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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
187/214

*** 17 デザイナーの弟子 ***


 サンディアはアンディとともに小惑星帯に住んだ。


 アンディの部屋はスミルノフ氏や筆頭様からのお祝いの木製品で埋め尽くされている。

 アンディは岩をくりぬいてもうひとつ大きな部屋も作り、こちらもすぐに木製品で埋まって見事な部屋になった。


 サンディアは嫁入り道具とともに、たくさんのコットンの布地とミシンを持って来た。

 そして、アンディの友人のカノジョや鉱夫監督の奥さんのために、コットンのドレスを作ってあげたのである。

 もちろんボタンも木や貝殻を加工したものである。


 このドレスはアンディの仲間のカノジョたちにたいへんな評判となった。

 皆カノジョたちにせがまれて、アンディとサンディアにドレスを作ってくれないかと頭を下げに来たのである。


 サンディアは次の里帰りのときに、大量の布地やボタンとミシンをもう一台買って帰って来た。



 ドレスの制作そのものは、サンディアが作るところをドローンがしげしげと眺めてすぐに覚えた。

 そのうちにドローンはアンディに少し資源をもらって、ミシンを取りこんで自分をドレス縫製用ドローンに改造してしまったのだ。

 なんとも便利な機械である。


 ミシン部分には自分で油も差したし、糸が無くなりそうになると自分で倉庫に行って補充してくれる。

 もちろん銀河技術のドレス製作機もあったが、サンディアは地球風のミシン手作り感を大事にしたかったのである。


 サンディアと女の子たちは、サンディアが地球から持ち込んだ「手作りコットンドレス」の本を眺めながら、ドレスの形や布地の色を決めるだけでよかった。


 そのうちに評判が評判を呼んで、アンディとサンディアの家にはひっきりなしに小惑星帯の女の子たちが来るようになったため、とうとう二人は街に店を出すことにしたのである。


