒から見えない位置で、

「奈緒ちゃんへ 妹じゃあなくって、どうか僕のカノジョになってください 光輝」と書いた。

 心臓がバクバクしている。

 そのメモ用紙をはがして残りを奈緒に渡すと、奈緒も光輝から見えない位置で短いメッセージを書いた。

 二人は真剣な顔で見つめ合ったあと、黙って裏返しにしたメモを交換した。 


 奈緒が光輝に渡したメモには、綺麗な字で、「光輝さんへ 妹じゃあなくって、どうか私を光輝さんのカノジョにしてください 奈緒」と書いてあった。


 びっくりした二人はまた見つめ合った。 

 奈緒の目からは涙がぽろぽろと落ちている。

 奈緒が光輝のことをお兄ちゃんではなく、光輝さんと呼ぶのは生まれて初めてである。


 奈緒が光輝の腕の中に飛び込んできた。

 しばらくそうしていた後、どちらからともなく唇を合わせる。

 生まれてこのかた数え切れないほど一緒に寝て、毎日のように一緒にお風呂に入って来た二人だったが、それは初めてのキスだった……


 お互い抱きしめ合って、何度もキスを交わした後、奈緒はゆっくりと服を脱ぎ始めた。

 見慣れた奈緒の美しい裸身が光輝の目に晒される。

 奈緒はそのまままた光輝に抱きついてきておごそかに言った。


「よろしくお願いします光輝さん……」


「な、ななな、奈緒ちゃん。そ、そんなにすぐ……」


「だって、お引越しするまで待ちきれないんですもの」


「そ、それに、あ、アレなんか持ってないし……」


 奈緒は光輝から体を離して光輝の目を見つめ、微笑みながら言った。

「大丈夫です。合格発表の翌日に病院に行って、お薬頂いて飲んでますから…… 

 だってきっと光輝さんは奈緒のお願い叶えて下さると思ってたから……

 で、でも、いつかは奈緒に光輝さんの赤ちゃんを生ませてくださいね。

 わ、わたし、光輝さんとその赤ちゃんがいれば、他にはなんにも要らないから……」


「な、奈緒ちゃん……」



 光輝が奈緒を固く抱きしめると、最後に奈緒は静かに言った。

「とうとう十八年越しの想いが実るんですね……」


 翌日は朝早くまたテーマパークに行く予定だったが、二人はチェックアウトぎりぎりまで部屋にいた。

 そうして十八年の想いをお互いに存分にぶつけ合ったのである。



 翌日の夕方帰宅した光輝は、そのまま奈緒の家に連れていかれた。

 リビングには両家の両親四人が並んで座り、テーブルにはたいへんな御馳走が並んでいる。 

 四十センチぐらいのタイまであった。


 そうして……

 天井から下がる垂れ幕には、大きく太い字で、

「祝 光輝君&奈緒 兄妹 → 恋人」と書いてあったのである。


 いつのまに奈緒は連絡していたのだろうと考える間もなく、目眩がしてしゃがみ込んだ光輝は、心の中で誓った。


(ぼ、僕だけは…… 

 僕ダケは、この両家の中でマトモな常識を持ったまま生き延びよう……)


