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【初代地球王】  作者: 池上雅
第六章 【完結篇】
173/214

*** 3 料亭瑞祥、銀河宇宙へ ***


 清二板長のもと、今日も大勢の若手料理人たちやディラックくんのドローンたちが留学生のための食事を用意している。


 卒業した瑞巌寺学園の若者たちも大勢料亭瑞祥に就職した。

 今や料亭瑞祥は、見習いまで含めると料理人五百人を抱える超大料亭になっている。


 東京の築地市場や全国各地の市場とは空間連結器で結ばれ、毎日膨大な量の食材が運び込まれるようになっていた。


 清二板長は、瑞祥椀の仕上げだけは必ず自らの手で行っていたが、清二板長の休みの日には、あの若い料理人が代りに仕上げをしている。


 もちろん瑞祥椀は大勢の留学生たちを感動させた。



 そのせいかどうか、次第に各惑星から料亭瑞祥への出店要請が舞い込み始めたのである。

 銀河連盟防衛軍本部からも出店依頼が来た。

 どうやらあの総司令官閣下が、瑞祥椀をもう一度頂きたくてしょうがなかったらしい。


 龍一所長と光輝は、料亭瑞祥の社長や清二板長にこれらの依頼に出来るだけ応えてあげて貰えるようにお願いしたのだが、もとより二人とも喜んでいた。


 銀河宇宙に恩返しが出来るいい機会であるし、なにより若い料理人たちの将来にたいへんな展望が開けるのである。

 なにしろ銀河宇宙での仕事である。

 修行中の若い世代もいっそう仕事に身を入れるようになった。


 あの若い料理人は、数人の弟子たちと熟練したドローンを引き連れて、銀河連盟防衛軍本部内の料亭瑞祥支店長として赴任した。

 もちろん新婚の奥さんも一緒である。


 支店開設資金や運転資金は、全て国連を通じての三尊研究所からの寄付で賄われている。

 代わりに銀河人たちが支払う飲食代金で、多くの銀河技術の産物が購入されて輸入され、地球の生活はますます豊かになっていった。


 食材やあの湧水は連盟防衛軍の超高速艇が毎日料亭瑞祥地球本店から運んでくれている。

 さすがは連盟防衛軍の船だけあって、民間船とは違って航行出来る重層次元の深さに制限が無い。

 銀河中心部の連盟防衛軍本部まで三万光年を三十分ほどで飛べるのである。


 さらに、その燃料の水資源は地球政府からの寄付であったため、みんな大いに喜んだ。

 なにしろ超高速艇といえども船のAIが運航してくれるので、彼らにはほとんどコストがかからなかったのである。


 毎日食材が運ばれていたため、派遣された料理人は気軽に地球に帰って来られたし、交代要員もすぐに銀河宇宙に行くことが出来る。

 もちろん運転の必要も無い。


 考えてみたら東京に支店を出すよりも簡単だったのである。



 しかもである。

 あの若い料理人は、初めて銀河連盟防衛軍総司令部内支店でお客様を迎えた折に、心底驚いたのだ。


 客たちが全員予約時間の三十分も前に席に着いたのを見て、料理を早めに出そうとしたのだが、世話役のドローンに止められた。

 そうして客たちの前に出て挨拶をしてやって欲しいとお願いされたのである。


 客たちはメニューを見ながら歓談していたが、あの若い料理人が客たちの前に出ると、皆立ち上がって拍手をしてくれたのだ。


 総司令官閣下が歓迎の辞を述べられたのだが、これも実に丁寧で心のこもったものであった。


 板場に戻った料理人は驚きながら世話役に言ったのである。


「皆さんなんだか実にご丁寧な方々ばかりでしたね。

 なんだかコンサートの前のアーチストにでもなったような気分でしたよ」


 世話役は不思議そうな顔をして言ったそうである。


「はい。もちろんあなた様はアーチストでいらっしゃいますから……」



