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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 2 菩薩の奈緒ちゃん ***


 また、奈緒ちゃんは高校一年の夏休みに短期のアルバイト先を探していた。

 光輝の誕生日にプレゼントを用意する資金を調達するためである。


 商店街のパン屋さんの店先にアルバイト募集中の張り紙を見つけた奈緒ちゃんは、パン屋のおじさんに雇っては貰えないかと恐る恐る頼んでみた。

 もちろん生まれたころから奈緒ちゃんのことをよく知るおじさんは大いに喜び、奈緒ちゃんは毎日パン屋さんの店員として働き始めたのだが……


 奈緒ちゃんは、閉店時間になると売れ残っているパンが廃棄処分されるのを悲しんだ。

 せっかくあんなに美味しいのに、食べてもらうことも出来ずに捨てられてしまうなんて……


 目の端に涙を浮かべた奈緒ちゃんは、店長さんに言ってみた。

「わたし、閉店前にお店の前でお客さんに呼びかけてもいいでしょうか……」



 奈緒ちゃんは必死で通行するひとたちに呼びかけた。

「美味しいパンはいかかですか~。

 可愛らしくってと~っても美味しいパンはいかがですか~」


 やっぱりちょっと恥ずかしかったけど、周りはほとんど小さいころから知っているおじさんおばさんたちばかりである。

 目に少し涙を滲ませながらも、奈緒ちゃんはみんなに一生懸命呼び掛けた。


 そうして、たちまち群がって来た商店街のおじさんやおばさんたちに、「なんでそんなことをしているのか」と優しく聞かれた奈緒ちゃんは、とうとう堪え切れずに涙をこぼしながら、「捨てられてしまうパンが可哀想だから」と答えたのである。


「奈緒ちゃんの涙」などという超越的なモノを見せられた商店街の人々は、もうひとたまりも無かった。

 みんなパニックでも起こしたかのような形相でパンを買い尽くした。

 翌日もその翌日もパンは全て売れた。

 行列の後ろの方に並んでいた人たちは、パンが無くなると残念そうにしていたが、奈緒ちゃんがひとりひとりに申し訳なさそうに謝ると、にこにこしながら帰って行った。

 どうやらみんな、奈緒ちゃんの顔を見てお話しが出来ればそれでいいらしい。


 店長の許可を得て、奈緒ちゃんはせっかく列に並んでくれてもパンが買えなかったひとたちに、自分で作ったクッキーを配り始めた。

 奈緒ちゃんのクッキー欲しさに列を抜けて一番後ろに並びたがるひとが増えたので、すぐにクッキーは全員に配られるようになった。

 光輝はクッキーが好きだったので、奈緒ちゃんは大研鑽の上、週に二回はクッキーを焼いていたのである。

 もちろんその腕はプロはだしだ。


 クッキーの量は次第にタイヘンなものになっていったのだが、パン屋の店長さんがそれらの材料も全部揃えてくれて、大きなオーブンも貸してくれた。

 夏休みが終わって奈緒ちゃんがいなくなると、みんなため息をついたそうだ。


 たまにパン屋さんに頼まれて奈緒ちゃんがクッキーを焼くと、パン屋の店先には、『伝説の奈緒ちゃんクッキー入荷しました』の張り紙が出される。

 パンを一個買うと、クッキーが一枚貰えるのだ。

 そうしてまたたくまに全てのパンが売れてしまうのである。



 このときの様子もまた天使が語るという手法のエッセイになり、タウン誌に掲載された。

 捨てられてしまうパンが可哀想で、涙を堪えながら必死で呼びかけをする奈緒ちゃんの描写は、またもや商店街中のおじさんおばさんたちの涙を絞り取った。


 奈緒ちゃんが題材になるエッセイが載った号はすべて売り切れになり、そのうちに奈緒ちゃんが主人公になる天使のつぶやきシリーズが始まると、タウン誌の発行部数は二十倍になった。

