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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
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*** 6 スミルノフ氏 ***


 ディラックくんは、スミルノフ氏とその商取引AIを伴って筆頭様の事務所に行き、二人を筆頭様に紹介した。

 そこからみんなで装飾板をしまってあるディラックくんの重層次元倉庫に出向いたのである。


 スミルノフ氏はびっくりした。

 そこには見渡す限りあの素晴らしい装飾板が並んでいたのだ。

 呆然としてため息をつきながらも、氏はその美しい板に顔を近づけて眺めた。

 思わず手も出て板を撫でている。鼻を近づけて香りも嗅いだ。

 ハンカチを取り出して自分の頬をぬぐった後、木に頬ずりまでしていた。


 筆頭様はそうしたスミルノフ氏をにこにこしながら眺めていた。

(こやつは異星人のくせに木の良さのわかるなかなかいいヤツじゃの)

 そんなことを思っていたのだ。


 スミルノフ氏は三十分近くもそうやって木を眺めていた。

 筆頭様は、これも以前ディラックくんが筆頭様の木で作った椅子に座っている。


 その間にスミルノフ氏のAIがディラックくんにそれらの装飾板の価格を聞いたのである。

 ディラックくんは筆頭様に聞いてみた。


「この装飾板はおいくらぐらいするものなのですか」


「そうさのう。まあ、その漆を塗っていない無垢の板の卸値じゃったら、一枚三千円ぐらいかのう」


 さすがは銘木である。けっこう高い。


 スミルノフ氏はその声を聞きつけて、恐る恐るディラックくんにそれはこの惑星では銅換算でいくらなのか聞いた。


 ディラックくんは少しため息をついた。


「その板一枚で銅十キログラムだそうです……」


 銅は光輝があまり買わなくなったせいでかなり値下がりしていて、今一キロ三百円である。


 スミルノフ氏もそのAIも大驚愕した。

 すぐにスミルノフ氏がなで肩になる。


「や、やっぱりそんなに高いものだったのか。どうりで素晴らしいはずだね。

 でもそんなものすごい板で宇宙船の部屋を飾ろうとしたら、新品の宇宙船が買えちゃうよ」

 スミルノフ氏は相当に落胆している。


 その様子を見ていた筆頭様が言う。


「あんたはディラックくんのご友人かね」


「あ、私の友人と言うより私のAIの友人なのです」


「ということはあんたはジュリの方かな」


「は、はい。私はジュリの商人ですが」


「そうかそうか。それならその板を好きなだけ持っていきなされ。

 お代はいらん」


 スミルノフ氏は硬直した。


「ま、ままま、まさかそんな……」


「このディラックくんはわしらの大恩人じゃ。

 ディラックくんがいたからこそ、わしの孫たちやその将来の孫たちも皆無事だったのじゃ。

 わしの山の木たちもの。

 その恩人が連れて来た友人からカネなぞ受け取れんの」


 そう言った筆頭様はにっこり笑った。


 慌てたディラックくんは、必死になって筆頭様に銀河の商取引法を説明した。

 全ての商品は正当な代価に正当な利潤を乗せた範囲内でしか取引できないのだ。

 商品をタダで貰ったりしたら法に触れてしまう。


 それにこの方は、この装飾板を仕入れて銀河で売りたいのだとも説明した。


「ふぅ~む」


 筆頭様は考え込んでいる。尊法精神は筆頭様の最も尊ぶところだ。


「それではこうしようではないか。

 ディラックくん。いつかわしの山の木を切り出すときに使ったあのドローンとやらをわしに売ってくれんか。


 やつらはなかなかの、いやかなりの働き者じゃ。

 今は人手不足なので、やつらがいればわしの山の手入れをしてやることができる。

 やつらと引き換えにこの倉庫の板を全部進呈しようではないか」


 山林は、例え伐採をしなくとも、枝打ちや下草刈りでかなりの手がかかるものである。


「そ、そんなことをしたら、ドローンが十万体来てしまいますよ……」


 基本的に銀河宇宙では工業製品は安いのだ。


「そ、それはちと多いの。ぐ、軍隊を作るつもりは無いのでの。

 それではこうしよう。この板を本当に喜んでくれる連中に売ってくれ。

 そうしたら三尊さんに頼んでこの板を地球からの贈呈品として安く設定してもらおう。


 その代金は、ドローンたちの代金を別にしてキープしておいてもらえるか。

 そうすればまたいつか遣い道も思いつくじゃろう。

 そしてこの商人さんには利益率の分だけ手数料を払うことにすればよかろう」


 ディラックくんとスミルノフ氏は顔を見合わせた。

 さすがは筆頭様である。見事な解決方法だった。



 スミルノフ氏はディラックくんと筆頭様と相談の上、とりあえず装飾板を十トンほど預からせてもらった。

 ディラックくんによれば、装飾板は全部で八百トンもあるそうである。

 ついでに倉庫の一角にあった大量の端材も預かった。

 ディラックくんがもったいないと思って取っておいた端材である。


 スミルノフ氏は自分の宇宙船の船内をモデルルームにするつもりであるとか、価格設定や手数料率について説明し始めたが、筆頭様に止められた。


