*** 25 それって大胸筋? ***
四日目の昼過ぎ、桟橋には光輝たち全員の姿があった。
奈緒ちゃんや所長たち、研究所のスタッフや退魔衆予備軍や瑞祥青年団を乗せた大型ヨットが徐々に近づいてくる。
女性たちが船酔いしないように、大型船をチャーターしたらしい。
甲板には大勢が出て手を振っている。
光輝はすぐに奈緒ちゃんを見つけた。
真っ先にヨットから駆け降りた奈緒ちゃんは、光輝に抱きついてキスしてくれた。
みんなにこやかに見守ってくれている。
前夜に光輝は退魔衆たちに提案していた。
「あの、皆さんは恋人とかいらっしゃいませんよね」
「忙し過ぎてそのような時間は無かったからのう」
「じゃあ、明日来るみんなの中に、皆さんの将来のお嫁さん候補がたくさんいますね」
「そ、そのようなこと……」
「いえ、みんな皆さんのこと好きですよ。
だからあと四日間は恋人を見つけるつもりでいたらいかがでしょうか」
「こ、恋人ですか……」
「ええ、まあそんなにおおっぴらに探すわけにもいかないでしょうし。
失恋した女性たちが悲しんでも可哀想ですし。
ですから女性陣たちともみんなで仲良く遊んで、彼女たちも楽しませてあげながら、皆さんのお嫁さん候補を探してみられたらいかがでしょうか」
「は、はあ。他ならぬ光輝さんがそう仰るのでしたらやってみます……」
港の桟橋に降り立った研究所の美人スタッフたちはまた息を呑んだ。
日焼けした優しい顔でにこにこして皆を出迎えている退魔衆たちは、皆デザイナーズブランドのクールな服に身を包み、キャップやワッチをかぶってサングラスまでしている。
とても僧侶には見えず、もの凄く体格のいいどこかの男性モデルの集団のようだ。
全員の立ち姿すらポスター写真のようにキマっている。
たちまち美人スタッフたちは退魔衆を取り囲み、競って腕を組みたがる。
弟子たちは師匠を煩悩から守ろうと、美人スタッフとの間に割り込んで少しもみあいになっている。
美人スタッフたちと弟子たちが、さっそく退魔衆の取りあいを始めたようだ。
厳空の傍には詩織ちゃんが頬を染めて立っている。
自分は厳空担当だと思っているから傍にいるのか。それとも……
軽くメイクもしているらしく、今日の詩織ちゃんはいつにも増して美人だった。
「やあやあ、楽しんでいるかい?」
龍一所長が光輝に話しかけて来た。
光輝の頬には奈緒ちゃんの口紅の跡がついているが誰も教えてくれない。
奈緒ちゃんにしてみれば、これはあたしのもの、というマーキングなのだろう。
「ええ、皆さんとてもリラックスしてくださっていて楽しそうです。
もちろん僕も」
「いいなあ。戦士の休息かあ」
龍一所長のこんなに晴れ晴れとした嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだ。
全員がホテルに着くと、そこにはホテルスタッフが総出で列を作って出迎えてくれていた。
コックさんたちまでいる。
もちろん中央にはあの社長が笑顔で立っている。
ダイニングのウエルカムドリンクコーナーはひときわ豪華に飾られ、スタッフも驚くほど大勢ついていて瑞祥御一行様を大歓迎してくれていた。
「ふ~ん。すごいおもてなしだねえ。
ひょっとしてキミタチ、またなにかやった?」
「ええ、実は少し……」
「それじゃあ後で夕食のときにでも話を聞かせてねえ。楽しみにしてるよ」
さすがは龍一所長である。
このひとにはなんにも隠し事は出来ないなあ、と改めて光輝は思った。
夕食の席は十五のテーブルに分かれている。
龍一所長と桂華や光輝たち、そしてレックスさんとアロさんのテーブルには厳空さんと詩織ちゃんがついた。
詩織ちゃんは担当である厳空の隣で顔を真っ赤にして俯いて座っている。
それ以外の十四のテーブルには退魔衆が一人ずつ座り、その周りは瑞祥青年団や弟子たち、そして美人スタッフ軍団がそれぞれお気に入りの退魔衆の周りに群がっている。
どのテーブルも明るい笑い声に満ちていた。
退魔衆たちもすっかりくつろいで、尊敬とあこがれの視線を浴びながら楽しそうである。
昨晩光輝に言われたせいか、女性陣たちとも実に親しく仲良く話をしているのでさらに場が盛り上がっている。
いつものようにそれはそれは豪勢なフルコースが始まった。
研究所のスタッフや瑞祥青年団のうちの成年者はアルコールも頼んで、ダイニングルームはいっそう賑やかになった。
またも驚くほど大勢のホテルスタッフがテーブルの間を歩き回り、にこやかにみんなの世話をしてくれている。
やはりこれ以上はないというおもてなしだ。
社長まで出て来て微笑みながらみんなを見渡していた。
「そうそう、キミタチが僕らのいない間に何をしたのか教えてよ」
光輝が厳空に目をやると、厳空は訥々と少女の霊の件を話し始めた。
さすがの記憶力で、少女が口にしたことまで完全にありのままに述べている。
途中から女性陣は全員ぽろぽろ涙をこぼし始めた。
レックスさんですら腕を組んだまま目を赤くしている。