 そして県内の最優秀タウン誌としても表彰されて不動の地位を築くことになる。



 実はその匿名投稿者は桂華だったのである。

 桂華は原稿が出来上がると、こっそりと奈緒に連絡し、事前に読んでもらって承諾を得ていたのだ。

 もちろん奈緒は恥ずかしかったが、消しゴムの跡がいっぱい残る原稿用紙を見て常に承諾している。

「どうして名乗り出ないんですか」と聞く奈緒に対して、桂華は、「ガラじゃあなくってイタいから」と答えていた。


 桂華が奈緒に厳秘を言い渡していたため、奈緒は光輝にすら内緒にしていた。

 奈緒が光輝に秘密にしていたことは、その生涯を通じてこの件だけである。



 天使のつぶやきシリーズがまとまると、地元出版社から本になって出版された。 

 それは県内でしか発売されなかったが、市内では全ての本屋の店頭に平積みにされ、その地域では隠れたベストセラーになっている。

 商店街の名も匿名だったために奈緒はあまり騒がれずに済んでいたが、それでも地元ではみんな知っていた。



 そのうちとうとう、商店街では奈緒ちゃんに通り名が奉られた。

 それは『菩薩の奈緒ちゃん』という名である。

 八百屋やパン屋の様子を見ていた商店街の長老が、ぼそりと「あの子は菩薩様じゃなぁ」と言ったのが由来である。

 もちろん長老もリンゴちゃんやパンを買っていた。

 商店街のおじさんおばさんからは、縮めて「ぼさっちゃん」とか「ぼさちゃん」と呼ばれている。



 こうして学校でも商店街でも皆に愛されていた奈緒ちゃんだったが、奈緒ちゃん自身の愛はすべて光輝に向けられていた。

 家が隣同士で両親も仲が良かったために、奈緒ちゃんは生まれてこの方ずっと光輝と一緒だったのだ。

 彼らの母親は、育児ストレス解消のために毎日どちらかの家で楽しそうにおしゃべりをして過ごしたため、奈緒ちゃんは生後間もなくのころから、隣に寝る光輝を見て育っていったのである。


 奈緒ちゃんが始めて口にした言葉は、パパでもママでもなく、「おにちゃ」だったそうだ。

 もちろん幼稚園時代の奈緒ちゃんは、ことあるごとに、「わたしおにちゃのお嫁しゃんになる!」と宣言していたのだが、小学校に入っても、高学年になっても、そして中学生になってまでもそれは変わらなかった。

