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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 29 とてつもない大貫禄 ***


 本家を後にした龍一所長と桂華は、筆頭様と二席さんと三席さんに挨拶に出向いた。


 筆頭様と二席さんと三席さんは、筆頭様の屋敷に集合し、紋付袴に裃まで身につけて玄関口に正座して、次期本家当主とその婚約者を出迎えた。

 その後は龍一所長が桂華の家に挨拶に行く予定になっていたので早々に辞去しようとすると、筆頭様と二席さんと三席さんが、裃をつけたまま一緒について行くと言う。


 龍一はそういう風習があったことを思い出してやれやれと思った。

 本家の嫁取りの際に、挨拶に同行して口上を述べるのが筆頭様と二席さんと三席さんの最も重要な任務の一つだったのである。

 もちろん彼らがその晴れ舞台を何十年も待ち焦がれていたことは疑いようも無く、とても断れるものではなかった。




 桂華の父親はそわそわしながら娘の婚約者を待っていた。

 古風な考え方をする一族の息子だそうだが、娘からは「とってもいいひとだよ」と聞いているので少しは安心していた。

 娘のあんな顔は見たことも無かったからである。


 お手伝いに来てくれている親戚のおばさんも、息子と娘を連れて桂華の家に来ていた。

 先日再婚する約束をしたばかりだったからである。

 大学生になった息子も高校生の娘も、ひと目で桂華に圧倒されて尊敬しまくっている。

 二人とも敬愛する桂華さんがどんなカレシを連れて来るのか楽しみにしていた。



 ところが……

 商店街の桂華の家から少し離れたところに二台の車が停まると、まず先頭の車から転がるように走り出て来たのは三人の老人である。

 しかもよく見れば紋付き袴に裃までつけた老人三人である。


 そうしてその三人が、真剣な顔で桂華の父親の目前の地面の上で正座したのだ。

 その後ろにはにやにやした顔の桂華と、恐竜のような大男と、ひょろっとしたスーツ姿の若者が少しうんざりした顔で立っている。


 裃姿の老人たちは背筋を正し、朗々とした声で練習を重ねて来た口上を順に述べ始めた。


「本日はまことにお日柄もよく……」 


「こちらにおわしますのは、我ら瑞祥一族本家次期当主であらせられる……」 


「我ら臣下一同衷心より……」

 

