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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
182/214

*** 12 ダイヤモンドはまだ暖かかった…… ***


 鉱夫監督は、旅の間中記録していた映像を、AIに頼んで一時間ほどのものにまとめてもらった。

 もちろん奥さんといちゃいちゃしているところはカットさせてある。


 そしてその映像を鉱夫組合の集会場で皆に見せたのだ。

 それは鉱夫とそのカノジョや奥さんたちに大人気になった。


 鉱夫監督が料亭で杯を落とすシーンでは、鉱夫たちも皆、「え、英雄KOUKI……」と言って硬直し、飲み物のボトルを落とした。

 ドローンが慌てて床を拭いている。


 ディラック邸の森のリスが写ると皆顔がほころび、筆頭様の森が写ると皆どよめいた。

 スエーデンの森では皆絶句し、暖炉の火を見てはらはらした。


 一度では皆見られず入れ替え制になったが、何度でも見たがる者が多かったため、映像は何度も何度も上映された。

 料亭のシーンが近づくと、鉱夫たちの後ろではモップを持ったドローンたちが待機している。


 数えてみると、小惑星帯の五万人の鉱夫とそのカノジョや奥さんたちが平均二回ずつ見た勘定になっていた。


 スミルノフ氏の新しい船の見学はもっと混雑し、こちらは予約制、入れ替え制である。

 鉱夫たちは新しい靴下をはいて、きれいに手を洗ってから見学している。


 そうして鉱夫監督は言ったのである。


「さあみんな。一生懸命働いて稼いだら、この旅行に連れていってやるぞ」


 皆の眼の色が変わった。

 カノジョや奥さんたちは鉱夫たちを期待の目で見つめた。



 また鉱夫監督は、鉱石採掘の際に出てくる綺麗な石は、捨てずにこの鉱夫会館に持ってくるようにも言った。


 小惑星帯で鉱石を採掘した際に出る石や鉱石滓などは、宇宙船の通行の邪魔にならないように、採掘の終わった小惑星の中身をくりぬいて集めてある。

 鉱夫監督は鉱石滓の捨て場をもうひとつ用意させて、今までの捨て場から鉱石滓を移しながら、捨ててしまっていた綺麗な石をドローンに探させたのだ。


 するとびっくりするほど大量の綺麗な石が集まったのである。

 監督はその中でも大きいものだけ箱詰めにした。

 だがそれがいくらぐらいで売れるものなのか皆目わからない。


 一カ月後に鉱夫監督は五人の鉱夫頭とその奥さんたちを連れて、またスミルノフ氏の船で地球観光に出かけることにした。

 スエーデンの森のホテルに二泊の予定なので、最悪石が全く売れなくても先日売れた分で楽に支払いは出来るだろう。


 ホテルはディラックくんに頼んで予約してあった。


 一行は大勢の鉱夫たちに見送られて宇宙港から出発した……




 鉱夫監督一行はまず筆頭様のところに立ち寄ってお土産を渡した。

 それは綺麗な石の中でも最も大きな透明な石を丸く磨き、二枚の赤い石と緑色の石を重ねた台にくぼみをつけて置いた置き物だった。


 それは光を受けてきらきらと輝き、実に素晴らしい出来栄えである。

 透明な石の直径は十センチもあった。


 筆頭様は嬉しそうにそれを受け取った。

(この連中はよほどに地球の森が気に入ったとみえるわい)

 そう思って嬉しかったのである。

 筆頭様はその置き物を客間に置いた。



 鉱夫たち一行は、スミルノフ氏の案内でディラック邸の森とリスたちを見、ドローンの案内で筆頭様の森を見た。

 鉱夫頭とその奥さんたちはみな感激で口もきけない。


 それからスエーデンの森のホテルに移動した。

 支配人は彼らを大歓迎した。

 あの宝石商の上品な老人は明日やって来ると言う。


 鉱夫頭たちとその奥さんたちは、やはりダイニングの暖炉の前に長いこと座っていた。

 火を見つめて涙を流している者もいる。


 翌日、鉱夫頭たちは森や湖を飽きずに散策した。

 鉱夫監督のアドバイスで皆大量のパンを持っている。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 鉱夫監督は奥さんやスミルノフ氏たちと一緒に、ホテルが用意した部屋であの宝石商の老人と会った。

