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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
177/214

*** 7 惑星バイク ***


 惑星バイク。


 つい数百年前に銀河連盟に加盟した新興星で、その技術水準は七・〇、倫理水準は六・二。

 技術水準はともかく、倫理水準は連盟加盟基準ギリギリである。


 大昔には普通のヒューマノイド生息惑星だったが、気候変動によってほとんど植物が無くなってしまった。

 海も浅く小さい。


 それでもなんとかやってこられたのは、鉱物資源が豊富だったからである。

 特に母惑星から離れた小惑星帯には鉱物資源が多かった。


 その小惑星帯に住んで資源を採掘している鉱夫たちは、採掘が進んで穴だらけになった小惑星に住んでいる。

 一番大きな小惑星には街もあって、バーやキャバレーやカジノもある。


 まあ、収入のいい鉱夫たちからおカネを吸い上げようというのだろう。

 鉱夫たちは母惑星の連中を地モグラと呼んで軽蔑し、滅多に惑星表面には降りようとしなかった。


 気性の荒い鉱夫たちの噂を聞いて、銀河商人たちもあまりそこには行っていないようだ。

 わずかに食料を運ぶ銀河の定期貨物船が往復しているだけらしい。



 小惑星帯の宇宙ポートから一歩足を踏み出したスミルノフ氏は驚いた。

 小惑星帯の住民であるバイカーたちの大きいこと。


 身長の平均は二メートル近いだろう。肩幅も広く筋肉量もすごい。

 まるで巨人族の星である。

 しかも皆ヒゲ面で、シャツから覗く腕は実に太く、顔つきもさらに恐ろしい。


 しかもそうした連中が、そこかしこで殴り合いのケンカをしているのである。

 それを取り囲んだ酔っ払いたちが大声を出して声援を送っていた。


(き、聞きしにまさる恐ろしいところだな) 

