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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
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*** 20 緊急パックのデモンストレーション ***


 そのうちにスミルノフ氏のもとへ、スエーデン政府から大口の引き合いが舞い込んだ。


 なんとあの小惑星帯の緊急パックを売って欲しいと言うのである。

 あの鉱夫たちが使用して山火事を消し止めた道具一式である。


 その使用方法の研修も含めていくらなのかを聞いてきたのだ。

 もちろんこれらは銀河宇宙の法令に基づいて適正価格で取引されなければならない。



 緊急パックは、クラス5もの遮蔽フィールドと、小型の空間連結器、重力コントロール装置、酸素発生装置、通信統制用のミニAI、ヒューマノイド探知機、ヘッドアップディスプレイに、それらを収納して使用者に常に従属してつき従う近傍重層次元倉庫がセットになっている。


 しかも命にかかわる装備なので、その安全基準もやたらに高い。

 その価格をあの鉱夫監督に問い合わせたスミルノフ氏は驚いた。

 それは銀河人の観点からすると相当に高かったのだ。

 さすがは危険な職場の小惑星帯である。


 だが……

 それは銅価格にして約十キロだったのである。

 惑星バイクならそれは鉱夫の半年分の収入に匹敵したが、地球なら三千円だ。

 研修費用と最高利益率を乗せても一人分たったの四百スエーデンクローナだった。


 スエーデン政府は驚愕した。

 あまりにも安すぎてかえって不安だったらしい。

 そうして消防団員用の装備としてとりあえず百セットと、そのデモンストレーションを依頼して来たのである。

 その総額は、彼らが現在使用している一人分のフル装備の代金以下だった。


 惑星バイクでそうした装備を製作していた会社は喜んだ。

 小惑星帯全体でも七万セットしか使用していない高額商品に、百セットの大口注文である。


 たちまち工場のドローンをフル稼働させて、三日後には納入してきた。

 訓練教官はサービスでついて来た。

 なにしろ地球人の使い勝手によってはもっと注文が来るかもしれないと言うのである。




 バイクの訓練教官によるデモンストレーションが始まった。

 スエーデンの消防士訓練用地に、消防当局の高官やプロの消防署員らが大勢集まっている。

 政府高官や担当大臣までいた。


 消防当局によって用意されたたくさんの薪にガソリンがかけられて火がつけられた。

 火はかなりの勢いで燃え上がっている。


 その中に遮蔽フィールドに身を包んだバイクの訓練教官がすたすたと歩いて入って行ったのである。

 燃え盛る火の中を平気で歩いている。

 地球人たちが仰け反った。


 訓練教官はしばらく火の中を歩き回った後、火の真ん中に座り込んだ。

 よく見れば地球人たちを見て微笑んでいる。


 消防総監がおののきながら傍らのバイクの主任訓練教官に聞いた。


「あ、あの遮蔽フィールドはどのぐらいの温度まで何分耐えられるのですか?」


「今はエネルギーがフル充填状態ですので、五千度までの温度に一週間耐えられます。

 八千度まででしたら六時間耐えられます」


 地球人たちがさらに仰け反った。

 五千度と言えば太陽の表面温度に近い。

 それも一週間とは……


 しばらくすると、火の中にいたバイクの訓練教官がまたすたすたと歩いて地球人たちの方にやってきて、丁寧にお辞儀をした。

 まるでなんともない。汚れてすらいない。

 遮蔽フィールドは汚れすら弾くのだ。



 次は衝撃テストである。

 まだ燃え盛っている火の上に消防ヘリが飛んで行った。


 そうしてなんと、上空百メートルほどのところから、バイクの訓練教官が火の中に飛び降りたのである。

 地球人たちは恐怖に固まった。


 だがやはりクラス5もの遮蔽フィールドは、その程度の衝撃はものともしない。

 たとえ成層圏から落としたとしても中の人間には何の衝撃も無いだろう。

 なにしろあのマリーア教官と米軍少佐は、クラス3の遮蔽フィールドの中で巡航ミサイルトマホーク4の直撃を受けても、なんの衝撃も感じなかったのである。


 火の中に飛び降りた訓練教官は、また微笑みながら地球人たちのもとに歩いて来てお辞儀をした。

 バイカーたちにお辞儀の習慣は無かったが、スミルノフ氏のアドバイスで練習していたのである。



 消防本部のヘリがさらに高度を上げた。

 今度は上空一千メートルからまた訓練教官が飛び降りた。

 今度の訓練教官は頭を下にして落ちて行った。

 思わず地球人たちは顔をそむける。


 だがまたしても訓練教官は微笑みながらすたすたと地球人たちのところに歩いて戻って来たのである。

 地球人たちは完全に硬直した。



 火災現場に消火に行く消防士たちにとって、最も危険なのは火ではない。

 火災によって崩れる建物や倒壊する木などなのである。

 だが、これならもう、絶対に消防士たちに危険は無いではないか。

 いかなる大火災の現場に行っても、まったくもって命の危険を感じることなく、消火作業が出来るではないか。


 地球の消防士たちは大感動した。

 これならば火災現場の要救助者たちをいくらでも救うことが出来る。


