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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
184/214

*** 14 アンディとサンディア ***


 小惑星帯では今日も大勢の若者たちが惑星表面から働きに移住して来ている。


 みなガラの悪そうな不敵なツラ構えの屈強な若者たちである。

 鉱夫監督や鉱夫頭たちは昔の自分たちを見ているようで、思わず口元に笑みが浮かんだ。


 鉱夫監督は若者たちに言った。


「今日から三日間。組合の集会室で静かに座っていろ。

 もしも集会室の装飾を少しでも汚してみろ。

 小惑星帯五万人の鉱夫たちに袋叩きにされるぞ」


 ガラの悪い若者たちは集会室に入って驚愕のあまり立ちつくす。

 そこはどう見ても惑星大統領の官邸応接室よりも遥かに豪華な部屋だった。

 壁中には巨大な一枚板を彫った絵画彫刻が並び、部屋中に木の香りが満ちている。


 何人かの若者が驚きの叫び声をあげた。

 その指差す先には、さっきの鉱夫監督があのKOUKINIAの英雄KOUKIと笑顔で並んでいる写真が飾られていたのである。


 荒くれ若者たちは、毒気を抜かれて大人しく座っていた。



 彼らの顔が穏やかになって来ると、こんどはスミルノフ氏の宇宙船に案内される。

 ここでも彼らは腰を抜かした。

 惑星表面の富を全て集めても、これほどまでに美しい宇宙船は買えないと思った。

 しかも装飾だけでなく中身も銀河最新鋭の超高級宇宙船である。


 次に彼らは順番に鉱夫監督夫妻の豪華な自宅に招待されて、あの有名なチョコレートとコーヒーを大量に振舞われる。

 ほとんどの若者たちがそれらを初めて口にした。


 荒くれ若者たちはどんどん大人しくなっていく。


 そうして最後に、大勢の鉱夫たちが地球の広大な森の中で、奥さんと共にバカンスを楽しんでいる映像を見せられるのだ。


 そのあとは、鉱夫監督が微笑みながら彼らに言う。


「資源採掘の仕事は危険で重労働だ。

 だが一生懸命働けば、みんなもこうしたバカンスに連れて行ってやるぞ」


 荒くれ若者から短時間で真面目な若者になった若者たちが、皆真剣に頷いた。



 小惑星帯の街はさらに活気づいた。

 若者たちが働きに移住してくるたびに、レストランや喫茶店や衣料品の店が増え、そこにはやはり惑星表面からたくさんの女の子たちが移り住んで働いている。


 若者たちは鉱夫会館の集会室や手ごろな価格のレストランでデートしながら、うっとりと地球の森の立体写真を眺めたりして過ごした。


 もはや小惑星帯は惑星バイクの若者たちの憧れの職場である。

 惑星大統領も頻繁に視察にやってきた。


 もちろん大統領夫妻も鉱夫組合に招待されて地球での休日を過ごし、大統領の顔すらもどんどん穏やかなものになって行ったのである。

 あの英雄KOUKIに紹介された大統領夫妻は口もきけないほど感激していた。




 スエーデンの森のホテルにはいつも大勢のバイクの鉱夫たちが来ていたが、連中はいつも奥さんやカノジョと一緒なわけではない。

 やはり小惑星帯では圧倒的に男の方が多かったのである。


 女性に声をかけることの出来なかった内気な若い男たちはひとりで、あるいは仲間たちと来ていた。


 その中にアンディという名の体の大きな若者がいた。

 顔立ちがやさしく、口数の少ない真面目な男である。

 身長は二メートル十五センチもある。

 体の大きなバイカーの中でも大きな方だった。



 アンディは、ホテルのダイニングで食事をしているときに、ホテルのウエイトレスとよく目が合うのに気がついた。

 その子はアンディと目が合うと、頬を赤くしながら慌てて視線を逸らすのだ。


(ほっそりしていて可愛い女の子だなぁ)

 アンディはなんとなくそう思っていた。


 そのウエイトレスは、サンディアという名の典型的な北欧美人だったが、体の大きな北欧の人々の中でも特に身長が高かった。

 百八十八センチもあったのだ。

 そのために男性からはやや敬遠されていた。


 サンディアはいつも思っていたのだ。

(わたしよりも遥かに身長が高くって素敵なひとっていないのかしら……)