 銀河宇宙ではヒューマノイドが料理を作ることはほとんど無いそうだ。

 それらはすべて自動調理機械かドローンが作ってくれるのである。


 故にヒューマノイドが料理を作る、それもプロの料理人として作ってそれを客に振舞うという行為は、完全にアーチストのコンサートと同列に見なされていたのであった。


 つまり客たちは開園時間の三十分前に集合していただけだったのである。

 そうして、料理芸術のコンサートをわくわくしながら楽しみに待っていたそうなのである。



 アーチスト扱いされた料理人は顔色が変わった。

 これは単なる食事会ではなかったのだ。

 まさに地球と料亭瑞祥の名誉がかかった一大発表会だったのである。


 料理人は傍らに大師匠がいるつもりで夢中で料理を仕上げていった。

 そのおかげでどの料理も魂のこもった渾身の逸品になり、総司令官閣下以下全ての客を大感動させたのだ。

 生まれて初めてこんなに美味しいものを頂いたと感動している客も多かった。


 まあ、一般人が一流ピアニストのコンサートなどを初めて見たら、感動するのは当たり前かもしれないが。


 しかもこの料理芸術のコンサートは、味覚、嗅覚だけでなく視覚までも満たしてくれるのである。

 素晴らしく美しい料理が素晴らしく美しい器に盛られて出て来たのだ。

 ドローンが熱心にその器と料理の説明をしていた。


 客たちは驚いた。

 なんとその器までもがヒューマノイドの芸術家の手によって作られた作品だというのである。

 このコンサートは造形芸術の披露まで兼ねていたのだ。

 言われてみれば各人の器の形すらも異なっていたのである。

 しかもすべての器が料理の美しさを引き立てる素晴らしいものだったのだ。


 最後の料理を出し終わった料理人は、また客たちの前に呼ばれた。

 再び全員が立ち上がって拍手をしてくれている。

 皆実に満足そうな顔だった。


 料理人は、その場の全員から献立表にサインまで求められた。



 銀河連盟防衛軍内の料亭瑞祥支店支店長の料理人は、地球への仕入れの船に乗って一時帰星し、社長と板長に報告をした。


 銀河宇宙では、料理人は音楽家や画家などの芸術家と同列に扱われていたのであると言うと、社長も板長も驚きつつも実に喜んだ。


 これでますます若い料理人たちの未来が開けたのである。

 それは素晴らしい未来だった。

 なにしろ銀河宇宙で芸術家として生きて行く道なのである。


 この話を聞いた修行中の若い見習い連中は、目の色が変わってさらにさらに真面目に修行に打ち込んだ。

 もはやスナック菓子など誰も口にしなくなっていった……




 銀河連盟防衛軍総司令部に出張してきた各惑星の防衛軍高官たちは、総司令官閣下に料亭瑞祥支店で瑞祥椀やその他の素晴らしい料理の数々をふるまわれる。

 おかげで彼らは自分の星でも瑞祥椀をいただきたくなって、支店開設依頼はさらに増えた。


 しかもその料理人があのKOUKINIA出身のアーチストだと聞くと、どの惑星でも予約待ちの長い長いリストが出来たのだ。



 こうして料亭瑞祥の銀河支店は次々に増えていった。

 瑞巌寺学園の子たちやその他の若者たちがどれだけ就職してきても、夢のような職場をいくらでも用意してやることが出来るようになったのである。


 あるとき、清二板長は既に二十件を超えている料亭瑞祥の銀河支店を視察に回った。

 そうして実際にそれら支店で自分の弟子たちがアーチスト扱いされている現場を見た後、深く考えたのである。

 そして、忙しい仕事の合間を縫って、弟子たち全員を一同に集めた。


 料亭瑞祥の大広間では全員を収容できなかったため、瑞巌寺学園の巨大リビングルームでその会合は行われた。



 いつもは怖い清二板長がやさしい口調で言う。


