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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
181/214

*** 11 年収二千年分***


 鉱夫監督夫妻のコテージにはポーチもついていた。

 そこに座ると周りに人がいない分だけさらに素晴らしい。


 木もすぐそこにあって、上を向いて寝ていても視界の半分以上は木で覆われる。

 また、鳥の声も素晴らしかった。


 二人は手をつないだまま、ずっと静かにポーチの大きな椅子に座っていた。


 夕食はホテルのダイニングで取った。

 帰りには二人は電気自動車の送迎を断り、歩いてコテージまで戻った。

 小道には隠された美しい照明が灯っており、なんだか二人の専用の道のように見える。



 翌日、監督夫妻は森の中を長いこと散歩した。

 一度ホテルの電気自動車が通りかかり、数人の客とすれ違ったが辺りにはほとんど人もいない。


 しばらく歩いていると、奥さんが小さく悲鳴を上げた。

 彼らの前方にシカが三頭出て来たのだ。

 一頭はまだ小さく子供らしい。また一頭は見事な角を生やしている。

 シカたちはちらりと夫妻を見やると、草を食べながらゆっくりと歩いて行った。


 森の中にはたくさんのリスもいた。

 ディラック邸のある森のリスとはまた違ったリスたちだったが、こちらも実に可愛らしい。

 近くのコテージの住民が、リスたちにパンをあげている。


(明日はパンを持ってこよう)

