*** 16 新居完成 ***
それから半年後、一同は竣工した「瑞祥・瑞祥・三尊邸」を見に出かけた。
麗子さんに誘われた桂華もついてきた。
新居完成披露の案内はまた瑞祥不動産社長の瑞祥吉雄だったが、今日は会長である三席さんもついて来ている。
光輝はひと目見てたじろいだ。
まずは門がデカい。
市道から引っ込んだその門の前には、優に車が五台は駐車できそうなスペースがあり、その奥にその門はそびえ立っていた。
錬鉄製で、向こう側が見えるために圧迫感こそ無いものの、高さは優に三メートルを越えるだろう。
その両脇には太さ二メートル近い巨大な石の柱がそそり立ち、その両側にはこれも錬鉄製の塀がどこまでも続いている。
門を入ると、左側の小さな建物の前には、レックスさんや厳空さん並みの巨漢警備員が三人も並び、一同に敬礼している。
光輝はついぺこぺこ頭を下げてしまった。
その脇にはジャーマンシェパードの警備犬まで二頭いた。
それから邸までの道もすごい。
見事な石畳の幅十メートルはあろうかという道がわざと曲がりくねって続き、巨木の生い茂る森の中を五十メートルほども延びている。
その森も、一見防犯上問題がありそうに見えながら、実は最新最強の防犯機器で埋め尽くされているそうだ。
防犯カメラどころか赤外線カメラや動体監視カメラまであり、万が一の火災に備えて消火設備もふんだんに備えているらしい。
さらに厳空さん以下退魔衆の全員がやって来て、ヘンな霊が入り込まないように森を包む強力な結界まで張ってくれているそうである。
その道を行ったつきあたりにその邸はあった。
控えめな外観ながら、よく見れば表面は石張りである。
正面から見ると窓はあまり無く、まるで中世の城郭のようにも見える。
三階建てのくせに異様に高い。
(これで塔でもつけたらシンデレラ城のミニ版だな……)と光輝は思った。
事実、三席さんのいたずらで、建物の正面は上に行くほど建物の前面や窓を少しずつ小さくしてあり、遠方から見るともっと大きな建物に見えるようにしてあるそうである。
たしかにデカく見えるが、目の錯覚ばかりではないような気もする。
邸の前には円形の車寄せまである。
車寄せの周りは青々とした広大な芝生であった。
(この芝生、誰が刈るんだろうか。やっぱり僕しかいないよなぁ……)
と光輝は思ったが何も言わなかった。
車寄せの中央には花壇に囲まれた小さな噴水まであった。
(いくら本家次期当主が住むかも知れないっていっても、やり過ぎなんじゃあないのお)
そう思った光輝が立ちつくしていると、レックスさんが「その分コキ使われるから覚悟しろ」と怖い声で言った。
さすがはレックスさんで、龍一所長の意図はよくわかっていたのだ。
邸に向かって右側には下に続くスロープがあり、その先には目立たぬところに優に車が十台は入るであろう巨大なガレージがある。
隣には洗車スペースまであった。
そのガレージは建物の入り口と地下通路で繋がっており、雨に濡れずに家に入れるそうだ。
ガレージから見て邸の左手には、間違って子供が落ちない様、やはり錬鉄製のフェンスで囲まれた、ハート型のプールまである。
一階の瑞祥龍一邸は、部長がまだどう使うか分からないのでそのままにしておいてください、と言ったのでそのままにしてあるそうだ。
一行はまず三階のレックス&アロ邸に向かった。
大理石張りの意外にこじんまりとした入口に入ると、そこにはプライベートな三階建ての建物のくせにエレベーターまでもがある。
そのエレベーターの中に入った光輝は仰天した。
八畳はあるであろうエレベーターの中は絨毯が敷き詰められ、アールデコ調の反射を抑えた鏡張りの室内装飾に、片側にはソファまであったのだ。
天井には小さなシャンデリアもある。
(もしケンカして怒った奈緒ちゃんに家を追い出されても、ここなら住めるな……)
と光輝は思った。
エレベーターを降りたスペースにはドアや廊下など無かった。
そこはもうレックス&アロ邸の玄関である。玄関だけで十二畳はあろうか。
和風を取り入れて欲しいというレックスさんの要望に応じて、上り框には巨大な沓脱石まで置いてある。
その上は横長の、これも面積で言えば六畳は有りそうな板敷きのスペースであり、さらにそこから恐ろしく広い廊下が続く。
(先に豪一郎さんにエレベーターを取られたら、この玄関に住まわせてもらおう……)また光輝はそう思った。
廊下を歩きながら気がついたが、エレベーターホールより一段高くなっているはずなのに、めったやたらに天井が高い。
レックスさんが思い切りジャンプしても届かないだろう。
それにそれだけ床が厚いので、子供が走り回ったぐらいでは下の三尊家にはまったく響かないそうだ。
最初に案内されたのは玄関に近い応接室だった。広さは三十畳はあろうか。
控えめだが高そうなシャンデリアの下には広大なテーブルがある。
(ネットを張れば卓球が出来るぞぉ。ちょっと低いけど……)また光輝は思う。
