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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
32/214

*** 1 畳みかけるチャンス ***


 龍一所長と桂華の結婚式の日取りが正式に決まった。


 結婚式は八カ月後だったが、披露宴はその日には行われず、翌日行われるそうだ。

 二席さんの経営する瑞祥グランドホテルでは、既にずいぶん前から披露宴会場の増築工事が急ピッチで進められている。


 式や披露宴では花嫁が喋る必要は皆無であったため、麗子さんたち桂華親衛隊の面々は安息の日々を過ごしている。

 ただ、瑞祥本家では御隠居様をはじめとして、龍一の母の喜久子やその親衛隊長である美津江が桂華に会いたがっているらしい。


 とりわけ力丸は、毎日夕方になると桂華の去った方角を見ながら寂しそうに座っていて、日が落ちると「きゅ~ん」と悲しげに鳴いて自分の小屋に入るそうだ。


 その声は、「桂華さん今日も来なかったぁ……」と聞こえるらしい。


 その話を聞いた桂華はいたたまれなくなって、また瑞祥本家に行くと言い出した。

 そこでまたもや桂華親衛隊のメンバーに召集がかかり、桂華をガードするために同行することになったのである。



 瑞祥本家訪問の前日。

 桂華は久しぶりに母校秋月高校のバレーボール部の練習を見に行った。

 現役の後輩たちは桂華のことは知らなかったが、練習を見てくれているOGの大学一年生や二年生のコーチたちは、「けっ、けけけ、桂華センパイっ!」と叫んで直立不動になった。


 だが桂華は実に優しく丁寧に高校生たちを指導したのである。

 その指摘はさすがに的確で、高校生たちもすぐに桂華の実力を悟ったようだ。


 OGのコーチたちは、そうした光景を驚きつつも眺めていた。

 あの『鬼神桂華』がなんと柔和になったことであろうか。

 そうしてよく見れば、桂華センパイの左手薬指には大きなダイヤモンドの嵌った指輪が見えたのである。


 後輩たちは驚愕した。確か桂華センパイはこの春大学を卒業するハズである。

 それがもう結婚とは…… 


 彼女たちが高校生の現役だった頃には、怖くて桂華センパイの顔などマトモに見られなかったが、今こうしてよく見れば、センパイはとんでもない美人だ。

 幸せオーラも燦々と輝いている。

 後輩たちは皆ため息をついた。



 部活が終わった帰り途、桂華は後輩たちに取り囲まれて、楽しそうに談笑しながら校庭を歩いていた。

 そこに転々と野球のボールが転がってきたのである

 どうやら野球部が守備練習をしているらしい。


 桂華がボールを拾うと、一年生らしき男の子が「すいませ~ん」と言いながら走って来る。

 遠くではキャッチャーがミットを上げて「バックホーム!」と叫んでいる。


 桂華はにやりと不敵に微笑むと、二、三歩助走をつけて、「どおりゃぁぁっ!」という気合と共にボールをキャッチャー目がけて激投した。


 そのフォームは弓なりにしなった見事なものである。

 そうしてその球は矢のように飛び、キャッチャーの構えるミットに、「ズバーン」という音をたててストライク返球されたのである。


 呆然と口を開けている男の子を残し、桂華はやはり呆然と口を開けているバレー部の後輩たちと歩き始めた。

 だがしかし、その足首にはやや違和感が残っていたのである。



(マイッタなぁ……)

 その夜足首をアイシングしながら桂華は困っていた。

 どうやらボールを投げたときの踏み込みで足首を軽く捻挫してしまっていたらしい。


(まっ、明日の朝テーピングすればなんとかなるかな。

 そうすれば正座も免れて洋間に通してもらえるかもしれないしな……)


