*** 4 マグロ ***
奈緒は真剣な顔で麗子に向き直った。
「麗子さん。おねだりはしてみたんですか?」
「お、おねだりっ!…… そ、そんな、は、恥ずかしいこと……」
(一回してもらった後に、もっと…… とはおねだりしたことはあったけど……
さ、最初からして欲しいなんて恥ずかしくて言えないわ……)
麗子さんはそう思っている。
「じゃあ、麗子さんがそうやって悩んでらっしゃることを、豪一郎さんは御存じ無いんですか?」
「う、うん。たぶん」
そう言って奈緒を見た麗子さんの顔は、涙で濡れた分いっそう美しかった。
いままで奈緒が見た中でも最も美しい麗子さんだと思う。
(こんな綺麗な麗子さんを放っておくなんて……)
だが奈緒はあの豪一郎さんが浮気なんかしているハズはないと思う。
「あの、麗子さん。口で言うのが恥ずかしかったら、いろんな仕草とかでエッチして欲しいって豪一郎さんにお伝えしてみたらいかがですか」
顔を上げた麗子さんが真剣な口調で奈緒に聞いた。
「ど、どうやって……」
奈緒は思い当たった。
(麗子さんって…… ま、まさかマグロ……)
「少しだけ待ってていただけますか麗子さん」
奈緒はソファを離れてPCの置いてある自分の部屋へ行った。
そうしてあの「あなたのカレを喜ばせてあげる方法」のページを全てプリントアウトして麗子さんのもとに戻ってきた。
大河くんは麗子さんの横ですやすや寝ている。
「あの、麗子さんはこういうのご覧になったことありますか?」
まだ泣いていた麗子さんはそのプリントを読み始めた。
次第に驚愕の表情になる麗子。
途中で奈緒を見て言った。
「あ、あの…… 奈緒ちゃん」
「はい麗子さん」
「な、奈緒ちゃんは、こ、このおフェラっていうの、そ、その、してあげているの……」
「はい」
あっさりそう言う奈緒。驚く麗子。
(麗子さん、豪一郎さんとおつきあいし始めてから二年以上になるのにまだ……)
奈緒も内心驚いていた。
「あ、あの…… 奈緒ちゃん。
そ、それって光輝くんとつきあいはじめてからどれぐらい経ってから?……
は、半年後ぐらい?」
「ああ、光輝さんに告白していただいた次の日です」
「げええええええっ ふ、二日目っ!」
麗子の顔が深紅に染まった。
(麗子さんのこの赤い顔、見るの久しぶりだな……
お母さんになっても変わらないんだな……)
そう思った奈緒はついにっこりしてしまった。
「そ、そそそ、それって光輝くんにしてくれって言われたの?」
その奈緒の微笑みをやや誤解したまま麗子が聞く。
「いいえ、光輝さんが、その…… アレを見せてくださってたときに、その子がはちきれそうになっててとっても苦しそうに見えたんです。
それで可哀想に思えて、私の手でなでたりキスしたりして慰めてあげたんです。
そうしたら光輝さんがとっても喜んでくださったんでついお口にも入れて……
でもそのサイトに同じことが書いてあったのにはちょっと驚いちゃいました。
あれって、おフェラとかいう名前までついてたんですね」
ふたたび驚愕する麗子。もう絶句して声も出ない。
だがその驚きをふりはらって続きを読み始めた。
夢中になって読んでいる。
やがて上級編を読み終わった辺りで麗子さんはまた奈緒に向き直って聞いた。
「あ、あの…… 奈緒ちゃん。
な、奈緒ちゃんはここに書いてあることとか……
ぜ、全部してあげたことあるの」
「いえあの…… 後ろの方に書いてある、おしりの、とかいうのはその……
やって差しあげたことは無いです。
光輝さんもそういうのはお好きじゃあないんで……」
「じ、じゃあ、ここに書いてあること読みながら全部してあげたの!」
「い、いえ、このページを見つけたのはつい最近なんですけど、わたしたちが今までしてきたことがほとんどそのまんま書いてあったんです。
それで、あんまり役には立たないね、って光輝さんとも笑ってました」
「げええええっ。
じ、じゃあ自然と自分からここに書いてあることとか……」
「はい。やったことのなかったことは三つぐらいしか無かったんですけど、この前すぐに試してみたら、二人ともとっても楽しかったです」
麗子さんはまたぽろぽろ涙をこぼし始めた。
「わ、私が、私が悪かったんだ……
自分では豪一郎さんになんにもしてあげてなかったのに。
それなのにかまってくれないなんて文句言って不機嫌になっちゃって……
だから豪一郎さんもなんにもしてくれなくなっちゃってたんだ……
私はマグロだったんだ……
あーんあーんあーん」
奈緒はまた麗子さんが心底気の毒になった。
(麗子さんをどうにか助けてあげたい……)
「な、奈緒ちゃん。い、いやお師匠様。
ど、どうか教えてくださいっ!
わ、わたしはこれからどうしたらいいのでしょうかっ!」
「そ、そんな。お師匠様だなんて……」
「いいや、あんたは今から私のお師匠様だ!
お願いです。どうかわたしにお導きを!」
「でしたら麗子さん。私の提案を聞いて頂けますか」
「う、うん。なんでも言ってくれ」
「あの、この最後の方に、『アナタがカレにしてほしいと思っていること』っていうコーナーがありますよね」
「うん」
「このコーナーのチェック欄に○印と×印をつけて、それを持って帰って豪一郎さんの書斎の机の上に置いておいてください。
そうですね、今この場で印をつけていただけますか」
「う、うん」
奈緒はアロさんにペンを渡すとアロさんが記入するのをそっと見ていた。
【 ○ 】最近エッチしてくれなくてさみしいの。もっとして
【 × 】そんなに私の体ばっかり求めないで
【 ○ 】たまには他の体位でも可愛がって欲しいの
【 ○ 】たまにはもっと乱暴にエッチしてほしいの
【 × 】アナタの欲望だけでヘンな体位を取らされるのはもうイヤ
【 ○ 】アナタにフェラチオとかしてあげたいんだけど、はしたない女だって思われそうで怖いの
【 ○ 】もっとわたしの体を見て欲しいの
【 ○ 】いろんなところにキスして欲しいの
そんな項目が延々と続いたあと、最後に、
【 ○ 】私が寝ていても、もし私の寝姿に興奮してくれたら、寝ている私を襲って欲しいの
とあった。
麗子さんは記入を終わるとそれを恐る恐る奈緒に差し出した。
(お気の毒な麗子さん。
今までほんとうにいろんなことしてあげてなかったし、してもらってもいなかったんだ……)
奈緒はそう思うと、「最初と最後の項目は、○じゃあなくって◎にしてください」と言って麗子さんに紙を返した。
麗子さんは大きくて濃い◎にした。
「それから最後に、その他アナタがカレに言いたいこと、っていう欄がありますよね。そこにもなにか……」
麗子さんは、「今まで私からなんにもしてあげてなくってごめんなさい。
これからは私ももっと努力しますので、どうかまた私を可愛がってやってください。愛しています。麗子」
と書いた。
奈緒の前でそんなことまで書くとは、麗子さんはよっぽど悲しんでいたのだろう。
そう思った奈緒は、やっぱりできるだけ麗子さんの力になってあげようと思った。
「それからこの、『カレがアナタにしてみたいと思っていること』っていうチェックのページも、一緒に豪一郎さんの机の上に置いておいてくださいね」
「う、うんわかった。ありがとうお師匠様」
「そ、そんな」
「エッチは二人の共同作業だったんだな……」
遠い目をして麗子は言った……
(つづく)




