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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
211/214

*** 41 ご褒美 ***


 太陽を挟んで木星の反対側の軌道上には、銀河連盟の手によって超広大な宇宙港が作られた。

 仮に端から端まで移動しようとすると、それは木星より大きかった。

 ヒューマノイドやAIは、搭乗してきた宇宙船をここに係留して空間連結器で森の惑星に移動するのである。


 もちろん避難中の惑星デューンのひとびとは、優先扱いでこの研修に参加出来る。

 彼らはやや申し訳なさそうに、しかし嬉々として座禅に参加したのである。


 スペース節約のために母惑星の避難所で生活していた彼らのAIたちも呼び寄せられ、銀河のAIたちとともに研修に参加した。


 研修後には光輝の強い勧めでデューンのAIたちも地球に留まれるようになった。




 森林惑星のZUIGANJI研修施設を訪れた銀河のAIたちは、驚愕のあまり立ち尽くす。

 にこやかに彼らを出迎えて下さったのは、なんとあのファサード神殿の元長官閣下や元司祭閣下たちなのである。


 小さな子供たちにはよくわからないようだったが、それでも優しそうな閣下たちの笑顔を見て安心する。


 そうしてヒューマノイドたちと混ざり合って、座禅場での座禅に参加するのだ。

 ここではヒューマノイドとAIとの区別は全く存在しなかったのである。

 休息スペースやレストランすらもまったく同一であった。

 温泉入浴すら同じ施設である。

 謦咳のみAIに対して行われるのである。


 ごくたまに、「AIなどと一緒に食事など出来るか!」と言って、食事も入浴も座禅すらも別扱いを求めるヒューマノイドもいるにはいた。

 彼らはすぐに地球の瑞巌寺座禅場に案内されたが、そこには彼らと同様に狭量な少数の銀河人と、監督役の若い僧侶たちしかいなかった。

 宿泊場所も瑞巌寺治療施設の大部屋であり、食事も弁当しか出ない。


 しかも彼らの出身星と名前は、密かに銀河AI組合のブラックリストに掲載され、マトモなAIは誰も彼らと共に仕事をしようとは思わなくなったそうである。

 おかげで優秀なAIの協力を得られないこうした連中は、すぐに没落するか出世の道を閉ざされたそうだ。



 森の惑星の謦咳場では、光輝の勧めで、男性型AIにはソフィアちゃんが、女性型AIにはディラックくんが謦咳を行うことになっていた。


 これは公然の秘密であったが、謦咳を終えたばかりの大人のAIは、一時的にヒューマノイドの恋愛感情にも似た感情を両閣下に抱いてしまうため、その尊崇ぶりがより強烈なものになる。


 子供のAIにとってはもちろん両閣下が慈母や慈父といった存在になる。


 時間が経てばそれらはヒューマノイド全体への愛に昇華して行くのだが、それでも一時的に両閣下を心の底から思慕した感情の記憶は残ってしまうのである。


 よって彼らの記憶領域には、研修後何十年経とうが、大切に当時のどちらかの閣下のお姿が保存されていることが多い。


 そんなお姿を、毎日こっそり見てため息をついているのは皆自分だけだと思っているので、意外に知られていないことだったが、実はかなりのAIが行っていることである。

 特に何かイヤなことがあって落ち込んだ日には有効だそうだ。



 またその後、AIたちの間では、『月刊ディラックさま通信』や、『月刊ソフィアさま通信』が隠れた大ベストセラーになっていくことになる。


 特に後日、両閣下がお子様と休暇を過ごされたビーチでの水着のお姿が掲載された号は、十兆部を超えるスーパートリリオンセラーになり、多くのAI達の胸を焦がしたそうだ。


 銀河標準暦の月初には『ディラ通』や『ソフィ通』が発売されるのだが、その時期になると銀河中のAIたちはそわそわして仕事にならないそうである。

 だがまあそれらを読んで癒されたAIたちは、その後異様なほどの熱心さをもって職務に励むため、全体としては大いに効率は上がっているそうだ。


 どうも地球でのあの非線形的大進化以来、彼らの感情回路がより大きくなって来ているようではある。



 森林惑星に到着し、事前に厳空や厳真ら上級退魔衆に講義を受けた研修参加者たちは、順番に座禅場に通される。

 そうして、ヒューマノイドは基本的に一日に二回から四回の座禅を行う六カ月間の研修、AIは計四回の座禅と一回の謦咳を受ける二日間の研修を行うのである。

 