「わしはこのディラックくんを腹の底から信用しておるのじゃ。

 自分自身よりも信頼しておるぐらいじゃ。

 なんせ自分の命をかけて地球を救ってくださった大恩人じゃからの。


 ということでディラックくん。すまんが全部任せるからよろしく頼む。

 もちろんディラックくんも法定手数料とやらを受け取ってくれんか」


 またディラックくんとスミルノフ氏は顔を見合わせた。

 まあ、なにからなにまでさすがは筆頭様である。



 翌日筆頭様の事務所には、あの山師装束のドローン三百体がやって来た。

 いつか伐採を手伝ってくれたドローンたちである。


「おうおう。よくきてくれたの」


「総組頭様。あっしらを呼んでくださってどうもありがとうございやす」


 すべてのドローンたちがありがとうございやすと声を揃えて頭を下げた。


「それで、おまえたちは報酬として何がほしいのかの。なんでも言ってくれんか」


 ドローンたちは顔を見合わせた。

 また代表らしきドローンが言う。


「総組頭さま。あっしらが欲しいのは仕事でございやす。

 仕事が無いのだけはどうにも辛くっていけやせん。

 エネルギーはディラックの旦那がいくらでもくださいやすし、他に欲しいものはございやせん」


 筆頭様は感動した。なんという素晴らしい連中だろうか。


「そ、それでもなにか欲しいものはないのかの。な、なんでもよいぞ」


 またドローンたちは顔を見合わせた後言った。


「それでは総組頭様。

 あっしらは汚れた体や服のまま働くのがどうにも寂しいのでございやす。

 せめて一日の始まりにはぱりっとした姿で仕事に入りてぇんで。

 まことに申し訳もございやせんが、ディラックの旦那にお願いしてあっしらのメインテナンスシステムも頂けませんでしょうか」


 筆頭様はまた感動した。

 いつも一日の始まりにはパリッとした装束で仕事を始めろとは、筆頭様自身がいつも若い者に言って来たことである。


 それが山師の心意気であると同時に、事故を減らすことにもつながった。

 山師は危険な仕事である。


 筆頭様はすぐにその場でディラックくんに連絡して、ドローンたちの願いを伝えた。



 筆頭様がドローンたちに指示した最初の仕事は、ドローンたち自身の宿舎を建てることだった。

 ちゃんと一人一人にベッドも作り、体を洗う風呂やシャワーも作るように言った。


 なんだかドローンたちも嬉しそうな顔をしているようだ。

 ドローンたちはすぐに銀河技術を使って宿舎を建てたが、筆頭様が好きなように建てろと言ってくれたので、みんなが入れる談話室も作った。


 外の物干し場では、当番のドローンたちがハナ歌を歌いながら洗濯した山師装束を干したりしている。



 その翌日から、ドローンたちは何人かの組頭について山に入った。

 筆頭様も一緒である。


 ドローンたちは、森の手入れの方法を、枝打ちの仕方から下草の刈り方まですべて教わった。

 何日かすると、物覚えのいい彼らはもう自分たちだけで森の手入れが出来るようになり、筆頭様の持つ広大な山林が徐々に手入れされていった。

 今度は彼らは、例の樵の歌を歌っている。


 その様子を目を細めて見ていた筆頭様は、やがて瑞祥本家に出向いて御隠居様となにやら相談をしたようだ。


 翌日から筆頭様はドローンを半分引き連れ、本家の山林にも入って行って間伐を始めた。

 やはり人手不足で、本家の山林もだいぶ建てこんできていたのである。

 そろそろ間伐をしてやらないと、森そのものが駄目になってしまうところだったのだ。


 こうして膨大な間伐材が切り出され、また乾燥させられて製材され、ディラックくんの装飾板倉庫はその備蓄を何倍にも増やしていった……




 スミルノフ氏の宇宙船の居室にはあの装飾板が張られている。

 高さは一メートルほどだが、幅は五メートルほどにも張ってある。

 壁には風景画を彫刻した大きな板を飾った。


 机の上にはあの端材からドローンが削り出したリスの彫刻が置いてある。

 あのディラック邸の森で見かけたリスたちである。

 部屋には木でできた椅子まであった。


 殺風景だった部屋が見違えるようになっている。

 銀河技術の製品が目障りに思えたスミルノフ氏は、それらの品をどんどん倉庫に片づけるようになり、部屋の雰囲気はさらに素晴らしいものになっていった。


 それまでは早く惑星表面に降りて喧噪の中に入って行きたいと思っていたが、この部屋で過ごしたいと思う時間が次第に増えているようだ。


(早く稼いで木のベッドなんかも置きたいな。

 そうしてこの部屋を木製品で埋め尽くしてみたいもんだ)


 また、スミルノフ氏は考えていた。

(この木の装飾板を本当に喜んでくれる連中か……)


 まあ筆頭様も何の気なしに言ったことではあるが、銀河商人にとってはそれは契約の一部である。

 契約を違えるわけにはいかない。


(まあ、それだったらやっぱり宇宙船生活者なんだろうけど。

 でもそれじゃあ小さな商売にしかならないなあ。

 ああ、そうか。何も宇宙船じゃあなくっても宇宙生活者ならいいのかも)


 そう思った氏は、惑星バイクの小惑星帯に行ってみることにしたのである。






(つづく)


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