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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
202/214

*** 32 AIの座禅 ***


 平伏していた僧侶たちが解散して厳攪や厳空たちだけになると、さすがに少し打ち解けた雰囲気になった。


 ディラックくんがやや照れくさそうに言う。


「もうこのような礼式は十分でありますと申し上げておりましたのに……」


「いやいや僧侶たちもみな実に喜んでおるのですよ。

 なにしろ自分たちや家族の命を救って頂いただけでなく、あのお釈迦様が頭を下げられたお方様の御尊顔を直に拝することが出来るのですから」


「きっと連中も子々孫々に至るまでこのことを自慢することでしょうな」


 厳空も実に嬉しそうに微笑んでそう言った。

 厳攪も同じように嬉しそうに微笑んで頷いている。



 校長先生の震えは止まらない。

 AIの誇り閣下は惑星地球でも大いに尊敬されていると聞いてはいたが、まさかこれほどのものであろうとは……

 子供たちもあまりのことに硬直したままだった。


 ディラックくんが一行を僧侶たちに紹介する。


「こちらは私の娘がお世話になっております故郷惑星のAI学校の校長先生と、担任の先生、それから娘のクラスメートの子供たちであります。


 急なご依頼で申し訳ないのですが、どうやら我々AIにも座禅は大いなる功徳があるようなので、子供たちにも皆さまとご一緒に座禅を組ませてやっていただけないものかとまかりこしました」


