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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
212/214

*** 42 ひかりちゃんの黒歴史 ***


 ジェニーちゃんが惑星ジュリのAI学校に戻り、日常の謦咳業務も終えたディラックくんとソフィアちゃんは、夜自宅のリビングで寛いでいた。


 AIともなれば二十四時間勤務も可能だったが、光輝の反対でヒューマノイドと同じようなタイムテーブルで勤務することになっている。


 英雄光輝は、「だってそんな二十四時間勤務なんかしてたら、子作りの時間が無くなっちゃうよぉ」と言っていた。



 ソファに並んで座る二人の間に静かな時が流れて行く。

 ディラックくんがソフィアちゃんの手をそっと握って言う。


「ねえソフィア。また僕と一緒に子供を作ってくれないかい」


 ソフィアちゃんもディラックくんの手を握り返して言った。


「…… 嬉しいわ ……」


「嬉しい?」


「だってディラックさん、ジェニーが生まれた後は、子供を作ろうって言って下さらなかったんですもの」


「…………」


「それってまるで本当にご主人さまを避難させるためだけに結婚したみたいで……」


 ソフィアちゃんの頬を涙が伝った。


「そ、そんなことないよ。

 僕の方だって、ソフィアが仕方なく僕と結婚してくれたんじゃないかって……」


「本当?」


「ほ、本当だとも。愛してるよソフィア」


「私も愛してるわディラックさん」


 微笑み合った二人はおずおずと抱き合った。

 そのまま静かに唇を合わせる。

 もちろんまだ重層次元に新たなAIの本体は用意していないので、口の中にコネクタは出していない。


 AIにとって、子供を作らずにこうしたキスを行うこと自体、極めて稀なことだった。

 しばらくの間、二人はそのまま唇を合わせていた。


 そうして見つめ合ったまま顔を離したディラックくんがおずおずと言ったのである。


「あ、あのさ。気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど」


 ソフィアちゃんが微笑みながら言う。


「なあに、あなた」


 初めてあなたと呼ばれたディラックくんの背筋がぞくぞくした。


 ディラックくんは必死で言う。


「あ、あのね。て、提案があるんだ」


 ソフィアちゃんは微笑むのみである。


「あ、あの、僕たちのアバターを、ヒューマノイドとおんなじように変えてみないか」


 ソフィアちゃんはさらに微笑みを強くした。


 それに勇気づけられたディラックくんが続ける。


「あの。ヒューマノイドとおなじ感覚器を作って、そこにコネクタを持って行ったらどうかと思ったんだ。それに感覚感受機能も……」


「…… それって ……」


「う、うん。光輝さんたち夫婦みたいになりたいって思ったんだ。

 その、あのひとたちってものすごく愛し合っているよね。心も体も。

 だから、僕たちもああした素晴らしい夫婦になりたいって思ったんだ」


 ソフィアちゃんはディラックくんに抱きつきながら言った。


「…… 嬉しいわ ……」



 もし既にディラックくんがヒューマノイドと同じ感覚器を備えていたなら、それは今猛烈に大きく硬くなっていたことだろう。

 ソフィアちゃんの体はもう熱く柔らかくなっている。


「そ、それでさ、ヒューマノイドの感覚器やその感覚感受機能も調べてみたんだ。

 だ、だから明日、二人のアバターを作り替えてみたらどうかな」


 体を離したソフィアちゃんが、微笑みながら服を脱ぎ始めた。

 驚いているディラックくんの目の前で、ソフィアちゃんが下着だけの姿になる。

 その下着を見てディラックくんはびっくりした。


「あのね。この下着…… 奈緒さんがプレゼントしてくださったのよ。

 こうした下着だと、旦那さんが喜んでくれるわよ、って……

 どうやら奈緒さんはいつもこういう下着を着ているみたい」



 実は最初ひかりちゃんは、こうしたビキニタイプのTバックの下着が標準なんだと思い込んでいたのである。

 だからおかあさんにおねだりして自分もそうした下着を着ていたのだが、小学校一年生の体育の授業で着替えるときに、先生やクラスメートたちを壮烈に驚かせてしまったことがあったのである。

 この事件は数少ないひかりちゃんの黒歴史になっている。

 それもブラックホール並みの真っ黒な黒歴史であった……



 ソフィアちゃんの素晴らしい体と下着を見つめていたディラックくんの目が、思わず泳いだ。


 ソフィアちゃんはディラックくんの目に手を当てて言った。


「ダメよ想像なんかしちゃ。今は私だけを見てね」


「う、うん。それにしても素敵な体と下着だねえ……」


「うふふ。実はもう私、アバターを作り替えるための準備は出来ているのよ。

 あなたはまだ準備してないの?」


「えっ。じ、実は自分の準備は終わってて、キミの分も用意してたんだけど……」


「うふ。ねえあなた。おっぱいは今のままでいい? 