 夫妻はそう思った。

 もちろん小惑星帯には野生動物などいない。



 翌日、夫妻がリスたちにパンをあげていると、リスの数がどんどん増えた。

 皆後ろ足で立ちあがって、可愛らしい仕草で両手でパンを持って食べている。

 チーチー鳴きながら食べるのだが、まるでおいしいおいしいと言っているようで実に可愛い。


 夫妻はホテルに戻ってまたパンをもらって来た。

 試しに自分たちのコテージのポーチにもパンを捲いてみると、すぐにリスたちがやって来てくれる。


 夫妻はホテルに電話して昼食を注文し、ついでに固くなっていてかまわないから古くなったパンをたくさん持って来てくれと頼んだ。

 すぐに山盛りの美しいサンドイッチと大量のパンが届けられた。

 コーヒーも大きなポット一杯に入っている。


 二人は飽きずにリスたちにパンをあげながら午後を過ごした。

 リスたちのほお袋がぱんぱんに膨らんで、まるで笑っているかのように見える。


 夕食後はコテージに戻り、暖炉にたくさんの木をくべて過ごした。


 部屋の空気はすぐに暖かくなっていったが、すでに二人の心は十分に暖まっていた……




 翌日、朝食を終えてくつろいでいた三人とAIのところへ支配人がやってきた。

 その後ろには小柄で上品そうな老人がいる。

 支配人は、お邪魔をしてすみませんと前置きすると言った。


「あの。その奥様がつけていらっしゃるブローチは、銀河宇宙のものでございましょうか」


 支配人は彼らが銀河宇宙から来た客であることを知っていた。


「ええ、夫が磨いてくれた石を地元のお店で加工してもらったものですの」


 小惑星帯では鉱石を採掘しているときに時折こうした綺麗な石が見つかることがある。

 以前は捨ててしまっていたのだが、最近鉱夫たちはそれを磨いて店に持ち込み、ブローチやペンダントにしてカノジョや婚約者たちにプレゼントしていたのだ。

 まあ、小惑星帯ではありふれたアクセである。


「こちらのお客様はこのホテルの常連のお客様なのですが、いたくそのブローチがお気に召されたそうでございまして。

 もしもよろしければ拝見させていただけませんでしょうか」


 鉱夫監督の奥さんは微笑んだ。

 このような素晴らしいホテルの常連客なら、きっと間違いなくいいひとだろう。

 奥さんはブローチを外すと、支配人に渡した。


 老人は実に礼儀正しくお礼を言って、そのブローチをテーブルに置くと眺め始めた。

 ルーペまで取り出して見ている。

 厚さは一センチ弱、大きさは八センチほどもあろうかという美しい緑色の石である。


 上品な老人は呻いた。


「こ、これはまさしく天然のエメラルド…… 

 そ、それもこんなに大きくて薄いとは」


 彼らの翻訳機はエメラルドという言葉を正確に彼らの呼ぶ石の名前に翻訳した。

 まあ、便利になったもんである。



「さ、先ほど仰られていましたが、こ、このエメラルドをご自分で研磨されたとか……」


「ええ、私たちはバイクという惑星系の小惑星帯に住んでいますの。

 そこで鉱石を採掘した際に出てくるこうした石を、夫が薄く磨いて作ってくれました」


 奥さんは監督を見て微笑んだ。監督も奥さんを見て微笑んだ。


 上品な老人は少し狼狽しながら言う。


「と、いうことは、も、もしや、この石のもともとの大きさは……」


「ああ、元は丸い石だったんだが、そのままでは邪魔だろうから薄く削ったんだ」


 上品な老人が仰け反った。


 銀河宇宙からはたくさんの工業製品と共に、人工エメラルドや人工ルビーや大きな人工ダイヤモンドまでもが入ってきていたが、やはり天然かどうかは見ればすぐにわかる。

 これほどまでに大きな天然エメラルドを削って薄くしてしまうとは……


 支配人がにこにこしながら言う。


「こちらのお客様はこの国の首都で宝石商をなさっている方なのです」


 上品な老人がまた聞いて来た。


「と、ということは、こうした宝石はたくさん産出されているのですか……」


「ああ、けっこう出てくるな。

 前は捨てていたけど、最近は綺麗な大きいのは取っておいてこうしてプレゼントにしたりしているけど」


 またもや老人は仰け反った。


「あ、あの……

 皆さまはまたこちらのホテルにお見えになることはございますでしょうか……」


 鉱夫監督は傍らの奥さんを振り返った。

 愛しい奥さんは嬉しそうに頷いている。


「あ、ああ、そのうちにまたくるつもりだが……」


「そ、その際にはお手数ですがそうした石をお持ちいただけませんでしょうか。

 わたくしが買い取らせて頂きたいのでございます。どうかお願い致します」 


 そう言うと上品な老人は丁寧に頭を下げた。


 ふと思いついた鉱夫監督は、また奥さんを振り返った。


「なあ、また今度アクセサリーを作ってプレゼントしてあげるから、このブローチはこの方に売って差し上げたらどうだろうか」


 奥さんはにっこり微笑んだ。


「今度は赤い石がいいわ」


 その赤い石という言葉は、またもや翻訳機が正確にルビーと翻訳した。


 さらに仰け反りつつも老人は考えた。

(人工宝石のせいで、地球の宝石価格はだいぶ下がっている。

 だがこれほどの天然宝石ならまだ買い手はたくさんいるだろう。

 これからこのひとたちが持ち込む宝石のせいで更に値下がりするだろうが、それでもそれほどまでには下がらないはずだ)


