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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
179/214

*** 9 もてなし ***


 ある日、鉱夫監督はフト思い至った。 


 そう言えばもう来月には年に一度の休暇があるではないか。

 今までは泥酔しているうちに休暇も終わってしまっていたが、さて今年はどうしよう。


 悩んだ挙句に鉱夫監督は愛しいひとに聞いてみた。


「キミは休暇をどう過ごしたい?」


「あのね。わたし、もしあなたさえよければ、一生に一度でいいから行ってみたいところがあるの」


 鉱夫監督は嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃあ是非そこに行こう!」


「うふ。あなたったら行き先も聞かないで」


「だってキミはそこに行きたいんだろう。

 だったらそこに行こうじゃないか。きっと素晴らしい休暇になるぞ」


「うふふ。ありがとうあなた」


「そういえば、そのキミの行きたいところってどこなんだい?」


「あのね、わたしたちの恩人のこの木たちがいたところ……」


「…… ! ……」


 鉱夫監督はびっくりした。


「どうしてもっと早くそれに気がつかなかったんだろうかな。

 それは素晴らしい考えだよ。明日早速スミルノフに聞いてみよう」


 スミルノフ氏は快く調べてくれた。

 だが……


「う~ん。この惑星への貨物船は先月来てしまって次は半年後ですし、仮に半年後にその貨物船に乗ったとしても、地球までの乗り換えは三回もあって、一週間もかかりますし…… チャーター船は高いし……」


 鉱夫監督は落胆した。

 休暇の日はもちろん融通が効くが、片道一週間もかかっていたらそれだけで休暇が終わってしまう。


 スミルノフ氏は突然叫んだ。


「そうだっ! いい考えがありますっ! 

 来月でしたら、私がまた地球に仕入れに行きますから、そのときに私の船に乗ってくださったらいかがでしょうか。

 なんでそれをすぐ思いつかなかったかなぁ」


「い、いいのか」


「監督さんこそいいんですか。

 私の船はそんなに大きくも速くもありませんよ。

 まあ地球までは三日ぐらいで行けますけど」


「も、もちろん狭くてもかまわんが…… しかし帰りはどうしたらいいんだ?」


 スミルノフ氏はにっこりと微笑んだ。


「私も休暇は地球で過ごしたいと思っていたんですよ……」



 確かにスミルノフ氏の宇宙船は狭かった。

 しかし、スミルノフ氏はドローンに命じて船の近傍重層次元にある倉庫を綺麗に掃除して、鉱夫監督夫妻のために大きな部屋を作ってくれていたのである。

 商品でもある木をふんだんに使って装飾され、大きな木のベッドもある快適な部屋だった。



 こうして鉱夫監督夫妻は地球にやってきたのである。


 地球軌道上から空間連結器で三尊研究所にやってきた鉱夫監督夫妻は驚いた。

 髪の毛の色も肌の色もまちまちな若者たちが何千人もいる。


 皆簡素な服を着ていたが、それらは植物性の繊維で織った服だった。

 彼らの惑星バイクでは、植物性の繊維で作った服はものすごく高い。


 聞けば彼らは皆銀河宇宙からの留学生で、その服は地球政府からの支給品だそうだった。


(さ、さすがは富裕惑星KOUKINIAだ……)

 鉱夫監督夫妻は舌を巻いた。


 スミルノフ氏は二人をまずディラックくんに引き合わせようと思い、連絡を取って見るとディラックくんは自宅にいた。

 もともと地球に来ることは連絡してあったし、ディラック邸を訪れる予定にもなっている。

 彼らはまた空間連結器でディラック邸のある森に向かった。



 空間連結器の輪から一歩足を踏み出した鉱夫監督夫妻は驚愕した。


 そこには太い太い木が見渡す限り生えていたのだ。

 太いものは一メートルほどもあろうか。高さは十メートルを優に超えるだろう。

 彼ら高級取りの鉱夫の収入をもってしても、これほどの木は生涯に二本と買えないだろう。


 そんな木が文字通り森のように生えているのである。


 よく見れば足元にはあの木彫りのリスたちそっくりのリスが何百といる。

 ひとに慣れているので平然と近づいて来て、後ろ足で立って彼らを見ていたりする。


 夫妻は胸がいっぱいになった。

 もうこれだけで地球に来てよかったと思った。

 鉱夫監督は記録装置のスイッチを入れ、地球での行動をすべて記録することにした。



 一行は森の中の道を少し歩いてディラック邸に向かったが、その間も夫妻は周りを見回してはため息をついている。


(どうやら喜んでくれているみたいだな。よかった)

