表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
39/214

*** 8 深夜の法要 ***


 所長に報告を終えた光輝と厳真は、車で捜査本部に向かった。


 徳永署長にさっきの出来事を教えるが、署長は信用してくれない。

 仕方無く二人は署長を咲さんのところに連れて行くことにした。


「大事な捜査会議が……」などとまだぶつぶつ言っている署長を連れて、光輝たちは覆面パトカーと一緒に咲さんのところに戻った。

 幸いにもまだ志郎がいる。


 国道を挟んで反対側にはあの事件の現場も見える。

 今も警察官が見張りに立っていた。


 驚く通行人を無視して歩道に座禅を組んだ光輝のパワーも借りて、厳真が咲と志郎の姿を徳永署長に見せた。

 驚愕に立ちつくす警察署長とその部下たち。あまりのことに声も出ない。


 厳真は咲と志郎に徳永警察署長を紹介した。

 二人にお願いして、さっきの話を繰り返してもらう。

 捜査本部長でもある警察署長に事件の目撃談を語れる咲は嬉しそうだった。

 そんな咲を見て、志郎もまた熱心に語ってくれた。



 さすがは捜査一課長から叩き上げた署長である。

 咲にその時の犯人の服装や様子を聞いた。


 咲は、深夜に犯行現場近くに軽自動車を止め、辺りを見回して誰もいないのを確認した犯人が、夏の暑さの中全身を覆う服を着たまま、頭にストッキングをかぶって手袋をはめ、靴もなにか白い布のようなもので覆って、商店の裏に回ったことを伝えた。

