*** 24 波打ち際に座る少女***
翌日早朝、光輝がプライベートビーチを散歩してみようと海岸に出てみると、もう既にそこには退魔衆が全員顔を揃えていた。
どうやらみんな、寝ているのがもったいなくて、早起きして休暇をとことん楽しもうと思ったようだ。
普段の早朝修行に代わってジョギングをしている者までいる。
多くは浜辺に静かに座り、海から昇って来る太陽を見ていた。
早朝の座禅の代わりなのだろう。
たっぷりとした豪勢な朝食の後は、ホテルの用意したさまざまなアトラクションに興じた。
水上バイクやウインドサーフィンに水上スキーまで楽しんだ。
退魔衆たちは体は鍛え上げているものの、運動神経はそれほどでもない者もいて、皆で大笑いしながら楽しんだ。
特に空さんが波間にハデに落ちるたびにみなで歓声をあげた。
真さんや箭さんの運動神経はものすごく、一時間でウインドサーフィンをマスターして、波に乗ったジャンプまでしている。
気温が上がって来ると、ホテルが飲み物を出すバーをビーチに出してくれた。
手を振るだけで注文を取りに来てくれる。
どうやらホテルスタッフたちも、礼儀正しい退魔衆たちに好感を持ったようだ。
それからはビーチパラソルの下で冷たいトロピカルジュースを飲みながら何人かで談笑した。
海の上では相変わらず真さんや箭さんがウインドサーフィンの見事な技を披露している。
なんだか夢の世界みたいな光景だ。
昼食後、一行はホテルのボートに乗り、皆でスキンダイビングのポイントに行った。
初めてのスキンダイビングなのに、読経で鍛えた肺活量のおかげで、退魔衆たちはみな恐ろしく深く潜れる。
ホテルスタッフが、皆さんいったい何者なんですかと驚いていた。
光輝たちはホテルが用意したソーセージを手に潜り、熱帯魚がソーセージに集まって来るのを楽しんだ。
皆日焼けし過ぎないようにTシャツを着て泳いでいたが、デザイナーズものを惜しげもなく着ているので、ホテルスタッフはまた驚いていた。
まあ、おカネ持ちでガタイのいいスキンヘッド軍団が何者なのかという詮索でスタッフも忙しいことだろう。
普段海などで遊んだことのない退魔衆たちは、スキンダイビングがお気に召したようだ。
光輝の提案でスキューバダイビングにもチャレンジすることになり、ホテルに言って全員分の装備を用意してもらった。
インストラクターを五人もつけて、退魔衆たちの体験ダイビングが始まった。
女性インストラクターは、退魔衆のあまりの体格の良さにちょっと頬を赤らめている。
退魔衆たちは、スキューバダイビングをさらに喜んだ。
時間の許す限り潜り続け、たくさんの熱帯魚や大きな魚を見た。
最後にはマンタもやって来て、その姿を少しだけ見せてくれた。
皆、あんなに大きな生き物が自分たちの近くを泳いでいることに興奮した。
退魔衆たちの体力は底なしである。
流石は日頃厳しい修行に耐えて来ただけのことはある。
また豪勢なフルコースの夕食をたっぷりと堪能した後、一同はジャクジーに入った。
昨日とはうってかわって皆楽しそうに今日の体験を語り合い、饒舌に喋った。
昨日泣いていた若い僧も実に楽しそうだ。
そのとき厳空が波打ち際に座るひとりの少女の霊をみつけた。
その子は悲しそうに泣きながら遠くの海を見つめている。
もとより悪霊ではなさそうだ。
厳空は厳真にめくばせすると、皆はここで待っていろと言い、光輝も連れてその少女の霊のところに行った。
少女の霊を驚かさないように厳真が優しく話しかける。
「どうしたの?」
少女の霊は泣きながら答えた。
「あのね、私事故で死んじゃったの。
でもね、死ぬ前におじいちゃんとケンカしちゃってたの。