 スミルノフ氏は安心した。

 彼が今商売で大成功しつつあるのも、元はと言えばこの鉱夫監督のおかげでもある。


 邸の前ではあの高名なAIの誇りが一行を出迎えてくれ、ディラック邸の応接室でスミルノフ氏たちはディラック夫妻にもてなされた。


 スミルノフ氏が鉱夫監督夫妻を紹介し、監督のおかげで商売がうまく行き始めたと説明する。

 鉱夫監督夫妻は、あの有名なチョコレートとコーヒーを口にしてまたもや驚愕している。


 ディラックくんも旧友の主が大成功しつつあるのが嬉しいらしく、一同は楽しげにしばらく語り合っていた。


 スミルノフ氏が、こちらの鉱夫監督ご夫妻は、あの木の生えていた森に行ってみたいとわざわざ地球まで来てくれたのだと言うと、ディラックくんは筆頭様に連絡を取ってくれた。


 またしてもヒマだった筆頭様は、喜んですぐに自分の邸に来いと言う。

 ディラックくんも含めた一行は、すぐに筆頭様の邸に向かった。



 さすがは林業家の邸である。

 筆頭様の家は、見事な銘木で作られたそれはそれは素晴らしい日本建築である。


 客間に通された一行は驚嘆した。

 その部屋は床まで植物性の繊維で編んだマットで覆い尽くされている。

 ドアすら木と紙で出来ている。横に開ける不思議なドアだった。

 ドアの上にはRANMAという名の美しい透かし彫りの板があった。

 木目もすばらしい。



 筆頭様は鉱夫監督をひと目見て気に入った。

(この大男はただものではないの)


 まあ、荒くれ鉱夫一千人を束ねる鉱夫監督はただものには務まらない。

 しかもその目つきは実に穏やかである。

 綺麗な目と言ってもいい。


 鉱夫監督も、あの木のオーナーを見て、この老人はただものではないと思った。

 まあ、筆頭様も昔は荒くれ山師三百人を束ねていた総組頭である。


 鉱夫監督は、自分や配下の鉱夫たちがどんなにあの木に癒されたか、そうして皆がどれだけ真面目に働くようになったか、しかもおかげでこうして人生の伴侶を得ることができたかなどと、訥々と語って筆頭様に丁寧にお礼を言った。


 ますますこの大男が気に入った筆頭様は、すぐに山を案内してやることにした。


 その前にトイレを借りた鉱夫監督夫妻はここでも驚愕する。

(こ、この惑星では尻まで水資源で洗って木で作った紙で拭くのか!)



 筆頭様の案内で、一行は邸の裏手の事務所から山の中のドローンたちの宿舎に移動した。

 何体かのドローンが丁寧に出迎える。

 ドローンまで植物繊維で作った服を着ている。


 その後一行は整った林道をしばらく歩いた。

 先ほどの森も素晴らしかったが、こちらの森はもっと素晴らしい。

 見事な巨木の生い茂る森は、文字通り山のように続いている。


 木々の下の地面もドローンたちによって綺麗に整地され、平らなところでは歩いて入って行くことも出来た。



 鉱夫監督が恐る恐る聞いた。


「こ、この森はどれぐらい続いているのですか……」


 筆頭様がふつーに答える。


「わしの山だけで二十平方キロほどじゃの。

 一族の山を合わせれば百平方キロほどかの」


 鉱夫監督夫妻は驚愕した。

(し、小惑星帯のすべての居住施設を合わせた面積の十倍以上もあるっ!

 し、しかもその全てにこんな大きな木が生えているっ!)


 夫妻はため息をついた。

 惑星バイクの全ての富を合わせても、ここの富には遠く及ばないと思った。

 筆頭様は彼らの惑星ではそこまで木が貴重だとは知らず、少しだけ不思議そうにしている。


 やたらに深呼吸を繰り返す夫妻と一行はその森を一時間以上も歩き回った後、いったんドローンたちの宿舎に戻って中でお茶をいただいた。

 銀河人たちはコーヒーである。


 夫妻はドローンの宿舎ですら木で作られているのにまたしても驚愕した。

 なんだかさっきから驚いてばかりだ。



 その晩は、スミルノフ氏と監督夫妻は料亭瑞祥の特別室でもてなされた。

 素晴らしい部屋と、信じられないほど美しい料理に銀河人たちはまた驚いている。

 しかも料理を盛った器まで美しいのだ。


 しばらくすると、特別室に若い男が入って来た。

 銀河の留学生たちと同じ植物性の繊維で作った簡素な服を来ている。


 その若い男は、スミルノフ氏たちや鉱夫監督夫妻に、「遠いところをようこそお越しくださいました」と丁寧に挨拶して平伏した。


 不思議そうにその若い男を見ていた鉱夫監督は、手に持った盃を取り落してしまった。

 驚愕に震えながら呟く。


「え、英雄KOUKI……」


 ディラックくんのお友達たちであり、筆頭様の取引先でもあるジュリの商人が来ていると聞いた光輝が挨拶に寄ってくれたのである。


 奥さんも光輝に気づいて手を口に当てた。

 その目からは感激の涙がぽろぽろと落ちている。


 彼らは笑顔の光輝と一緒に写真まで撮らせてもらった……






(つづく)


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