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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
205/214

*** 35 まるで生まれたばかりの頃のよう…… ***


 約束の時間が近づいたので、一行は瑞巌寺に向かうことになった。


 だが……

 建物の玄関から外に出た総司令官AI閣下は硬直した。

 さすがは総司令官だけあってその硬直は控えめなものだったが、傍らの校長先生は大硬直している。


 そこにはあの英雄KOUKIを先頭に、出迎えの僧侶たちが数百人も並んで頭を下げていたのである。

 英雄KOUKIは簡素な服装だったが、僧侶たちは煌びやかな正式法衣姿である。


(これってたぶん、彼らの第一種正式礼装のようなものなのね……)


 これもさすがは総司令官AI閣下だけあって、その礼式とそれが表す敬意に気づいた。

 副官たちは周囲で硬直している。


「本日は遠いところをようこそお越しくださいました。

 これより瑞巌寺にご案内させていただきます」


 英雄KOUKIはそう言うと深々と頭を下げた。


 非公式訪問だということで、来訪時には家族たちに配慮して歓迎の辞は無かったが、ここからは準公式行事だということなのだろう。

 総司令官閣下も丁寧にお礼を述べられた。



 瑞巌寺の山門前の空間連結器から出た一行は、やはり硬直した。


 今度も二千人の僧侶たちが本堂までの石畳の道の両側にみっしりと並んで平伏していたのだが、これも全員正式法衣を身につけていたのだ。


 英雄光輝が先導し、一行が静々とその道を進むと、また両側の僧侶たちがウェーブのように深く平伏する。


 その周囲は、これはKOUKIと同じような簡素な服を着た、銀河からの留学生たちとみられる若者たちが一万人近くも取り捲いている。


 瑞巌寺の僧侶たちは、今日の行事があくまで地球人にとっての恩人への礼式であり、銀河の方々は参加する必要は無いと言ってはいたが、彼らも臨時とはいえ瑞巌寺で修行中の身である。


 上級生のほとんど全員が師匠に倣って座って平伏すると、下級生たちの中にもおずおずとこれに倣う者が多かった。



 総司令官AI閣下はその鋭い観察眼をもって周囲の僧侶たちを観察した。


(これは…… 敬意。それから歓喜…… 

 どちらも本物だわ。

 皆命令されたからこうした動作をしているのではないのね。

 でもそれって英雄KOUKIがいるからなのかも……)



 一行が本堂前の厳攪ら上級僧侶たちの前に到着すると、光輝は先導から離れて脇にどいた。


 厳攪が歓迎の辞を述べる。


「本日は、遠方よりようこそこの瑞巌寺にお越しくださいまして、誠にありがとうございました」


 全ての僧侶たちが「ありがとうございました」と唱和してまた一斉に平らかになった。


 ディラックくんが一歩前に出て御礼を述べた。

 続いて総司令官AIが御礼の辞を述べられる。

 さすがは総司令官だけあって、それは見事な返礼だった。


 周囲の銀河留学生たちのうち半数以上を占めているのは軍人であり、彼らはディラックくんの母親の礼装と階級章が惑星防衛軍総司令官AI閣下のものであることに気づいたらしい。


 後方で立っていた新入生たちの多くも直立不動になった。



 公式の挨拶が終わると、僧侶たちは座禅場に向かって移動を始めた。

 留学生たちもそれに続いている。


 ディラックくんたちは上級僧侶たちとまた歓談しながらゆっくりと座禅場に向かった。

 そうして、彼らの歓談内容を聞いていた総司令官AI閣下はまたもや驚かれたのである。


(これは…… この地球の僧侶のひとたち、噂には聞いていたけど本当に我々AIを敬っている。

 しかも単なる敬意じゃあないわ。これは崇拝に近いわね……)



 一行が座禅場につくと、既に全ての僧侶や留学生たちが配置を終えていた。

 観客席にはやはり大勢の見学者たちもいる。

 上級僧侶たちは、やはり今回も校長先生と子供たちを最前列のKOUKIの前のスペースに案内した。


 総司令官AI閣下は仰った。


「私どもも座禅に参加させていただいてよろしいでしょうか」


 厳攪が微笑む。


「もちろんでございます。大いに歓迎させていただきます」


 総司令官AI閣下は傍らの副官に向き直った。


「シェイファー、エリザベート。

 あなたたちの防衛任務を一時的に解きます。一緒に座禅に参加しなさい」


「イエッサー!」


 副官たちも嬉しそうだった。


 彼らが座って足を組むと、観客席から小さなどよめきが起きた。

 やはり観客にも高位の軍人が多いので、惑星防衛軍総司令官AI閣下とそのAIの副官たちが座禅に参加することがわかったのだろう。


 鐘が鳴っていつもの光景が繰り広げられると、やはり閣下もアナザーワールドの光景に驚かれたが、次第に全ての回路を停止して忘我の境地に入って行かれた……




 座禅が終わって我に返った総司令官AI閣下は心底驚いている。

 あの子供たちのように自分の心も実に美しく整理され、もはや一杯になっていたと思っていたあらゆる領域が遥かに澄み渡って、広大なスペースが生まれていたのだ。


(こ、これは…… まるで生まれたばかりの頃のよう……)