その奥には応接室よりももっと広いリビングルームがあった。
リビングルームの片面は足元近くまである巨大なガラス張りであり、すぐそばに広がる広大な森の向こうには小学校の建物が見える。
小学校の子供たちの声が少しうるさいかな、とは思っていたが、よく見れば窓ガラスはぶ厚く、外部の音は完全にシャットアウトされていた。
リビングには、市販されている中で最大のテレビが置いてあったが、やけに小さく見えた。
光輝の実家の部屋に置いてあったテレビよりも小さく見える。
リビングの隣には前に光輝が住んでいたマンションの部屋全体ぐらいある広いダイニングキッチンがあった。冷蔵庫は巨大なものが三つもある。
アロさんと奈緒ちゃんと桂華は、きゃーきゃーはしゃぎながら広いキッチン内を動きまわっていろいろ探索していた。
廊下沿いには将来の子供部屋だという部屋が並んでいたが、全部で六つもある。
今は物置かなと思っていたら、建物の裏手には倉庫まであるのでそちらを使えばいいそうだ。
七つ目の部屋があったので中を覗いたら、それはウォークインクローゼットだそうだが、そのクローゼットは光輝の実家の自分の部屋よりも広かった。
一番奥にあるメインベッドルームは見学を遠慮した。
防音仕様で広さは三十畳あるそうだ。
最後に一行は風呂場に案内された。ここでも光輝は驚愕に立ちつくす。
片側全面強化ガラス張り、それも外からは見えない特殊ガラス製だそうだ。
そのバスルームもやはり三十畳ほどもある。
バスタブは大小二つあり、大きい方はジャクジーだそうだ。
なんでこんなところに木のドアが、と思ってよく見るとそこはサウナだった。
中は部屋をすべて埋め終わった家族全員で入っても余裕の広さである。
光輝たちの家もほぼ同様の作りであるそうだ。
光輝が、「あ、あの、ところで広さはどれぐらいなんでしょうか」と恐る恐る聞くと、瑞祥社長に、「ええ、二百坪です」とこともなげに言われてしまった。
光輝の実家も狭くはないが、その床面積の三倍近い。
光輝が絶句していると、瑞祥社長が、「外観は狭そうに見えますけど、奥行きが深いんです」と言った。
外観は狭そうには見えません…… とは光輝は言わなかった。
女性陣たちは相変わらずはしゃいでいたが、光輝はとっても怖くなってきた。
「重ねて言うがその分コキ使われるから覚悟しろ」とまたレックスさんに言われた……
ひととおり新居の案内が終わると、少しだけ心配そうな声で瑞祥不動産社長の瑞祥吉雄が聞く。
「いかがでございましたでしょうか若」
「いや実は僕はあんまりこういうのよくわかんないんですけど。
でも女性陣があんなにも喜んでくれてますからねえ。
僕もとってもうれしいです。
それに三尊君も驚きのあまりますます働いてくれそうです。
やっぱりさすがですねえ吉雄さん。おまかせして大正解でした。
ほんとうにどうもありがとうございました」
部長が深く頭を下げる。
瑞祥吉雄社長はほっとしたように笑った。
「でかしたぞ吉雄」
三席さんも嬉しそうに笑った。
どうやら建設中の邸の設計図を見て、親戚筋から「うちにもあれの少し小さいのを」という注文が次々に入っており、瑞祥不動産の利益も充分見込めるそうである。
最近ではそういう新居でも用意しないと、旧家にはなかなかお嫁さんが来てくれないらしい。
ということは、どうやらアロさんは桂華に新たな作戦を仕掛けているのだろう。
(そんな作戦、必要無さそうに見えるけどなー)
と光輝は思ったが何も言わなかった。
全員で瑞祥不動産の社長と会長に何度もお礼を言ったあと、社長たちは、「それでは何か御質問がございましたら、弊社社員にお聞き下さいませ」と言って帰って行った。
三人もの社員が残って光輝たちの面倒を見てくれている。
「瑞祥・瑞祥・三尊邸」の屋上。
その広大なスペースは芝生で覆われていて遊歩道もある。
奥の方には上手にカモフラージュされた給水や消火用水のタンクがあり、その隣にはサンルームがあった。
光輝はその屋上の大きさから、自分の家の大きさを実感した。
隅の方には小さな木々までが植えられている。
建物の正面方向には、綺麗な花壇で装飾された円形のバーベキュースペースがあり、花壇に沿っておしゃれなベンチがたくさん並んでいる。
一行がそのベンチに座って話に花を咲かせていると、瑞祥不動産の若い社員たちが冷たい飲み物を持ってきてくれた。
龍一部長と並んで話し込んでいるのはもちろん桂華である。
光輝がチラ見すると、ちょっと頬を染めた見慣れない桂華が部長の蘊蓄に聞き入っていた。
(なんか、なんにもしなくっても実にいいカンジだよなー)
光輝はそう思った。
その後、親戚筋が次々にレックスさんに頼みこみ、新居の見学に来たそうだ。
それから間もなく、レックスさんとアロさんの結婚式が盛大に挙げられた。
大勢の招待客に祝福された二人は本当に幸せそうだった……
(つづく)