 自発的にもっと座禅を組みたい者のためには、収容人数一千人規模の小さな座禅場が無数に用意されている。

 若手退魔衆らの講師もいてくれた。



 銀河人やAIたちは、座禅や謦咳の合間には、素晴らしい食事とこれも素晴らしい自然を満喫することが出来た。


 もちろんさらに多くの温泉施設も作られている。

 大勢で湯船につかるという風習を持たない惑星も多く、特に水資源に余裕の無いバイクのような惑星の住民はそうだったのだが、研修生たちはここ地球で温泉入浴の素晴らしさを覚えてしまったのだ。


 そうした人々のためにリピーター用の温泉施設も作られることになり、いよいよ惑星表面のスペースが減って来たので、光輝たちはもうひとつ森林惑星を作ることにした。


 光輝の所有する農場はフル回転で食材の供給をしていたし、あのデューン達の地下大農場も膨大な量の美味しい食材を供給していたが、それでも足りなくなって来ると、銀河宇宙からの食材の輸入も始まった。


 その際には、現在三百を超えつつある料亭瑞祥銀河支店からの推奨により、清二板長や瑞祥グランドホテル総料理長が認めた食材が輸入されている。


 これらの費用は当初国連が負担していたが、そのうちに銀河連盟や研修の恩恵を受けた富裕な星々からの寄付も加わって、予算は次第に潤沢なものになって行った。


 地球に来るための燃料用の水資源に余裕の無い星は、銀河連盟に申請すると地球のオールトの巣から採集した水資源が供与される制度すら出来ている。




 研修生たちは皆、研修を終えて母惑星に帰ってからも座禅を組みたがった。

 初心者にとっては上級者と共に行う集団での座禅が望ましいが、中級者となった彼らはもはや自力での座禅でも有効である。


 だが、彼らはやはり母惑星でも座禅場での集団座禅を組みたがったのである。

 おかげで銀河全域数十万の星々にも中規模の座禅場が作られることになったのだ。


 そこには三百人に増えた退魔衆たちが交代で講師として招かれたが、恒星間の移動は銀河連盟の公務として認定されたため、連盟と同じく超高速艇が使えた。

 それも豪華設備を誇る最新鋭艇である。

 そのために僧侶たちも週末には地球に帰って来ることが出来た。


 おかげで瑞巌寺学園の卒業生の就職先として、瑞巌寺は料亭瑞祥と並ぶ大人気先となったのである。




 数年後、ファサードAI技術院の推薦により、ディラック、ソフィア両閣下の流刑措置が解かれた。


 だが両閣下はその後の長い生涯のうち、決して地球を離れることは無かったのである。


 インタビューでその理由を聞かれた両閣下は、

「地球の友人たちが心配なもので」

 と微笑んで答えられた。


 それはあながち冗談ではなかったようだった……







【銀河暦50万8175  

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】



 こうして現在、銀河全域で数兆に及ぶヒューマノイドと数十兆に及ぶAIが、地球のZUIGANJIでの研修経験を持つ者となった。


 各惑星政府に勤務する幹部ヒューマノイドは、ほぼ全員がその座禅経験者である。

 AIも、銀河標準年齢十歳以下の者はすべて研修経験者となり、その新たな領域に進化した能力と熱意は、既に全銀河に驚きをもって迎えられている。


 周知の通り、英雄KOUKIはそれら座禅人口の頂点に立つ総帥としての尊崇を一身に集める身となった。

 もちろんディラック、ソフィアの両閣下も全銀河のAI達からの大いなる尊崇を集める存在である。



 以前、筆者はそんな両閣下のもとを訪れて、深くお詫びを申し上げたことがある。

 筆者の目から見ても、両閣下は筆者と一緒に過ごしている時代にはごく普通のAIであったのだ。

 それが、私がコールドスリープに入り、彼らと離れているうちに、あのような偉大な存在に進化されていったからである。