だからおじいちゃんにひとこと謝りたくってここに来させてもらったんだけど、誰にもわたしの声が聞こえないし、だからおじいちゃんにも謝れないの。
それが悲しくって泣いてたの」
「そのおじいちゃんって、このホテルのひと?」
「うん。社長さん」
厳空たち一同は少女の霊を伴ってホテルに戻った。
光輝は少女の霊が可哀想で少し涙ぐんでいる。
社長に面会を求めると、「なにか不手際でもございましたでしょうか」と言いながらすぐに出て来た。
優しそうな顔をしている。
豪華なホテルのロビーで厳空はその初老の社長に事情を説明した。
最初は訝しんでいた社長も、厳真が、「ほら、お孫さんはこちらにいらっしゃいますよ」と言って少女の霊を見せてあげると驚愕に立ちつくした。
(厳真さん、そんなことまで出来るようになってたんだ……)光輝は感心した。
その少女霊の祖父である社長は、今は亡き可愛い孫娘の姿を見て泣き崩れた。
厳真の口を借りて、少女の霊は祖父に語りかける。もちろん少女の声である。
「おじいちゃん、先に死んじゃったりしてごめんなさい。
でも事故だったからしかたないって思ってるわ。
それに向こうにはお父さんもお母さんも一緒にいるから心配しないでね」
社長は号泣している。
光輝も貰い泣きして、涙が大理石の床にぽとぽと落ちていた。
「おじいちゃん、そんなに泣かないで。
私は大丈夫なんだから。
でも私、死ぬ前におじいちゃんとケンカしちゃってたでしょ。
そのことを一言おじいちゃんに謝りたくってここに来させてもらったの。
でも誰にも気づいてもらえなくって、悲しくって波打ち際で泣いてたの。
そしたらこのお兄ちゃんたちが話しかけてきてくれて……
こうやっておじいちゃんとお話をさせてくれているのよ」
そのおじいちゃんは可愛い孫を抱きしめようとしたが、さすがにそれは出来なかった。
「おじいちゃんったら、それはちょっと無理よ」
少女の霊は少し笑った。
「おじいちゃん、ごめんね。私のこと許してくれる?」
号泣の切れ間に社長は言った。
「ああ、ああ、もちろんじゃよ。
わざわざ謝りになんて来てくれてありがとうありがとう。
こんなに嬉しいことはないよ」
ようやくそう言うと社長はまた号泣した。
彼らを遠巻きにしていたホテルスタッフたちも皆泣いている。
「よかったー。来させてもらってよかったわ。
お兄ちゃんたちもどうもありがとうございました」
少女の霊は光輝たちにぴょこんとお辞儀をした。
「それじゃあ私、そろそろ行かなくっちゃ」
「わ、わしももうすぐそっちへいくからな。
そ、それまで向こうで待っていておくれ……」
「いやだわおじいちゃん。そんなに急いで死んだりしないでね。
また会えるんだから」
「おおおおおおおおおおおおう」
更に号泣する社長。
ホテルスタッフたちも皆声をあげて泣いている。
「それじゃあ少しの間さようならおじいちゃん。元気でね」
「ああ…… ああ…… 少しの間さようならだ……」
少女の霊はにっこり笑って徐々に消えていった。
あとに残されたのは座り込んで号泣を続ける社長と、泣きながら立ちつくすホテルスタッフたち。
そして晴れ晴れとした顔の退魔衆たちだった。
遠くに波の音が聞こえている……
少女の霊が消えてしばらくした後、社長は光輝たちの方を向いて、土下座をしながら切れ切れにお礼を言った。
光輝たちはジャクジーに戻った。
「あんなに喜ばれたのは久しぶりですねぇ」
「ああ、わしらの修行が世のため人のため霊のためなんだという実感が湧いたのう」
「社長さん、嬉しそうでしたねえ」
「そりゃあまあ嬉しかったろう」
「それにしても真さん、あんなことまで出来るようになっていたんですねえ。
さすがですねえ……」
「ああ、あれは光輝さんがお近くにいてくださったからですよ」
「えっ」
