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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 18 大悪霊折伏 ***


 そうした折に、その事件は起こったのである。


 県内の最近廃村になったある村に、亡霊が出るという噂の廃屋があった。

 その廃屋で、意識不明になった青年が発見されたのだ。


 その青年は瑞祥一族ほどではないにせよ、県内の有力一族の本家跡取りであり、ハイキングの途中で行方不明になって、一族総出の捜索の挙句にその廃屋で意識不明のまま発見されたのである。



 すぐに運ばれた病院では、いくら検査しても何も問題は発見されなかった。 

 ただ意識が戻らず、体がひどく衰弱していくのみである。

 バイタルの落ち込みの度合いからしてあと一週間はもちそうにない、ということであった。

 悲観にくれたその両親は、藁にもすがる思いで瑞祥異常現象研究所を訪れたのである。


 光輝の出番を待つまでもなく、さっそく原因調査に厳真が派遣された。

 そうして翌朝、厳真もまたその廃屋で意識不明のまま発見されたのだ。


 瑞巌寺に運び込まれた厳真の周りには、沈痛な面持ちの退魔衆が並んでいる。

 危険な仕事を職業に持つ集団は、消防や救助隊のように身内の結束が固くなるが、退魔衆もそうである。

 むしろ日頃修行や寝起きを共にしている分、もっと結束は固い。


 もう丸二日も意識不明を続ける厳真の周りには、憔悴した退魔衆たちの悲蒼な顔が並んでいる。

 部屋の隅は、厳真お兄ちゃんを心配したこどもたちの手作りのお見舞いで埋まっていた。



 厳攪によれば、大悪霊に敗れて取り込まれた厳真の魂は、今現世とあの世の間の無明の闇の中を彷徨っているらしいという。

 光輝ももちろんすぐに見舞いに行っていたのだが、厳攪と厳空に呼ばれて頭を下げられた。


「どうか三尊殿。お願いでございます。

 あの厳真の枕頭にて座禅をお組みになってやって頂けませんでしょうか」 



 もちろん光輝はすぐに座禅を組んだ。

 一生懸命心を空にして、五時間も座り続けた。

 厳真の蒼白な寝顔にほんの少し赤みが差してきているように思えたので、頑張ったのである。


 見かねた厳空が言った。


「もう座禅は充分でしょう。この上はどうかこのお部屋でお休みいただけませんでしょうか」


 光輝は自分の頭が厳真の頭になるべく近いところになるように布団を敷いてもらい、足は厳真と反対側に向けて頭だけを近づけた体勢で寝た。

 寝ている間、光輝は自分が暖かく光っている夢を見た。


 翌朝、布団の中で光輝が伸びをしていると、「三尊さま、三尊さま」と小声で自分を呼ぶ声がする。

 驚いた光輝が起き上がると、隣の布団の上に正座した厳真がいた。


 その顔はまだ青白い。座っているのがやっとの様子だ。

 厳真は深々と頭を下げて言った。


「拙僧は、無明の闇の中から三尊さまのおかげで戻って参ることが出来ました。

 このご恩は生涯忘れません……」 



 厳攪も厳空も、そしてもちろん退魔衆も喜んだ。大勢泣いている。

 厳空に背中を支えられて座る厳真が、まだ細い声で言うところによると、無明の闇を彷徨っているところに、一条の光が差してきたのだそうだ。


 その光は暖かく懐かしく、思わず光に向かって歩き始めたのだという。

 そうして光が徐々に大きくなってくると、その光が実は三つの光の集合体であることがわかり、嬉しくなってさらに足を速めたそうだ。

 そしてとうとう光輝の顔が見えるところに辿りつき、同時に目が覚めたのだということだった。


 厳真はひとりではまだ立ちあがることもできなかったが、厳しい修行に耐えた身である。

 一週間もすれば普通に生活できるようになるだろう。




 光輝は、お祝いの言葉もそこそこに、厳空と一緒にあの意識不明の若者が入院している病院に向かった。

 もう一週間近く意識不明の状態が続いている若者の顔は、亡霊のように青白く痩せこけ、もはや死相すら浮かんでいる。


 若者の両親も同じく憔悴しきった顔で若者の手を握りながら泣いていた。

 光輝は広い病室で厳空とともに若者の枕頭で座禅を組み、同じようにその傍らで頭を近づけて寝た。

 朝になるとまた座禅を組んだ。


 そして……

 十二時間後、その若者は奇跡的に意識を回復したのである。