 スミルノフ氏はここに来たことをちょっと後悔した。


 だがガイドブックによれば、ここでは盗みや強盗などの犯罪行為はほとんどというかまず無いらしいのだ。

 そんなことをしたら鉱山ヤマの男たちに袋叩きにされるらしい。


 正々堂々としたケンカは皆喜ぶが、間違ってもナイフなどの武器を取り出すことはないそうだ。

 そんなことをしたら卑怯者としてやはり鉱山ヤマの男たちに袋叩きにされるそうである。


 ガイドブックには、「けっして武器を持ち歩かないこと」と書いてあった。


 ついでに、「酔っ払いにぶつからないように気をつけること。もしぶつかっても謝るか逃げるかすれば大丈夫」と書いてある。

 どうやら双方が合意しないとケンカは始まらないようだ。

 彼らにとっては手ごろなレジャーのようなものなのだろう。


 スミルノフ氏は酔っ払いたちにぶつからないように気をつけながら、商取引用AIと一緒に鉱夫組合の集会所へ行ってみた。


 広い集会室には恐ろしげな鉱夫たちが大勢いる。

 鉱山の仕事を終えてこれから街へ繰り出すところらしい。

 まだみんな酔っ払ってはいなかったが、よそ者であるスミルノフ氏をじろじろと見ている。

 スミルノフ氏はその中でも少しでも恐ろしげでない若者に、この集会所の責任者の部屋を教えて貰った。



 その集会所の責任者である鉱夫監督は、さらにデカかった。

 身長は二メートルを優に超えているだろう。

 腕なんかスミルノフ氏の太ももより太い。


 だがさすがは鉱夫監督らしく、目だけは少し優しい目だった。


 鉱夫監督はスミルノフ氏をじろりと一瞥する。


「よそ者がこんなところになんの用だ」


「は、はい。私は惑星ジュリの商人なのですが、こちらのバイカーの皆さまに素晴らしい品をお持ちさせていただきまして……」


「ふん。ここの連中はカネなんぞ持っておらんぞ。

 持っててもすぐにバクチですっちまうか、呑んじまうからな」


「で、でももしよろしければ、見るだけでも見ていただけないでしょうか……」


「ふん。まあせっかくこんなところまで来たんだから、見るだけ見てやるか」


 スミルノフ氏は空間連結器から装飾板を取り出して、鉱夫監督の机の上に置いた。

 その机の上も酒のボトルだらけだ。



 鉱夫監督が黙った。

 ゆっくりと装飾板にゴツい手を伸ばす。


 板を恐る恐る手に取って顔を近づけている。木の香りも嗅いでいる。

 手で装飾板を撫でている鉱夫監督にスミルノフ氏は少しほっとした。


「そ、その板は地球産の稀少な木で作られたものでございます」


「地球だと! それはあのKOUKINIAのことか!」


「は、はい。地球政府から銀河の皆さまへの御礼として補助金が出ておりますのでお安くなっておりますです」


「いくらなんだ!」


「は、はい。その板一枚で百クレジットでございます」


「鉱夫の一日分の稼ぎでこんな板が二枚しか買えないのかっ!」


 スミルノフ氏はそれでも鉱夫の稼ぎの良さに驚いた。


「い、いえ、KOUKINIAではその板一枚が銅十キログラムで取引されております」


 鉱夫監督は仰け反った。

 それは鉱夫の半年分の収入に近かったのだ。


 銀河商人が商取引の際に嘘はつかないのは鉱夫監督も知っている。

 鉱夫たちが盗みや強盗をしないのと同じことだ。


「ふぅ~む」


「そ、それにその板はあの英雄KOUKIの友人の所有でございます。

 私はそれを預からせていただいて売って歩いておりますです」


「友人とか言っても単なる知り合いなだけだろう!」


「い、いえ、英雄KOUKIは地球では親のいない気の毒な子供たちのために児童養護施設を経営していますが、そこの理事を務めている方です。

 KOUKIとは毎日のように顔を合わせていらっしゃいます」


「ふぅ~む」


「あ、あの、もしよろしければ、あちらの集会室の一部にこれらの装飾板を飾らせていただけませんでしょうか……

 も、もちろん見本としてですのでお代は要りません」


 鉱夫監督はスミルノフ氏を睨みつけた。

 本当はただ見つめていただけなのだが、スミルノフ氏は生きた心地がしなかった。


 鉱夫監督がようやく口を開く。


「さっきも言ったが鉱夫たちはカネは持っておらんぞ。

 それでもいいのならかまわんが」


「は、はい」



 スミルノフ氏は鉱夫監督と一緒にさっきの集会室に戻った。

 鉱夫たちは呑みに出かけたのか、広い集会室にはもう誰もいない。


 スミルノフ氏は空間連結器からドローンを呼び出し、集会室の壁の一部を掃除させると、そこに装飾版を張らせた。

 ついでに壁にはあの木の板で出来た絵画彫刻を飾り、近くのテーブルの上に木彫りのリスを置いて椅子も置いた。 


 鉱夫監督はそれらの品をまた唸りながら眺めている。



 数日後にまた参りますと言って鉱夫会館を辞去したスミルノフ氏は、酔っ払いに気をつけながら繁華街の方に歩いて行った。

 そこはカジノやキャバレーだらけで、たいへんな賑わいである。


 路上ではまた酔った男たちが大勢殴り合いのケンカをしていた。

 どうやら店の中ではケンカをしないという不文律があるようだ。

 そんなことをしたら店中の男たちに袋叩きにされるからだろう。


 キャバレーのドアが開いたときに中を覗いてみると、やはり大女たちが大勢いる中で大男たちが泥酔していた。


 スミルノフ氏はキャバレーに入るのは諦めて売店で酒を買おうとしたが、驚いたことにアルコール度数七十度以上の酒しか無かった。

 中には九十八%などというほとんど燃料並みの酒もある。

 ビールですら四十度もあるのだ。


「みんな手っ取り早く酔っ払いたいからねぇ」


 そう言って売店のおやじがにかっと笑った。


 スミルノフ氏は首を振りながら一番弱い酒とビールを買って船に戻った。

 あの木に囲まれた船室で一人で飲む方がよっぽどいい。

 傍らのAIもほっとした様子だ。



 二日後にまた集会所に行ったスミルノフ氏は驚いた。

 集会室の一角が黒山の人だかりになっているのだ。

 巨人たちが群がっている。


 しばらく立ちつくしていると、部屋の中でアラームが鳴る。

 途端に「おい! 時間だぞ!」とか「早くしろ!」とか声が上がった。


 巨人たちの山がもぞもぞと動き始めている。

 どうやら最前列にいた連中が横に出てこようとしているらしい。

 出て来た男たちもまた人の山の後ろについた。


「ばか野郎! お前ちゃんと手ぇ洗ったのかっ!」とかいう声も聞こえる。


 立ちつくしているスミルノフ氏に鉱夫監督から声がかかった。

 鉱夫監督は傍らのテーブルの横に座っている。

 そのテーブルの上にはアラームがある。


「ようやく来たか。どうやらお前さんの商品は大した人気のようだな」


 そう言った鉱夫監督は恐ろしげな顔をほころばせてにかっと笑った。


 その場で鉱夫組合はカネを払い、集会室の装飾板を増やした。


 この小惑星帯の鉱夫たちは、会社に属しているのではなく皆が独立営業者である。

 その彼らがカネを出し合って、精錬用の装置や生産物を需要地に運ぶ宇宙船などを運用しているのである。

 この鉱夫組合の集会所もそうしたカネで建てられたものだ。


 ドローンたちが集会所の装飾版を増やしていく姿を、鉱夫たちは喰い入るようにして見ていた。


 その後は鉱夫たちへの装飾版や木彫りのリスの販売である。

 スミルノフ氏のテーブルの前に大勢の鉱夫たちが並んだ。

 装飾版の前の最前列から離れると、そのままスミルノフ氏の前に並ぶのである。


 皆、装飾版一枚とか木彫りのリス一個とかを買って、大事そうに抱えている。

 スミルノフ氏が、「このリスは、あのKOUKINIAの英雄KOUKI邸の周りの森にいるリスをモデルにしたものです」と言うと、木彫りのリスはもっと売れた。


 木彫りのリスが足りなくなりそうだったので、スミルノフ氏はその場で船のAIに連絡し、端材を加工してリスを彫って集会所に届けるように指示した。

 彫りたてのリスが届けられると、集会所には木の香りが満ち、シラフの大男たちが目を閉じて深呼吸している。


「お、オレの買ったリスはもうあまり木の香りがしないぞっ!」


「ああ、台座の底の辺りを少し紙やすりでこすってみてください。

 すぐにまた香りますよ」


 スミルノフ氏は鉱夫たちにサービスで紙やすりを配った。

 辺りは目を閉じて深呼吸する巨人たちでいっぱいである。


 翌日には装飾板と木彫りのリスはもっと売れた。

 噂を聞きつけた鉱夫たちがさらに大量にやってきたのだ。

 スミルノフ氏はドローンも呼んで販売テーブルを増やして木製品を売りまくっている。


 集会所の装飾板もまた増えた。

 その鉱区の鉱夫たち全員が組合の資金で装飾板を買うことに同意したからである。


 三日目には十トンもの装飾板が全部売れた。

 残っているのは最も高価な一枚板の絵画彫刻だけである。


 鉱夫たちの多くが、カネを溜めていつかその絵画彫刻を買おうと決心しているようだった……






(つづく)


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