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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
198/214

*** 28 『銀河人類の福音』 ***


 デューンのひとびとは、苦労して掘り出したデューンの農業施設から、バイオテクノロジー施設も含む農業機器を森の惑星に持ち込んだ。


 母惑星の近傍重層次元の避難施設にいた家畜たちも、その世話役のAIたちと共に呼び寄せた。


 そうして土壌改良施設の土壌を徹底的に消毒した後、そのバイオテクノロジーの全てをつぎ込んで銀河最高水準の農業を始めたのである。


 最も進んでいた技術の一つは土壌中に散布された根粒細菌である。

 これは植物の生育を補助することのみを行う細菌であり、それ以外の行動は一切行わない。

 つまり人体には完全に無害な細菌であった。


 これをサポートするために投入されたのが、やはり無数の農業用ナノマシンたちである。

 彼らは点在する有機肥料生産施設から土壌中にせっせと肥料を運び、また雑草を排除した。

 つまりは完全無農薬農業である。

 ここには昆虫がいなかったために、害虫捕獲用ナノマシンは必要無かったそうだ。


 後にこの技術は全ての土壌改良施設にも提供されることになる。

 おかげで地球の普通の土や火星の土壌すらも、短期間で肥沃な土に変えていくことが出来るようになった。

 そのため、森の惑星の樹木生産能力も飛躍的に上がって行ったのである。



 また彼らの農産物も驚くべきものであった。

 なんと彼らは完全食となる小麦を持っていたのである。


 完全食とは、その穀物中にヒューマノイドが必要とするアミノ酸、ビタミン、ミネラルなどが全て含まれている穀物のことを言う。

 地球上では唯一玄米が完全食として知られていたが、まあご存じの通りあまり美味なものではない。


 だがこのデューンの完全小麦は実に旨かったのである。

 特に香りが素晴らしい。

 パンにしたときの香りは誰をも驚かせた。


 そしてこの年のクープ・デュ・モンド(四年に一度パリで開催されるパン職人のワールドカップ)では、このデューン小麦を使用してパンを作ったデューンの職人さんが優勝したのである。