 口上が終わるごとに一人ずつ地面に平伏していく。

 厳しい練習を重ねて来た成果が出た見事なコンビネーションであった……



 桂華の父親と将来の義理の弟妹は、最初「ナニかのどっきりにハメられた……」と思ったそうである。

 三人とも、カメラを探してきょろきょろしていた。


 もちろん周囲には数百人に及ぶ商店街の人々の人垣が出来ていた……




 その日の夜。

 レックス&アロ邸の応接室には、小恐竜♀たちと詩織ちゃんが集まっていた。

 アロさんは、もう臨月が近いために今日の桂華の瑞祥本家訪問からは御役免除されていたのだが、レックスさんからの報告を聞くために桂華親衛隊が集結したのだ。

 みんな心配していたのである。


 レックスさんはその日の出来事を詳細に教えてくれた。

 みんな、息を呑んだり感心したり爆笑したりで忙しかった。


「ということでだ。

 瑞祥本家一同は、桂華さんに息を呑んだり感心したり度肝を抜かれたりで大忙しだったぞ。

 だがまあ、大変な感銘を与えたことは間違いないな。

 あの御隠居様ですら大硬直していたからなあ」


 文字通りお腹を抱えて笑うアロさんを少し気遣いながら、レックスさんは報告を終えた。


 アロさんが目尻の涙を拭いながら言う。


「ありがとレックス。

 じゃあこれからは女同士のお話だからちょっと席を外してくれる?」


 レックスさんは渋々リビングに向かう。


 アロさんがみんなに向き直った。


「詩織ちゃん。厳空さんとのおつきあいは順調?」 


 詩織ちゃんは真っ赤になって俯きながらも言った。


「は、はい。厳空さんとっても優しいです……」


 最後の方は声が小さくなって聞き取りづらかったが、それでも詩織ちゃんが幸せそうなのはよくわかった。


「美奈子さんは、もう雄一くんからのおつきあいの申し込み、OKしたの?」


「は、はい。毎週デートしています……」


 美奈子さんは恥ずかしげだったが嬉しそうだ。


「由香さんは大樹くんと上手く行ってる?」 


「はい。今度実家に挨拶に来てくれることになりました……」 


 由香さんは幸せそうだ。


「蓉子さんは、亮二くんとはどこまで行ってるの?」


「は、はい。今度結納の日取りを決めることになりました……」 


 蓉子さんは真っ赤である。


「そう…… まあ、詩織ちゃんは別にして、みんな龍一さんのお嫁さん候補のお役目から外れて、自分の気持ちに素直になれてよかったわ」


 アロさんはそう言うと、自分のお腹をさすった。


 そうしてポツリと言う。


「みんな桂華さんのおかげね……」 


 その場のみんなが頷いた。


「まさか龍一さんが自分からあそこまで惚れ込む女性が現れるとは思ってもいなかったわ。

 もし桂華さんがいなかったら、龍一さんも博士課程終了後に私たちの中の誰かを選んで、そのまま味気ない結婚生活に入って行ったんでしょうね」 


 またみんなが頷いた。


「ということで、我々はこれからも瑞祥一族本家嫁たる、そうして女としての恩人たる桂華さんの親衛隊ということで、引き続き結束を固めましょう」


 全員が微笑みながら力強く頷いた。


「でもね…… 私思うのよ。これは桂華さんだけじゃあないな、って……

 桂華さんがああした、龍一さんが惚れこむほどの女性になれたのって、奈緒さんの影響もものすごく大きいと思うの」 


 詩織ちゃんが強く頷いている。


「一人の女として、あそこまで一人の男に惚れこむのは尊敬するもの。

 しかも自分は本になるほどみんなに愛されていたっていうのに……

 その奈緒さんと姉妹同然に育ったおかげもあるのかもしれないわね……」 


 詩織ちゃんは涙をこぼしながら激しく頷いている。


「それにひょっとしたら…… 

 それもこれもみんな光輝くんの功績なのかもしれないわ。

 龍一さんも本気で光輝くんに惚れ込んでいるもの。レックスもそうよ」


 また全員が力強く頷いた。


「ということで、われわれは、光輝&奈緒ペアの親衛隊も兼務することにしましょうか」


 その場の全員がにっこりと微笑んだ。




 実は麗子も龍一と同じことを考えていたのである。


「あの三尊光輝という男は天命を持っている」と。


 彼は瑞巌寺の僧侶たちのみならず瑞祥龍一を筆頭に瑞祥一族をも、その幸福度を大いに引き上げることによって、次々と熱烈な信奉者にしてしまっているのである。


 もちろん龍一もそれに気づいているのであろう。


 麗子は光輝の物語の行く末を、親衛隊として見守っていくことを楽しみにしていたのである……




 その後、アロさんは、龍一部長からワンちゃんパンツの話を聞いて爆笑した後、さっそく桂華を連れて親衛隊と共にあのランジェリーショップに行ったそうだ。


 桂華は例のショーツを見て、「これ、ふんどしだろ? 女性用のふんどしは分解できるんだなぁ」と言って皆を倒れさせたそうである。


 もちろん桂華は皆に勧められて各種下着の試着をし、たくさんのお嬢様下着を買おうとしていたのだが、このとき全員の目にあの伝説のわんちゃんパンツが飛び込んできた。


 皆、まさか笑うわけにもいかず、必死でこらえている。


 桂華は全員がアヒル口になってぷるぷるしているのを見て、フシギそうな顔をしていたそうだ。 

 そうして、「お嬢様は下着の試着のとき、アヒル口をするのか?」と聞いて、遂にみんなを暴発させたそうである。




 詩織ちゃんとおつきあいを始めていた厳空も、ほどなくして詩織ちゃんの家に挨拶に行った。


 詩織ちゃんの祖父はある大きな寺の檀家総代であり、その息子である詩織ちゃんの父親も寺にはしばしば出入りしている。

 だから詩織ちゃんも、僧侶という職業にあまり違和感が無かったのだろう。


 最愛の娘が結婚したいと思っている男を連れて来る。

 それも聞けばまだ二十八歳の坊主だという。

 どうやらあの高名な退魔衆の仕事をしているそうだが、どうせ雑用係か使いっ走りだろう。


 父親はどんな青坊主がやってくるのか、場合によっては禅問答のひとつでもしてやろう、経でも読ませてその力を試してみようと手ぐすね引いて待っていた。



 祖父と父親が待ち構える中、厳空を連れた詩織ちゃんが玄関に入って来た。

 そうして父親と祖父の目の前に現れたのは……


 そう。なんと僧正の煌びやかな錦の正式法依に身を包み、緊張のあまり普段よりもさらにさらに怖い怖い顔をした巨漢僧侶厳空だったのである。

 この辺りは親戚の豪一郎によく似ている。


 詩織ちゃんの父親と祖父は腰を抜かした。


 寺の格式にも詳しい父親と祖父が、厳空が属している寺があの大寺院瑞巌寺であると聞くとさらにまた腰を抜かした。

 しかも住職の跡取り息子などではなく、真っ当に任命された僧正だという。

 父親と祖父はそれがどれほどの大栄達かがよくわかった。

 おそらく真っ当な僧正の年齢としては日本最低記録に近いだろう。


 しかも大伽藍を擁する瑞巌寺である。

 坊主の数も退魔衆見習いを入れれば五十人近い。

 厳空はそのような大きくて格式の高い寺のNo.2だったのだ。

 普通なら五十歳でその地位についても大栄達と言われるだろう。


 丁寧に応接室に通された厳空は、詩織さんと交際させていただいており、ゆくゆくは結婚させて頂きたいと考えておりますので、どうかお許しいただけるようお願い申し上げます、と平伏しながら正式に口上を述べた。


 とてつもない大貫禄だ。


 祖父が檀家総代を務めている寺の、六十歳になる住職よりも遥かに遥かに貫禄がある。

 さすがは命がけの退魔の修羅場を数限りなくくぐってきただけのことはある。


 詩織ちゃんはそんな厳空を実に嬉しそうに頼もしそうに見つめている。

 目から嬉し涙もこぼれてきている。


 さっきから圧倒されっぱなし、腰を抜かされっぱなしの父親と祖父は、厳空があの全国的に高名な退魔衆の頭領であることを聞かされ、またもや腰を抜かした。

 

 聞けば激しい修行により、日本で三人目の神仏視の力を体得した著しい功績によって、厳空の大名跡を賜ると同時に僧正の位も賜り、合わせて退魔衆頭領となったそうである。


 そう、空さんこと厳空は全国屈指の恐るべき実力派僧侶だったのである。

 僧侶界のウルトラスーパーエリートである。


 父親は驚愕のあまり何も言えずにおののいていた。

 さっきから手が震えっぱなしだ。


 祖父は、「で、でかしたぞっ! 詩織っ!」とかろうじて言ったきり、やはり絶句しておののいていた。


(やれやれ、少しは一生懸命修行してきた甲斐があったかのう……)

 厳空はフトそう思った。


 だが同時にやはり思っていたのだ。

(これも全て三尊殿と出会えたおかげなのであろうの……)と。







(つづく)


……次号第一章エピローグ……

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