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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
178/214

*** 8 小惑星帯の歓楽街 ***


 スミルノフ氏は鉱夫監督に言った。


「すぐにKOUKINIAに行ってもっと木製品を仕入れてきます」


「ああ、なるべく早く戻って来てくれ。みんなカネを溜めて待ってるぞ」

 鉱夫たちが幸せそうな顔をしてマジメに働くようになっていたので鉱夫監督も嬉しそうだ。


「そ、それでひとつお願いがあるのですが」


「なんだ」


「み、皆さんのご様子を記録させていただけませんでしょうか」


「なぜだ」


「あの。これら木製品のオーナーとのお約束で、これらの商品は本当にこれらを喜んで下さる方々にお売りすることになっております。

 ですから皆さまのご様子をご覧になれば、オーナーはお喜びになってもっと値下げしてくださるかもしれません」


「ふむ。ならば好きなだけ記録してくれ」


 周りを取り囲んでいた大男たちも嬉しそうに頷いている。


 スミルノフ氏はすぐにディラックくんにその記録を送り、地球へ戻って行った。


 その大男たちの記録を見た筆頭様は大いに喜んだ。

 異星の荒くれ男どもがわしの木たちをこれほどまでに喜んでくれるとは……


 筆頭様は御隠居様にもその映像を見せた。

 御隠居様も大いに喜んでいる。


 加えて銀河宇宙は彼ら瑞祥一族のみならず、全地球人の命の恩人でもある。

 彼らは二人で相談の上、間伐をさらに増やすことにし、さらに木製品の価格をそれまでの三分の一にすることにした。


 まあ別にタダでもよかったのだが。



 スミルノフ氏はまたディラックくんの倉庫に行って驚いた。

 貴重な装飾板の在庫が何倍にもなっていたからである。

 スミルノフ氏は筆頭様に丁寧にお礼を言いながら、今度は百トンもの木製品を仕入れてまたバイクの巨人たちの元へと急いだ。


 バイクの小惑星帯の鉱夫組合集会室には、大きな写真が飾られた。

 それは、巨人たちが買ったものとおなじ木製品を前にして、にこにこと微笑む筆頭様とあの英雄KOUKIの写真だったのである。

 隅の方にはスミルノフ氏も小さく写っていた。


 巨人たちは感激した。

 荒くれ男たちは男らしい勇気ある行動を尊敬したので、英雄KOUKIやKOUKINIAは彼らにとっても大英雄だったからである。



 膨大な数の巨人たちを前にしたスミルノフ氏は大きな声で言った。


「皆さまがこれらの木製品を喜んで下さったのを、オーナーもたいへんに喜んでおられました。

 ですからKOUKINIA惑星政府にかけあって、これらの木製品の価格を三分の一にしてくださいました。


 また、すでにもうお買い上げの皆さまには、装飾板一枚につき装飾板二枚を、木彫りのリスをお買い上げくださった皆様には、木彫りのリス二個または装飾板一枚を無料で差し上げます」


 巨人たちはびっくりした。

 鉱夫監督からこの装飾板一枚が、KOUKINIAでは銅十キロと同じ価値だと教えてもらっていたからである。


 彼らが今までに買った木製品を申告すると、本当にその倍の木製品が貰えた。

 男気を大事にする巨人たちは、そういう際には絶対に嘘はつかなかったのでスミルノフ氏も安心して木製品を配っている……



 それからも小惑星帯では木製品はどんどん売れた。

 もう鉱夫たちの集会所は装飾板で一杯である。


 さらに噂を聞きつけた小惑星帯中の別の鉱区の鉱夫たちが木製品を買いに来た。

 なにしろ鉱区は全部で五十もあるのだ。

 集会所は綺麗に片づけられるようになり、あちこちに座り込んだ鉱夫たちが目を閉じて木の香りを楽しんでいる。


 週に一度は装飾板に紙やすりがかけられて、また木の香りが広がる。

 その日はさらに鉱夫たちで混雑した。


 スミルノフ氏はまた地球に飛んで帰った。

 帰るたびに倉庫の在庫が増えている。

 どうやら、噂を聞きつけた他の瑞祥一族の所有する山林の間伐材も加わり始めたようである。

 筆頭様配下のあのいなせなドローンたちが、今日も一生懸命ぱりっとした姿で働いていた。



 スミルノフ氏が鉱夫組合に戻ると、鉱夫たちが大歓迎してくれた。

 木製品の販売をドローンに任せた氏を、鉱夫監督が飲み屋街に連れ出したのだ。

 周囲は巨漢たちが取り囲んで、スミルノフ氏に万が一のことが無いようにガードしてくれている。

 どうやらそれは監督の配下の鉱夫頭たちらしかった。

 道行く若い鉱夫たちが皆彼らに挨拶をしていたのだ。


(なんだか前よりケンカが減っているようだぞ。

 それに人通りも少なくなっているし)