 店の名前は、「アンディとサンディアのコットンドレスの店」にした。



 二人の店にはさらに女の子たちが押し寄せてきた。

 なにしろ鉱夫の稼ぎ一カ月分でも買えなかった植物繊維の超高級ドレスが、この店では二日分の稼ぎで買えるのである。


 しかも一着もののセミオートクチュールである。

 そんなものを惑星表面に注文したら鉱夫の三カ月分の稼ぎが飛んでしまうのだ。


 アンディとサンディアは、隣の建物も借りて店を広げた。


 そこでは大勢の女の子たちが、サンディアが地球から持ち込んだドレスのカタログを眺め、ため息をつきながら自分でデザインを選ぶのである。

 そうして布地の見本を見て色を選び、ボタンやリボンを選ぶ。

 その後はバーチャルドレスを着て、三百六十度から見た自分の姿を眺めるのだ。


 これらの応対はすべてドローンが行ったが、皆はサンディアの意見も聞きたがった。

 なにしろ植物繊維の本場地球の、それもあの憧れの森の村から来た女の子なのである。


 忙しさに目が回ったサンディアは妹のサティアに声をかけ、手伝ってくれないかと頼んだ。

 サティアは週に五日だけ小惑星帯で働き、二日間は地球に帰るという条件で手伝ってくれた。

 そうしないと地球の父親や母親が寂しがったからである。


 しかもそうすれば、サティアはさらに大量の布地やボタンなどの材料を小惑星帯に運んでくることも出来たのだ。



 初めてサティアを見たスミルノフ氏の目がハート形になった。

 サティアは小柄で自分よりも遥かに小さく、また姉のサンディアに似て実に美しい北欧美人だったからである。


 スミルノフ氏はサティアの運賃や荷物代を大幅に割り引いてくれ、さらにディラックくんに頼み込んで布地の取引手数料を最低料率にしてもらった。


 サティアが毎週地球と小惑星帯を往復する際には必ず自分も同乗し、船長のキャビンに招いてもてなしている。

 最初は恥ずかしそうにしていたサティアも、最近ではまんざらでもなさそうである……



「アンディとサンディアのコットンドレスの店」でドレスを作ってもらった女の子たちは、ドレスをプレゼントしてくれたカレシに抱きついて熱烈なキスをしている。

 まあ鉱夫たちにしてみても、二日分の稼ぎで買える服でカノジョがこれほど喜んでくれるのだから安いものである。


 まもなくサンディアの店は大人気デートスポットとなり、二人はさらに店を拡張した。


 その広い落ち着いたデザインルームでは、大勢のカップルがカタログをめくったり、立体映像のドレスを眺めながらため息をついている。


 壁の一面はあのスエーデンの森のバーチャル映像である。

 他の壁はもちろん木の装飾板で埋め尽くされていた。

 テーブルも椅子もすべて木製である。

 ソファのクッションはコットン製だった。


 店の商品にはまもなくシャツやパンツも加わった。

 男性用のシャツやパンツもある。


 まだ若い鉱夫も、まだカレシのいない女の子も、シャツならなんとか買えた。

 さらにコットン製の女性用下着も加わって、店は大繁盛した。


 サンディアやサティアの友人の村の娘たちも大勢雇われて働いている。

 最初に自分を改造して縫製ドローンになったドローンは、部下を十体抱える親方ドローンになった。


 やがてお腹の大きくなってきたサンディアは店に出ることはあまりなくなったが、サティアやその友人の村の娘たちが十分にお客たちに対応した。



 村の娘たちは、もらったお給料で銀河技術の製品を買って地球に持ち帰ることも出来た。

 人気の商品はやはりドローンたちである。

 器用なドローンはたちまち仕事を覚え、薪割りや農作業や料理の手伝いまでしてくれるのだ。


 また、動物の形をしたドローンも大人気になった。

 なにしろ喋るのである。それもかなり賢い。

 ドローンの店に犬や猫やリスやウサギの写真を見せると、それらの形をしたドローンを作ってくれるのである。


 それらは次第にスエーデン国内で評判になり、ストックホルムではかなりの高値で売れるようになっている。

 村の娘たちは熱心に働き、中には住み込みで働いて、小惑星帯の鉱夫たちとデートするようになった娘もいた。



「アンディとサンディアのコットンドレスの店」の販売商品数は二万着を超えた。

 これは小惑星帯の女の子たちが平均一着ずつドレスを作った勘定になる。


 しかも一着コットンドレスを持ってしまった女の子たちは、さらにもっと欲しくなってしまい、店の売り上げはますます増えた。


 そのうちとうとう惑星表面の女性たちがコットンドレスを作りに小惑星帯に来るようになったのである。

 これで潜在顧客数が十億人になってしまったことになる。

 アンディとサンディアは、惑星表面に支店を出すことを検討中である。




 店で働いていた女の子が休暇で家に帰っていたときに、年の離れた姉に小惑星帯での仕事の話をした。

 姉は首都ストックホルムで新進気鋭のドレスデザイナーとして売り出し中だったのである。

 特に素朴なコットンを使って豪華なドレスをデザインするのを得意としていた。

 姉はおみやげにリスのドローンを貰って大喜びしている。


 女の子は姉のデザインノートを預かって小惑星帯に戻った。

 そのデザインノートを見たサンディアは驚いた。

 中にはウエディングドレスまであったのだ。


 すぐにその子を通じてデザイナーに連絡を取り、宇宙船の切符を手配するので一度小惑星帯まで来てくれないかとお願いした。


 デザイナーは休暇のつもりで行ってみることにした。

 銀河宇宙に行くのはなんだかわくわくしたし、妹もいたからである。


 そのデザイナーは物珍しそうに小惑星帯を見物した後、サンディアの店の縫製工場を見て驚いた。

(ど、ドローンがドレスを作っている……)


 彼女のお気に入りのリスのドローンは、いつも彼女の肩の上にいて話相手になってくれるだけである。


 サンディアは彼女の素晴らしいセンスを褒め称え、使用料を払うのであのデザインノートのデザインを使わせてもらえないかと頼んだ。

 デザイナーは試しに一着、自分のデザインしたドレスを実際に作ってもらうことにした。


 ミシン内蔵親方ドローンがデザインノートをまたしげしげと眺めている。

 そうしてすぐにドレスを一着仕上げてしまったのである。

 二十分とかかっていない。


 その服は完全にデザイン通りだったが、実際に作ってみると一部に気に入らない点が見つかった。

 デザイナーが申し訳ないんだけどここをもう少し、と言って改良点を示すと、親方ドローンが、「はい。先生」と言ってすぐに作業に取り掛かる。

 今度は五分とかからなかった。



 デザイナーの最大の悩みは自分がデザインした服がイメージ通りに作られないことである。

 自分で縫製していたら時間がかかってデザインのイメージを考える時間が無くなってしまうので、どうしても作り手に依頼しがちである。


 だから優秀な作り手の確保が重要なのだが、何回も作り直しを依頼すると作り手が怒り出してしまうこともあった。


 有名デザイナーになればそんなこともないのだが、彼女はまだ新進である。

 いつも作り手の機嫌を損ねないように気を使いながら、イメージと実際の作品のギャップに悩んでいたのだ。


 彼女は親方ドローンに感動した。

 縫製の早さ丁寧さも素晴らしかったが、彼女がどんなに何度も作り直しをお願いしても全く文句を言うことなく、「はい。先生」と言ってすぐに仕上げてしまうのだ。

 ため息すらつかない。

 作り直しをすればするほどドレスが美しくなっていくのを楽しんでいるかのようにさえ見える。


 デザイナーは久しぶりに自分のイメージ通りの作品が出来上がって行く感動に、我を忘れてドレスのデザインに没頭した。


 五着めで彼女はデザインに悩んだ。

 ウエスト部分の飾りベルトを細いままにするか、それとも思い切って幅広にするか悩んだのである。

 彼女は半ば冗談のつもりで親方ドローンに聞いてみた。


「アナタはどっちがいいと思う?」


 すると親方ドローンが答えたのである。


「僭越ながら……

 わたくしはこちらの幅広の飾りベルトの方が遥かにドレスを美しく見せると思うのですが、この小惑星帯のお客様は、どうも細いベルトを好まれます。

 今まで作った2万2752着のベルト付きドレスのうち、幅広ベルトを細いベルトに作り直しを依頼されたお客様は4%いらっしゃいましたが、逆は0.3%しかいらっしゃいませんでした」


 デザイナーはびっくりした。


「あ、アナタ、いままで作ったドレスのデザインを全部覚えてるの!」


「あ、はい。私が作りましたものだけでなく、わたくしの配下の十体のドローンたちが作りましたものもすべて把握しております。

 また、お買い上げいただいたお客様のお名前やサイズやお好みの色も全部把握しております」


「ま、まさかアナタ、ドレスのデザインも出来たりするの?」


「あの…… まだ自信は無いのですが、いつかは自分でもデザイン出来るようになりたいと願っております。

 いつも先生のデザインを拝見させて頂いてものすごく感激しております。

 どうもありがとうございます」


 親方ドローンはそう言うと、丁寧に頭を下げた。


 デザイナーは感動のあまり口もきけなかった。

(わ、わたしにもついに弟子が出来たのかも…… しかも縫製名人の……)






(つづく)


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