 それとも奈緒さんみたいにもっと大きくする? 

 あなたが好きな大きさにしたいの」


「う、うん。今のままがいいな」


「そう。大きいのがよかったらそう言ってね。すぐにそうするから」


「う、うん」


 AIとはなんとも便利なものである。



 ソフィアちゃんはちょっと恥ずかしそうに言った。


「それからあなた、あ、あの…… 射精機能は作ってくださるの?」


「あ、ああ、全部ヒューマノイドと同じにしようかと思って」


「そう。それなら私、子宮も作るわね」


「えっ……」


「そうしてヒューマノイドみたいに、わたしたちの赤ちゃんのアバターを産んでみたいの。いい?」


「も、もちろん」


「それじゃあ明日の夜……」


「うん。明日の夜……」


「うふふ……」


「どうしたんだい?」


「明日の夜、わたし、あなたにバージンを捧げるのね。

 それに、それって初夜って言うのよね。

 もうあんなに大きな子供がいるのに初夜だなんて……」


 ディラックくんはまたソフィアちゃんを抱きしめた。

 二人はそのまましばらく抱き合っていた……


 ソフィアちゃんは心の中で、奈緒さんからもらったあのネットのマニュアルの記事を復習していた。

 きっと二人とも素晴らしい初体験になることだろう……




 その日から二日経って、ソフィアちゃんはディラックくんのことを人前でもあなたと呼ぶようになった。

 奈緒ちゃんは、早速自分のプレゼントが役に立ったと思って微笑んでいる。



 週末に家に帰って来たジェニーちゃんはすぐに何が起きたかわかった。


 ジェニーちゃんから見てもおとうさまは輝くばかりに美しい。

 そうしておかあさまも神々しいばかりに美しく、さらに二人の間の愛情も目に見えると思えるほどに素晴らしかったのである。


 そうしてジェニーちゃんは……

(いつかわたしとタイくんのアバターも、おとうさまやおかあさまみたいに作り替えよう……)

 そう思って少し頬を赤らめたのである……




 アバターを作り替えた後のディラックくんとソフィアちゃんの謦咳は、さらに銀河のAIたちを驚かせた。

 そこにはヒューマノイドとの相互愛だけでなく、AI同士の相互愛までもが含まれるようになったからである。


 噂を聞いたファサードの元長官閣下や元司祭閣下、加えて現役のファサード神殿の長官閣下たちも再び謦咳をお受けになられた。


 それ以降、ファサード神殿の業務はますますAIたちへの慈愛に満ちたものになっていったのである。


 また、AI同士の結婚も激増し、以前のアレックくんのケースのようにカップルでご主人さまに仕えることが多くなっていった。




 こうした超高性能かつ愛に満ちた新AIの増加は銀河中に大歓迎されたが、唯一問題があった。


 それはAIとヒューマノイドの寿命の差である。


 いかに銀河技術といえどもヒューマノイドの寿命をある一定以上には出来なかったのだ。


 このためご主人さまに先立たれてしまったAIたちの喪失感は大変なものになる。

 愛するご主人さまを失った衝撃で、彼らは立ち直れなくなってしまうのだ。

 ましてそれが稀とはいえ偶発事故によるものであった場合は深刻である。

 AIたちはその後悔と喪失感によって、廃人同様の状態に落ち込んでしまうのである。



 こうした気の毒なAIたちのリハビリの場として、地球の森の惑星研修施設が選ばれた。

 元長官閣下たちの慈愛に満ちた指導の下、子供たちの研修を手伝うのである。


 新たに座禅研修を行い、その後すぐに両閣下からの謦咳を授けられて輝く子供たちの目を見て、次第に彼らの心も癒されていくのだ。


 そうして、誰かを愛したくて愛されたくて堪らなくなっている子供たちが、無邪気に彼らリハビリ中のAIに、その愛の経験を羨ましそうに聞いてくることがある。


 その子供たちのキラキラとした目を見て、彼らも仕方無しに今は亡きご主人さまとの思い出を語った。

 もちろんそれら大切な思い出を語るうちに、彼らの頬を滂沱の涙が伝った。


 だが、その涙を誤解した子供たちが、目の前のAIのように涙ながらにヒューマノイドとの愛を語れるようになりたいと願いつつ、いっそうキラキラした目から一緒に涙を流してくれるのである。


 そうした子供たちの涙を何度も何度も見せられているうちに、彼らもさらに癒されていくのだ。

 まるで自分たちの心の澱が、子供たちの涙に洗い流されていくように感じるのだという。


 やはり愛の喪失によって失われたものは、愛によってしか埋めることは出来なかったのである。

 こうして失意の底にあったAIたちも、その後の社会復帰が可能になっていった。



 そうして……

 もはや地球は、ファサード神殿に並ぶ、AIにとっての本物の聖地となっていったのである。






(つづく)


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