「光輝さんはあの少女の霊を見て可哀想で涙をお流しになっていたでしょう。
ご自分ではお気づきになっていらっしゃらなかったのでしょうが、その涙とともに後上方の御光がどんどんと強くなり、それに合わせて私の霊力もどんどんと上がって行ったのです」
「えええっ!」
「これなら少女の霊をおじいさんに見せて差し上げられるかも、と思ってやってみたらやっぱり出来ました。
だからあれは光輝さんがやってくださったことだったのですよ」
「ええええっ!」
他の退魔衆たちも口々に言った。
「あれほどまでに強くて暖かい御光を拝見したのは初めてです」
「私はまだ修行が足りなくて御光の中のお姿は見えないのですが、それでも体が途轍もなく暖かくなってきて驚いていました」
「あんな幸せな暖かさに包まれたのは初めてです」
厳空が言う。
「こんなにも素晴らしい仕事があって、それを為すと僧階まで上げてもらえて弟子までつけてもらえて、素晴らしい休暇までもらえて……
その上、光輝さんに霊力まで上げてもらえるとは……
我らは幸せ者ですのう」
そんな風に語りあう退魔衆たちの顔はすっかり満ち足りてリラックスしていた……
翌日、さらに豪勢になった朝食時に社長が現れて、光輝たちに御礼を言った。
「皆さま昨晩は本当に本当にありがとうございました。
これからも生きて行く気力が湧いてまいりました。
あの、皆さまはああいったお仕事をされていらっしゃるお方々なのでございましょうか」
「ええ、でも今はみんな初めての休暇旅行なんです。楽しませていただいてます」
社長は全員の宿泊費を只にさせていただきたいと真摯に申し出た。
「いえいえ、これは休暇旅行ですから報酬を頂くわけにはまいりません。
それに、我々には素晴らしく強力なスポンサーもついてますから。
そうでなければこのような贅沢はさせてもらえませんし。
ですからどうかお気づかいなきようにお願い致します」
社長は何度も何度も頭を下げて戻って行った。
それからの食事はさらにさらに豪勢になり、ホテルスタッフたちも光輝たちに尊敬と感謝の表情を浮かべながら、考えられうる最上級のもてなしをしてくれた。
どうやら昨日あのロビーにいなかったスタッフも、同僚たちから涙ながらになにがあったのかを教えてもらったらしい。
その日の退魔衆たちは、昨日以上に楽しみまくった。
もうあまり団体行動はせず、皆気に入ったアトラクションに分かれて遊んでいる。
またスキューバの機材を借りて潜りに行くものたち。
ウインドサーフィンの技を競い合うものたち。
豪華なボートで島を一周しに出掛けるものたち。
少し波が出て来たのでサーフィンを試している連中もいた。
光輝は厳空とともに、浜辺のパラソルの下でくつろいでいた。
すぐそばにはドリンクバーが用意され、スタッフに顔を向けただけで注文を取りに来てくれる。
サーフィンやウインドサーフィンをしている連中も、たまに海から上がっては、喉を潤してまた海に帰って行った。
「いやはや、このように素晴らしい休暇をもらえたのも、みんな三尊殿、い、いや光輝さんのおかげですな」
「そんなことありませんよ。みんな皆さんのこれまでの努力のおかげです」
「みなあれだけ力一杯遊んでますからな。
仕事に戻ってもまた力一杯働いてくれることでしょう」
「空さんのあの、全力で休むものほど全力で戦える、っていうお話、感動しちゃいましたよ」
「ははは、まあ、師匠の受け売りですけどな」
「それにしても楽しいですねえ。皆さんとも仲良くなれたし」
空さんは光輝に向き直って言った。ちょっと目が真剣だ。
「光輝さん。これからも一生の御付合いをお願い申す」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
(つづく)