 鍛え上げた厳真とは異なり、ひどく衰弱していて入院は長引きそうだったものの、もう命は大丈夫そうだ。


 医師は奇跡を目の当たりにして驚愕していた。

 あと一日遅かったら衰弱死していただろうとも言う。


 光輝はひれ伏して号泣を続ける若者の両親の、切れ切れの感謝の言葉を聞かされていた。

 若者は光輝の顔を見て、か細い声で「ああ、夢の中のお方とおなじお顔だ……」と呟いた。

 後で聞くところによれば、若者は厳真とおなじく暖かい三つの光に導かれ、光輝の顔が見えたところで意識を取り戻したそうだった。




 光輝は日本最強の退魔師軍団退魔衆から絶大なる信望を受けた。

 信望と言うよりは崇拝に近い。


 その後、光輝が毎週土曜日に瑞巌寺に行って、例の裏山のお堂で座禅を組んでいると、そのとき瑞巌寺にいた退魔衆が続々と集まって来ては光輝の周りの地面に座って座禅を組みたがる。 

 特に光輝の正面とま後ろは人気の場所らしく、兄弟子がやってくると弟弟子は渋々場所を譲っているようだ。


 石段の下りでは大勢の退魔衆が光輝の周りを取り囲み、光輝から目を離さない。

 厳空も苦笑しながらそれを見ていた。


(やっぱり一回ぐらい転んであげた方がいいのかな。

 でもこんなに大勢いると、ドミノ倒しになってタイヘンだな……) 

 光輝はそう思ったが何も言わなかった……




 若者が意識を取り戻した数日後、厳空を始めとする退魔衆全員がその廃屋に向かった。

 厳攪の姿まで見える。


 無人のくせに、異様に綺麗に手入れされているように見える以外は普通の古民家である。

 まだ厳真は寺で療養しているので、総勢十四人の退魔衆たちは廃屋を遠巻きにして円陣を組んだ。

 光輝は彼らから五十メートルほど離れた後方で座禅を組む。

 光輝の周りでは厳攪が強力な結界を張ってくれている。


 厳空の大音声が響く。


「よいか皆のもの!

 皆で心をひとつにしてこの大悪霊を折伏するのだっ! 

 戦いに敗れて倒れたとしても心配は要らぬ! 

 三尊殿がああして我らの後ろで座禅を組んでくださっているぞ!」 


「「「 おおおおおおおおおおーっ! 」」」


 という声を合わせた退魔衆のこれも大音声が響く。


 光輝の後ろには龍一所長とレックスさんがいる。

 見れば所長の横には大型のビデオカメラを抱えたカメラマンまでがいる。

「こどもたちに、憧れの退魔衆が大活躍する姿を見せてやりたくってさ」

 と龍一所長は言っていた。

 どうやらプロを雇ったらしい。



 退魔衆が印行を組みつつ念行を唱えながら円陣を狭めだす。

 しばらくすると廃屋から黒い煙のようなものが立ちのぼり始めた。

 後ろでは、プロのカメラマンさえ息を呑んでいる気配がする。


 円陣が狭まるほどにその黒煙は苦しそうに悶えている。

 ときおり退魔衆に襲いかかるかのような動きも見せるのだが、退魔衆が一層大きく声を合わせると撃退される。


 その隙に円陣を狭める退魔衆たち。

 一進一退の攻防は三十分ほども続いたろうか。

 遂に円陣が廃屋に達すると、廃屋は砂で出来ていたかのようにさらさらと消えうせた。

 微かに「ぐおおおー」という不気味な断末魔の声も聞こえる。

 

 跡には土台の石以外、何も残っていなかった……



 厳空によれば、それは古民家が時代を経て、まさにつくも神になろうとしたときに起こったことだったらしい。

 せっかくつくも神になれたのに、住人がその古民家や村まで捨てて廃村になってしまったのである。

 無人になってしまったその古民家のつくも神は、悲しみのあまり狂ってしまった。

 ついには、入って来たひとの魂を取りこんで放そうとしない悪霊になってしまったのだという。



 残念ながらカメラにもビデオカメラにもあの黒い煙のようなものは写っていなかった。

 ファインダー越しには確かにカメラマンの目にも見えたのだが、再生してみると何も写っていないのだ。

 最初から土台しか無い場所に向かって退魔衆たちが輪を狭めていく光景しか写っていない。


 光輝はがっかりしたが、龍一所長は、「まあ、異常現象の写真とかビデオって、みんなこんなもんだよ」とか言って涼しい顔をしている。


「まあ、見るひとが見ればわかる、っていうことさ」


 所長にそう言われて光輝は少し立ち直った……







(つづく)


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