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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
28/214

*** 27 親衛隊 ***


 素晴らしく楽しかった休暇旅行から帰ってしばらくの後、異常現象研究所を訪れた客があった。


 少し驚いた様子の受付嬢に案内されて応接室に入って来たのは、なんとあのリゾートホテルの社長さんである。

 今日はうって変わって風格のあるスーツ姿である。


 社長は、所長や光輝たち、たまたま居合わせた厳真らの前で深々とお辞儀をして言った。


「今日は皆さまに改めて御礼を申し上げに参りました。

 その節はまことにありがとうございました。

 お蔭さまで久しぶりに孫にも会え、生きる気力が湧いてまいりました。

 なにしろ無気力に生きたりして極楽に行けなくなったりしたら、孫にも会えません。

 いやがおうでも真摯に生きて行くしかなくなるようにして頂けたのでございます」 


 社長はまた涙を流しながら言う。


「皆さまがお帰りになられた後も、ずっと皆さまのことを考えておりました。

 皆さまはなんという尊いお仕事をなさっておられるのでありましょうか。

 誠に御無礼にも皆さまのことをさらに少々調べさせていただきました。

 そして調べれば調べるほど、皆さまの素晴らしさとありがたいお仕事のありようが胸に染みました。


 私のような者をお救い下さるだけでなく、ひとさまのお命までをもお救いになっておられたとは…… 

 しかも自らのお命を危険に晒しながら……」 


 光輝たちは声も出せずに黙って聞いている。


 社長はまだ涙を流してはいるものの、嬉しそうな顔になって続けた。


「あのときの三尊様は、あなたさま方には強力なスポンサーがついているのだと仰られて、私からのささやかな御礼はお受け取りになられませんでした。

 ですが、どうかこの私を、そのスポンサーの一員にさせてやってはいただけませんでしょうか。 

 本当に微力ながらも、少しでも皆さまのお力になれればと、こうしてまかり越したのでございます」


 社長はそう言うと、薄い封筒を取り出して、龍一所長に差し出した。


「どうかお受け取りいただいて、私めのような哀れなひとびとをお救いくださる一助にしてくださいませ」 


 聞けば社長は沖縄の有力一族の重鎮である分家の当主だったが、連れあいにはとうの昔に先立たれ、一人息子の後継ぎとその嫁、そして最愛の孫娘までをも事故でいっぺんに失った。

 そうして生きて行く気力も無くなり、悲しみの中で唯一仕事だけに一筋の光明を見出して、寂しく生きていたのだそうだ。


「そんな私に生きる希望を与えて下さったのみならず、皆さまは浜辺でひとり泣いていた可哀想な孫娘の霊までをも救ってくださったのです。

 これほどの御恩はございません。

 係累のいなくなった私にはもう不要なおカネでもあります。

 幸いにもまだ仕事も充分にございまして、生きて行くのにまったく不自由はございません。


 どうかこのおカネをお受け取りいただき、そして御活躍くださいませ。

 そしてまたいつの日にか、わたくしのささやかなホテルにお越しくださって、戦士のご休息をお取りくださいますと同時に、皆さまのご活躍を教えてくださいますよう御願い申し上げますです」 


 社長は研究所のみんなに見送られて、黒塗りのハイヤーに乗り込むと嬉しそうに帰って行った。


 薄い封筒を開けると、そこには驚くべき大金が書きこまれた小切手があった。

 研究所や退魔衆や退魔衆予備軍たち全員の給料や活動費の、優に数年分はあるだろう。


「いやー、やっぱり退魔衆はい~い仕事するねえ!

 そうだ。このおカネのごく一部を使って来年もみんなであのリゾートホテルに行こうよ!」


 実に嬉しそうに龍一所長は言った。



 リゾートホテルの社長が、皆さまの御活躍を教えてください、と言ったのをきっかけに、瑞祥異常現象研究所は広報誌を作ることになった。

 一般に配布するのではなく、瑞祥本家の御隠居様や白井一族の御隠居様、それからあのリゾートホテルの社長ら有力スポンサーのみに配る限定誌である。


 あの新田代議士は、おカネが無くてスポンサーではなかったものの、警察や官公庁などに働きかけて、退魔衆に有形無形の多大なる便宜を図ってくれているので、特別スポンサー扱いになった。