 いずれも捜査本部しか知らない事実である。


 色めきたった徳永署長はすぐに犯人の自宅に案内してくれと言う。

 意外なことに志郎は車に乗れる。

 咲へのお礼の言葉もそこそこに辞去した一行は、再び犯人の家に向かった。



 その日のうちに徳永署長は友人でもある検非沢裁判官を説き伏せ、捜査令状を取りつけると犯人の家に踏み込んだ。

 最初はシラを切っていた犯人だったが、やはり様子がおかしい。

 多額の現金もあって、志郎の言う通り海外旅行のパンフレットもあった。


 最後には被害者の家から持ち出して、机の上に置いてあった稀覯本が決め手になった。

 それほどの珍しい本は滅多に手に入るはずもなく、その本を被害者に売った古書店にも購入者の記録が残っていたのである。

 しかもその本には被害者の指紋がベタベタとついていたのだ。




 徳永警察署長はまだ異常現象を信じていない。

 だがこの男は靴を擦り減らして地道に捜査を続ける刑事から、捜査一課長を経て署長にまで辿りついた真の叩き上げの男であった。

 なにがあろうと結果が一番大事、という信念は絶対に揺るがない。

 よって、すぐに結果を出した瑞祥研究所と光輝や厳真をいたく尊重するようになった。



 事件の解決が世間を賑わしていたころ、光輝と厳真は龍一所長と桂華を連れて咲のところにお礼に行った。

 そこには志郎もいる。

 また光輝が座禅を組み、厳真が咲さんと志郎の姿を所長たちに見せ、四人は霊たちに丁重にお礼を述べた。


 もともと現世の子供たちを守っていた咲は、現世のお役に立てたことがうれしくてしょうがないようだ。

 志郎もそんな咲を見て嬉しそうにしている。


 龍一所長が言う。


「あの、咲さん。咲さんはご成仏されるおつもりは無いんですか」


 咲は、子供に会いたいが、自殺同然に死んだ自分は地獄に落とされるかもしれず、結果息子に会えないことが怖くて成仏出来ないという事情を語った。

 それぐらいなら、ここで現世の子供たちを守っている方がよっぽどいい。


 咲は悲しそうにうなだれている。泣きそうである。


 龍一所長は、いつもと違う口調で言う。


「私たちには、今ここにいる厳真さんだけでなく、強力な霊力を持った僧侶の仲間が大勢います。

 その方々と一緒に天界にお願いしてみますから、ひょっとしたら息子さんに会えて、咲さんもご一緒に成仏できるんじゃないかと思います。

 お願いが聞き届けられるかどうか試してみませんか」


「は、はい。どうぞよろしくお願い申し上げます」


「志郎さんはいかがですか」


「ぼ、僕はもう少し現世を楽しんでからにするよ……」


 だが帰り際に、志郎は少し光輝たちについて来て、咲には聞こえないように小声で聞いた。


「あ、あの。もし僕があとでキミたちに成仏させてもらったとしたら、あっちでまた咲さんに会えるかな」

 霊のくせにちょっと顔が赤い。


「それはもちろんあなた様の功徳次第でございますな。

 今回のように現世に貢献されるような功徳をお積みになれば、たやすいことだと存じ上げます」


 厳真はそう言うとにっこり笑った。



 光輝たちは、徳永警察署長に事情を説明して、現場で大規模な法要を営みたいとお願いした。

 相変わらずそういうことには懐疑的な徳永だったが、同時に義理人情にも厚い男である。

 被害者一家の鎮魂を名目に、深夜なら交通規制を敷いてくれることになった。


 徳永所長が指定してきた交通規制の日時は、光輝修行会当日である土曜日の深夜零時からの四時間以内だった。

 その時間帯なら国道を封鎖して通行する車をバイパスに誘導してくれると言う。


 厳攪大僧正は、同宗派の他の寺の僧侶たちに事情を説明して、その夜の法要に参加してくれるように頼んだ。

 もちろん、もともとは名誉法印大和尚である光輝の頼みであることもつけ加え、高僧相手には、極秘だがあの殺人事件を影で解決したのは三尊殿と厳真なのだとも伝えた……




 法要当日の深夜零時前。

 念のため視察に出ていた徳永警察署長は驚いた。

 零時が近づくと、現場周辺に僧侶たちが続々と集まって来たのだ。

 その数は三百人を超えてまだまだ増えそうである。

 どうやら他の寺院の高僧たちは皆、若い弟子まで全員連れて来てくれたようだ。


 まずは被害者宅の前に祭壇が設えられ、零時から事件被害者慰霊の為の法要が始まった。

 五百人を超える僧侶たちは、アスファルトの車道に薄い敷物一枚敷いただけの上に座り、厳攪大僧正を祭主として読経を始めたのである。

 五百人を超える僧侶たちが声を合わせる読経は凄まじく荘厳である。

 慰霊の読経は三十分ほど続いた。


 慰霊の法要が終わると、僧侶たちは全員後ろを向いて座り直す。

 今度は咲の佇む方に向いての法要である。


 厳攪が緊張した顔つきの咲の目の前に移動し、光輝がその横で座禅を組んだ。

 光輝が座禅を組んだので、厳真はそこに集まってくれた若い僧侶たちにも咲の姿を見せてあげることが出来た。

 上級僧侶は動じなかったが、若い僧侶たちからはどよめきが起きる。

 上空では志郎も見守っている。



 咲への法要は慰霊でも鎮魂でもない。

 咲の成仏と同時に、亡くなった子供に会えるよう天界へのお願いが目的である。


 先ほどとは異なる経を厳攪が読み始めた。

 今度の五百人の僧侶の読経の唱和は更に大きい。その読経は延々と続いた。


 それが一時間を超えるころ、光輝が必死の念を込めて天界に祈りながら座禅を組みなおすと、それに合わせるように光輝の後上方の光が大きく熱くなり始めた。

 それに気づいた僧侶たちも呼応するかのように読経唱和の声を大きくする。

 いつのまにか僧侶たちの周囲や上空には、夥しい数の浮遊霊が集まって来ている。



 すると……

 なんと光輝の後上方の三つの御光の遥か上方から、地上に向かって一条の光が差してきたのである。

 浮遊霊たちは皆おののいて下がる。

 僧侶たちの読経がさらに大きくなった。


 と、徐々に太さを増す光の中を上空からするすると降りて来る姿があるではないか。


 その姿は地上近く、咲の傍で止まった。

 それは年老いた僧と、その僧に抱かれた小さな男の子の霊だった。

 咲の子供である。


 咲は泣き崩れながら子供を抱きしめた。

 子供も泣きながら咲にしがみつく。

 ママ…… と言う声が小さく聞こえた。


 天から降りて来た老僧は、周囲の僧侶たちを見渡して微笑んだ。

 特に厳攪に対しては微笑みながら大きく頷いてみせる。

 そのまま子供を固く抱きしめた咲を伴い、老僧は静かに上空に帰って行った……



 その姿が見えなくなってからも、深い深い感銘を受けた僧侶たちの感謝の読経は長く続いた。

 咲とその子供が無事天界に召され、感動した面持ちの僧侶たちは大勢泣いている。

 光輝も厳空も泣いていた。

 厳攪までもが滂沱の涙を流している。


 彼らから離れたところでは、まだ徳永署長が立ちつくしていた。

 はっきりとは見えなかったものの、光輝や厳真のおかげでおおよそ何が起きたかは見て取れたのだ。

 徳永も涙を流している。


 夏の空が白み始めていた……







(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