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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
188/214

*** 18 ショールーム ***


 デザイナーと親方ドローンは寝食を忘れてドレスを作りまくった。

 まあ、ドローンは寝る必要は無いのだが……

 リスのドローンはデザインデスクの片隅で所在なげにしている。



 ドレスデザイナーにとって、自分のイメージ通りのドレスが出来上がると言うのはたいへんな快感である。

 それは自分が思った通りの色が出せた画家、自分の思った通りの音を聞けた指揮者の感動と同じだった。


 気がついてみると、二十着ものドレスが出来ていた。

 彼女が特に作ってみたかったコットンのウエディングドレスも三着も出来た。


 それは普通のドレスに比べて縫製に五倍もの時間がかかるために、おいそれと縫製を依頼出来ないものだったのだ。

 それをこのドローンは一時間余りで作ってしまうのである。


 デザイナーはサンディアに、それらのドレスを少しショールームに飾らせて欲しいと頼んだ。


 サンディアは驚愕の目でそれらのドレスを見た後言ったのである。


「ショールームに飾るのは一着だけにしましょう。

 それ以外はファッションショーで披露しませんか……」



 こうしてそのデザイナーの初の単独ファッションショーは、バイクの小惑星帯で開かれることになったのである。


 急遽地球人とバイカーの女の子のモデルが集められた。

 そうしてあの親方ドローンが、彼女たちの体型に合わせて、同じデザインのドレスを僅か一日で作ってしまったのである。

 いずれも見事な出来栄えだった。


 会場となったのは、小惑星帯でも最も広くて豪華なあの鉱夫会館の集会室である。

 前日からたくさんのドローンたちが、ドレスのイメージに合わせてデザイナーの指示通り会場の飾り付けをした。

 ここでも瞬く間にデザイナーのイメージ通りの会場が出来て行く。



 ファッションショーの当日。

 サンディアとデザイナーは早朝から会場にやって来て驚いた。

 なんと会場の外には大勢のバイカーたちがたいへんな行列を作っていたのである。


 サンディアは急遽開場の予定を早めて客を中に入れた。

 それでも外には大勢のバイカーの女の子やカップルたちが残されている。


 サンディアは一日だけの開催で二回だけの予定だったショーを、三日間五回ずつすることになってしまったのである。


 入れ替え制のファッションショーが終わって外に出て来た女の子たちは、頬が真っ赤に上気している。

 泣いている子も多い。


 特に最後に出て来たコットンの素晴らしいウエディングドレスは、大勢の女の子たちを感激のあまり泣かせた。



 バイカーたちにはエンゲージリングを贈る習慣が無い。

 給料の三カ月分のダイヤの指輪など買おうものなら、そのダイヤの指輪には直径八センチのダイヤが三個も付いてくることになってしまうからだ。


 代わりに彼らの結婚記念のプレゼントとして、そのコットンのウエディングドレスを欲しがる女の子が激増した。


「あのドレスが売り出されるまで結婚式は延期しましょう」


 婚約者にそう言われて狼狽した鉱夫たちは、サンディアに早くあのドレスを売り出してくれと懇願した。


(あのコットンのウエディングドレスが売り出されたら、カノジョにプレゼントしてプロポーズしよう……)

 そう思った鉱夫たちも発売を待ちわびている。



 ファッションショーの反響の大きさに呆然としていたデザイナーに、サンディアが専属契約を申しこんだ。

 契約金は現地通貨でもユーロでもどちらでもかまわないと言ったが、デザイナーは少し考えさせてくださいと言っていったん地球に帰ることにした。


「これでお土産でも買って下さい」と言って渡された現地通貨で、驚いたことに大きなダイヤのネックレスが五つも買えた。

 さらに動物ドローンは十体も買えたのだ。


 宇宙港にはサンディアたちとあの親方ドローンが見送りに来てくれ、デザイナーに深く頭を下げていた……




 帰りの船の中で素晴らしいダイヤモンドのネックレスを取り出したデザイナーは、そのネックレスに合わせるドレスのデザインが次々と浮かび、地球に帰るまでデッサン帳にそのアイデアを夢中で描き写したのである。


 だが……

 地球にはそのアイデアを実際にドレスにしてくれる縫製士がいなかったのだ。

 ようやく見つけても、一着仕上がるまでに二週間かかると言われてしまった。

 手間賃もかなり高かった。


(あのドローンなら三十分で仕上げてくれるのに……)