 あるときアンディがホテルの裏手を歩いていると、サンディアがクルマから大きな箱をホテルに運んでいた。

 アンディがその箱をひょいと持って運んであげると、サンディアはまた真っ赤になってお礼を言い、それから二人はときおり会話をするようになった。


 そのたびにサンディアは真っ赤になり、アンディを見上げて微笑むようにもなっている。



 アンディが明日帰ると言うと、サンディアの目に涙が浮かんだ。


「つ、次はいつお見えになるんですか……」


 ようやくサンディアがそう言うと、アンディは思わず、「監督にお願いしてなるべく早くまた来るよ」と言っていた。


 アンディは監督に頼み込んで一カ月後にまた森のホテルにやって来た。

 勤務時間外や休日にも綺麗な石を集める作業を手伝ったので、監督も笑顔でこれを許したのである。


 アンディは自分でも不思議だったのだが、ホテルに来ると目はサンディアを探していた。

 サンディアはすぐにアンディに気づき、また真っ赤になって目に涙を浮かべている。


 サンディアは地元の村に住んでいて、仕事が終わるとホテルの電気自動車に送ってもらって帰っていた。

 アンディはすぐに歩いてサンディアを村まで送っていくようになったが、村が近づくと次第に二人の足取りが重くなるようになった……







【銀河暦50万8164年  

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】



 この時期の地球と銀河世界の物価水準の大幅な相違の原因については諸説あるが、やはりそれは地球の豊かさに起因するものだったのであろう。

 なにしろ銅価格を基準にすればその物価感覚の違いは一千倍もあったのである。


 また、地球ではまだ水も資源としての利用はされておらず、飲料としての水と水資源という概念の違いも無かった。

 またその水の豊富さそのものもあってその価格は異常に安かった。


 仮に水資源の価格を基準にすれば、このときの地球と銀河世界の物価水準の差は一億倍から無限大倍になっていたことだろう。


 我が旧友であるディラック氏が初めて英雄KOUKIに会った際に、彼は遭難中の私のコールドスリープや安全措置のために水資源の借り越しを依頼したのだが、そのときKOUKIは「そこの湧水はタダだからいくらでも好きに使ってください」と言ったそうである。


 そう…… 地球では全ての資源が豊富すぎたのだ。

 鉄より原子量の多い重金属も実に豊富であった。


 通常我々銀河の星々でも技術水準が四・〇以下の未開の時代には、多少は資源が豊富だったこともあった。

 だが次第にその資源が枯渇し始めることで技術開発が進んで行ったのである。

 すなわち純粋鉄の利用や、燃料資源の使用を低減するための空間連結器の開発などである。


 だが地球はあの不幸な大脅威物体との遭遇と、その後の一連の驚異的な対応により、一足飛びに銀河連盟准加盟星として扱われるようになってしまったのだ。


 故に資源価格を基準にすればあのような巨大な物価格差が生じてしまっていたものと思われる。



 だが…… 

 この時期の地球は資源が豊富すぎて技術革新がやや停滞していたのだ。

 技術水準が僅かに三・五の状態でとどまっていたのはそのせいと思われる。

 いまだに火災や事故や疾病での死因が大勢を占めており、その平均寿命も僅かに八十標準年ほどでしか無かったのだ。


 したがって、この時期になかば偶然、なかば強制的に銀河連盟に准加盟したことは、地球にとって誠に幸いであった。

 なにしろ銀河技術を購入するために必要な資源が、それこそいくらでもあったのである。


 あの脅威物体の残骸の除去を銀河連盟防衛軍が申し出たとき、地球は連盟加盟を果たしていなかったために、その法定代金は水資源一兆キログラムにも達していた。


 だが英雄KOUKIは即座に水資源備蓄倉庫からこれを支払ったそうであり、実に驚くべきことに、その水資源倉庫にはその四百万倍の水資源が備蓄してあったそうである。


 またこれも偶然ではあるが、この時期の地球がこの私と専任代理人契約を結んでいたことは、私と彼らの双方にとって大いなる幸せであった。

 もちろん私にとっては莫大な利益を意味したし、彼らにとっては不必要な資源の流出が避けられたことになる。


 さらにもうひとつ、この時期の彼らにとっての大いなる幸運があった。

 それは、あの大危機の際に忽然と現れた、英雄KOUKIとその協力者たちの倫理水準の高さである。


 その突然変異と言っても過言では無い程の倫理水準の高さが、その後の銀河世界への融合を実に円滑に進めることになったのだ。


 なにしろ技術水準三・五の星に倫理水準九・五の指導者が現れたのである。

 この格差は銀河広しと言えども最高レベルではないかと考えられている。


 またもやRYUICHIの語った言葉が想起される。


「地球人類最大にして最悪の危機が起こったからこそ、地球人類最高にして最良の指導者が現れただけのことですよ」と……






(つづく)


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