 光輝は号泣する奈緒の父親に両手を握られて言われた。

「こ、光輝君! な、奈緒を、奈緒をよろしく頼むっ!」


 奈緒の母親にも言われた。

「もしも光輝君が他の子を好きになって奈緒がフラれでもしたら、この子頭がおかしくなって死んでしまうんじゃあないかって心配で心配で…… 

 で、でもよかったぁ……」


 つまりまあ、奈緒の両親にとってはこれ以外の選択肢は無かったということなのだそうだ。

 それならば遅いよりは早い方が心配が無い分だけヨカッタということなのだろう。

 ついでに奈緒の母親は、「光輝くんイケメンだから、きっと孫も可愛い子になるわぁ」と気の早いことを言った。


 光輝は真っ赤になったが、奈緒ちゃんは嬉しそうに微笑んでいるだけだった……




 新学期が始まった。

 奈緒はいつものように光輝の腕を抱きながらキャンパスを歩いている。

 もちろん抽選でクラス分けされる必修の語学以外は、全て光輝とおなじ講義を受けている。 

 だから二人は一日のうち二十三時間ぐらいはいつも一緒にいられるのである。


 毎朝腕を組んで一緒に現れ、語学以外の全ての講義に並んで座り、学生食堂で豪華な弁当を広げている二人はすぐにキャンパス中の評判になった。

 しかも背の高いけっこうなイケメンと、目の覚めるような美女の組み合わせである。


 最初は二人の名字が同じこともあって、みんなは光輝と奈緒を兄妹だと思っていた。

 ついたアダ名は『シスコン&ブラコン兄妹』、略して『シスブラ兄妹』である。

 ある意味最強の組み合わせである。

 どう最強なのかは説明しづらいのだが……



 だが少数ながら光輝たちの母校である秋月高校出身の学生から、彼らが兄妹ではなく単に同じ名字の幼馴染だという情報が伝わると、キャンパスが揺れた。

 上級生になるとそれなりにカップルもいたし、中には学生結婚するケースもあったのだが、なんと入学式の日からこの高熱カップルのまま登場するとは……


 それも撒き散らしているのは熱だけではなかったのだ。

 お互いが相手に向けて男として女としての強烈なフェロモンを発散していたのである。

 どうも二人ともこのフェロモン発散能力は常人の域を遥かに超えているらしかった。

 そうして更にお互いのフェロモンのせいで、ますますイケメン&美女に成長して行っているのである。


 そして、フェロモンとは化学物質であって指向性は無い。

 したがって、周囲の学生たちもこの超絶的フェロモンの影響をモロに受けてしまったのである。

 ある教授は、「なんだか今年のキャンパスは、腕を組んで歩くカップルがみょーに多いな」と呟いたそうである。

 このため光輝と奈緒はすぐに目立たなくなって、それ以上騒がれずに済んだ。


 それにしても……

 恐るべし光輝と奈緒。

 キャンパス全体にまでその影響を与えてしまうとは……


 実はあまり知られていなかったことであるが、これこそがその後全世界に対して驚異的な影響力を得て行く光輝の最初の影響力だったのであるが……



「そういえばお兄ちゃん。サークルには入るの?」

 奈緒はキャンパスでは光輝のことを以前と同じようにお兄ちゃんと呼ぶ。

 二人の部屋に帰ると光輝さんに変わる。

 どうやら「光輝さん」と言うと、奈緒の恋人スイッチが入ってしまうために、キャンパスではそれを抑制してお兄ちゃんと呼んでいるようだ。


 キャンパス内では各サークルの新人勧誘が盛りである。

 みんな必死で声を出して新入生に呼びかけていた。

「うん。勉強も真面目にやりたいとは思っているんだけど、実はちょっと興味のあるサークルがあるんだ。

 奈緒ちゃんはどこか入りたいサークルはあるの?」


「うふ。奈緒が入りたいのはお兄ちゃんの入るサークル……」


 光輝たちの横を歩いていた女の子が驚いて奈緒と光輝を見た。

 その頬は真っ赤になっている。

 可哀想にこれほどまでに強烈なフェロモンを至近距離で浴びるのは初めてなのだろう。

 もしもこの子に想いを寄せている男の子がいたとすれば、今告れば勝率は百%近いに違いない。


「それでお兄ちゃんが興味のあるサークルって、どんなサークルなの」


「うん。「異常現象研究会」っていうサークルなんだけど……」


「へぇ~」


 二人は新人勧誘用のブースを探したが、「異常現象研究会」のブースはどこにも無い。

(それって、新人勧誘をしていないのかな。それとも廃部間際のサークルなのかな。

 でもまあ、話だけでも聞いてみたいな……)






(つづく)


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