「お前たちは料理人だ。もしくは料理人になるために修行中の身だ。


 だがな。お前たちが単なる料理人を目指すのはここまでだ。

 これからはさらにその上の料理芸術家を目指せ。


 単なる料理人なら師匠から教わった味を伝承して行くだけでかまわんだろう。

 まあ、それとて十年近い修行が必要な大変なことではあるがな。


 だが一人前になった料理人は、そこからさらに上の料理芸術家を目指すのだ。


 師匠から教わった味をそのまま出すだけではドローンと変わらん。

 その技術を踏まえてお前たちの新しい境地を切り開いて行くのだ。


 わしが瑞祥椀を作ったようにな」


 そう言った清二板長は真剣な表情の弟子たち全員を見渡して、にっこりと微笑んだ。


「今広がりつつある料亭瑞祥の銀河支店のある惑星にも、それこそ星の数ほどの食材があるだろう。

 それらをすべて試食せよ。

 そうしてこれはと思ったものを料理してみろ。

 さらにそれらを月に一度この地球に持ち帰って来て、わしやわしの直弟子たち全員に食べさせてみろ。


 お前たちは今まで教わった味だけ作れればよかったのだが、芸術家となればそうはいかんのだ。

 必ず独自の境地を切り開いていかねばならん。


 だがその道は遠く険しいだろう。

 わしとて、一千年にわたる先人たちの努力の上に、ようやく今の味を作り上げたのだからな。


 だがお前たちにはこれほどまでに多くの師匠たちや兄弟弟子たちがいるではないか。

 みんなで力を合わせて新しい味を作り上げてくれ。

 新しい食材もどんどん取り入れてくれ。


 銀河連盟の加盟星は五百八十万もあるそうだ。

 新しい食材もそれこそ気が遠くなるほどあるだろう。


 そうしていつか銀河中にお前たちが作り上げた味を教えてやってくれ。

 お前たちの弟子や孫弟子たちが何万人に増えても、皆幸せな職場で働けるようにしてやってくれ。


 頼んだぞ」


 そう言った清二板長の頬を滂沱の涙が伝わっている。

 板長の五百人を超える弟子たちも皆泣いていた。


 その話を部屋の隅で聞いていた光輝も泣いた。

 そうして後で清二板長に頭を下げ、どうか自分も微力ながら手伝わせて欲しいと申し入れたのである。



 銀河宇宙で働いたり、銀河を巡る食材探しの旅に出る清二板長の弟子たちには、全員にミニAIが渡された。

 それらのミニAIは、彼らのガイドをするだけでなく、すべての費用の支払いもしてくれた。

 まあ、銀河の物価水準であればそれは今の三尊研究所にとってなにほどのものでもない。


 こうして清二板長の弟子たちは銀河中に広がって行ったのである。

 まもなく清二板長の弟子の数は一千人を超えた。



 それから三十年後、板長が天寿を迎えるときにはその数は実に八万人に達していることになる。

 その際には、銀河中で一万を超える料亭瑞祥の支店が全て臨時休業し、銀河中のひとびとが稀代の天才料理芸術家の死を悼んだ。


 そのとき光輝は不思議とあまり悲しまなかった。

 極楽に行った清二板長は、きっとすぐに厳隆大上人様に頼まれて、料亭瑞祥極楽支店を作っていることだろう。

 天界の人々もたいへんな行列を作っているに違いない。


 あのときあの場にいた若い弟子たちは、今や自らの弟子を何百人も抱える師匠になっていたが、彼らもあのときのことを思い出してそれほど悲しんだりはしなかった。


 自分たちも天寿を全うした後は、また板長の下で働くことになるのである。

 そう思うとなんだか嬉しくなったほどだそうだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 地球が救われて急にヒマになった光輝は、瑞巌寺での座禅を終えても銀河の留学生たちと一緒にいることが多くなっていた。