 もちろん高校生になった今もそうである。


「お前も大きくなったんだから、人前でそういうこと言うもんじゃないよぉ」と光輝が言うと、奈緒ちゃんが大きな声で泣き出すので光輝は何も言えない。

 そういうときの奈緒ちゃんは、そっと抱きしめて頭を撫でてやらないと泣きやまないので、光輝はおろおろしながらいつもそうしている。



 幼稚園時代の奈緒ちゃんは、もちろん毎日光輝とお風呂に入った。

 光輝が風邪をひいて寝ていると、自分も入らなかった。

 そうしてずっと光輝の枕元にいるのである。


 あまりにも毎日奈緒ちゃんが光輝の家に来るので、両家は間にある塀を取り壊して渡り廊下を作ってしまっている。

 因みに光輝の部屋の隣には、奈緒ちゃんの着替えなどを置いた奈緒ちゃんの部屋もある。

 光輝のベッドをダブルベッドにしてしまった両親に、光輝は呆れていた。



 普通女の子は小学生にもなると、男の子とは一緒にお風呂には入らなくなるものだが、奈緒ちゃんは違った。

 二年生になっても三年生になっても光輝と一緒でなければお風呂に入らないのだ。

 とうとう五年生になって体つきも変化してきた奈緒ちゃんに、光輝は宣言した。

「もうお前とは一緒にお風呂に入らないからなっ!」


 大泣きしながら渡り廊下を走って自宅に帰った奈緒ちゃんは、ずっと泣きやまなかったらしい。

 その晩、奈緒ちゃんを連れたおとうさんとおかあさんが光輝一家にやってきた。


 奈緒ちゃんの父親の幸雄が光輝に言う。 

「光輝くん……もう奈緒と一緒にお風呂に入ってくれないそうだが……」 


 奈緒ちゃんの母親も心配そうに言った。 

「なにか奈緒が失礼なことでも言ったのかしら」

 光輝の両親も、「そんなに意地悪なこと言うもんじゃあない」と言った。


 呆れた光輝は両家の両親を正座させ、その前で、自分が思春期を迎えようとしている少年であること。

 そして奈緒ちゃんが第二次成長期を迎えつつある女の子であることを懇々と諭した。


 光輝の説教を気圧されて聞いていた両家の両親は、その後全員で奈緒ちゃんに言ったのである。

「奈緒ちゃん、これからは光輝くんと一緒にお風呂に入るときには水着を着て入りなさい」


 光輝は「違っが~うっ!」と叫びたかったのだが、まだ涙を流しながらも嬉しそうに頷く奈緒ちゃんを見てなにも言えなかった……


 それ以来、奈緒ちゃんは毎日水着を着て光輝と一緒にお風呂に入っている。 

 もちろん体が洗いやすいようにとビキニである。

 最初のうちはビキニの上の部分が用を為さずによくズレてしまっていたのだが、すぐにそんなことは無くなって、立派に用を果たすようになっていった。


 光輝はその成長ぶりを、それも大いなる成長ぶりを常に見守りながら育ったのである。



 おかあさんから「水着の下もちゃんと洗いなさいね」と言われていた奈緒ちゃんは、光輝が湯船に入って目を閉じると、水着を外してその下を洗う。

 そうしてその後奈緒ちゃんも湯船に入って来るのだが、光輝が目を閉じているのをいいことに、三回に一回の割合で再び水着をつけずにそのまま湯船に入ってくる。

 光輝がまた懇々と諭しても「忘れちゃったぁ~」と悪びれない。


 しばらくすると、奈緒ちゃんは月に何日かは湯船には入らなくなったのだが、中学生になったばかりの光輝は最初フシギに思って何故だか聞いてしまったのだ。

 すると奈緒ちゃんは少し嬉しそうに、「今、将来おかあさんになるための練習中だから……」と答えたのである。


 不覚にも、光輝はけっこうな年齢になるまで、その発言がフツーなら有り得ない発言であることに気がつかなかった。 

 光輝はそれを思い出すたびに今でも顔が赤くなる。



 同級生たちには超極秘事項だったが、実は高校生になった今でも水着を着た奈緒ちゃんは、同じく水着を着た光輝と毎日一緒にお風呂に入っている。

 水着を忘れて湯船に入って来るのは二回に一回になった。

 そういうときには、光輝は万が一にも反応などしないよう、英単語などを思い出して必死で耐えるのだが、おかげで英単語だけはたくさん覚えた。


 お風呂の後はどちらかの家で夕食である。

 奈緒ちゃんの両親は、奈緒ちゃんの部屋の隣に光輝の部屋も作っていた。

 間には襖一枚しか無い。


(両家でマトモな神経を持っているのは僕だけだな……)

 光輝はそう思っていたが何も言わなかった。



 光輝が風邪をひいて学校を休むと奈緒ちゃんも休んだ。

 そうして光輝の枕元に座ってかいがいしく看病をしてくれるのである。

 手作りのおかゆで「はいあ~んして♡」までやってくれる。


 事情を知らない奈緒ちゃんの担任の先生は、「お兄ちゃんが熱を出したので看病のために休みます」という電話を受けてほろりとする。

 両親が働きに出ている兄思いの妹だと思って感心するのだ。

 そのうちに身上調査票等を見て、奈緒ちゃんが一人っ子であることを知り、愕然とするのであるが……



 奈緒ちゃんが風邪をひいて学校を休むときにも光輝がいないと泣いたので、仕方無く光輝も学校を休んだ。

 光輝たちのことをよく知る担任は、「そうか、それじゃあ仕方が無いな。奈緒ちゃんの看病をよろしくな」と言う。


 奈緒ちゃんは熱が高いときは光輝が手を握っていないとやはり泣くので、光輝はずっとそうしている。

 熱のせいで汗をかくと、奈緒ちゃんは光輝に体を拭いてもらいたがったのだが、光輝は隣の部屋の自分のクローゼットからアイマスクを取り出して拭いている。

 ときどき手元が狂って手がなにか柔らかいものに触れてしまうのだが、慌てて逃げようとしても、光輝の腕はずっと奈緒ちゃんに握られているので逃げられたことはなかった。



 これこそが三尊光輝三つのフシギの三つ目である。

 みんなは、あれほどまでに大勢のひとたちに愛されている奈緒ちゃんが、光輝だけを愛しまくっているのを不思議そうに眺めていた。

 だがそのうちに、あの奈緒ちゃんだからまあいいだろうということで、誰も気にしなくなって来るのである。


(この町でマトモなのは僕だけかもしれないな……)

 最近では光輝はそう思い始めているのだが、やっぱり何も言わなかった。



 高校三年生になった光輝が受験勉強をするときには、まだ二年生だった奈緒ちゃんも光輝といっしょに勉強した。

 光輝は奈緒ちゃんに、受験勉強中の薄着禁止、特にノーブラ禁止を言い渡したのだが、ちょっと口をとがらせた奈緒ちゃんも光輝のためだと渋々納得してくれたようである。


 だが、健闘空しく大学受験に失敗してしまった光輝は、翌年もまた奈緒ちゃんと一緒に受験勉強をするハメになってしまったのだ。


(どうしてこういうときにはあの運の良さがワークしないんだろ……)

 そう思って天を仰いだ光輝も、またマジメに受験勉強を再開したのだが、その年の受験勉強は捗った。

 光輝が少しでも分からなくなって鉛筆を止めると、奈緒ちゃんがすかさず懇切丁寧に教えてくれるのである。


 どうやら二年連続で光輝の受験勉強につき合っている奈緒ちゃんの学力は、相当なものになっているらしい。

 一緒に行った予備校の模擬テストでも、奈緒ちゃんはトンデモな成績を叩き出した。早慶上智すら合格可能範囲だという。


 だが、奈緒ちゃんは上京しての有名大学受験を必死で勧める教師を軽くいなし、受験は全て光輝と同じ大学、同じ学部を選んだのである。

 もちろん光輝がどこに受かろうが、同じキャンパスに行けるようになるためであった……






 (つづく)

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