 しかも遮蔽フィールドは、要救助者も含めて展開出来るそうなのである。

 その有効範囲は直径十メートルまでも展開できたのだ。


 何人かの地球人が、バイクの訓練教官と一緒に火の中に恐る恐る入って行き、また驚愕の顔つきで出て来た。


 しかも消防士や要救助者の上に落ちて来た崩れた建物や木は、重力コントロール装置でなんなく払いのけられるというではないか。

 しかも複雑な操作も要らず、ミニAIへの音声命令でいいと言うのである。


 またバイクの訓練教官が二人火の中に入り、一人が火の中に寝ているもう一人の上に燃えさかる薪を大量に乗せた。

 三メートル程の高さの燃えている薪の山が出来ている。


 そうして合図とともに、薪の中に寝ていた訓練教官が薪を空中に浮かせて周囲に放り投げたのである。

 地球人たちはまたもや盛大に仰け反った。



 次は消火作業の実演である。

 まだ燃え盛っている火の上に、訓練教官がふわふわと飛んで行った。

 地球人たちが絶句する。


 そうしてその訓練教官は、傍らの空間連結器から直径二十センチほどの球体を取り出すと、それを上空二十メートルほどのところから火の上に落としたのだ。


 周囲三十メートルほどに渡って燃え盛っていた火が一瞬にして消えた。

 もはや煙すら出ていない。


 地球人たちは目眩がした。

 なんという消火能力であることか。


 今度はスエーデンの消防担当国務大臣が震える声で聞いた。


「あ、あの消火剤は、ひとりでいくつぐらい持ち運べるのですか?」


 主任訓練教官がにっこり笑って答える。


「近傍重層次元を通って倉庫から移動させますので、数に制限はありません。

 倉庫にある分だけ使えます」


 またしても地球人たちが盛大に仰け反っている。


 消防総監が聞く。


「も、もし火の中に遮蔽フィールドを持っていない人がいたとしたら、その人は酸欠で危険なことになったりしませんか?」


「あの消火剤は酸素を遮断しているのではなく、燃焼現象そのものを中断させていますので、たとえ閉鎖空間で使用しても、中のヒューマノイドにまったく危険はありません」


「あ、あの消火剤はひとつおいくらですか……」


 スミルノフ氏が微笑みながら答えた。

 スミルノフ氏は最近だいぶ地球人の金銭感覚が分かるようになってきている。


「一個二ユーロです」


 地球人たちが倒れそうになった……




 次はあの有名な空飛ぶ消火作業のパフォーマンスである。

 これはバイクの訓練教官たちも最近知って驚き、密かに特訓していたものである。


 近くの防火用水貯水槽に輪を沈めた訓練教官が、空間連結器を使って突如出現した。

 そうして重力遮断装置で空中に浮かびながら、その手に持った輪から膨大な量の水を噴出させて空中を飛びまわり始めたのである。


 さすがは訓練教官で、その飛び方はコントロールの効いた見事なものだった。

 宙返りすらして見せた。

 特訓の成果が出たようである。


 その後は志願した地球の消防士たちをバイクの訓練教官が手伝って、同様な消防訓練が繰り返された。

 慣れない地球人に配慮して、ヘリからの飛び降りは三十メートルほどである。


 その地球の消防士は飛び降りたあと仲間たちに取り囲まれた。

 そうして言ったのである。

 まるで自分はまったく動かずに、周囲の風景だけが静かに動いているだけのようだったと……



 最後には、上空二万メートルにふわふわ浮かぶことのできる火災探知機が紹介された。

 これは搭載されたAIが、単なる火の使用なのか火災なのかを瞬時に判断し、火災の場合には消防士たちのAIに連絡するという装置である。


 この火災探知機のお値段はおひとつ三百ユーロだった。


 火災探知機から連絡を受けた消防士は、空間連結器を通って火災現場に直行出来る。

 もちろん音声命令ひとつで自動的にAIの操作によって移動するのである。

 移動の有効範囲は太陽系内全域であると聞かされて、またもや地球人たちが大硬直する。


 消防士たちはたとえシャワー中であっても、遮蔽フィールドがあるために直ちに消火作業に入れるのである。

 もっともその格好はかなりハズかしいものだったが……


 後に地球人消防士たちの手で、緊急パックの装備にパンツが追加された。

 ブリーフやトランクス姿の消火活動もけっこうハズかしいものだったが、フルモンティ(おしり丸出し)よりはまあマシだったのである。




 驚かされっぱなし、硬直しっぱなしで疲れた顔の消防担当国務大臣が、傍らの消防総監に言った。


「なあ。この装備が普及したら、もう大火災は無くなるし犠牲者もいなくなるな……」


 消防総監はもっと疲れた顔で答えた。


「ええ。それも僅かな予算で……」


 それを聞いたバイクの訓練教官がにっこり微笑んだ。


「惑星バイクではこの五百年間で火災の犠牲者は一人しかいません。

 二百年ほど前に、気の毒に気が狂った方が地下深い部屋で焼身自殺しただけです」




 一週間後、スエーデン政府はスミルノフ氏を通じてバイクの緊急パック製造会社に五万セットの装備一式を注文してきた。


 同時に五機の火災探知機と、十万個の消火剤も注文し、訓練教官の地球常駐も依頼したのである。






(つづく)


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