 懊悩したデザイナーは、三日後にまたバイクの小惑星帯に向かう船に乗ったのである。



 サンディアに専用の快適なアトリエをもらったデザイナーは、それから無我夢中でドレスのデザインを続けた。


 デザイン画がひとつ出来上がると、さっき描いたデザイン画がドローンの手によってもう実際にドレスになっているのである。

 そのドレスの手直しを頼むと、ドローンが五分で手直しを終える。

 手直しの回数はどんどん減っていった。


 デザイナーは、自分でも気づかないまま、次第にその才能が開花していったのである。

 寝ているときでもデザインの夢を見た。

 慌てて起きるとそれを枕元のデザイン帳に写した。

 食事中でもデザインが浮かぶと、すぐに傍らに用意してあったデザイン帳を手に取る。


 名を残した一流の画家や作曲家や小説家は、皆生涯に一度はこういう経験をしたらしい。

 まるで天から降って来るかのようなアイデアを、次々に紙やキャンバスに写すだけでそれが作品になっていってしまうのである。


 自分が単なる天の腕になったような気分になるそうである。

 故にその作品がどんなに評価されてもまるで実感がわかないのだ。


 僅かな期間で大量の作品が出来上がってしまうため、周囲からは粗製乱造と陰口を叩かれることもあるのだが、彼らは単に天から降って来たアイデアを忘れないうちに必死でカタチにしていただけだったのである。



 このデザイナーもその感覚を味わった。

 気がついてみたら、アトリエには五十着に及ぶドレスと二十着に及ぶウエディングドレスが出来上がっていたのだ。


 デザイナーは心の底からの充実感を味わった。

 こんな感動は生涯で初めてだった。


 すぐに地球への船に飛び乗ったデザイナーは、地球に帰るとすぐに森に行った。

 そうして一日中森の中を歩き回ってイメージを補給する。


 次に首都の生地問屋を訪れて山のような生地を買った。

 無地の生地も多い。

 その無地の生地を天然素材で染色する染色家のところに持っていって、長いこと相談をし、その染色家が推薦する生地も全て買った。


 サンディアから、仕入れにはいくらおカネがかかっても構わないと言われていたからである。


 アンディは鉱夫監督に頼んで、鉱石滓捨て場から自分で宝石を集めた。

 それを地球に持ち込み、あの宝石商に売った代金がコットン生地などの仕入れに使われたのである。


 余った代金はもちろん鉱夫組合に寄付されたが、お礼に鉱夫たちにはドレスやシャツの半額割引券が配られたために、みんなが喜んだ。


 それらの生地とともに小惑星帯に飛んで帰ったデザイナーは、またアトリエに籠った。

 しばらくすると地球の染色家たちから素晴らしいアースカラーに染まった生地が送られて来る。

 またイメージのままに大量の作品が作られていく。


 特にスエーデンの深い深い森を思わせる、ダークグリーンのドレスにはダイヤモンドのネックレスがよく似合う。


 ワンポイントで入れられた濃い茶色の布地とも合って、まるで鬱蒼とした森の木の葉にキラキラと太陽光線が差しこんでいるかのようなイメージである。


 このドレスを見ているだけで、まるで深い深い森の中にいるかのように癒されるのだ。


 デザイナーはたくさんの深い緑色のドレスをデザインしまくった。

 傍らではもちろんあの親方ドローンが夢中でそのデザインを形にしていた……



 こうしてそのデザイナーの代表作となる「森のドレス」シリーズが出来上がって行ったのである。


 ようやく許しを得てアトリエに入ったアンディとサンディアは驚愕に立ち尽くした。

 それらは彼らの目にすら涙が浮かぶほど素晴らしい作品群だったのである。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 小惑星帯の目抜き通りに広大なスペースを持った新しいショップがオープンした。

 元は大きなカジノが入っていた跡地である。


 ショップは全てショールームである。

 床は一面の木。壁はやはり木の装飾板やあの絵画を彫った板。

 そして奥の壁は森のバーチャル映像である。

 中央部分には床から一メートルほどの高さのキャットウォークもある。


 その部屋の中にはたくさんの椅子と小さなテーブルが置かれ、その間をあの森のドレスシリーズを着たモデルの女の子たちがたくさん歩きまわっているのだ。


 彼女たちは地球のトレーナーによってモデル歩きの特訓も受けている。

 要は常時ファッションショーが開かれている空間になったのである。


 そうして一時間に一度、スポットライトの中をウエディングドレスを着たモデルたちが、何十人もキャットウォークを歩いていくのである。


 惑星バイクでは、ウエディングドレスは白という風習が無かったため、ウエディングドレスの色も鮮やかな色だったり森のイメージだったり実に多彩だった。

 このモデルになりたがる女の子たちが激増した。



 同時に惑星表面の首都の一等地にも同じコンセプトのショールームがオープンした。

 こちらはやや小さかったが、空間連結器で小惑星帯のショールームとも繋がっている。


 予想通り店の前には長蛇の列が出来たため、すぐに一時間ほどの時間での入れ替え制になった。

 時間になると入り口で渡された小さなドローンが、「申し訳ありません。お時間でございます」と客に告げるのだ。


 客はぼーっと上気した顔でふらふらと外に出て、また列に並ぶ。


 あまりにも列が長くなったため、首都郊外に広大なスペースの待合室も用意された。

 椅子に座っていると、その椅子が徐々に列の先に動いて行ってくれるのである。


 その列の横にはあの森のドレスや、その他のコットンドレスを着たモデルたちが微笑みながら大勢歩き回っていたため、客はいくら待たされても文句は言わなかった。


 そうして最後には本格的なショールームでさらに凝ったドレスを見、最後にウエディングドレスを見て感嘆するのである……






(つづく)


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