表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
192/214

*** 22 森の基金発足 ***


 バイクの鉱夫たちの住まいは、次第にシベリアの大森林地帯やカナダ奥地の森林地帯にも広がって行った。

 そうすれば八時間交代二十四時間体制で小惑星帯の資源採掘が出来たからである。


 彼らのあまりにもエコな暮らしぶりを見たロシア政府もカナダ政府も、大喜びで彼らを誘致した。

 なにしろ道路も要らない上に、水道管も電線も要らないのだ。

 下水もすべて都市の下水処理場に直接流れ込んで来るのである。


 しかも彼らは近隣の都市のモールで衣料や家具や食料を買い、そこのレストランで食事をしてくれる。

 言葉の壁も無い。


 しかも山火事が起きたときには最高の実績を持った頼れる連中なのである。

 もしもカナダやロシアの深い山奥で大きな山火事が起きたとしても、太陽系にいる鉱夫たち一万人がただちに駆けつけてくれることだろう。


 穏やかな顔つきの彼らに慣れた地球人には、以前のバイカーたちの評判が信じられないほどであった。

 こうして穏やかな顔つきのバイカーたちは、地球の森に暮らしてますます穏やかな顔つきになっていったのである。



 さらにである。

 バイクの試掘チームが一応探査してみた結果、火星の北極と南極にとんでもない量のH2Oの氷が見つかったのだ。

 それぞれ地球の南極大陸の氷並みの量である。


 地球人たちにはピンと来なかったが、これは銀河宇宙ではたいへんな財産だった。

 なにしろ平均的な人類居住惑星の持つ水資源を上回る量の水が火星に眠っていたのである。


 もしもこんな大量の水を地球表面に持ってきたら、地球の陸地面積は今の三十%から十%以下になってしまうらしい。

 将来はバイクの鉱夫たちがこの水資源も採掘してくれることだろう。



 ついでにというか、驚くべきというか、冥王星軌道の外側に広がるオールトの雲、いわゆる彗星の巣でも超大量のH2Oの氷が見つかった。

 一つ一つの氷の塊は小さかったが、なにしろその存在範囲が超広大である。

 半径〇・一光年から一・六光年にも渡って広がる球形状の空間なのである。


 こんなものをすべて地球に持ってきたら、地球は陸地の無い海だけの星になってしまうだろう。

 なにしろ体積ベースでは地球を遥かに上回る量らしい。


 月の水資源倉庫に運んでも、月の質量が大幅に増えてその軌道が変わってしまうそうである。

 というか、月が地球より大きくなって、地球の軌道も変わってしまう。


 よって、その氷は当面その場所に放置しておくことになった。

 将来は水資源採集用宇宙船が飛びまわり、冥王星軌道辺りの巨大倉庫にでもしまっておくようになるだろう。



 バイカーたちやジュリーたちは、このニュースを聞いて羨ましそうにため息をついた。


 そうして思ったのである。


(地球政府相手の取引ならば、なにがあろうと金輪際絶対に代金の取りはぐれは無いぞ)と……



 地球は、銀河連盟未加盟のため参考記録ながら、その年の銀河連盟調査でその六百万近い加盟惑星中、第十五位の富裕惑星にランクインされることとなった。


 勇気と倫理と神秘の星KOUKINIAは、またひとつ、富裕の星とも呼ばれるようになったのである。


 いったいなんという星であろうことか。

 銀河中の人々がそう思ってまたため息をついた……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 国連主催のパーティーで久しぶりに鉱夫総監督夫妻に会った光輝は少し驚いた。

