*** 19 今月の地球人撃沈数 ***
こうしてショールームでのドレスの披露は一カ月に及び、満を持してドレスの販売が始まった。
やはりスペース的には惑星表面の方が安かったために、首都の郊外にさらに大きなデザインルームが作られている。
もちろん小惑星帯や首都の目抜き通りのショールームとも空間連結器で繋がっていた。
まあ、便利なもんだ。
ここも落ち着いた装飾で飾られ、ゆったりとした雰囲気の中でドレスのチョイスをすることが出来る。
膨大な数のドローンがお客様ひと組につき一体配置された。
そうして、客はドローンのアドバイスを聞きながら基本的なデザインを選び、色を決め、ベルトやプリーツの数などをチョイスするのである。
もちろん頼めばあの地球の森の村から来た女の子たちのアドバイスももらえる。
だがやはり森のドレスシリーズをそのまま注文する客が多かった。
そうしてその場でそのドレスをバーチャルで着、自分の姿を三百六十度の周囲から眺めるのである。
そこで同時にサイズの自動計測も行われる。
ドレスの価格は、一般的な鉱夫の一日の稼ぎが二百クレジットなのに対し、普通のシンプルなドレスは四百クレジットほどである。
デザイナーズものが八百から二千クレジット。
そうしてウエディングドレスが二千から六千クレジットだった。
つまりまあ、最高級のデザイナーズブランドのウエディングドレスが、鉱夫の三ヶ月分の収入で買えたのである。
鉱夫たちは半額割引券も持っていたため、実際にはその半額である。
普通のデザイナーズドレスなら一週間分以下の稼ぎで買えたし、シンプルなものなら一~二日分だ。
今までの植物性繊維のドレスの価格に比べたら五十分の一以下だった。
それもデザイナーはあの憧れの地球の森の村出身なのだ。
たちまち小惑星帯だけでなく、惑星中の女性たちからもとんでもない数の注文が舞い込んだ。
あの親方ドローンは、総親方ドローンとなり、それらドレスの縫製を部下の十体の親方ドローンたちに伝授した。
そうしてそれら十体の親方ドローンたちの下にはそれぞれ新たに十体ずつのドローンたちが配置されたのである。
全員がミシン内蔵型だった。
彼らは一斉に注文されたドレスの縫製に取りかかった。
ときおり総親方がその間を歩き回って、新入りの仕事をチェックしている。
もちろんドローンたちは優秀だったし、縫製を電子的に伝授したのは他ならぬ総親方である。
すぐに縫製工場は順調に回り始め、総親方ドローンはデザイナーとの仕事に戻った。
その後も縫製ドローンの数はさらに増え続けている。
ドレスが売れまくり、惑星中の女性たちがそれらを身につけ始めると、彼女たちの顔がどんどん優しくなっていった。
一緒に暮らす男たちの顔も同様である。
また、メンズのダークグリーンのシャツが売り出されると、これも飛ぶように売れた。
この森のドレスやシャツは、バイカーたちにとってあの木の装飾板と同じ癒し効果があったのである。
おかげでスミルノフ氏の木の装飾板も惑星表面で売れに売れた。
木の装飾板のある部屋で、森のドレスやシャツを着て暮らすライフスタイルは、もはやファッションと言うよりも、バイカーらにとって必要不可欠なものになっていったのである。
気候変動で惑星表面のほとんどが荒れ地になってしまうまでは、バイカーの遺伝子にも自然との調和が組み込まれていたのだ。
だが植物が無くなってしまったことによって、人々の心が荒廃してしまっていたのかもしれない。
それが森林をイメージした自然素材のドレスとシャツと木の装飾板によって蘇って来たのである。
こうして惑星バイクの平均倫理水準は短期間で急上昇していった。
数年後の銀河連盟の倫理水準調査で、連盟加盟全惑星中、倫理評価上昇率一位に輝くことになるのである。
しかもそれは、すべてあのKOUKINIAとの交易のおかげであるそうなのだ。
KOUKINIAとはいったいなんという星であろうことか。
惑星バイクの倫理水準急上昇のニュースを見た銀河人たちは皆そう思った……
デザイナーは自分のデザインしたドレスの途轍もない売れ行きに驚いた後、さらにイメージを補給するためにまた地球の森にいったん帰ることにした。
そうしてふと冗談のつもりで相棒の総親方ドローンに言ったのである。
「あなたも連れて行ってあげられたらいいのに」
ドローンは答えた。
「よろしいのですか?」
「あ、で、でもその格好だと地球のみんなが驚いちゃうかも」
まあ、ミシンが歩いていたらみんな驚くだろう。
「ではもしよろしければ、先生のリスのドローンと一体化してもよろしいでしょうか」
「そ、そんなことができるの……」
「はい。簡単です。
そのリスのドローンの中にわたくしがしばらくおじゃまいたします。