「本日はようこそ我が瑞巌寺にお越しくださいました」


 僧侶たちが校長先生や子供たちに向かって合掌して低く頭を下げる。

 校長先生はまたしても狼狽してそれに倣い、もごもごと御礼の言葉を言った。



 一行は立ち上がって座禅場に向かってゆっくりと歩き始めた。

 道々楽しそうな歓談が続く。


「それにしてもAIの皆さまにとっても座禅の効果があろうとは」


「ええ、やはり元々はヒューマノイドの方々に創っていただいただけあって、どこかに似ているところもあったのでしょうね。

 我々にも驚くほどの効果があるようなのでございます」


「それはそれは……」


 僧侶たちも実に嬉しそうだった。



 座禅場に着いた校長先生たちは更に驚いた。

 そこには一番低いところに座禅台があって、あの英雄KOUKIがにこにこしながら座っている。

 傍らにはひかりちゃんも同じようににこにこしながら座っていた。


 そうして英雄KOUKIを取り囲むように、一万数千人ものヒューマノイドが、同じような簡素な服を着て足を組み、周囲の斜面にみっしりと並んで座っていたのである。


 英雄KOUKIの正面には高齢の僧侶たちが座っている。

 その後ろには若い僧侶たち、そして地球人と思われる若者たちが座っている。

 その後ろはどうやら銀河宇宙からの留学生たちのようだ。


 どうも座禅経験の長い者順に座っているようである。

 その横にはこれもにこにことした巨人が座っていた。


 反対側には観客席があって、こちらは銀河宇宙からの見学者たちが、まちまちな服装で千人近くも座っている。


 各惑星の防衛軍の軍服を着ている者が多いようだ。

 それも高官の服装である。

 ほとんどの者が将官級や佐官級の礼装軍服を身につけていた。



「それではこちらへどうぞ」


 厳真に促されるままについて行った校長先生や子供たちは、またしても大硬直した。

 なんと彼らは最前列の英雄KOUKIのすぐ前のスペースに案内されたのである。


 校長先生の震えが止まらなくなった。


 彼らが足を組むと間もなく座禅の開始を告げる鐘の音が鳴った。

 どうやら校長先生たち一行を待っていた様子である。


 もはや校長先生は気絶寸前である。

 心を空にすることも出来ずにただただ必死で座っていた。


 観客席からどよめきが起きたので驚いて目を開けると、目の前の英雄KOUKIが光り始めているではないか。

 それも強烈な光である。

 さらにその英雄KOUKIがぷかぷかと宙に浮き始めたのだ。


 さすがはAIだけあって、校長先生にはそれが銀河技術を使ったもので無いことはすぐにわかった。

 それは英雄KOUKIが自らの力のみを使った奇跡だったのである。

 また校長先生の体が震え始めた。



 するといつものように周囲の森から野生動物たちが続々と集まって来た。

 観客席にはさらに低いどよめきが広がっている。


 動物たちの数も大分増えて来ている。

 もはやひかりちゃんの周囲だけでは到底間に合わず、最前列からかなり中に入ったスペースにも野生動物たちは入り込んで来ている。


 校長先生の両脇には大きな鹿が二頭座り込んだ。

 校長先生は鹿の胴体に軽く挟まれている。

 シカのツノの上や校長先生の肩の上には野鳥がとまった。

 膝の上にはリスたちが座っている。


 みんなじっと動かずにひかりちゃんを見ていたが、中には目を閉じているリスたちもいる。

 校長先生の膝の上のリスが、「なんで震えているんだい?」という顔をして首をかしげて校長先生の顔を覗き込んでいる。


 震えの止まらなかった校長先生も、鹿やリスたちの体温を感じ取っているうちに少し落ち着いてきた。


 傍らの子供たちを見ると、もう既に子供たちは忘我の境地に入っている。

 慌てて校長先生も必死で空になろうとした……



 いつの間にか一時間が経過して、再び鐘の音に我に返った校長先生はさらに驚いた。


 先ほどの座禅の時よりも遥かに中央回路が平らかになっているのである。

 心の地平とでも呼ぶべきものもさらに広がっていた。


 傍らの子供たちも同様である。

 彼らにとって永遠にも思える一時間もの座禅は、子供たちの顔つきまでをも変えていた。

 その顔は、AIの誇り閣下や地球の僧侶たち並みの穏やかな顔つきになっていたのである……




 座禅が終わって僧侶たちが解散して行く中、先ほどの上級僧侶たちが近づいてきた。

 その中でも最年長の頭領と見られる僧侶が子供たちの顔を見て言う。


「これはこれは…… 素晴らしい。

 もはや中堅僧侶並みのお顔になられているではありませんか」


 ディラック閣下がにこにこしながら言った。


「ええ、皆さまにとっての一時間の座禅は、我々AIにとっては一年近くの座禅に匹敵するようなのでございます。

 ありがたいことであります」


「そ、それはそれは…… なんともお羨ましいことでございますなぁ……」


 一行はにこやかに歓談を続けた。

 僧侶たちや留学生たちは彼らにお辞儀をしながら解散していっている。



 と、そこへ観客席から二人のヒューマノイドと一人のAIが近づいて来た。

 先頭は地味な礼装軍服ながらその階級章と袖の筋は将官のものである。

 後ろに続く二人のうち一人は佐官級の軍人で、もう一人は将官の副官らしきAIだった。

 将官は厳攪らに丁寧に挨拶をした後、校長先生を振り返った。


「ち、中将閣下……」


 それは惑星ジュリ防衛軍の人事担当中将だったのである。


 将官はにこやかに話しかけた。


「やあ校長先生。今日は子供たちをお連れになっての研修ですかな」


 AI学校の生徒のうち、最優秀の防衛AIの就職先が惑星防衛軍である。

 惑星中のAI学校から最も優秀な生徒たちがその職に就くために応募してくるが、もちろん実に狭き門である。

 その防衛軍の人事担当中将と言えば、校長先生にとっては最高の顧客であり、また雲の上の人だった。


 ディラック閣下がこれもにこやかに話しかける。


「初めまして。ディラックと申します。

 こちらは私の娘がお世話になっているAI学校の校長先生と、娘のクラスメートの皆さんであります。

 今日は私がご無理を申し上げまして座禅会にご参加いただきました」


「おお。それは素晴らしいご経験でいらっしゃいますなあ。

 して、効果のほどは如何でございましたか」


 厳攪が微笑みながら言う。


「実は座禅と言うものは、もともと効果を求めてするものではございませんでの。

 ただただ心を平らかに空にして、卑小な存在である己を宇宙と同一化させるだけのものでありまする。


 ですがそうした行為を続けるうちに、何故か各方面の才能が伸びて行ってしまう者がいるのもまた事実。


 ただ不思議なことに、そうした実利を求めて座禅を組む者ほど実利は得られませぬ。

 なにも求めずにただただ空になろうとする者が、不思議とその実利を得られるのでございます。


 このことは特に銀河からの留学生の皆さまにも申し上げていることでございます」


 将官は真剣な顔で頷いている。

 厳攪は続けた。


「その点、子供さんたちは実利を求めたりは為されませんが、子供だけあって空になろうとする行為そのものが苦手。


 ですがこちらのAIの子供さまたちはお見事でございました。

 素晴らしき空になっておられました。

 ひょっとしたら三尊殿の御前で座禅を組めたこともよかったのかもしれませぬ。


 しかもディラック殿によれば、AIの皆さまの一時間の座禅は我々人間の一年間の座禅に匹敵するとの事。


 我々が配下の僧侶たちに座禅の指導をする際には、その成長の度合いはその顔つきで測ることが多いのでございますが、こちらの子供さんたちのお顔はもう明らかに座禅前とは違っていらっしゃいます。


 まるで毎日座禅を続けた中堅僧侶並みのお顔になっていらっしゃいますな」



 将官は少し驚いた顔つきである。

 言われてみれば周囲のAIの子供たちの顔つきは皆実に穏やかである。


 一般人であれば、AIとは単にヒューマノイドを補助する存在という認識の者が多かったが、軍人は違った。

 惑星防衛などの最重要任務に当たっては、どうしてもその判断力や反応速度の点でAIがヒューマノイドに勝っている。

 しかも彼らは疲れを知らない。疲労のあまり判断力が鈍ることも無い。


 よって軍部では、指揮命令系統はヒューマノイドが管掌していても、いざ実戦となるとその任務のほとんどはAIに委託するものなのである。

 惑星防衛軍にもヒューマノイドの総司令官はいるが、実戦やそれに準ずる重要任務は全て防衛司令官AIが取り行っていた。


 その防衛司令官AIの血を引く息子こそがここにいるディラックAIである。

 またその血筋だけでなく、先の地球の大危機を救った超驚異的な実績を持ってもいる。


 防衛軍内のAIたちも実に彼を尊敬していた。

 皆いつも彼に一度お会いしてみたいと言っているほどである。

 その彼が座禅の実践者であったとは……


 考えてみればヒューマノイドはもう何人もここ瑞巌寺に派遣してきていたが、AIが座禅研修に参加したことは無かったのである。


 将官は表情を引き締めて厳攪に敬礼すると言った。


「お願いがございます。

 私の副官のAIも一回だけでもかまいませんので座禅研修に参加させてやっては頂けませんでしょうか」


 厳攪は顔中を綻ばせて言った。


「どうぞどうぞ。一回と仰らずにいつでも何度でもどうぞ」


「い、いえ、視察の予定は明日までですので、明日の早朝の座禅会のみの参加しか出来ないのですが」


「そうですか。それは残念ですな。

 それではもしよろしければあなた様も副官の方もご一緒にどうですかな」


「よろしいのですか」


「もちろんでございますよ。これ厳基や」


「はい大僧正さま」


「お前は明朝の座禅会の際に、こちらのお三方を法印大和尚様の正面の席にご案内なさい」


「はい畏まりました」


 呼び止められた額に大きな傷のある若い僧侶は、その場の全員に丁寧に頭を下げた……






(つづく)


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