最後には女性たちは声を洩らして泣いていた。
桂華は口を開けて大泣きしている。
厳空の話を光輝が引き取った。
「それでその社長さんが、お礼に我々の滞在費を無料にするって仰ってくださったんですけど、僕が断っちゃっいました。すみません」
「謝ることなんかないよ。
そんなことしたら、贅沢三昧できなくなっちゃうからね。
断ってもらってよかったよかった。
それにしても退魔衆って、ほんっとにい~い仕事するよねえ。さすがだねぇ」
龍一所長はまた晴れ晴れと嬉しそうな顔をした。
詩織ちゃんはそっと隣の厳空を尊敬と憧れの目で見た。
もちろん光輝も奈緒ちゃんから、さすがはあたしのダンナ様だ惚れ直した、という目で見てもらえた。
百五十人に近い集団は、自然とテーブルごとに十五の集団に分かれ、食後にはプールでくつろぐもの、ビーチで遊ぶもの、ジャクジーではしゃぐものといった風に分散した。
スタッフ美女軍団は皆強烈な水着を競って身につけている。
光輝たちのプールから始まった対抗心からか、どんどん大胆になっていったようだ。
周囲がみんな大胆なので、自分もどんなにすごい姿をしていても平気になったらしい。
集団心理とは恐ろしく、かつ嬉しいものである。
どの娘も六割以上は露わになった立派なおっぱいをゆさゆさ揺らして歩いている。
中には八割もいる。
ほとんどがTバックに近い水着なので、おしりはおおむね八割以上露わである。
もう近くにいるだけで鼻血が出そうだ。
光輝は万が一のことを考えて、美女軍団には近寄らないように気をつけた。
もしそんなことになったら奈緒ちゃんをなだめるのがタイヘンだったろう。
万が一、誰かがトップレスで闊歩し始めたら全員が真似をするかもしれない。
光輝はそんな光景も想像したが、やっぱり鼻血が出そうになったのでやめた。
弟子軍団と青年団はそんな美女軍団に圧倒されつつあり、不利な状況を強いられている。
まあ、あれだけの立派なおっぱいや綺麗なおしりがすぐそばにごろごろあったら、若い男の子たちは敗北必至である。
口を開けてぽかんとおっぱいを見ているのに気づかれたりしたら敗北確定である。
ついでにごくりとか音をたててツバを呑みこんでいるのに気づかれたりしたら、降伏宣言である。
中には既に降伏している男の子もいた。
その美人スタッフはにっこり笑ってその男の子にウインクし、勝利宣言をした。
光輝たち一行も、夕闇が濃くなる中、水着に着替えてホテルのプライベートビーチを散歩した。
桂華はアロさんに勧められたちょっと大胆な水着を着ている。
かなり立派なおっぱいだったので光輝は驚いた。
「それって大胸筋?」と軽口を言おうとしたのだが、命が惜しくなってヤメた。
足が長い桂華のハイキックは余裕で光輝の顔面まで届くのだ。
厳空の隣から離れないあの大人しい詩織ちゃんは、意外なことにさらに大胆な水着を着ている。
おっぱいも驚くほどに立派で光輝はびっくりした。
ウエストも細く、スタイルは抜群だった。
光輝はそちらに視線が泳がないように必死になって自分を制御している。
詩織ちゃんは自分の水着の大胆さに赤くなりながらも、なにか決心したかのような顔をしていつも担当である厳空の隣にいた。
厳空はなにも言わず、詩織ちゃんと並んで歩いている。
詩織ちゃんが砂に足を取られて転びそうになると、厳空がさっと手をまわして支えた。
以前光輝も助けてもらったさすがの反射神経だ。
詩織ちゃんは「すみませんっ! すみませんっ!」と言いながら顔を真っ赤にしている。
みんなは気づかなかったフリをした。
その後も一行は散歩を続けたが、厳空と詩織ちゃんが徐々に遅れ始めた。
一行はやはり気づかないフリをして先に進んだ。
ホテルまであと三百メートルほどのところで、厳空が詩織ちゃんの方を向いて何か言っている。
詩織ちゃんは泣きだして厳空に抱きついた。
みんなはやはり気がつかないフリをして歩き続け、立ち止まってなにやら話をしている二人から充分に離れたところで、「先に行ってるよー」と声をかけるとホテルに戻った。
だいぶ後になって厳空に聞いたところでは、そのとき厳空は詩織ちゃんに結婚を前提にした交際を申し込んだそうだ。
なんとも厳空らしい古風なことである。
「水着なんか着ているときに大胆な水着の美女に抱きつかれたりしたら、反応を抑えるのがタイヘンだったでしょー」と光輝は聞いてみたかったのだが、厳空の正拳が飛んできそうだったのでコワくなってやめた。
その晩は光輝たちは早めに部屋に引っ込んだ。
裸のままベッドに横たわる二人。
「奈緒ちゃん」
「なあに、光輝さん」
「奈緒ちゃんってほんと綺麗で可愛いよね」
「うふん、光輝さんもかっこよくってステキですよ」
「そんな綺麗な奈緒ちゃんが、僕の奥さんになってくれるなんてうれしくって夢みたいだよ。ありがとう」
「光輝さんこそこんな私の旦那様になってくださるなんて……
やっぱり夢みたいです。ありがとうございます……」
奈緒ちゃんの頬を涙が伝った。二人はまたやさしく唇を合わせた。
(つづく)