 スミルノフ氏は、まだそれが自分のせいだとは気がついていなかった。


 鉱夫監督たちはスミルノフ氏に酒をおごってくれた。

 実はこれは彼らの社会ではたいへんな好待遇だった。

 それを知った若い鉱夫たちもスミルノフ氏を大事に扱うようになっている。





 小惑星帯の街の歓楽街には日に日に閑古鳥が鳴き始めた。

 鉱夫たちは皆、意識が無くなるまで酔っ払うよりも、木製品の前で陶然としながらゆっくり呑むことを好むようになったのだ。

 しかもその方がカネが溜まってまた木製品が買えるではないか。


 また、巨人たちはさらに一層仕事に精を出すようになった。

 そうすればいつかあの素晴らしい一枚板の絵画彫刻すら買えるかもしれないのだ。

 自分の部屋にあの絵画彫刻が飾られている様を想像した鉱夫たちは、それだけで鳥肌が出た。


 鉱夫たちにとっては、今まではいくら働いてもカネの遣い途が無かったのである。

 カネで買える欲しいものも存在していなかったのだ。

 だから泥酔して退屈を紛らわしたり、ケンカという娯楽に明け暮れていたのである。


 だが、何故だか彼らにはまだわかっていなかったが、こうして彼らの前に木製品という欲しくてならないモノが現れたのである。

 




 小惑星帯の歓楽街は日を追うにつれてさらに閑散になっていった。

 大企業が経営していたカジノはもう店じまいを始めている。


 あるキャバレーでは中年のママがため息をついていた。

 中年と言っても銀河技術のおかげで実に美しいママである。

 ママはまたため息をついた。


 数カ月前までは泥酔した鉱夫たちでいっぱいだった店も、今は数えるほどしか客がいない。

 その客たちも、ほどほどに呑んだ後は、すぐに自分たちの家に帰って行ってしまうのだ。

 店の大勢の女の子たちも所在なげにしていた。


(この娘たちに退職金が払えるうちに店を畳もうかしら……)

 ママはそう思ってまたため息をついた。


 そのとき店のドアが開いた。

 若い女の子たちが急いでドアのところに小走りに出て行く。


 だがしかし……

 ドアのところに立っていたのは、慣れないスーツを着て小さな花束を持ったシラフの鉱夫だったのである。

 小惑星帯では花は非常に高価である。


 その若い鉱夫は馴染みの女の子のところに来ると、ガチガチに緊張しながら言った。


「み、店が終わったら、わ、わたしとデートしていただけませんでしょうか……」


 若い鉱夫は無精ひげまで剃っていた。

 ガタイはデカいが顔立ちはまだ若々しくて可愛らしい。


 女の子は心底びっくりした顔である。

 その子がおずおずとママを見た。

 どうやらその若い鉱夫を憎からず思っていたようである。


(あらあら、羨ましいこと……) 

 そう思ったママは、にっこり笑ってその女の子に言う。


「かまわないわよ。今日もヒマでしょうからもう出かけていらっしゃい」


 女の子はほっとしたように微笑んだ。


 その鉱夫は店に義理立てしてビールを一杯だけ飲んだ後、若い女の子と一緒に出かけて行った。



 その若い鉱夫は翌日もまたやってきた。

 またママにやさしく許しをもらった女の子は、鉱夫と一緒に外に出て驚いた。


 やはり着なれぬスーツを着て小さな花束を持った若い鉱夫が、これもガチガチに緊張しながら三人も立っていたのだ。


 その女の子はにっこり笑って鉱夫たちに言った。


「みんな待っていますよ。早く店に入ってその花をあげてくださいね」


 こうして店は毎日女の子たちをデートに誘いに来る鉱夫たちと、女の子たちの待ち合わせの場所になったのである。

 彼らはビールを一杯だけ飲むと、デートに出かけて行くのだ。



 あるときママが女の子たちに聞いてみた。


「皆さんどこにデートに連れて行ってくださってるの?」


 女の子たちの言うところによると、レストランで美味しい食事を御馳走してくれるか、鉱夫会館の集会室に行くそうである。

 たまに鉱夫たちの部屋に行ってそこの装飾を鑑賞するそうだが、純情な鉱夫たちは女の子たちの手も握らないそうだった。


(集会室なんかに行ってなにが面白いのかしら……)