 編集長はもちろん所長秘書の桂華である。


 広報誌には、退魔衆の活躍の全てが写真入りで紹介され、助けられたひとびとの感謝の声も記されている。

 龍一所長の蘊蓄や、厳攪大僧正のインタビューまであった。


 広報誌を作って更なる寄付金を集めよう、などという下世話な意図が一切無いと、その内容は実に真摯で素晴らしいものになる。

 ほとんどは桂華が書いた本文も評判になった。

 一見普通の文章に見えるのだが、なぜか読むと心が暖かくなって涙が出てきたりするのだ。

 やはりたいへんな才能である。


 内容と文章の両方が相まって、それは伝説の広報誌となった。

 そうして出来上がった広報誌とともに、龍一所長がプロに依頼して作った退魔衆の活躍を記録したDVDも添えられて、スポンサーたちに配られたのである。


 瑞祥本家の御隠居様はこれもことのほかお喜びになった。

 聞くところによれば、墓の中に入れてあの世に持って行って御先祖様に自慢するのだそうだ。

 そしていくらでもカネは出してやるから月刊誌にしろ、と言ってきた。


 そのうちに月刊誌編集は装丁にプロの手も借りるようになり、隠れた一大人気誌になっていった。

 ごく少数しかいない読者さんたちは、みんなとても喜んでいる。

 自分のことが匿名で書いてある部分はみな泣きながら読んでいるそうだし、それ以外の記事も貰い泣きしながら読んでいるそうだ。


 あまりに何度も読み返してぼろぼろになってしまったので、保存用にもう一冊欲しいとみんなに言われた。


 沖縄のホテルの社長さんからは、広報誌を送る度に丁寧な毛筆のお礼状が届く。

 やはり広報誌を見るたびに孫娘の姿がよみがえってきて、嬉し泣きに泣いているそうだ。

 龍一所長はこれも丁寧な返事を書き、来年のおなじ日付の滞在を予約した。



 そのうちに龍一所長はどうやら内々に桂華にプロポーズしたらしい。

 やはり桂華の返事は、「はい」(号泣しながら)だけだったそうだ。

 もっともあまりに号泣しすぎていて、「はい」が「はひぃ」に聞こえたらしいが……


 龍一所長は桂華を連れて瑞祥本家に行くという。

 もちろん本家メンバーに桂華を紹介して、本家の嫁としての面接を受けるためである。

 たとえ面接で不合格になったとしても、家出してでも結婚するつもりだったのだが……

 まあそのときはまた親衛隊員たちが助けてくれるだろう。


 だがアロさんたちは桂華の訓練を開始した。

 本来はお嬢様であったアロさんや小恐竜♀たちが、立ち居振る舞いや言葉遣いの特訓を始めたのである。

 桂華もよく耐えた。光輝が見たことも無い真剣さで頑張ったのである。


 しかし…… 

 修了試験と称して街に出た一行は、とあるカフェのテラスでお茶を頂いていた。

 まあまあの手つきで紅茶を飲む桂華に、アロさんが言う。


「向こうから来る大きな犬についての感想を、お嬢様らしく述べよ」


 桂華は真剣な顔で頷くと話し始めた。


「まあ、可愛らしいワンちゃんだこと…… それにとっても立派なガタイ……」


「「「違っがぁ~うっ!」」」


 という全員の大合唱にテラスの他の客たちは驚いた。

 アロさんが首を振りながら、「当日はなるべく喋らないように!」と怖い顔で言うと、桂華は神妙な顔で頷いて、「おう」と言った。




 龍一所長の母である喜久子は、心配していた。

 あの息子が惚れきっている娘とはどんなとんでもない娘だろうかと怖れていたのである。

 筆頭様の妻である美津江もおなじく怖れていた。


 仮にこの二人の支持があれば、将来瑞祥一族女衆軍団の統率を取るのはたやすいことだろう。

 二人とも出来れば支持したかったのだ。

 だが、果たして自分たちが支持するに足る娘だろうかと心配していたのである…… 


 二人は心配のあまり、極秘裏にレックス&アロ邸にまでやってきたのだ。

 そうしてお腹の大きな麗子を気遣いながらも、麗子に桂華のことをいろいろと尋ねたのである。


「そのお嬢さんは健康な方かしら……」


「はい。誰よりも強靭で、豪一郎さん並みです」


「元気な跡取りを生んで下さるでしょうか……」


「はい。十人までは行けるでしょう」


「うるさ型の親戚たちに吊るし上げられても泣いたりしないかしら……」


「逆に彼らを吊るすと思います」


「あの、龍一を愛してくださっているんでしょうか……」


「彼のためなら死ねるでしょう」


 喜久子も美津江も少し安心したようだった。

 あの麗子さんがその娘さんにここまで惚れ込んでいるのだ。


 麗子も感心していた。

 二人とも家柄や育ちについてはひと言も聞かなかったからである。


(さすがは瑞祥一族女衆軍団総帥とその親衛隊長ね……) 

 そう思った麗子は微笑んだ。 

 だが念のために言っておくことにした。


「ただしひとつだけ問題があります」 


 喜久子も美津江も真剣な顔で麗子を見つめる。


「お嬢様言葉が全くもって不得手です」


 喜久子と美津江の緊張が緩んだ。


「そんなことどうでもいいのよ……」 


「すぐに慣れるでしょうから……」


 それを聞いてにっこり微笑んだ麗子は言った。


「はい。その点はわれわれ桂華さん親衛隊にお任せ下さいませ……」


 喜久子と美津江は驚いて顔を見合わせた。

 もう親衛隊が出来ているのか……







(つづく)


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