 もちろん奈緒ちゃんもまだ小さな子供たちも、あのお弟子さんたちと一緒にいる。

 お弟子さんたちの何人かもお腹が大きくなり始めていた。



 銀河の留学生たちは光輝たちが近くにいることをびっくりするほど喜んだ。

 いつも光輝の周りには大勢の銀河の若者たちがいた。


 そうして彼らは、光輝一家に一緒に写真を撮らせてくれと頭を下げに来たのである。

 たちまち光輝たちの前には留学生たちの順番待ちの行列が出来た。

 数千人もの留学生たちは、毎日百人のペースでひとりずつ順番に光輝や光輝一家と写真を撮らせてもらえることになったのである。


 あまりにもきらきらとした彼らの目を見て、光輝も真摯にこれにつき合ってあげた。


 まあなにしろ地球の恩人たちの星から来た留学生たちでもある。

 奈緒ちゃんもこれに熱心につき合ってくれた。


 笑顔の光輝と握手をしている写真を撮らせてもらった留学生たちは、大感激している。

 中には泣いている子までいる。


 彼らはさっそくその写真を母惑星の両親やカレシ、カノジョに送っていた。

 どうもヒューマノイドの有名人好きは、銀河中どこへ行っても変わらないようである。


 そうして彼らは基本的には六カ月の修行を終えると、光輝たちとの別れを惜しみつつ母惑星に帰って行ったのだ。

 ここでも大勢が泣いていた。



 帰って来た彼らの顔を見た母惑星の高官たちは驚いた。

 彼らの顔つきがたった六カ月前に比べて明らかに変わっているのだ。


 以前には多少鼻についたエリート臭が見事に抜け落ち、穏やかな表情のまま仕事の能力さえも上がっている。

 もちろん能力だけでなくその倫理評価まで大幅に上がっていた。

 まるで皆あの地球の英雄兵士たちのような表情になっていたのである。


 密かに瑞巌寺での研修記録がチェックされたが、もとより問題になるようなものは何も無い。

 というか翻訳機以外は銀河技術すら一切無い環境である。

 遮蔽フィールドすら使っていないのだ。


 驚愕した各惑星の高官たちは、続けて若い留学生たちを送り込んできた。

 当初は軍人が多かったが、それは次第に若手官僚などにも広がっていった。


 おかげで瑞巌寺はエラいことになった。

 留学生たちの人数がどんどん増えていくのだ。


 しかしこれもさすがは瑞巌寺である。

 銀河人たちの恩義に報いるべく、皆必死で留学生たちの世話をした。

 まあなにしろ銀河連盟のおかげでこの瑞巌寺も僧侶たちの家族も無事だったのだ。


 それに僧侶たちにとっても修行僧の教育指導は本来仕事そのものである。

 修行のひとつと言っても過言では無い。

 青い目の留学生も金髪の留学生も褐色の肌の留学生も、バチカンの留学生で慣れている。


 しかも翻訳機まであって、意思の疎通すら問題が無いのである。

 厳攪以下すべての僧侶たちが親身になって留学生たちの世話をした。

 もちろん光輝も一生懸命お手伝いをした。



 そうして……

 この努力は結果的に将来の地球に大変な恩恵を与える元となったのだ。


 考えてみれば、彼ら留学生たちは、皆それぞれの母惑星を代表して派遣されてきたスーパーエリートたちだったのである。

 後に惑星大統領や惑星防衛軍の総司令官となった者も一人や二人ではない。


 そうした諸惑星のスーパーエリートたちが、将来皆あの地球での留学体験と光輝一家とのやさしいふれあいを懐かしく思い出すようになるのだ。

 ほとんどの者の執務室や自宅のリビングには、光輝たちと一緒に撮らせてもらった写真が飾られるのだ。


 とんでもない数の親地球派の惑星指導者たちが生まれることになったのである。


 地球という名を聞いただけで彼らの頬が緩むのだ。

 自分たちが今の地位まで昇りつめられたのも、あの地球のおかげであると思っていた者も大勢いた。

 しかもそれはあながちカン違いでも無かったのである。



 数十年後のある銀河連盟合同防衛軍司令部では、司令官以下幕僚全員が瑞巌寺での留学経験者だったりした。

 また、銀河連盟評議会でも多くの評議委員が瑞巌寺留学経験者であった。


 そうして彼らは懇親会の席などで、瑞祥椀をいただきながら、銀河標準暦年別に瑞巌寺留学何回生などと自己紹介をするのである。


 たまに同じ時期に瑞巌寺にいた仲間がいることもあり、彼らはお互いに再会を大いに喜びあった。

 そうして皆、遠い目をしながら光輝一家や厳空、厳真らとの暖かい交流を懐かしそうに語り合うのである。


 英雄KOUKIの娘の美輝ちゃんが転んで泣いているのを抱きかかえて救護所に連れて行ったことがあり、その後KOUKIと美輝ちゃんに頭を下げられてお礼を言われた、と語ったある評議委員は、その場のみんなから羨ましそうな顔で絶賛された。







【銀河暦50万8163年  

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】



 こうして英雄KOUKIは周囲から常に敬愛されていた。


 あの危機以前は全地球人から、危機以降は全銀河人からである。


 だが多くの研究者の間で指摘される通り、KOUKI自身には自らがそうした敬愛に値する人物であるという自覚は、全くと言っていい程無かったのである。

 これは彼の謙遜などではなく、本当にそうだったのだ。


 筆者は何度もKOUKIに直接聞いてみたのだが、彼には本当に自分が努力していたという自覚が無かった。

 あれほどまでのリーダーシップを発揮していながら、そして恒星系を丸々ひとつ救うという銀河史に刻まれるまでの実績を残していながら、自分がリーダーであるという自覚すらなかったのである。


 故に皆の敬愛も、ただ単なる誤解だと思っていた程である。


 そうして全ては自分の周囲の人々、RYUICHIやGOUICHIROU、それからGENJYOUや、とりわけあのディラック閣下やソフィア閣下の功績だと考えていた。



 各惑星の偉人たちの中にも極めて稀ながらこのような人物は散見される。


 実は真の英雄とはそういうものなのかもしれないと筆者には思えるのである……






(つづく)


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