 ママはそう思ったがなにも言わなかった。



 そのうちに女の子たちはどんどんいなくなっていった。

 他の店のママに聞いてもどこも似たような状況だそうである。


 とうとう店に一人になったママはため息をついている。

 以前のため息とは微妙に異なるため息である。


 ママの脳裏にフトあの鉱夫監督の姿が浮かんだ。

(何を小娘みたいなこと考えてるのさ。アタシもヤキが回ったもんだねえ)


 そう思ったママは、今日は店じまいにしてゆっくり一人で飲むことにした。

 しかし、準備中の札を持って店の外に出たところで硬直したのだ。


 そこにはあの鉱夫監督が、やはり慣れないスーツを着て立っていたのである。

 少し大きめの花束も持っている。


 そうしてやはり緊張した様子で言ったのだ。


「あ、あの。わたしとデートしてもらえんだろうか……」


 ママは準備中の札をドアにかけて店のカギを閉めた後、鉱夫監督の手に自分の手をからませて、小娘のような声で言った。


「それでどこに連れて行ってくださるの?」


 そうしてそっと涙をぬぐったのである。




 レストランで美味しい食事を頂いた二人は、子供のころの話などをした。

 二人とも落ち着いた雰囲気の中でよく喋った。


 翌日鉱夫会館に連れて行ってもらったママは驚いた。

 見違えるように綺麗になった集会室は、信じられないほど素晴らしい装飾板で飾られていたのである。


 テーブルにはたくさんの可愛らしい木彫りのリスたちも置いてあった。

 壁にはこれも美しい木彫りの絵画が飾ってある。

 しかもそれらの木製品を前にして微笑む、あの英雄KOUKIの写真まで飾ってあるではないか。


 その集会室にはあちこちに大変な人数の鉱夫とそのガールフレンドたちがいた。

 中にはママの店にいた女の子たちも大勢いる。


 ママとその想い人だった鉱夫監督が腕を組んで集会室に入って来ると、それに気がついた女の子たちは、みな嬉しそうに微笑んだ。

 ママが鉱夫監督に惚れていたのはみんな知っていたのだ。


 その女の子たちも実に幸せそうだった。


 鉱夫たちの顔も女の子たちの顔も、どんどん穏やかなものになって来ている。




 その後歓楽街のキャバレーはほとんど店じまいしたが、女の子たちはみな小惑星帯に残った。


 キャバレーが店じまいした跡地は、落ち着いたバーかレストランになっている。

 普通の衣料品店や食堂もたくさん出来た。

 女の子たちはそうした店で働くようになったが、次第に鉱夫たちの自宅に移り住むようにもなっている。


 あの鉱夫監督もまもなくママにプロポーズして一緒に暮らすようになった。




 鉱夫たちは以前の三倍熱心に働くようになった。

 収入も三倍になった。

 なにしろ家に帰るとカノジョや婚約者が微笑みながら待っていてくれるのである。


 しかも稼げば稼ぐほど自宅の木製品が増えて行くのだ。

 鉱夫監督はとうとうあの美しい絵画彫刻まで買った。

 彼らの部屋は、もはや惑星表面に住む大金持ちたちのそれよりも、遥かに素晴らしい部屋になっている。


 惑星表面では、大金持ちと言えどもせいぜい庭に貧弱な木の一本ぐらいしか持っていないのだ。

 この一枚板の絵画彫刻を作れるような大きな木は、惑星中どこにも無かったのである。


 鉱夫監督とママは幸福に酔いしれた。

 部屋の周りの岩石を掘って、さらに広い素晴らしい部屋も作った。

 まあそんなことは鉱夫監督にとってはお手のものである。

 もはや惑星表面を含む全バイクの中で最も素晴らしい部屋であることに疑いは無い。


 しかも傍には愛しい人までがいるのである。

 彼らは素晴らしい香りのする巨大な木のベッドで、毎晩寄りそって寝た。



 今もしも小惑星帯の巨人たちの倫理水準を計ったとしたら、それは銀河平均を大きく上回ったことだろう。


 スミルノフ氏は大変な額の手数料を手にするとともに、小惑星帯の英雄に祀り上げられている……






(つづく)


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