 もちろん彼らの野菜類も、実に美味かつ栄養も豊富だった。



 だが地球人たちが最も驚いたのは彼らの食用家畜である。

 それぞれ牛や豚や羊に似たような外見であったが、皆実に太い大きな尾を持っていた。


 家畜の成長が止まって体の大きさが変わらなくなっても、その尾だけはどんどん大きく成長していく。

 そうして、大人になった家畜たちは、年に数回その尾を自ら切り離すのである。

 この尾が素晴らしく美味な食用肉になった。


 つまり、家畜を殺処分しなくとも、定期的に食肉が得られるのである。

 まるで植物のような家畜たちだった。

 寿命も実に長い。


 デューンには、地球のトカゲのように天敵に襲われた際に尾を切り離して逃げる哺乳類がいたが、そうした遺伝子を植え付けて長年の間に渡って改良してきたものだそうだ。


 また、これらの家畜は実に賢かった。

 トイレの場所もすぐに覚えたし、食事の際には子供たちを優先してやるほどの知能を備えていたのである。


 彼らはデューンの農夫たちにたいへんに可愛がられており、その顔つきも可愛らしいものが多かった。


 農夫たちは、高齢のために死んだ家畜は食用にはせず、お墓を作って埋めてやるほどにこの家畜たちを愛していた。

 家畜たちもデューンの子供たちをその背中に乗せてやるほどに懐いていたのである。



 デューンの子供たちがそれぞれ羊や牛のような顔をした家畜の背に乗ってピクニックに行っている。

 そうして、「お前ちょっと食べすぎだぞぉ」などと言いながら、お弁当を家畜と分け合って食べている姿は実に微笑ましかった。


 子供たちにそう言われた子羊は、申し訳なさそうに後ろを向いてその子に尾を差し出している。

 まるでお詫びに尻尾を差し上げますと言っているようだった。


 デューンの子が微笑みながら、「まだお前は子供だからな。だから大人になったら頼むよ」と言うと、子羊はまた子供に向き直って頷きながら尾を振っていた。



 また、筋肉質の尾ほど美味であったため、家畜たちは毎日尾を振る運動をさせられている。


 大きな尾の着いた下半身だけの着ぐるみを着て、デューンの子供たちが家畜たちを集める。

 そうして、「今日も頑張って運動するぞぉ~」などと言いながら、音楽に合わせておしりを振って着ぐるみの尾を振るのである。


 そうすると、家畜たちも子供たちの方を向いて一斉に尾を振り始めるのだ。

 大人の家畜に合わせて小さい子供の家畜も懸命に尾を振っている。


「降り方が小ぃさぁ~い!」とリーダーの子が叫ぶと、家畜たちはさらに大きく尾をぶんぶん振り始める。

 しかも、その振り方は徐々に揃い始めるのだ。

 五分もすると、全ての家畜が子供たちの振りに併せてお揃いで尾を振るのである。


 この素晴らしく微笑ましい光景は、地球だけでなく銀河中でも大評判になった。

 大勢の見学者が訪れるようになっただけでなく、銀河中でシッポの付いた子供服が流行した。


 銀河ネットの幼児番組では毎日必ずこの光景が放送されている。

 どうやらみんな、デューンの子供たちや家畜たちに合わせてスクリーンの前で一緒にシッポを振っているらしい。



 この食用の尾はその先端部が最も美味とされ、最も高値で取引されていたそうなのだが、初年度の収穫のうち尾の先端部はすべて光輝たちに献上されて来た。

 そうとは知らなかった光輝たちは、ズラリと並ぶ尾の先端を見てびっくりした。


 それらの肉を試食した瑞祥グランドホテルの総シェフやあのイタリアンのシェフも、その旨さに驚いている。


 早速瑞巌寺学園の子供たちにも試食してもらったが、こちらにも大好評だった。

 因みにそのステーキはほとんど円形になるのだが、その直径が小さいほど先端に近いということで高くなるそうである。



 これらのテクノロジーはすべて銀河宇宙の特許を取得済みであり、惑星デューンではその製品を輸出することはあっても技術移転はしていなかった。


 だが、瑞巌寺学園の高校生たちのうち、農業志望の子たちが大勢このデューンの農場に見学に来ると、農夫たちはその高度技術の産物を惜しげも無く彼らに見せてくれたのである。


 高校生たちは銀河最先端の農業に触れることが出来て感激していた……








【銀河暦50万8167年  

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】



 このようにして、英雄KOUKIの事業はまたも全銀河を驚嘆させたのである。


 考えてもみていただきたい。

 銀河広しといえども、ひとつの惑星の住民二十億人をわずか数週間で受け入れることの出来る星が銀河にいくつあるだろうか。


 しかもその全ての避難住民に、リゾートホテル並みの待遇とスペースが与えられたのである。

 この驚愕の実行力こそは、まさに英雄KOUKIならではのものであった。


 だが、意外に知られていない事実だが、KOUKINIAの住民にとっては、これは英雄KOUKIの二度目の避難民救援事業だったのである。


 まだKOUKINIAにあの大脅威物体が接近しているのが知られていなかったころ、そして英雄KOUKIがディラックAIと初めて出会ったばかりのころ、KOUKINIAの一部地方で大規模な地震が発生し、その地域の住民五十万人が生活の場を失ったことがあったのだ。


 英雄KOUKIは即座に救援活動を始め、その一万人近い協力者たちと共に、莫大な私財を用いて、その避難者たちの受け入れ態勢をわずか一標準日で整えてしまっていたのである。


 その際には、なんと銅にして十億トンを超える私財を提供し、また住民たち数百人の命まで救っていたのである。

 まさに驚異の実行力と言えよう。



 RYUICHIは次のように語っていた。


「そうですねえ、あのトルコの大地震の時は、救援事業は初めてでしたのでけっこうたいへんでした。

 実際にやってみなければわからないことも多かったですし。


 ですからあの大脅威物体が排除されて地球が救われたときにも、あのシェルターは解体しなかったんですよ。

 またいつか、ああしたお気の毒な方々のお役に立てることがあるかもしれないと思いまして。

 それでその後もあのシェルターの内装工事は続けていたんです。


 それがデューンの皆さんのお役に立って、本当によかったと思っています」



 なんという慧眼、なんという実行力、そうしてなんという倫理心であろうことか……


 このときの業績や、先に惑星住民一億人もの命を救った医療事業、それからもちろんあの人類救済プログラムといった一連の功績のために、英雄KOUKIは地球の国連から、「惑星地球人類の福音」という称号を奉られていたのである。



 その後、念のため五年をかけたデューンの惑星改造が終了し、惑星表面に分厚く積もっていた火山灰も除去されて、住民たちが故郷惑星に帰り始めるころ。

 涙ながらにお礼を言うデューンの住民たちは、その高度農業技術をそのまま森の惑星に残していったのである。

 もちろん技術指導員もドローンもナノマシンも家畜もである。


 びっくりした英雄KOUKIたちは特許使用料を払おうとしたそうだが、デューンの農業大臣は笑って言ったそうだ。


「そのようなものを頂戴したら、私は即座に解任されてしまいますな。

 それどころかせっかく復興した母惑星から追放されてしまうかもしれません」


 驚いた光輝たちは、これらの高度農業を森の惑星のみで行うことを約束した。

 こうして森の惑星では、銀河最先端の大規模農業も行われることになったのである。



 読者諸兄も既にご存じの通り、これらシェルターや森の惑星と、その最先端農業施設と、十分にプールされている莫大な寄付金を使い、その後も地球は銀河住民たちの緊急避難先としての役割を果たしていくことになった。

 居住施設もさらに増えた。


 惑星住民すべてと言ったケースは少ないものの、常に銀河のどこかしらの星からの避難住民たちが、地球のシェルターと森の惑星に滞在するようになっていったのである。

 多いときには五十を超える星々から四十億人が避難生活をしていたこともあった。


 そうして……

 これこそが後に銀河連盟が英雄KOUKIに贈った称号、『銀河人類の福音』の直接の理由となったのだ。


 英雄KOUKIは、ついに銀河中で、「閣下」の敬称をつけて呼ばれることになったのである……






(つづく)


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