 総監督の奥さんのお腹が大きくなっていたからである。


 まあさすがは銀河の医療技術である。

 けっこうな年齢でも出産にはまったく危険は無いそうだ。

 鉱夫総監督と奥さんは、少し恥ずかしげだったがそれでも実に幸せそうだった。


 地球に住む鉱夫たちにも徐々に子供が生まれ始めていた。

 三尊研究所は、国連を通じて北欧とロシアとカナダの当局に寄付を行い、森の中に銀河技術の粋を集めた最新式の保育園や幼稚園を建ててもらった。

 そのうち小学校も建てる予定である。

 もちろん地球人の子も通うことが出来る。


 バイカーの子供たちはやはり地球人に比べて少し大きかったが、それ以外に全く違いは無かった。

 二つの星の子供たちは仲良く入り乱れて遊んでいた……



 地球に移住したバイクの鉱夫たちは幸福の絶頂にあった。

 仕事はそれなりに大変だったがまあ慣れた仕事でもある。

 だが、なにしろ森の中に住んでその中で子育てまで出来るのである。

 これ以上の好待遇は彼らには想像も出来なかったのだ。


 もちろんバイクの若者たちも大勢鉱夫になりたがった。

 惑星バイクの小惑星帯で一人前の鉱夫として認められると、太陽系に来ることが許されるようになる。

 まあ、移住までしなくとも出稼ぎでも十分だった。



 あの鉱夫総監督は終身制の鉱夫名誉総監督に選ばれ、普段の仕事からは離れて主にバイク政府や地球政府との折衝に当たるようになっている。

 バイク大統領府主催の晩餐会などにも、アンディやサンディアと一緒に毎回招待されるようになった。


 惑星大統領たち政治家にしてみても、惑星倫理水準急上昇はすべて小惑星帯のおかげであったからである。


 その晩餐会の席に出席しているような惑星政府の首脳たちも、皆鉱夫組合から招待されて地球での休日を過ごした。

 彼らも全員ため息をつきながら、その顔つきもどんどんと穏やかなものになっていったのである。


「鉱夫の皆さんが羨ましいですよ……」


 惑星議会の議員のひとりにしみじみとそう言われて、鉱夫名誉総監督は考え込んだ。


 考えてみれば、バイクと地球の物価水準があまりにも違いすぎて、一般のバイカーには地球で休暇を過ごすことなど出来はしなかったのである。

 なにしろその物価の違いは銅換算でおよそ一千倍にもなるのだ。

 水資源換算だと一億倍を超える。



 自身が幸福の絶頂にあり、自分の配下の鉱夫たちの顔も輝き、若い鉱夫たちにも素晴らしい未来を用意してやることが出来た総監督は、今度は惑星バイクの全ての住民たちの幸福をも意識出来るようになっていた。

 さすがは倫理度上昇率銀河一位の立役者ではある。


 名誉総監督は、国連主催のパーティーでスミルノフ氏やあの緊急パック製造会社の社長にこのことを話してみた。

 地球のおかげで空前絶後の大儲けをした社長は、営業と称してあのスエーデンの森のホテルに入り浸りになっている。



「……ということでだ。我々やその仲間たちは幸せだ。

 なにしろ森に住めるんだからな。


 だが惑星バイクの連中はこの地球に来ることが出来んのだ。

 物価が違いすぎてどうにもならん。

 まあ、木の装飾板や森のドレスのおかげでその暮らしもだいぶマシになってきてはいるが」


 スミルノフ氏が言った。


「そうですねえ。惑星バイクの方々にもこの森の暮らしをおすそ分けしてあげたいもんですねえ」


 スミルノフ氏にしてみても、自身の大成功はすべて地球とバイクのおかげでもある。

 地球の火災を激減させた功績で、パック製造会社の社長とともに国連感謝章を授与される予定にもなっていた。


 地球の森の村で暮らして大幅に倫理度が上がっているパック製造会社の社長も言った。


「私どももその利益を少しは母惑星に還元したいとは思っているのですが、なんせこれだけ物価水準が違いますと……」 


「そこでだ。母惑星の連中を森に連れてくることが難しいなら、森を惑星バイクに連れて行ったらどうかと思ったんだ」


 スミルノフ氏と社長はびっくりした。

 そうして考え込んだ挙句に言ったのである。


「惑星表面に森を持って行ってそこをドームで覆って地球型の気候にしてみるとか」


「それともいっそのこと農業衛星のような人工衛星を作って、その中に森を再現してみてはいかがでしょうか」


「うむ。我々が寄付を出し合って惑星政府の支出もあれば、森林衛星ぐらいは作れるだろう。

 さほど大きなものは作れんかも知らんがそれでも無いよりはマシだ」


「予約制、入れ替え制で、年に一度ぐらいは惑星住民が中で過ごせるようになるといいですねえ」


「ですが問題は……」


「そうなんだ。肝心の木を買うカネのことなんだ」


「まあ、運ぶのはなんとかなるにしても、地球の木は一本いくらぐらいするもんなんでしょうか」


「それで思ったんだが、大きな木は高くて買えないとしてもだな。

 苗木ならなんとかなるんじゃあなかろうか。もしくは種子であれば」


「おおっ!」


「まあ我々の世代が森を目にすることは無理だろうが、我々の子供たちや孫たちの世代に森を残してやれるかもしれんと思ってな」


「おおおっ!」


「そ、それは素晴らしいお考えですなぁ……」



 スミルノフ氏も緊急パック製造会社の社長も、五十年後の未来を思い浮かべた。

 その森林衛星の巨木の森には、穏やかな顔をしたバイカーたちが大勢ピクニックに来ているのだ。

 そうして子供たちが木々の間を笑いながらはしゃぎまわり、あのリスたちにエサを上げている様子が目に浮かんだのである。


 それにひょっとしたら……

 その森の片隅には小さな石碑があって、そこに自分たちの名前が刻まれているかもしれないではないか。


 本業で大成功している三人は、そうした未来を思い浮かべて陶然となった……




 こうして「森の基金」が発足したのである。


 当初、「森の基金」は、鉱夫組合とスミルノフ氏とパック製造会社の社長がそれぞれ五百万クレジットずつを出資して基礎基金を作り、後にバイクの惑星政府もこれに加わる予定である。


 基金の総額はまずは五千万クレジットを目指した。

 バイカーたちの生活物価感覚からすれば、これは地球円で五十億円程の金額になる。

 そのうち四千万クレジットで直径一キロほどの小型森林衛星を作り、残りの一千万クレジットで中身の森の苗木や土を買って森林衛星に運ぶ予定であった。


 直径一キロもの森林衛星とは言っても重層次元を航行する予定は無く、タダの箱モノである。

 その位の大きさならば遮蔽フィールドで覆って宇宙の放射線から中の人を守ることも出来る。

 まあ、銀河宇宙ではやはり工業製品は安いのである。



 名誉鉱夫総監督とスミルノフ氏とパック製造会社の社長が、ディラックくんに相談に訪れた。


 彼らの話を聞いたディラックくんは、翌日に光輝たちとの面談をセットしてくれ、その日は皆を料亭瑞祥でもてなした。






(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