 そのテの軽いけがは、数限りなくこなして来た桂華である。

 アイシングもテーピングも慣れたものだった。



 翌日、二台のクルマに分乗した桂華たち一行は、瑞祥本家にやってきた。

 桂華と龍一、そして大河くんを連れた麗子さんと、桂華親衛隊の美奈子さんと由香さんと蓉子さんである。


 一行がクルマから降り立つと、力丸が狂ったように走り回り始めた。

 また「うぉううぉううぉぉぉうん」と鳴いている。


 桂華は出迎えた龍一の母喜久子に丁寧に挨拶した後、「ちょっと力丸に挨拶してきてよろしいでしょうか」と聞いた。

 毎日力丸が桂華を待ち焦がれていたのを可哀想に思っていた喜久子は、「えぇえぇ、御隠居様はもう少し待たせておきますね」と言って微笑んだ。


 桂華が力丸に向かってすたすたと歩んでゆく。

 力丸はちぎれんばかりに尻尾を振っている。

 桂華親衛隊の面々は足がすくんだ。彼女たちにはやっぱり力丸は怖いのだ。


 だが桂華はそのまま嬉しそうに微笑みながら、やっぱりすたすたと歩んでいる。

 左足首のテーピングが皆の眼に見えたが、桂華はあまり気にしていないようだ。


 桂華が至近距離に近づくと、力丸が仰向けになってお腹を上にした。

 まだ尻尾を力いっぱい振り続けているので砂埃が盛大に撒き上がる。

 桂華は力丸の傍らにしゃがむと、そのお腹をやさしく撫でた。


「やあ力丸。久しぶり。今日はしばらくいるから後で散歩に行こうか」


 力丸の目が涙目になったように見えた。

 また子犬のような声で「きゅうんきゅうん」と鳴きだした。


「それじゃあ御隠居様に挨拶しなきゃあなんないからさ。また後でな」


 力丸はひときわ大きく「きゅうん」と鳴いた。



 やはり桂華の足首に目をやった喜久子が、一行を洋間に通してくれた。

 洋間は力丸の犬小屋に近かったために、窓からは力丸の顔が覗いている。


 桂華は御隠居様を始めとする本家一同に丁寧に挨拶をしたが、初めて来たとは違って、かなり和やかな雰囲気である。

 まあ、なにしろ喜久子や善太郎や美津江もみんな桂華の味方である。

 もちろん龍一さんも味方である。しかも今日は親衛隊までついているのである。

 含む力丸である。


 桂華もかなりリラックスしていた。


 みんなの話は弾んだ。善太郎はずっとにこにこしている。

 窓から覗く力丸に目をやった後、御隠居様までが桂華が書いた最近の広報誌の文章を褒め始めた。

 幸せオーラ全開の桂華が書く文章は、最近ますます感動的なものになっている。


「次の号が来るのが待ち遠しくての。

 出来れば週刊にしてもらいたいもんじゃが、それでは桂華さんもたいへんじゃろうからのう」


 御隠居様がそう言うのを聞いた麗子は嬉しそうに微笑んだ。

 そうして傍らのバッグからあの「天使の目」の本を取り出して、御隠居様の前に置いたのである。

 桂華が硬直した。 


 麗子は、今がタイミングだと確信したのだ。

 力丸と広報誌のおかげで、御隠居様が桂華に好意的な今こそ畳みかけるチャンスである。


「御隠居様。こちらのご本はご存じでいらっしゃいましたでしょうか」


 本家のみんながその本を覗き込んだ。


 喜久子が微笑んだ。


「まあ、大評判になったご本ね。

 残念ながらわたくしはまだ読んではいないのですが、読んだ方が仰るところによると、涙が止まらなくなるそうですわね。

 それも心が洗われるように暖かくなる感動の涙だそうで。

 その方に言わせると、どんな玉ねぎよりも強烈だそうですわ」 

 みんなが笑った。


 麗子はいっそう微笑んで続ける。


「この本の主人公は、あの三尊光輝さんの婚約者の奈緒さんなんです」 


「まあ!」喜久子が感嘆する。


「そうして第一章で出てくる、中学一年生のときの奈緒さんがお手伝いして一緒に働いた、奈緒さんの幼馴染の中学二年生の女の子は、桂華さんだったんですよ」


 本家一同がまた硬直した。

 桂華はもっと硬直している。

 御隠居様ですら驚いて麗子と桂華の顔をかわるがわる見比べた。


「実は桂華さんは恥ずかしくてそれを内緒にされていたんですけど、わたくし偶然の機会にそれを知ってしまって……」

 

 桂華がわたわたしている。


「そしてですね…… そのご本は匿名の著者が投稿してタウン誌に採用されたエッセイがまとめられたものなんですけど。

 そのエッセイのおかげでそのタウン誌の発行部数が二十倍になったので、エッセイがまとめられて本になったんですけど。


 実はそれ、こちらの桂華さんが投稿されたものだったんです……」


 瑞祥本家一同は盛大に仰け反った。

 漫画だったら「がが~ん!」という効果音が出てくるところである。

 いや「ずがががが~~~ん!」か。


 静寂が広がる中で、力丸が「わふん」と嬉しそうに鳴いた……




 最初のページをめくって読み始めた御隠居様は止まらなくなった。

 夢中でページを繰っている。


 途中で御隠居様が目尻に手をやったため、喜久子が御隠居様の前にティッシュの箱をそっと置いた。

 御隠居様は喜久子の顔を見やって「ありがとう」と言ってハナをかみ、また夢中になって読み始めた。


 途中で我に返り、「ああ、すまんがもう少し読んでもかまわんかな」と言う。

 龍一は嬉しそうに、「どうぞお気遣いなく」と言った。


 御隠居様はまた桂華を見やった。


「ああ、桂華さんや。

 もしも足の具合がそれほど悪く無かったなら、あそこで待ち焦がれている力丸を、ほんの少しでいいから散歩に連れていってはもらえんじゃろうか」

 

 力丸が、「きゅぉぉぉぉ~ん」と鳴いた。



 力丸の太いリードは龍一が持った。

 力丸の横には桂華。やや離れた後ろには桂華親衛隊の三人がついている。

 大河くんをつれた麗子さんはお留守番である。


 力丸と桂華を先頭に一行は歩き始めた。

 だが、瑞祥本家の敷地から出て私道を歩き始めると、桂華の歩みが少し遅くなる。

 やはり捻挫している足を少しかばって歩いている。


 力丸が立ち止った。桂華の足と顔をかわるがわる見ている。


「だいじょうぶだよ力丸」桂華が微笑んだ。


 だが力丸はなんと、桂華の足元に伏せたのである。

 そうして桂華に背中を向けたまま桂華の顔を見て、「わふん」と鳴いたのだ。


「おおっ! 乗せてくれるっていうのかい!」


 桂華はそう言うと龍一を振り返る。「大丈夫かな?」


 龍一が微笑んだ。「少しならぜんぜん平気だよ」


 桂華が「ありがとうな力丸」と言って力丸にまたがると、力丸は軽々と立ち上がった。

 そうして意気揚々と歩き始めたのである。

 桂華はきゃーきゃー言いながら力丸の背に乗ったまま進んで行った。


 力丸も実に得意げで嬉しそうだった……







(つづく)


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