もちろん二つのドローンの個性や能力はそのままで、また元通りになることも簡単です」
「じ、じゃあ試しにやってみて……」
親方ドローンとリスのドローンは、なにやら相談でもするかのように顔を近づけてしばらくじっとしていた。
まるでひそひそと彼女の噂話をしているように見えて、デザイナーは微笑んでしまった。
それからリスはデザイナーの肩に戻り、親方ドローンとリスの入り混じった口調で言ったのである。
「先生と地球に行くのが楽しみだなぁ」
デザイナーは思わずリスに頬ずりして涙を流した。
デザイナーはリスを肩に乗せたまま、故郷の広大な森を歩き回った。
前回とは違って、今度は楽しそうにずっと肩の上のリスと喋り続けていた……
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とうとうスミルノフ氏がサティアにプロポーズした。
みんなが驚いたのだが、スミルノフ氏はまだ銀河標準年齢で二十八歳だったのである。
ジュリの人々は落ち着いた風貌のひとが多かったのだが、その中でもスミルノフ氏はややふけ顔だったのだ。
彼があのKOUKIよりも若いと聞くと、みんな心底びっくりした。
アンディよりも若い。
サティアはもちろん喜んだのだが、結婚するにあたって一つだけ条件をつけた。
「結婚したら、あの森の村で一緒に暮らしていただきたいんですけど……」
やはり娘が二人ともバイクに行ってしまうと両親が寂しがるからという理由だった。
サティアは優しい子だったのである。
スミルノフ氏は少しだけ悩んだ。
だが、バイクと地球を結ぶ定期航路は順調に運営されていた。
なんせ航海は音声命令だけで事足りるのである。
また、よく考えたら木製品の販売も最近ではドローンに任せきりであった。
スミルノフ氏は、あの湖畔の村に邸を建て、銀河技術コンサルタント業と輸出入代行業も併せて行うことにした。
また森のホテルで盛大な結婚式をしたあと、湖畔の村ではスミルノフ邸の建設工事が始まったのである。
スミルノフ邸の外観は、村や森や湖に合わせた落ち着いたものだったが、その大きさは大分大きい。
まるで中世の領主の邸のようである。
これは湖畔の村にマッチして実に素晴らしい風景になった。
だがその中身は、銀河技術を駆使した最新鋭の部屋と伝統的なスエーデンの部屋と日本間に分かれている。
中には茶室まであったのである……
スミルノフ邸と、ストックホルムの事務所と首都郊外のショールームはそれぞれ空間連結器で繋がっている。
銀河技術を求める客は、首都の事務所からショールームに案内されて、そこでスーツ姿のヒューマノイド型ドローンたちに応対される。
地球人の客たちは、ドローンのカタログを見て驚いた。
あまりにも高度な各種の仕事が出来るというのだ。
まだ地球では許されていなかったが、医者と同様の医療行為まで出来るというのである。
手術すら出来た。
営業担当のドローンたちは、そんな彼らの疑問に親切に根気よく答えている。
それでもよく地球人の客から、「本当にロボットにそんな仕事が出来るんですか?」と聞かれる。
その度に彼らは、「あの。わたくしもそのドローンなんですけど……」と答えて客の腰を抜かせている。
ドローンたちは密かにこれを楽しんでいた。
ドローンたちの控室にはグラフがあって、ドローン別に数が表示されている。
よく見ればそれは売上数ではなく、「今月の地球人撃沈数」と書いてあった……
やはりもっともよく地球人に売れるのは各種のドローンである。
ヒューマノイド型は各種規制があって、使用できない地域もあったが、作業用や動物型はなんの規制も無い。
特にペット用はよく売れた。
一人暮らしのお年寄りには話し相手となるだけでなく、緊急時には警察や病院への連絡も出来たからである。
もちろん防犯用にも最適である。
逆にジュリやバイクが地球の製品を欲しがった場合にも、スミルノフ氏が窓口になった。
アンディとサンディアの店も、スミルノフ氏を通じてコットン生地やボタンなどの地球製品を輸入している。
なにしろ輸送船まで持っているので実に便利である。
このコットン生地の輸出量は大変な量になっていった。
おかげで世界の綿花畑の十%を所有する光輝は、またも資産が増えてしまっている。
もちろんすべてジュリのアレックくんと三尊研究所を通した取引になるのだが、両方とも大幅に取引手数料を割り引いていてくれたため、競合他社が現れても競争力はありそうだ。
やはり真面目に商売をしてきた実績は重要であった。
また、森のホテルや周辺のホテルとも契約を結んで、旅行代理店業務も行った。
これでもうバイクの人たちの予約の手続きでディラックくんを煩わせなくともよくなっている。
(つづく)
 