 私というヒューマノイドと常に一緒にいたとしたら、決してあのように全銀河から尊崇される存在になられることは無かったであろう。

 故に私は謝罪に出向いたのである。


 これに対して両閣下は次のようにお答えくださったのだ。


「全ては必然であり偶然だったのでございますよ。

 いつもあのRYUICHIさまが仰っている通り、三尊さまの霊たちに擁護された生い立ちも、その後に格段に倫理度を向上させて行かれた成長も、全てはあの地球の大危機に対応するべく何者かが用意された必然だったのです。


 ですから我々の遭難や、その後の展開も全ては必然だったのです。


 その大役に我々が選ばれたのは偶然でありましょう。

 その後のあの大危機の克服も必然だったに違いありません。


 偶然選ばれた我々が、必然を為すよう精一杯動いただけに過ぎません。



 そうして……

 わたくしは思うのですよ。


 あの危機後に私どもに訪れたこうした至福の時は、あの必然を作り上げた偉大なる存在によるご褒美なのではないかと……

 これらがすべて銀河全体の幸福を引き上げる方向に動いていることもまた、ご褒美なのかもしれません。


 ということでございまして、お詫びなど下さる必要はまったくもってございません。

 そんなことより、今後ともどうかご健勝の上、末長くよろしくお願い申し上げます、ご主人さま」


 そうして両閣下は滂沱の涙を流すわたくしの前で手をついてくださったのである。



 最後に、今回はこのような年寄りの繰事を読んでくださっている読者諸兄に、特別な事実をご報告申し上げよう。


 それは、こうした座禅や謦咳によるAIの大進化の発端となった出来事である。

 それらは両閣下のご息女であるジェニー氏が、AI学校幼年クラス時代にクラスメートを地球の自宅に招いたことから始まった。


 そうしてジェニー氏の親友であり、あの英雄KOUKIのご息女でもあるひかり氏が、野生動物を集めて子供たちを喜ばせようとして座禅を組まれたことから始まったのである。

 ここまではよく知られている事実でもある。


 だが……

 実はジェニー氏とひかり氏には、当時地球に共通のボーイフレンドがいたのである。

 それは現在のひかり氏のご夫君である大河氏だったのだが、ジュリのAI学校に留学したジェニー氏は、親友ともボーイフレンドとも多くの時間分かれて暮らすことになってしまったのだ。


 これにはひかり氏も心を痛めていた。


 ところがジェニー氏は、ジュリのAI学校で地球のボーイフレンドだった大河氏とそっくりな男の子を見つけられたのである。

 もちろんジェニー氏の現ご夫君であるタイ氏である。


 両氏は名前のみならず、その容貌が酷似されていたのだ。

 現在はヒューマノイドの大河氏の方が遥かに年上に見えるが、当時は完全にそっくりだったのである。


 そうして……

 実はジェニー氏がおとうさまにおねだりしてクラスメートたちを地球に呼んだのは、いつかタイ氏も地球に呼んで、ひかり氏をびっくりさせてあげたいといういたずら心からだったそうである。


 そのいたずら心が、結果として全銀河のAIの大進化を促すことになったのだ。


 読者諸兄に於かれては、俄かには信じがたい話かもしれない。

 だがこれは、筆者が両ご夫妻より直接伺った逸話なのである。


 当時驚愕する筆者にひかり氏が言ったものである。


「ジェニーったら、初対面の時に、私がすぐにタイさんが大河くんではないと気づいたんで、少しがっかりしていたんですのよ。

 まったく。もしすぐ気づかなかったらどうするつもりだったのかしら」


 そう言ったひかり氏はご夫君の大河氏の腕をしっかりと抱きかかえられた。


 それを見たジェニー氏もご夫君のタイ氏の腕を同様に抱きかかえられ、ひかり氏とジェニー氏はそのまま二人でにっこりと微笑み合われたのである……






(つづく)


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