 宝石商は鑑定人と職人頭を連れて来ている。

 一行はにこやかに握手を交わして商談に入った。


 まず鉱夫監督が近傍重層次元のパーソナル倉庫から箱を取り出す。

 四十センチ角ほどの四角い箱だ。

 不思議な銀色の紙で包まれた大きな石がごろごろと入っている。

 その石をテーブルの上に置いて紙をはがすと、宝石商たちの顔色が変わった。


 そこには半透明な白っぽい石と赤い石と緑色の石があった。

 どれもまだ磨いていない原石である。


 三人とも夢中で石を見ている。

 三人の手がどんどん震え始めている。

 一段落したところで鉱夫監督が心配そうに聞いた。


「どうかな。こんな石が売り物になるかな」


 暑くもないのに額に汗を浮かべた宝石商は職人頭と鑑定人を見た。

 職人頭と鑑定人は真剣な顔で頷いている。


「どれも本物の天然宝石です」

「この石は紛れもなくダイヤモンドの原石ですな」


 彼らはもっと汗をかいていた。


 なんだか石が売れそうなので、鉱夫監督は嬉しくなり、傍らの奥さんと見つめ合って微笑んだ。


 宝石商が震える声で言う。


「ほ、本当にこれらの原石を私どもに売って頂けるのでしょうか……」


「もちろん。もし売れたら鉱夫たちをこのホテルに連れて来てやりたいんだ」


 オーナー支配人が嬉しそうににっこりと微笑んだ。


 また宝石商が言う。なんだか必死の口調だ。


「お、お願いでございます。

 私どもと独占契約を結んでいただけませんでしょうか」


「独占契約と言うと?」


「皆さまの小惑星帯から出るこれらの石を、私どもだけに売って頂きたいのでございます。も、もちろん契約金もお支払いさせていただきます」


「その契約金って、いくらなんだい」


「三百万、い、いや五百万ユーロでいかがでしょうか……」


 鉱夫監督たちはびっくりした。支配人を振り返る。


 支配人はさらに嬉しそうに言う。


「五百組、千人の皆さまがコテージに十二日泊まれるお値段でございます。

 ホテルのお部屋でしたら十五泊でございます」


 鉱夫監督夫妻は嬉しそうに微笑んだ。


 スミルノフ氏とそのAIは衝撃のあまり口もきけない。

(ど、銅二百万キログラムの契約金……)


 さらに宝石商が言った。やっぱり必死の口調だ。


「こ、これほどの原石のお代金はすぐにご用意させて頂くことが出来ません。

 も、もしよろしければ販売代行の契約にして頂けませんでしょうか」


「と言うと?」


「これら原石はカットして研磨するのに大変な時間がかかります。

 買い手を探すのにも時間はかかるでしょうが、それはそれほど大変なことではございません。

 で、ですから売れる度に皆様にその代金の何割かをお支払いするということで……」


「ふうん。何割貰えるんだい」


 スミルノフ氏が説明した。


「銀河宇宙の販売代行取引では、こうした資源や工業製品ではない非生活必需品の販売代行手数料は最大六十%です。

 つまりバイクの皆さまに四十%、こちらの宝石商の方に六十%が最大と定められております」


「そ、それでは五十%で如何でしょうか。

 宝石が売れた場合には私どもと皆さまとで折半ということで」


「ふむ」


 スミルノフ氏が付け加える。


「もちろんその取引も、三尊研究所とジュリのアレック氏を通さなければなりません。

 ですが両氏はその手数料を売買代金の〇・一%に設定してくださいました。

 これは両氏のご好意で最低手数料率です」


「も、もちろんその手数料も私どもでご負担させていただきます」


 宝石商が汗を拭きながら言う。


 鉱夫監督は傍らの奥さんを振り返った。

 奥さんは実に嬉しそうに微笑んでいる。

 スミルノフ氏を振り返ると、こちらも汗をかきながら頷いている。


 鉱夫監督は宝石商を振り返った。


「それじゃあそういうことにしようか」


 宝石商たちは大きくため息をついてお礼を言った。


 宝石商が傍らの職人頭に言う。


「カットや研磨が大変だな」


 職人頭は頷いた。


「そのことなんだが。一応こういう機械も持ってきてみたんだ」


 そう言うと、鉱夫監督はまた近傍重層次元倉庫から白い箱を取り出した。

 こちらは五十センチ角程の大きさである。

 その後からは三十センチほどの小さなドローンもついて出て来た。


「これは俺が使ってる石のカットや研磨をする機械なんだがな。

 いまここで石をひとつカットして研磨してみようか」


 宝石商たちはこくこく頷いた。


「どんな形がいいんだい」


 宝石商がカタログを取り出して皆に見せた。

 そこには美しい五十八面体にカットされた素晴らしいダイヤモンドが輝いている写真があった。

 ドローンがその写真をしげしげと眺めている。


「この形でいいんだな。削りくずはどうする?」


「そ、それは取っておいていただけますでしょうか」


「どうだ。できるか」


 ドローンが喋った。


「はい。簡単です」


「それじゃあ早速やってみてくれ」


「はい。かしこまりました」


 ドローンはふわふわと浮かんで半透明な石を白い箱に入れた。

 ふたを閉めると白い箱の中からかすかにきゅいきゅいという音が聞こえる。

 一分ほど経つと音がやみ、またドローンが箱を開けて中身を取り出した。


「これでよろしゅうございますでしょうか。それとももう少し磨きましょうか」


 そこには見事に五十八面体のブリリアントカットにされたダイヤモンドがあった。

 大きさは七センチはあろうか。

 箱の下からは薄くカットされて板状になったダイヤモンドの削り端も出て来た。


 宝石商は更にふるえる手に白い手袋をはめ、そのダイヤモンドを受け取った。

 ダイヤモンドはまだ暖かかった。

 目眩がした宝石商は、ダイヤモンドを落とす前にすぐにそれを鑑定士に渡した。


 鑑定士は大きなルーペを取り出し、震える手を必死で抑えつけながらダイヤモンドを見ている。

 職人頭も必死でそれを覗きこんでいる。


 彼らが今見る限りでは、そのダイヤモンドの等級はどう見てもVVSを超えるフローレス(最上級)だった……






(つづく)


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