 スミルノフ氏は、銀河の商取引ルールを皆に説明した。

 というより、実は銀河宇宙にはこうした資源以外の石の取引ルールが存在しなかったのである。

 工業用に使用出来ないタダの石を収集して鑑賞すると言う風習が、一般的では無かったせいである。


 そういう場合の商取引ルールはただひとつ、双方が十分に納得して合意した金額でなければならないということである。


 ただし、ジュリの商人と三尊研究所が独占代理人契約を結んでいるために、銀河宇宙と地球との取引はすべて彼らを通さなければならない。

 だがきっとその代理手数料は三%以下だろう。

 頼めばもっと下げてくれるかもしれない。



 考えた挙句に上品な宝石商は言う。


「それではこのブローチは十万ユーロでお引き取りさせていただきたいのですが、いかがでございますでしょうか」


 もちろんスエーデンの通貨はユーロでは無くスエーデンクローナだが、高額の国際取引ではやはりユーロが主流である。


 鉱夫監督が支配人に聞く。


「その十万ユーロとやらでこのホテルのコテージの宿泊費の何%ぐらいになるものなのかな」


 支配人はまたにっこり微笑んだ。


「お食事付きでお二人でコテージ百二十泊分に相当いたします。

 ホテルのお部屋でしたら百五十泊分でございます」


 鉱夫監督夫妻は驚くとともに喜んだ。

 それならまたすぐここに来られるかもしれない。


 もうあの森の裕福な老人を頼ることなく自分たちだけで好きなだけ来られそうだ。

 しかもスミルノフ氏の新しい高速艇なら、たったの二時間で来られるのである。

 場合によったら毎月来ることも出来るではないか。



 奥さんが老人にブローチを渡し、老人と監督は握手した。

 ジュリと三尊研究所への手数料は老人が負担すると言った。


 老人は小切手を書こうとしたが、監督はその代金を支配人に預かってもらうことにした。

 次に来た時にその中から宿泊費として引いてもらおうとしたのである。

 オーナー支配人は新たな常連さんを獲得して嬉しそうだった。




 四人だけになったときに、スミルノフ氏のAIがため息をついて言う。


「それにしてもすごい取引でしたね」


「そ、そうだったのかい?」


「皆さんは十万ユーロという金額が、この惑星でどのぐらいの価値だったのかご存じなかったのですか?」


「ど、どのぐらいの価値なんだい。十万クレジットぐらいかい?」


「いいえ。銅に換算して四万キログラムですよ……」


 三人が固まった。


 スミルノフ氏はホテルの宿泊料金の高さに仰天した。

 鉱夫監督夫妻はこの惑星ではあの石にそれほどまでの価値があったのかと仰天した。

 それは、バイクの鉱夫の年収の実に二千年分に匹敵していたのである……




 休暇を終えた鉱夫監督たち一行は、いったん日本に戻って、またディラックくんと筆頭様に丁寧にお礼を言った。


 筆頭様の目からみても、鉱夫監督たちの顔つきはさらに和んでいる。

 しかもその目は生き生きと輝いているのである。

(どうやら素晴らしくリフレッシュしたようじゃの。

 またよく働きそうな顔じゃわい)


 筆頭様はまた御機嫌が麗しくなった。



 別れを惜しみつつ軌道上の新しい船に移動した一同はまたもや仰天する。

 銀河最新鋭の高速宇宙船の内部は徹頭徹尾和風だったのである。


 一行は船の広い玄関で靴を脱いで木の廊下に上がった。

 廊下の周りには、あの植物繊維で編んだマットが敷いてある大きな部屋が六つもある。ドアもあの木と紙で出来た横に開けるドアである。


 ドアの上には美しい透かし彫りのRANMAもついていた。

 床の間まであって、美しい花が花瓶に入っている。

 部屋の奥の紙と木で出来た窓を開けるとバーチャルな森の風景が広がっていた。


 異星の客に配慮して洋間すらあった。

 こちらの天井も床までも全て美しい木で出来ている。壁は木と漆喰である。

 巨大な一枚板のテーブルがあり、木の椅子もたくさんある。


 そして、驚くべきことに、船内には大きな木の浴槽のついた風呂まであったのだ。


 操縦席のキャビンも内装は全て飾り板だった。

 だいたい操縦席と言っても大きなスクリーンしか無い。

 操縦は全て船に組み込まれているAIへの音声指令で行うのである。


 全ての航海操作は、スミルノフ氏が「惑星バイクの小惑星帯まで」と言うだけで事足りた。


 船は「はい、キャプテン。畏まりました」と言っただけだった。



 その船の隣の軌道には、スミルノフ氏の船より十倍ぐらい大きな、窓のたくさんある船が浮かんでいる。

 どうやらこれが筆頭様の観光用宇宙船らしかった。


 よく見れば大きな窓にはたくさんの子供たちの顔がある。

 これから遊覧飛行に行くところなのだろう。


 スミルノフ氏たちからは見えなかったが、ちょっと口惜しそうな表情の二席さんや三席さんの顔もあった。



 スミルノフ氏が、「少し急いでみてくれるかい」と言ったので、バイクの小惑星帯までは一時間四十五分ほどで到着した。

 三人とも素晴らしい船内を楽しむのに少し物足りないぐらいだ。


 船を降りる前に、鉱夫監督がスミルノフ氏に運賃はいくらだいと聞いた。

 せめて燃料代ぐらいは払おうと思ったのだ。


「そ、それがですね。この船の近傍重層次元タンクには燃料の水が百万リットルも入っていたんですよ。

 これなら死ぬまで毎日この船に乗っていても、燃料の補給は必要無さそうです……」


 鉱夫監督はまた仰天した。

 それは小惑星帯全体の水資源備蓄量よりも多かったのである。


 もちろん倉庫にもあらゆる木製品が一杯に詰まっていた……






(つづく)


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