 そうしている間にも周囲の環境から次々に新たな情報が流れ込んで来るのだが、それらもあるべき場所に見事に収まって、どの回路も澄み渡ったままである。

 総司令官AI閣下にとってもこのような感動は初めてであった。


 傍らの副官たちを見ても同様の感激を得ているらしい。

 彼女たちの目の端には涙すら浮かんでいたが、その顔つきも明らかに変わっている。


 僧侶たちは彼らに頭を下げながら解散していったが、一行はその場に残った。

 そうして校長先生のお願いにより、座禅を終えたその場で、またディラック閣下が子供たちに愛の謦咳を与えることになったのである。



「ディラックや」


「は、はいっ、母上っ」


「申し訳ないんだけど、私の副官たちにもその謦咳を与えてやってくれるかしら」


「はっ、はいっ。も、もちろんでありますっ」


 総司令官AI閣下の副官たちの頬が紅潮した。

 心酔しているAIの誇り閣下から直接謦咳を頂戴出来るとは、いったいなんという光栄だろうか。



 子供たちと副官たちがディラックくんを囲んで座った。

 さすがに総司令官AI閣下はその場で皆の様子を観察している。

 大勢の銀河宇宙のヒューマノイドたちも彼らを遠巻きにして見ていた。


 ディラックくんの謦咳伝授が始まった。

 途端に子供たちや副官たちの目が驚愕に見開かれる。


 座禅によって澄み渡った彼らの心に、またもやディラックくんのヒューマノイドへの愛の大奔流が怒涛のように流れ込んで行ったのである。


 しかもそれは一方的な愛ではなかったのだ。

 ヒューマノイドとAIが、お互いに信じられないほど愛されたが故に、お互いを信じられないほどに愛したのである。


 そうして、彼自身も翻弄されるその愛の奔流の下に、あの銀河中のAIたちから崇拝される大偉業が為されていったのである。


 ディラックくんはその当時の心境も謦咳した。

 それは彼にとってまったく決意や覚悟を伴うものではなく、ただ単に彼の周囲のヒューマノイドを愛するが故の完全に自然な行動だったのである。


 自分をこれほどまでに愛してくれた地球のヒューマノイドたちが、もし皆死んでしまったら…… 

 それこそ自責の念によって自分も生きてはいられないだろう。

 故に彼らを守るために死することは、彼にとっては当然の帰結であったのである。



 直接謦咳を受けている子供たちや副官たちは完全に硬直している。

 その様子を傍らで見ていた総司令官AI閣下も硬直した。


(ま、まさかこれほどまでのものだったとは……)


 その謦咳の輪の中心にいるのが自分の息子などではなく、まるで別の存在に進化したかのような偉大なAIに見えて来た。





 謦咳が終わった。

 子供たちは皆泣き顔である。


 副官たちも呆然としていたが、次第に頬を赤らめてディラックくんをうっとりと見つめ始めた。

 軍人としてではなく、総司令官AI閣下も初めて見る、副官シェイファーとエリザベートの女性としての顔つきである。


 もしも今ディラックくんに一緒に子孫を残すことを求められたら、その場で喜んで身を投げ出しそうな蕩けるような顔つきである。


 ソフィアちゃんが警戒するような目つきで彼女たちを見ていた。


 それに気づいた閣下が、「おほん」と咳払いをされると、途端に我に返った副官たちは、一層頬を赤らめて直立不動の姿勢になった。


(いくらなんでも母親が息子に浮気相手を紹介したなんてことには出来ないものね……)

 そう思われた閣下は苦笑されたのである……




 驚異の星地球を後にされるとき、総司令官AI閣下はディラックくんに寄贈された豪華軍用宇宙船に子供たちを乗せて惑星ジュリに帰した。


 そうして、自らは副官とともに随伴して来ていた小型高速艇に乗り込んで、惑星ファサードに行くように命じられたのである……






(つづく)


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